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ななしのワーズワード  作者: 奈久遠
Ep.9 竜と竜
128/143

Double Dragon 15

【Status Seat Ep.9主張版】

これまでに出てきた新しいフレンズの紹介だよ! わーい!


ロゼット・アラム(17)

世話好き:81 直感:49 思い込み:50 医学:22

ディールダームを異世界に導いたティンカーベル。若竹色の髪で女性にしてはやや背が高い。

森珠国ドラキア生まれ。故国は滅んだ。世話好きが一周しちゃった感じのダメンズウォーカーな女の子。


アリア・ノルス(13)

不幸:101 幸運:9 親孝行:78 貧乏:77

アルカンエイクを異世界に導いたティンカーベルの少女。この子が全ての元凶のような、でもこの子がいなかったらアラナクア治崖のジータさんが導いてただけのような。


リーリン(???)

武力:3~88 魔法:61 政治:5 泳ぎ:100 秘伝:変態魔法 毛並み:てらてら

リーリン治礁を治めるイルカ族のルーヴァ。肉体を変化させる変態魔法の使い手。いつもは足をひれに変えた人魚形態で生活している。着衣を嫌う裸族であり、他人も巻き込んで服を脱がそうとしてくる迷惑な人。おとなしいカナバルがいつもターゲットにされている。


ワルター・ルッツ・ローアン(27)

NO DATA

ローアン男爵領領主。ローアン男爵領はライドー子爵領に隣り合っている。獣人の人権保護を法国で初めて認めた貴族様。誰だかの命を請けワーズワードに接触、聖都攻略を勧める。


バジル・ド・エルモア(82)

武力:3 魔法:67 知力:87 政治:31 カリスマ:89

ルアン公爵家で働く伝声官にしてルルシスが100%の信頼を置く懐刀。元帝宮最高魔術師。

昔は色々あったようだが、今はミゴットの良き茶飲み友達。


スローリ・エンテ(42)

武力:62 戦術:13 統率:64 毛並み:がびがび

『双曲刀のスローリ』の異名を持つ狒族の公爵。ルードビア猿王家に仕えている。皺だらけの顔で儂という一人称を使うが皺だらけなのは狒族だからであって実年齢はそんなに行ってない。聖都攻略戦では総大将を任される。お助けキャラ1号。


ダスカー(28)

武力:71 名声:60 自由:81 毛並み:ぴかぴか

『金獅子』の二つ名を持つ獅族の獣人。冒険者としては勇者の称号を持つ成功者。

姓がない(名乗らない)のはお堅い実家を飛び出して自由人になったため。レオニードの甥っ子だけあって、実はそこそこいいトコの出。お助けキャラ2号。

聖都攻略戦では将帥の一人として働く(中央)


タリオン・ジョー(33)

武力:40 理性:52 忠誠:93 毛並み:ごわごわ

ナラヘール豹王家に仕える馬族の獣人。脳筋な獣人族の中にあって、自分が納得できなければ動けないという理性的な人物。攻撃より守りが得意。

攻撃特化の豹王家にあって守りの重要性を教える武術指南役。お助けキャラ3号。

聖都攻略戦では将帥の一人として働く(右翼)


ウカ・ナスサリア(16)

武力:12 魔法:15 毛並み:ぽわぽわ

クダンの隠れ里からやってきた狐族の少年。魔法が使えるフレンズなんだね! すごーい!


シズナ・ナスサリア(16)

武力:9 魔法:14 毛並み:ぽふぽふ

ウカの双子の妹。兄者よりちょっとだけしっかり者。ワーズワードからは二人合わせて小ニアヴ兄妹と呼ばれる。女の子のフレンズだよ! たのしー!


四神殿総斎主

NO DATA

人と神をつなぐ形式上の四神殿トップ。聖下ウラヌスと呼ばれるが、一般の人々は四神殿にそんな存在がいることを知らない。

四神殿に属する神官であっても、聖庁に入って初めてその存在を知ることになる。


オーム・ザラ(53)

貫禄:395 その他 NO DATA

四神殿総斎主聖下と接触可能な近衛神官の中でも序列一位の近衛神官筆頭。首が見えないほどに垂れたほほ肉は、笑うたびに微振動を引き起こし床を軋ませる。


アスレイ・ウット・リュース(25)

NO DATA

近衛神官序列四位。20代での近衛神官は実力による地位か。丁寧な口調の細目の人。


ファグラ・アモール(48)

