表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ななしのワーズワード  作者: 奈久遠
Ep.9 竜と竜
124/143

Double Dragon 11

「またどこかのバカが悪さしたのか。ネットを悪用して何が楽しいのだろうか」


 ハッキング、クラッキング、ウイルス拡散、不正侵入、情報改ざん、犯罪予告、なりすまし、盗聴、詐欺。

 近年のネット犯罪は技術の発展に伴い匿名化と悪質化が進んでいる。

 特定の個人を対象としたものでなく、金目的とも思えない広範な犯罪を引き起こすサイバーテロリスト。彼ら名もなき犯罪者は『孤絶主義者アイソレーショニスト』の呼び名で統一されつつあった。

 中でも悪質な者は米国家安全保障局が個別のコードネームを付けて、全世界に指名手配されることになる。

 俺のような普通の学生には関係のない世界の話ではあるが、物騒な世の中になったものだ。

 改めて、エアロビューに並ぶ文字を流し読む。


 『世紀の歌姫、シフォンの公式サイトが乗っ取り被害』――それがトップニュースのタイトルだった。


「行き過ぎたファンかただのアンチか……どっちにしても芸能人は大変だな」


 シフォン――シフォン・アイローネは一〇言語話者マルチリンガルの天才歌手という触れ込みで世界中にファンを抱える人物だ。

 俺も単語・文法知識だけなら二〇〇〇言語、一〇〇言語ぐらいならネイティブに操れるので、いくつかのバージョンの曲を聞いたことがあるのだが、どの言語も違和感のない発音で驚いた。

 言語学者でもない俺がなぜ二〇〇〇を超える言語を習得しているのかといえば、それはとある検証実験の副産物である。

 数年前、俺は一つの画期的な記憶術を思いついた。当時進学の受験を控えていた俺は、この記憶術が他の多くの受験生の助けになると思い、自らの理論を体系付けるために自分の脳を使って様々な実験を行っていたのだ。

 その一つが「脳の記憶上限を検証してみるテスト」であり、検証実験の副産物というのはそういう意味である。

 それら検証結果より、俺の思いついた記憶術が単なる記憶容量の増大だけに留まらず、思考や認識を含めて『脳を自分向けにカスタマイズする』ことができるという結論が得られた。

 その活用法は二型四系。論文を一本書けるレベルまで自身の理論を煮詰めた俺は、意気揚々とネット上のスレッドにその成果を書き込んで――

 

 俺の話はさておき、シフォン・アイローネである。人気歌手が被害にあったということでニュースでの取り扱いは大きいが、サイト乗っ取りの手口自体はパスワード総当りの単純なものだという。

 そうであれば、公式サイト側の対策不足に責められる点があるし、アクセス元IPを辿れば、犯人の特定は容易だろう。


 『セブン・デイズ・ウォー』、一日目。

 

 やがて世界中を巻き込んだ仮想戦争へと発展するサイバーテロの一日目は、こうして静かに始まったのである。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 聖都・シジマ『都市外縁部』。


 鈍色に輝く銀壁と透明な水を湛えた堀が目の前にある。シジマ周辺は自然観光や周辺散策を楽しむための遊歩道が整備されていた。とりあえずこのへんの遊歩道も荒らしておこう。『アイドル・アタック』にはこういうマメな破壊活動も大切だ。


 四神殿の祀る神々の中でも主神とされるのは水神マルセイオだ。水神大神殿の、そして聖都のシンボルでもある四つの塔の一つをこうして破壊したわけなので、四神殿もさすがに報復の兵を出してくるだろう。

 水堀は外敵の侵入を防ぐのに適している分、自分から打って出るのは不得手である。シジマに関して言えば、ひし形をした都市の四辺の中央付近それぞれに橋と城門をもっているわけで、都市内の神官や守備兵が水堀を超えて、都市外縁北端に位置するここまで到達するにはそれなりの時間がかかる。

 出撃してくる相手の動きが見えていれば、万全の応戦体制で迎え撃つことができるというものである。


 ドッッッ……!!


