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ななしのワーズワード  作者: 奈久遠
Ep.9 竜と竜
125/143

Double Dragon 12

 『シフォン公式サイト乗っ取り、被害広がる』


 翌日のニュースもまた昨日の事件の続報だった。ネットニュースでは一つの事件であっても配信元が違っていれば別の記事になるし、新しい情報が出る度にそれでまた一本の記事として成立する。畢竟ネットユーザーは一つの事件を多角的視点で時系列に追いかけることになる。それはある意味でノンフィクションの連続ドラマ小説を読み進めているようなものだ。

 となると現代の記者には小説家的才能も求められるということだろうか。俺にはとてもなれそうにない。


 しかし、公式サイトの乗っ取りで広がる被害とはどういう意味だろう。タイトルだけではよく判然わからない話であるが、キャッチーなタイトルでユーザーの興味を引いてリンクをクリックさせるというのはよく使われる手だ。

 被害者が売れっ子のシフォン・アイローネだからこそ、サイト乗っ取り程度の小さい事件でも、こうしてトップニュースになるわけだが、俺としては同じ海外のニュースなら、中華OS「大鵬ダーベン」のアップデート情報の方が気になるな。

 あの欠陥OSについては、どこかの凄腕ハッカーが人工衛星「中天王」に搭載されているサテライト・カメラのハッキングに成功したというニュースが少し前にあり、今やアンダーグラウンドの世界では、その不正アクセス手順についてまとめサイトまで作られている始末だ。

 ネット犯罪なんておよそ子供のいたずらレベルのくだらないものが多いものが、人工衛星への不正アクセスはその域を超えている。サテライト・カメラのハッキング程度なら大した害はないが、同じセキュリティ・ホールを利用して衛星の軌道制御プロセスまでハッキングできてしまうのは問題だ。ちょっと試してみたら、本当にできてしまったのだから間違いなく問題だ。

 なんでそんなことをしたのかと問われると少し答えにくい。

 俺自身に衛星を悪用する意図はないが、アンダーグラウンドに公開された技術を実際に検証してみるという、興味本位の趣味くらいは許して欲しい。

 

 まとめサイトではサテライト・カメラのハッキング方法までしか書かれていないが、最初に中天王への不正アクセスを成功させた凄腕ハッカーなら、当然俺と同じくそれに気付いていることだろう。そのうちまた他の誰かが見つけて大騒ぎになることは想像に難くない。

 悪意を持つ人間が人工衛星を自由に操る術を手に入れれば、『エネミーズ』に並ぶような不味いことができてしまう可能性がある。

 ネットにも技術それ自体にも善悪はない。それがあるのはあくまで使用者の側なのだ。

 エネミーズ――世界の敵か。大仰な呼び方をするからすごいやつのように聞こえるが、結局はネットの裏に隠れて顔を見せないただの姑息な犯罪者だろうに。

 

「どちらにしても、世界的指名手配犯なんて俺とは関係ない世界の住人だな」

 

 俺は呟き、エアロディスプレイの片隅に浮かぶデジタル時計に目を向けた。


「そろそろ出るか。自立の一歩目は無遅刻から」


 俺は世のために貢献する人間になる。世間から認めてもらえる人間になる。

 『脳を自分向けにカスタマイズする』手法により、俺の持つ知識と技術力は一般人のそれを大きく超えたものになっている。俺はきっと世の役に立つ人間になれるはずだ。

 もちろん、無理を言わない範囲で、分相応に自重して。

 社会の歯車とか潤滑油とか、多分そういうの得意である。

 目立たない人生でいい。ただ誰かに何かを認めてもらいたい。


 そうして――本来なら生まれてすぐに破棄されるはずだった生命にも皆と同じだけの価値があるのだと思いたかった。

 

 結局俺は事件の続報を確認することなく、エアロビューをポケットにしまいこんだ。

 

 『セブン・デイズ・ウォー』、二日目。

 