出番:2

水神祭でディールダームに喧嘩を売って瞬殺された近衛神官の面汚し。


クバーツ・ゲイ・フレイリン(36)

野心:74 幸運:99 魔法:30 カリスマ:18

若き風神大神殿神官長。風神騎兵を組織し、従える。神官らしからぬ美貌と鍛えられた肉体で、全てのことが自分にいい方向に転がるという自負を持つ自称、絶対幸運者。

風神騎兵は目下壊滅中。



では、本編をどうぞ。

「――潰せコール【ジマズ・アース・グラスプ/地神地殻掌握】」


 上下逆さまであぐらを組むオームが、両手をぐわしと組み合わせた。

 しかし、オームの【コール/詠唱】に反して、その後に魔法の発動光もなければ、地面が持ち上がる様子もない。

 抱き合って身をすくませていた小ニアヴ兄妹がぱちくりと瞼を瞬かせる。

 

「何も起こらぬのじゃ」

「どうなったのじゃ」


 そう何も起こらない。

 当然だ。【地神地殻掌握】の源素図形は、魔法詠唱前にその接続が解かれているのだから。

 

「そういうのを【インスタント・コール/瞬時詠唱】と言うんだったか。さすが近衛神官ロストン、なかなかの速さだ。だが、無駄だ」


 魔法発動前に源素図形を崩す『魔法解除マジック・キャンセル』を使う俺の前ではな。

 

「オーム・ザラ、アスレイ・ウット・リュース。余裕ぶって、俺の視認範囲に出てきた時点でお前たちの負けだ」

「さすが妾の群兜マータ様じゃ!」

「お前はこういうときだけ調子がいいな」


 気分屋のお狐様はこれだから困る。


「なるほど。これでもう一つの話も真実であることが確認できた」

「そうですね。私は疑っていませんでしたけど」

「む?」


 空中に浮かぶ近衛神官の不穏なやり取り。

 目の前で彼らには原理不明な方法で魔法を解除された状況だというのに、なんだ、この余裕は。

 そう思っていると、頼まずともアスレイが自ら謎解きを口にした。

 

「ワーズワード。あなた方が聖都を包囲して後、私たちは一人の神官から情報を得ました。その神官はこう言いました。あなたにはアーティファクトを作成する力があるということ。聖選評議会は半信半疑……いえ、一信九疑といったところでしたが、戦場で獣人兵士が魔法を無効化する姿を見て、それが真実だとわかりました」

「事実だからな」

「はい。その神官は私たちにもう一つの情報を語りました。ザラ殿はご自身の目で確かめるのが信条の方ですので、それも同じく真実であるのか、こうして直接確認させて頂きました。なにせ、どうにも信じ難いお話でしたので」

「もしかして、その神官というのは――」

「サリンジ・ダートーン火神神殿上級神官ジグラット・カグナルです。彼の語ったあなたに関するもう一つの情報、それはあなたが目で見るだけで魔法を打ち消し、奪うことができるという話です」


 やはりか。

 面白がって泳がせすぎたかもしれない。もっと早く黙らせておけばよかった。


「そうか。まあ、そうと知られたところで何ができるという話だ」

『ワタシ ワーズワード ワタシヲ ウラギッタノネ ウラギリモノ ウラギリモノ ウラギリモノ ウラギリモノ』


 目の前の状況への対処といつもの日課を同時平行に行う。

 それができてしまう並列思考は大変便利な脳活用手法である。

 俺が目で見るだけで魔法を打ち消せると知ってもなお、近衛神官の余裕は崩れない。

 

「何ができるかといえば、こういうことができます。つまり魔法の発動を見られなければ問題はないと。――『比翼の鶫は別れず離れず。其は二体一身で彼方へ飛ばん』」

「おっと、そうか。その手があったか」

「はい」


 にこやかなアスレイの声。

 それは神への祈りではない。故に源素は図形を作らず、故にキャンセルする対象もない。

 アスレイの神官衣の袍が輝いた。正確には袍の中に収められた何かがだ。

 

「アーティファクトはあなた方だけの専売特許ではないということです」


 それであれば【プレイル/祈祷】も【詠唱】もなく魔法を発動できる。俺に見ないところで発動されればキャンセルもハックもできない。

 ……あれ、これはちょっとまずいかも?