 目の前の水堀の上に影が生まれる。続いて巨大な質量が水面を打った。

 それは折れた世界魚の塔の先端部分だ。一番大きな塊が堀に落ちたのだ。

 衝撃で立ち上がる水柱は、聖都を囲う銀壁の高さをも超えた。水柱は高波に変わり、こちら側にも押し寄せる。

 だが水の流れは、神の奇跡だかなんだかの力で制御が可能である。

 

 発動――【マルセイオズ・ロング・タクト/水神指揮杖】。

 

 水流操作の魔法で、押し寄せる高波がピタリと動きを止める。持ち上がった水の塊が空中でブヨブヨと波打つ。

 アダージョを意識した指揮者のように指を振るい、持ち上がった水の塊をそのまま静かに堀へと返す。

 あくまでドルチェに。レガートに。形のない水の流れは形のない音楽と同じである。

 指揮者が音の支配者ではなく調和者であるように、俺もまた水の動きを支配するのではなく、その流れの向きベクトルに緩やかな指向性を与えるだけである。

 

 フィナーレと同時、一滴の飛沫も立てずに水面は元の流れを取り戻した。

 一見派手でありながら、自分の語彙では表現できないレベルの繊細な水流操作を見たダスカーが唸り声をあげた。

 

「がうう、なんつー魔法の力だ。叔父上が心酔する理由がわかったぜ」

「ダスカー、ワーズワード様のお力はこんなものではない。いや、そもそも魔法の才だけでワーズワード様を語ることが間違いなのだ」


 我がことのように俺を誇るレオニードはとりあえずスルー。

 大砲をなでつけるタリオンが疑問を口にする。

 世界魚の塔を破壊したのは魔法ではなく、大砲の力である。


「筒と砲弾を作ったところまではテラの奇跡、【テラズ・アルケミック・ベリー/地神創成果実】系の上級魔法であることはわかりました。が、この大砲はどうやって飛ばしたのでございましょう。空気が震え、大地が裂けるような轟音。あのような爆音は初めて耳にしました。今でも耳鳴りがやみません」

「テラ? ああ、地神テラか。獣人の神と四神殿の神は名前が違うんだったな」


 そういえば水神マルセイオのことも何か別の呼び方をしてた気がする。

 

「そうなのじゃ。テラもジマも同じ神様なのじゃ」

「妹者の言うとおりなのじゃ。四神殿は違うというが、神は百貌を持つのじゃ。じゃから、我ら獣人でも才ある者は魔法を使えるのじゃ。自分だけが正しいと言い、我らの神を認めぬ四神殿が間違っておるのじゃ」

「へー、そーなのかー。同じ神なら、社会的少数であるお前らのほうが四神殿の呼び方にあわせればいいんじゃないのか?」

「たわけ! 信じる神を捨てよとはどの口が言うかッ」

「オーケー、不用意な発言だった。当方に非ありと認め全面的に撤回するのでその恐ろしい牙で噛もうとするのはやめてください」


 大ニアヴの怒りを回避したところで、俺は再びタリオンに向き直った。


「それを可能とするのが、この新しく作った魔法道具マジックアイテムだ。濬獣ルーヴァ秘伝の炎魔法である【フォックスファイア/狐火】を発展させたオリジナルマジックが込められている。基底に赤源素三つ、頂点が黄源素一つの三角錐が【狐火】の源素図形。比べて、これに込められた源素図形は基底に赤源素四つを使っている」

「なんじゃと?」


 すなわち、三角錐ではなく四角錐。一点が追加された立体図形の安定度は格段に上がる。つまり、魔法の性能もそれだけ向上するのである。

 

「新図形を試したところ、その魔法効果は同じ炎の発生でも、火力ではなく爆発力に特化した。ゆえにこのオリジナルマジックを【ラクーンバースト/狸爆破】と名付けた」

「ちょっとまてぇぇぇぇい!」

「【狸爆破】を砲身内部で発動することで金属砲弾を音の速さで射出する。その破壊力はTNT換算で約〇・四三TNTトン。尖塔程度であれば一撃で破壊可能だ」

「言葉の意味はわからぬがとにかくすごい武器であるのう!」


 エテ公が手を叩いて称賛する。

 

「素晴らしい。魔法道具と武器の融合。これはもう大砲でも魔法でもございません。いうなれば、そう、『魔砲』……ぷふー」

「何か言ったか、タリオン」

「いえ何も」

「そうか」


 一瞬、空寒いなにかを感じたのは気のせいだったか。

 

「この大砲、筒の中に渦巻き状の線が入っておりますね」

「それをライフリングという。謎のぐるぐるパワーで砲弾がまっすぐ飛ぶようになる。もちろんライフリングされた砲弾であっても三〇〇〇メートルを超える超長距離射撃を行う場合にはコリオリ力を考慮した弾道計算補正が求められる」