 進行する異常事態に気づく者はまだ少なかった。



 ◇◇◇



 戦場、左翼――将帥リスト・ナラヘール。


「いやったぁー、へへん、ラクショーじゃん! ……て、あれ? これってボク、もしかしてヤバいかも」

「ナラヘール様、突出! 戦車隊、我が隊との間に走り込んできます! このままではナラヘール様が敵軍の中に孤立します!」

「それだけは絶対にいかん。命を捨ててでもお守りせよ!」

「わかってるにゃ。豹王家の姫様を死なせたとあっにゃあ、猫族の名折れにゃ!」

「待てお前たち、全員が行っては陣形が崩れる!」

「言ってる場合かよ、軍人さん。いくぞ、全員マジック・アイテムを発動! 突撃にゃあああ!」

「「うにゃあああ!!」」


 戦場、中央――将帥『金獅子』ダスカー。


「左翼、敵に分断された模様。混乱しています」

「おっらああ! ……おいおい、マジかよ。ありゃあ、姫さん突っ込みすぎだな」

「金獅子様。ここ中央は我らだけで守りきれます。兵の一部を割いて助けに行ってやれませんか」

「いや、今はこっちも手一杯だ」

「しかし、豹王家のナラヘール様の身に何かあっては」

「無理だな」

「ですが」

「俺が無理だって言ってんだ。今は目の前に集中しろ」

「……はっ」


 戦場、右翼――将帥タリオン・ジョー。


「左翼、抜かれました。もしここが崩れれば、中央が挟み撃ちにされます。絶対に崩れるわけにはいきません」

「当然だ、押し返せ」

「前方戦車、神官の【プレイル/祈祷】を確認。推定、火炎魔法、攻撃が来ます!」

「まかせろ、『まじっく・ばりあー』!」

「おお、やはりすごいぞ、この魔法道具マジック・アイテム。四神殿の神官だって敵じゃあない」

「いえ、ダメです、敵戦車止まりません!」

「どうしましょうか、副官殿」

「はっ、ここは大盾を準備。鉄壁防御で受け止めるのがよいでしょう」

「あなたの意見はどうですか」

「敵は六足馬です。槍衾を敷く方が有効かと」

「いえ、戦車に乗るのは四神殿神官です。突破の前に魔法が飛んできます」

「であればやはり『まじっく・ばりあー』の出番でしょう」

「皆様大変良い案をありがとうございます。では盾を構えつつ、隙間に槍を伸ばし、魔法を警戒、『まじっく・ばりあー』で戦線維持をお願いいたします」

「りょ、了解であります」


 聖都北方の戦場は開始三〇分も経たない内に状況が決しつつあった。


 【パルミスズ・バード・ビジョン/風神俯眼】。遠見の魔法で上空から戦場を一望する。

 【パルミスズ・サラウンド・サウンド/風神副耳】。遠耳の魔法で戦場の声を拾い集める。

 

 主戦場を少し離れた見通しの良い丘陵の上、魔法の目と耳を俺と共有するエテ公が苦々しい表情を見せた。

 

「ワーズワード殿」


 その先は言わずとも判然る。


「だめか」

「はい。よろしいですかの」

「戦場の指揮はあなたにお任せしている。俺の意見を待つ必要はない」


 いくら俺に戦争経験があると言っても、それは仮想世界の戦争の話であって、物理の戦場についてはスーパードレッドノート級に素人である。

 ここで俺の出番はない。


「では……鳴兵めいへい、窮声三鳴。全軍撤退じゃ」

「はっ」


 キュウーーン、キュウーーン、キュウーーン。


 命令を受けた鳴兵が吠え声をあげた。

 

 キュウーーン、キュウーーン、キュウーーン。


 一定間隔に配置された鳴兵が同じ吠え声を連鎖させる。それにより、細く高い窮声が戦場中に響き渡る。

 竜国ガーディアの鳴兵は声に特化した兵だ。

 どのような状況でも望みどおりの吠え声を出すことができ、戦場に様々な命令を伝えることができる。

 特殊な訓練を受けた鳴兵は、当然獣人解放運動に集まった一般獣人ではなく、エテ公配下の正規の軍人さんだ。

 

 中央のダスカー、右翼のタリオンはよく耐えてくれたが、左翼のリストが崩れてしまったのでこれ以上の『アイソバリック・ディフェンス』の維持は不可能と判断したのだ。

 中央が二つに割れ、兵が左右に別れる。

 そのまま左翼、右翼の陣と合流し、瞬間的に一・五倍に膨らんだ兵力で敵兵を引かせた後、左右に広がる雑木林の中へと走り込む。

 殿に食らいついていた六足馬の戦車隊も林の中にまでは追ってこない。

 六足馬が本気を出せば、どんな悪路でもお構いなしに追えるはずだが、罠の可能性を警戒しているのだろう。

 それほどに見事に無様な逃げっぷりだったのだから。

 敗走兵を追うのを諦めたかわりに、六足馬の戦車隊は勝利の勢いそのままにイサナウオの像へ殺到してゆく。

 いくら大きいといっても、所詮ただの像である。足元から破壊魔法を打ち込まれれば、簡単に壊されるだろう。


「では俺たちも防衛拠点に戻ろうか。怪我人の治療が済んだら、反省会だな」

「うむ……」

 