 アスレイの持つなんらかのアーティファクトの魔法効果により、丘の上からワーズワードとアスレイの姿が掻き消えた。

 

「な、なんじゃと!?」


 驚きの声はニアヴのものだ。


「あの阿呆者、あれほど油断するなと言うたのに、このような安易な策に嵌まるとは! なんと使えぬ群兜様じゃ!」


 ニアヴは、先ほどの賞賛も忘れてワーズワードを罵った。まさに気分屋の性質である。

 丘の上に残されたのは、自分といかにも頼りないナスサリア兄妹、魔法を使えない『双曲刀のスローリ』、そして未だに逆さまの近衛神官オーム・ザラである。

 ワーズワードがいればこそ、自分はダスカー率いる中央陣へ救援に向かえたのだ。

 今の状況で自分がここを離れれば、残された者は全滅してしまう。


「ぶぶふふふ。厄介な者は消えた。策では我らが一枚上手であったな。残るはお前たちよ。魔境の獣……お前の実力はどうであろうな」


 ザラの挑発に、ニアヴの獣の虹彩がきゅうと縦に細まる。

 危機的状況であればあるほど、冷静さがましてゆくのがニアヴだ。

 ニアヴの口角がくっと持ち上がった。

 

「くっくっくっ。よかろう、お主こそ、そのような大言を口にできる器か見定めてやろう。妾はニアヴ、濬獣ルーヴァニアヴじゃ」


 こうなっては仕方ない。今、こやつを自由にするわけにはいかぬ。

 ――フェルナよ、死ぬでないぞ。遠い戦場を一瞥したニアヴは、ぐっと牙を噛み締めた。


 ……

 …………

 ………………


 そんなある意味での最終局面を遠く眺める一人の人物がいた。

 厚手のフードをまぶかにかぶり、その表情はうかがい知れない。

 只者でないだろう。なぜならば、その人物は戦場に現れた四人の近衛神官と同じくに空中に浮かび、丘の上を眺める視線はワーズワードと同じ【パルミスズ・バード・ビジョン/風神俯眼】の魔法による遠視であるからだ。

 戦場を俯瞰する視線で今度はダスカーたちが追い詰められている主戦場へ見る。

 体格的にフードの人物が男性であることは間違いない。戦場を覗き見るこの男は、一体何者であろうか?

 そんな疑問をもった次の瞬間、男の姿がその場から消え去った。



 ◇◇◇



「はああッ!」


 気合一閃、フェルナは二人の進路を塞ぐ炎の柱に凍結の魔法を宿した愛剣を叩きつけた。

 火炎と冷気が一瞬せめぎ合い、次の瞬間にはまるでそのどちらもが最初から存在していなかったかのように、ぱっと輝く光となって拡散した。

 魔法が生んだプラスとマイナスの熱量が相殺する時、それは中間温度に落ち着くのではなく、両者の魔法効果の対消滅という結果を引き起こすらしかった。いかにも物理法則を超越した魔法らしい結果である。

 

「道ができました、今なら行けます」


 フェルナが声を上げる。

 炎の柱は一本だけではない。動けぬ風神騎兵を守るように何本も投下され、地上に落ちると同時に火柱となって燃え上がるのだ。

 フェルナが切り裂いたのはそのうちのたった一本だけである。

 しかし、それで十分だった。必要なのは二人が通れるのほんの僅かな隙間でいい。

 こじ開けた隙間にフェルナと御者くんが走り込む。

 【ラクーンロアー/狸爆音】発動に際し、ギリギリまで敵を引きつけたおかげで二人は風神騎兵の先頭からそう離れていない場所にいたのだ。六足馬の速度なら、数十秒後には接触できるほどの近距離である。


 故に、御者くんは前方を指差した。

 状況を打開するための一手は、安全な後方への退避ではなく、危険な戦場前方にあるのだと。

 二人が走る。

 その先には動けなくなった六足馬を戦場に捨てて、聖都へと逃げ帰ろうとする神官たちの姿があった。

 