 思う結果を得られなかったエテ公の腰は重いようだった。

 

 …………

 ……

 

 本部テントに全員が揃ったのはそれから二時間後のことである。

 

「軽傷六三名、重傷八名。【ドッグドック/犬医】の魔法により死者はなし。戦況としては戦略的撤退といったところだな。さて、では今日の反省会だ。まずは総指揮のエテ公から」

「そうじゃのう。細かくは言うまい、儂から見て良かった点を一つ、悪かった点を一つあげようかの。良かった点は、皆がワーズワード殿より授けられた魔法無効化のマジック・アイテムを使いこなせておったことじゃ。神官の【祈祷】を確認して『まじっく・ばりあー』を発動する連携は完璧なものじゃった。あれだけの戦闘があったというのに、戦死者がでておらんのも魔法に対する防御が完璧じゃったからだのう。悪かった点は明白じゃ、ナラヘール、ジョー、ダスカーの三将が五〇〇の兵を御しきれておらん。課題はお主らの指揮経験じゃな」


 リストのことも呼び捨てである。戦場にあっては爵位や王位は関係ないという軍人の基本ができている。この辺は俺だったら多分適当にしていたところなので、さすがエテ公である。


「そうはいうがよ、双曲刀の爺様。俺はどっちかってぇと一兵卒として戦うつもりで叔父上の助けに来たんだぜ。その上、猿王家と豹王家の軍人さんたち以外は、ここ法国で奴隷にされてた奴らだ。戦う意志はあっても武器なんてもったことがねぇ。いきなり素人を指揮しろってのがまず、無茶じゃねぇのか」


 竜国から応援できてくれた人数は約一〇〇〇人。うちの正規の戦闘訓練を受けた軍人は六〇〇人程度、拠点防御に四〇〇を割り振ると、攻撃側には二〇〇しか動かせない。

 となると一五〇〇の七割以上は素人になり、単純計算軍人一人で八、九人の素人を世話しなければいけない。その為、兵を動かず単位は一〇人一組テンマンセルとし、それが五〇組五〇〇人で一軍の計算。全三軍体制での聖都攻めが基本戦略となっている。

 三軍の総大将エテ公。その下で各一軍を指揮する将帥としてリスト、ダスカー、タリオンがそれぞれ割り当てられた。

 リストは王家の血の責として。ダスカー、タリオンは個人の能力で。

 

 イサナウオの像破壊に出てきた戦車部隊一〇〇騎相手に三軍を動かして、アイソバリック・ディフェンスを試してみたのだが、結果はこのざまだ。

 もし神官兵も一緒に出てきていたら全滅ありえたな、これは。

 つまり、人数だけは多い烏合の衆――それが俺たちの現状である。


「たわけ。獅族はもとより指揮官向きの族じゃろう。泣き言を言う暇があれば、己を高める努力をせぬか」

「それなら、叔父上がいるじゃねぇか」

「レオニードは守りの要だ。動かせん」


 そして、獣人族の中で唯一魔法を扱える小ニアヴ兄妹は切り札ポジ。というか、そもそもあいつらに指揮官ができるとは思えないので、使えるところに使っていく方針である。今は大ニアヴの元で魔法戦闘訓練をしてもらっている。

 リストがぐずりあげる。

 

「ううっ、ごめんね、みんな。ボクが任されてた左翼が突破されちゃったから」

「やめてくれよ、お姫さん。俺のところだってギリギリだった。神官どもがこっちの戦力が読めず躊躇したってだけで、本気で突っ込んでこられたら防ぎきれなかった」

「同感でございます。わたくしの右翼も結局は向こうが警戒して足を止めただけのこと。マジックアイテムの扱いが良かったと申していただきましたが、正直なところは皆が神官の魔法を恐れて、早めに『まじっく・ばりあー』を発動してしまっていただけでございましょう。膠着状態に持ち込めたのは運が良かっただけのこと。課題は多ございます」

「そうじゃのう。課題は多い。ワーズワード殿からは何かありますかのう」


 一通りの反省が終わり、俺にコメントを求めてくるエテ公。

 うーん、そうだな。


「ではそれぞれに一言ずつ。リスト、お前は自分で敵を倒そうと前に出しすぎだ。今日もお前を助けるために左翼が崩壊した」

「……うん、自覚してる」

「お前の手はどこにある」

「手? それはココに」


 自分の手を広げて、ぐっぱしてみせるリスト。


「兵を指揮する戦場では、お前の率いる兵士一人一人がお前の手で足だ。自分の手足を動かす感覚で、部下を動かせるようになれ。自分という認識の枠を拡大して見せろ。五〇〇人で一人の自分になれれば、お前の部隊は最強になれる」

「五〇〇人で一人の自分……五〇〇人で一匹の獣……ッ!」


 長い牙と鋭い爪を持つ巨大な白い獣。今リストは頭の中に、そんなスイミー的なイメージを思い浮かべているだろうか。


「王家のカリスマというか保護欲というか、お前は兵からの人気が高く、結果お前の部隊は団結力と統率が他に比べてずば抜けている。お前の声には間違いなく全員が従う。ならば後はお前次第だ」

「はいっ!」


 いつもの「うん」ではなく、「はい」で答えるくらいにはリストも兵を指揮する王家の血の重みを感じているのだろう。

 

「次にダスカー」

「おうっ、俺にもすげぇ助言頼むぜ!」


 期待に満ちた目で、身を乗り出してくるダスカー。


「実はお前の指揮はそれほど問題はない。冒険者としての勇名があっても多数を率いるのは難しいと思っていたのだが、俺が見たところ三人の中ではお前が一番うまくやれていた」

「ちょ、待ってくれ。それだけかよ」

「無論、相対評価としてダメダメ三人組の中で一番うまくやれていたというだけだ。絶対評価でいうなら下の中というところだぞ」

「がおお……それはそれでキッツい評価なんだがよ」

「お前の用兵はセンスがいい。特に危機回避の動きに優れている。だが、それはお前個人が優れているというだけで、他の兵士はお前の動きに振り回されているように見えた。何が危険でどこに気をつけなければいけないのか。指揮官である以上、それは言葉で伝えろ。それでやっとお前の部隊は全員の意志が統一される」

「どういうこった? そんななァ、うなじにピリピリくる感覚でわかるもんだろ。今日だって、姫さんトコへ援軍を出せなかったのは俺たち中央の戦力が完全な均衡状態だったからだ。ちょっとでも兵を動かして均衡が崩れた途端、あいつらは一気に突っ込んできてた。俺たちが崩れたりゃ、それこそ左翼は全滅だったってのは、あそこにいてわからないはずがねぇ」


 さも当然と言い切るダスカー。

 その当然が当然じゃないんだよなあ。


「残念ながらそれは全員が持たないお前だけの才能だ。その感覚を言葉にして伝えるだけで、お前はいい指揮官になれるはずだ」

「そうだったのかよ。しかし、これを言葉にか。難しい注文だな」

「できないか?」


 ダスカーが不敵に笑う。


「難しいとできねぇは別だぜ。やれってんだろ、ならやってやんぜ」


 具体的な目的を理解した途端、瞳に活力をみなぎらせるダスカー。獅族には指揮官適性があるというエテ公の言葉は正しいのだろう。うん、問題なさそうだ。

 

「で、タリオン」

「はい」


 面長の巨体が居住まいを正す。

 

「お前は周りの意見を聞きすぎだ。でもって、全部聞き入れすぎだ。指揮官とは言葉通り指揮、すなわち命令を下す官職だ。周囲に案を求めるのはいいが、一人ができるのは一の仕事だ。一人で一〇の仕事はできないのだから、部下にはできる範囲の指示を下せ」

「……はい」


 しゅんと萎れる馬耳。タリオンは豹王家で武技指南を務めるほどの実力者だが、逆に言えば指導ができるのであって指揮が得意なわけではない。

 しかし、俺が今言ったとおり、タリオンにも一〇を求めるつもりはない。一〇はできなくても五はできるからこその指揮官なのだ。その五を完璧にできれば、あとは捨てていい。


「その上でいうが、今日の戦場において、お前の率いる右翼が最も有能であったことも事実だ。実際、アイソバリック・ディフェンスの意味を理解して動けるのはお前だけだと思われる。なので、助言は一つ。複数の案が出た場合、攻勢を捨て、常に防御の戦術を組み立ててみろ。攻守の全てができる必要はない。防御という一点特化がお前のやるべきことだ」