「ひいい、痛い、痛いィィ! ふざけるな、こんなのは聞いていないッ、俺は逃げるぞッ」

「私も連れて行ってくれいっ、動けぬのだ!」

「悪いな、この魔法は一人用だ」

「危ない危ない。やはり最後に信じられるのは己のみよ」

「神官様、どうか私もお助けくださいっ」

「たわけ、貴様が無能故に、私の六足馬が手綱を切って逃げてしまったのであろう。助かりたくば、自分の足で走るがよい。その折れた足で走れるものであればな」

「そ、そんな」


 ある者は転移の魔法を使い、ある者は空中を低く飛ぶ。

 そのどちらの魔法も使えない低位の神官や戦車チャリオットの操る御者は痛めた身体をひきずりながら、這々の体で逃げてゆく。

 確かに壊滅的打撃を受けた風神騎兵であるが、戦力が分断されたわけでもなければ、戦死者が出たわけでもない。

 騎馬の足は止まったが神官の魔法は未だ健在であり、戦車をなくした御者とて地上に降りて槍を振るうくらいの戦闘力は有している。

 風神騎兵は多くの実践訓練を積んだ精鋭のはずである。冷静に状況を判断し残存戦力を集中できたなら、いま目の前に見えるような悲惨な光景にはならないはずだ。

 だが、その認識こそがまさしく神官の持つ驕りそのものであった。

 彼らの戦力は――その最強の自負は――常に絶対の安全圏から一方的に攻撃するという、定められたシチュエーションでのみ発揮されるものでしかなかった。彼らは自軍が傷つくことを想定した訓練をしてこなかった。

 そんな彼らを襲う初めての痛みと恐怖。想定し得ない状況に、安全な銀壁内に逃げ帰ることしか考えられなくなってしまったのだ。

 逃げる彼らの中に戦友や部下を助けようという者の姿はまるで見えない。皆が皆、自分だけが助かる行動を取っている。

 魔法という最強の個人能力を持つ神官が集団になったことで、逆に弱さを露呈させる結果となったのだ。

 

「ヒュー、ヒュー、ヒュー……バカな、この俺が……この俺の最強の軍隊がこのような……ぐふッ」


 絶え絶えの声でクバーツが呻いた。

 最前線を走っていたクバーツの隊長騎は【狸爆音】の轟音を直上に聞き、最高速のまま六本の足を硬直させて横薙ぎに倒れ、地面を滑った。

 勢いのまま前方に放り出されたクバーツの身体は、六足馬の頭上を超えて、その先の大地に放り出され、そのまま六足馬の下敷きになってしまったのだ。

 クバーツの全身がバキバキと悲鳴を上げ、特に両足は一人では立ち上がれないほどの複雑骨折である。

 必死の呼吸とともに大量の血を吐く。

 死ぬほどの痛みに魔法を【プレイル/祈祷】することもできない。

 比較的無事であった御者もクバーツの悲鳴に恐れをなし、倒れた六足馬と戦車を捨てて逃げ去った。

 最強の風神騎兵を育て上げ、栄光の聖庁入りを確信した彼が、今死に瀕していた。

 想定しない『音』の攻撃。倒れた六足馬の下敷きになるという不運。隊長の危機を助けにこない部下たち。――これまでにない不運の連続がクバーツを襲っていた。


「ありえ……ぬ。俺は……絶対……幸運者、だぞ。フレヴァンスさまっ……ニールギールさまっ……どうかお助けを……かはっ」


 遠い上空に浮かぶ二人の近衛神官に向かい、震える腕を伸ばす。

 風神騎兵の崩壊に合わせて前進してきた獣人軍は二人の近衛神官が退けてくれた。そこまではわかる。

 裏を返せば、クバーツの風神騎兵は最終的には聖庁に信用されておらず、保険をかけられていたということであるが、それで己が助かるのであれば、それでよい。死にたくない。なんでもいいから死にたくない。今クバーツが思うのは、そんな願いだけだ。

 だが、上空の二人の近衛神官はクバーツを助けることにはあまり興味はなく、奇襲に混乱する獣人軍を攻撃することに熱心であるようだった。


 霞がかり朦朧とする視界。そんな中、クバーツの耳が人の走る足音を拾った。

 足音は向かって前方から。つまりは――

 クバーツは全身の痛みに耐え、呼吸を押し殺し、じっと息を潜めた。


「どうですか、御者様」


 血なまぐさい戦場にあって春風のような爽やかさ。発生源に目を向ければ潤いをもってさらりと流れる青い髪。自分に劣らぬ美貌。鋼線を束ね、弛め押し込んだような理想の筋肉を持つ青年の姿。それは火柱を越えてきたフェルナの声だった。