「それでよいのですか」

「それでいいんだ」


 膠着する泥沼の戦場。それこそがアイソバリック・ディフェンスの到達点である。


「よいのですか……であれば、わたくしは必ずやその期待に応えて見せましょう。不退転こそ我が為すところ。馬族の誉れでございます」

「エテ公もそれでよいか。圧倒的不利でもタリオンの陣だけは絶対に崩れないと確信できれば、あなたも戦略が立てやすいだろう」

「まさしく。しかし……敗戦であれほど沈んでいた皆をただの一言でこうも力みなぎらせるとは。ナラヘールとダスカーへの的確な指示に加え、将としてやや劣るタリオンへは全てを求めないと、それはなかなか言える言葉ではないの。常人であれば、戦場での失敗を許容できず、部下にも全能を求めてしまうものじゃ」

「まあ、そもそも今日の戦いも別に失敗とか敗戦とかいうわけじゃないしな」

「なんですと?」

「敗戦じゃないって。でもボクたち、負けて逃げてきたんだよ」

「それはアイソバリック・ディフェンスがうまく行かなかっただけだ。アイドル・アタックは成功しているので、別に作戦自体は失敗ではない。状況としては優ではないが可、一〇〇点ではないが六〇点。それが俺の評価だ」

「水神イサナウオの像の製造がその『あいどる・あたっく』なのだとお聞きしましたが、あれでよかったのでございますか」

「あれも壊されちゃったけど」

「構わない。誤解しているようだがあれはアイドル・アタックの内の一手であって、あれが全てではないからな。大切なのはさじ加減。そこは俺がコントロールしていく」

「がうう、これでいいのか。やっぱよくわかんねぇな、あいどる・あたっくって作戦は。こんなんでどうやって聖都を落とせんだか」

「はい、わたくしもそこに疑念がないではありません。これを続けたからといって最終的にどのように聖都を陥落させられるのでしょう」

「それはまあ。俺は俺で頑張っているということで」

「ひっひっ。ワーズワード殿の立てた策じゃ。問うて聞いても全ては理解できまい。いらぬ心配をするより、今はそれぞれ己の責に励むがよいじゃろう。それは儂も同じじゃわい」


 そのフォローはありがたい。説明しないことで作戦に不信を持たれても困るが、説明して楽観されるのも困る。

 皆ができることをできる限り頑張る。勝利への道はそれしかないのだ。

 最後に皆の反省にエテ公が声をかける。


「ナラヘール、ダスカー、ジョー。お主らは皆、将としては雛鳥じゃ。課題が見えたなら成長せい。それができねば次の戦場では傷つくのはお主らではなく、お主らを信じ付き従う兵どもじゃて」

「「はっ」」


 良い返事だ。エテ公にしても伸びしろのある若者を指導するというのは、老人冥利に尽きるところだろう。

 こういう成長性は俺にはないものなので、やや眩しくもある。

 そして最後は、次に向けての戦略会議だ。


「とまあ、お前たち一人一人の課題はそれぞれで頑張ってもらうとして、今度はこれまでに見えた四神殿の保有戦力について考えよう。まず六足馬のチャリオット一〇〇騎、次に魔法と武器の両方を使いこなす神官兵。こちらは五〇〇人規模。全員が神官兵ではないだろうが、その分誰が魔法を使ってくるか判然らないという不可視の脅威がある。そしてまだ出てきていないが、近衛神官ロストンの存在だな」


 皆が真剣な表情でうなずきを返す。


「近衛神官の戦力は正直まだ不明なので、もし出てきた場合は俺が相手をする。複数出てきた場合は大ニアヴと小ニアヴにも動いてもらう」

「危険ではありませんかの」

「そうかもしれない。危険だからやらない、でいいだろうか」

「……ではないのう。申し訳ない、侮ったことを申した。四神殿への宣戦布告を選択したのはワーズワード殿自身じゃ。覚悟は既にござろう」

「及び勝算だ」


 こと魔法に関しては、相手が近衛神官であろうと引けを取るつもりはない。


「ということで、未知数の近衛神官を除けば。現状最大の脅威は六足馬だ。【マルセイオズ・シール・シールド/水神封魔盾】の魔法効果を付与した魔法道具、【マルセイオズ・シール・マーブルズ/水神封魔玉】により神官の単純攻撃魔法は無効化できているが、戦車――六足馬自体の突貫はどうしようもない。作戦の阻害要因になるため、早急に排除する必要がある」

「うん。みんなも怖がって近づけないもん」

「確かにな。六足馬が敵として目の前に迫ってくるのが、あんなにこえーとは思わなかったぜ」

「わたくしですら見上げなければならない、あの巨大な姿はまさに神の眷属。馬族としては槍を向けること自体にためらいもございます」

「そうだろう。そこでまず第一攻略目標は六足馬の戦車隊だ。あれをどうにかするために、今日はプロの方にお越しいただいた。皆拍手で迎えよう」

「ぷろの方……?」


 ぱちぱちと拍手する俺に釣られる形で幾つかの拍手がテント内に響く。

 恐縮するように頭をへこへこさせながら、一人の人間がテントの中に入ってくる。


「誰だ?」

「はい、皆さんご存知、御者くんです!」

「御者……様?」

「……」


 そうである。お呼びしたのは御者くんである。

 テンションのおかしい俺の紹介に、御者くんは居心地悪そうにペコリとお辞儀をした。

 俺も会釈を返す。

 

「いつもやってるけど、なんなのそれ?」


 リストの呟きはスルーする。

 今は大事な作戦会議の場である。

 

「御者くんは六足馬の馬車の御者をしている。つまり六足馬についてのプロなわけだ」

「いやそこじゃなくて、名前で紹介してくれねぇと」

「そんな御者くんから六足馬攻略のありがたい戦術を授けていただけることになった。はい、傾聴!」

「お、おう」


 俺の勢いに追われ、ダスカーも押し黙る。

 静まるテント内。

 おそるおそる左右を見回した後、御者くんが意を決したように口を開いた。

 すうと息を吸い、

 

「…………(パチン)」


 両手を頭上で叩き合わせ、役目は終わったとばかりにふーと大きく息を吐いた。

 

「やはりそれしかないな。俺もそうだと思っていた。さすが御者くんだ。以上。皆、御者くんに授けて頂いた素晴らしい戦術を理解できたな。これでもう戦車隊は怖くないゾ」


 俺の再びの拍手に御者くんが頭を下げ、そのまま退場する。

 やや静寂のテント内に俺の拍手だけが乾いた音を響かせる。

 その音も消えたのち、


「えっ。今の茶番劇、なんなの」


 リストが感情そのままの表情で呟いた。

 事前の綿密な打ち合わせの成果を茶番劇いうなし。

 

 『セブン・デイズ・ウォー』二日目。


 まあ、こんなものだろう。当方の作戦行動、完遂ならずも支障なし。

 

 

 ◇◇◇


 『聖都・シジマ』聖庁内。


 聖選評議会は戦勝の知らせに湧いていた。

 

「世界魚の塔への卑怯なる先制攻撃こそ防げなんだが、こちらもあの傲岸なる偽神の像を破壊してやったぞ」

「像を守りに出た獣人どもも、まるで相手ではなかったとのことじゃ。所詮は獣の血よ」

「フフフ」

「ヒヒヒヒヒヒヒ」


 哄笑とも嘲りともわからぬ混沌とした笑い声。聖選評議会の日常である。

 

 早朝に伝えられたイサナウオの像の出現は聖都を大きく揺り動かした。

 小高い丘の上。やや遠い場所ではあるが聖都のどこからでもその姿が見える。見えるからこそ、その巨大さがわかる。

 睥睨するように。威圧するように。像が聖都を見下ろしていた。

 昨日の世界魚の塔の破壊の件もある。どちらも同じ水神であるがために、あたかもその像が四神殿よりも獣人の方が上だと誇示しているように思われた。

 これ以上の屈辱があろうか。神官の心は怒りと憎悪に満ち、魔法を【コール/詠唱】する声も鬼気迫ろうというものである。

 一方、聖都に暮らす神官以外の住人――金に困らぬ遊蕩の貴族師弟や観光業者、高級娼婦を含む商人たち――の混乱は大きかった。

 戦争が始まるといっても、それはただ襲ってくる敵を適当に追い払うだけの一方的な戦闘を想像していた。それはそうだ。聖都には魔法を使う神官が数多く存在し、魔法だけでなく肉体的な戦闘も可能な神官兵が街を守っている。神官兵は超一流であるし、いざとなれば最強の近衛神官だっているのだ。