 クバーツの乗る戦車は隊長騎だけあって、それを引く六足馬はひときわ巨体の立派な馬体を有していた。その背中側で下敷きになるクバーツの姿はフェルナからは見えていない。

 フェルナの傍にもう一人の人物がいた。御者くんだ。

 苦鳴を上げる六足馬の首筋を慈しむように撫でると、ポケットの中から上等な布にくるまれた水晶珠を取り出した。

 それはワーズワードが事前に渡しておいた魔法道具である。

 ワーズワードは非戦闘員の彼を、危険のまま戦場に送り出したわけではない。ちゃんとその身の安全を考えていたのだ。

 本来であれば、緊急時に自分が使うべきその魔法道具を六足馬の首筋に押し付ける。


 カッ――


 と、水晶珠が淡いピンクの光を放ち、魔法効果を発動した。

 魔法道具の発動方法としては言語での命令――コマンドワード――が一番わかりやすいスイッチであるが、必ずしもコマンドワードである必要はない。

 このマジックアイテムは、素の状態で傷ついた身体に強く押し付けることで発動するように設定されている。

 シャイな御者くん専用に設定された特別仕様のスイッチング機構である。

 そうしては発動する魔法効果は、もちろん――


「ヒヒン!」

「ふげっ」

 

 六本の足を跳ね上げて、六足馬が立ち上がった。明らかに骨折していた足が治癒されている。

 これは全てを癒す【ドッグドック/犬医】の魔法効果だ。

 大きな瞳で御者くんの顔を覗き込み、頬をこすりつける六足馬。

 最後の保険ともいうべき最強の癒しの魔法道具を、御者くんは目の前の六足馬を救うために利用したのである。

 治癒完了と同時に水晶珠にヒビが入り、源素の輝きが消えた。

 その魔法効果が絶大なためか、【犬医】の魔法効果を宿した水晶珠は一度の発動で破壊される――これは使い捨ての魔法道具である。

 同じような治癒効果を持つマジック・アーティファクト――『宝樹の心果実ド・ラ・メア』であれば、そのようなことにはならず一〇〇〇年を超えた今でも使えているため、そういう意味でもワーズワードの作成するマジックアイテムと本物の潜密鍵アーティファクトとは同じものに見えてもやはり別物なのであろう。

 

「…………」

 

 ところで。

 

 六足馬が立ち上がったことでその巨体の下に潰されていた一人の神官の姿があらわになった。

 踏み潰されたカエルのような腹ばいの姿勢で地面に伏している。

 

「この神官……運悪く六足馬の下敷きにされたのでしょうか。起きませんね、気絶しているようですが」

「…………」


 フェルナが一応警戒し、氷の剣を向けるが、神官はピクリとも動かず、起き上がる様子もない。

 もし起き上がってなんらか攻撃を仕掛けてくるようであれば、神官の脅威を排除しなければならなかったところだが、そうでないならば、今は僅かの時間も惜しい。


「放っておいてもよさそうです。急ぎましょう」


 フェルナは神官に対する警戒を解除し、御者くんに話しかけた。

 

「ブルルッ」


 御者くんの代わりに六足馬が答える。

 六足馬の知能は高い。足元に転がる自分の主人であるはずの神官には一切の気遣いを見せず、自分を助けてくれた御者くんに横づらをこすりつけている。

 御者くんが上空の近衛神官を見る。なにかしら言語化できない世界で通じ合ったらしい六足馬が大きな瞳を瞬かせ、すっと腰を落とした。

 マイクロバス程の大きさを持つ六足馬の背に素早く駆け上がり、手綱を握る御者くん。さすが扱いに慣れている。

 そして、フェルナに向かい手を伸ばし六足馬の背に引き上げた。

 二人の成人男性を乗せているとは思えない軽々しさで、六足馬が再び立ち上がる。

 それだけで一気に地上が遠ざかる。


「これは、なんて高い――っ」


 思わずこぼれる声。

 初めて六足馬に跨ったフェルナは、まずその高さに驚いた。高楼樹の家の幹から地上を見るのと同じくらいの高さがある。

 しかし、重要なのはこれからなのだ。

 

「行けそうですか」

「……(こくり)」


 御者くんが、六足馬の首を優しく撫でる。

 それだけで六足馬は御者くんの意図を理解したかのように走り出す。


 パカラッ、パカラッ、パカラッ


「おおおおッ!?」


 彼らしからぬ驚愕の絶叫。

 そして、フェルナは六足馬が神に連なる眷属と呼ばれる、その理由を知った。

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