 だから解放運動の成功に酔い、要らぬ欲を出しだ獣人どもが都市外辺に集まりだしても、住人たちは特段気にすることもなく、いつも通りの生活を続けていたのである。

 しかし、昨日今日でその認識は一変した。聖都に住まう人間といえば聖都に見合う階級の人間であるだけに、これまで幾人もの獣人奴隷を使役した経験がある。自分たちが彼らをどのように扱ってきたかの自覚くらいは持っている。

 もし仮に、万が一、億が一四神殿がアルムトスフィリアに敗れ、怒り狂った獣人が都市内になだれ込んでくるような事態になれば、一体どのような扱いを受けることになるかは想像に難くない。

 彼らがここ聖都に住まう理由のほぼ全ては己の愉悦と快楽であって、無関係な戦争に巻き込まれる不条理は許容できなかった。

 結果、聖都北方でイサナウオの像を巡り風神大神殿の抱える風神戦騎とアルムトスフィリア三軍がぶつかりあう中、戦場の反対側にあたるの南東の門からは何台もの高級馬車が聖都を脱出する状況が生まれた。乗り合い馬車は人で溢れ、馬車を引く馬が苦痛のいななきを上げる。その緩慢たる速度たるや走ったほうが速いくらいだ。

 宿泊宿は開店休業。貴族別邸は固く扉を閉ざし、噴水傍で食べ物を売る屋台や露天が姿を消した。

 大陸最大の歓楽街も明かりがまばらである。まだ商売を続ける店にはよほどの理由があるのだろう。

 今日一日で聖都の抱える人口は大きく減少した。脱出組の中に神官は含まれないため、それによる戦力の低下は期待できないが、聖都内における緊張感には目に見える大きな変化が訪れたといってよい。


「あの病み者の言は正しかったと見るべきであろう。確かにただの獣人めがなんらかの方法で神官の放つ魔法を打ち消してみせた。あれはまさしく、【水神封魔盾】の魔法効果」

「となれば、あの者の語ったもう一つの言も真実だということか」

「……信じられぬ話ではあるが、真実と考えて行動すべきであろうな」


 聖選評議会は昨日の内にサリンジ・ダートーンから得られる限りの情報を得ている。


「しかしワーズワードなる者。本当にマジック・アーティファクトを生み出すことができるとは」

 

 実は【水神封魔盾】の魔法効果を宿すマジック・アーティファクトは大陸規模で見ればかなりの数が発見されている。

 その多くは古の王国遺跡に残る牢と思わしき小部屋などに見つかる。それは魔法使い封じの魔法効果がコマンドワード不要で発動し続けているため、現在の牢獄にもそのまま移植され、魔法を使う犯罪者を無力化することができるのだ。

 濬獣ルーヴァレニが自ら閉じこもるアルトハイデルベルヒの王城地下『封禍宮』の小部屋についているものもこの【水神封魔盾】の魔法効果を持つマジック・アーティファクトである。

 

「おおう。その力、惜しい。どうにか手に入れられぬものか」

「なに。きゃつら獣人どもを壊滅したのち、手足をもいで聖庁に引いてくればよかろう」

「しかり」

「しかり」

「その後は、生かさず殺さず……ギヒ、ギヒ、ギヒ」


 確かに今日の状況だけを見れば四神殿側の完全な勝利だった。初日にあった憂慮や危惧はほぼなくなったと言って良い。

 故に戦果を喜ぶのは当然であろうが、なんと闇の深い喜びの声だろうか。

 そして、聖選評議会は新たなる提言を行う。

 

「警戒対象はワーズワードのみ。そうとわかれば、もはやきゃつらを警戒する理由はない」

「底が見えたということじゃな。近衛神官を動かすまでもなかったわ」

「明日こそ、風神騎兵と神官兵の全戦力を出し獣どもを駆逐すべし」

「しかり」

聖下ウラヌス、ご裁可を――」


 薄布の向こう側、総斎主がすっと腕を動かした。

 近衛神官がその意を受け取り、下へと伝える。

 すなわち、是と。


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