「謎のぐるぐるパワー……コリオリ力……」

「ワーズワードサンって、たまに説明する気ないよね」


 たまに? いや、常にないが。


「さて、大砲の扱いはこれまでにして、次は全員に配った防御用魔法道具についてだ」

「防御用魔法道具についてだ、ではないわ! ぬしゃあ、四神殿より前に狐族に喧嘩を売っておるのかやッ」


 狐が謎の怒りを爆発させた。


「なんだ急に。神様の名前の件は謝っただろ」

「そっちではない! 妾の秘術を発展させた魔法が【狸爆破】じゃと!? よりにもよって狸じゃと!?」

「うむ。ポコンッ☆って爆発する感じがたぬたぬしいだろう」

「どう考えてもポコンという感じではありませんでしたが」

「だよね、フェルナ兄サン。どっちかっていうと、ドゴォォォォォン!! って感じだよね。地面揺れたもん」


 フェルナとリストが横手で何か言っている。

 

「ニアヴ様が正しいのじゃ。狸は敵なのじゃ」

「見つけたら、狸汁なのじゃ」


 でもって、反対側では小ニアヴどもが物騒なことを言っている。


「んー、つまりなにか。狸爆破という命名が気に食わないということか? こんこん族とたぬたぬ族はぽかぽか殴り合いでもする関係なのか?」

わらしのケンカのような言い方をするでないわ。狐族と狸族の間には一言では説明できぬ根の深い問題があるのじゃ」

 

 たとえ二言で説明できるのだとしても聞く気はないな。この非常事態に何をのんきなことを。

 どう答えたものかと考えているところで、フェルナの報告が入った。

 

群兜マータ、出てきました。北東門、数およそ五〇〇」

「おっと、そうか。悪いがこの話は後回しだ」

「お主ッ!」


 言いすがる狐を意図的に無視して、各部隊の隊長たちに号令をかける。


「陣形は偃月。左右は安全を確保し、柔軟かつ迅速な対応が取れる位置まで下がれ」

「「はっっ」」


 聖都攻略初日の今日は全員の三分の一強、一五〇〇人ほどを引き連れてきている。

 残りの三分の二、二五〇〇人には設営や食事作り、拠点防衛などのいわゆる戦時における後衛任務をしてもらっている。主要メンバの中では駄犬とセスリナ、御者くんが留守番だ。

 前衛と後衛の数が逆だと思うかもしれないが、その思考は全く外れている。

 戦場にあっては拠点の堅守が最重要であり、例えば、今ここで一五〇〇が敗走しても、維持された拠点に逃げ込めば再起が図れる。だが、一五〇〇が勝利してもその裏で拠点が落とされたとしたら、その後安全な休息のとれない状況に陥ることになる。

 そのあたりを軽視する人間は例え一時の戦場で無敗であっても、最終的には敗北することになる。『劉邦となるも項羽となるなかれ』とはよく聞く格言だ。


 さて、この偃月陣で『アイソバリック・ディフェンス』がどこまで運用可能か、まずは集団としての戦闘能力を検証せねばならないな。

 俺がいれば、魔法しか使えない神官など、魔法妨害マジック・ジャミングの餌食でしかないので問題ないだろう。

 

「北東門の五〇〇、視認されました。先頭集団は『神官兵』です」

「そうかそうか。問題な――うん、神官兵?」

「はっ。魔法と武器の両方を使う最強の兵です。天騎士級の槍術と上級神官級の魔法を極めた神官兵は近衛神官ロストンを凌ぐかもしれません」

「もしかして強いのか?」

「もしかしなくても、そうです」


 神官兵。そんなのがいるのか。


「魔法も武器も使えるとか反則じゃないのか。魔法の才能とやらに胡座をかいて身体は一切鍛えず、快楽のみを求めてぶくぶくと太っていくのが神官の役目だろう」

「そんな役目は持っていないと思いますが……なんにしても神官兵は四神殿の持つ最強の戦力の一つです」


 報告にあった武装の質が違う兵というのがその神官兵なのだろう。ということは五〇〇人中、一〇〇人くらいは神官兵だということか。

 仮に魔法を妨害できても、物理という攻撃手段を持つ神官兵は俺一人では止められない。

 そして、身体能力の高い獣人でも鍛え上げられた神官兵の相手は厳しいだろう。

 フェルナの持つ【パルミスズ・マインドフォン/風神伝声珠】――マイフォン――が再び発光し、西側に伏した偵察隊からの報告を受ける。


「北西門からも兵が出たとのことです。四神殿神官、その数およそ一〇〇」

「たったの一〇〇か。寡兵でも神官であれば十分だと考えたのだろうが、神官兵というのはともかく、ただの神官相手なら問題はないな」

「続報です。四神殿神官は全員戦車に騎乗。六足馬の引く戦車がおよそ一〇〇騎とのことです」

戦車チャリオット……」


 六足馬。神に連なる神聖な動物で、その希少さ故に王族・貴族でも所有している者は少ない。だが、四神殿はそうではないらしい。

 ルルシスに借り受けたシーズがそうであるように、人間を一踏みでペシャンコにできる巨大な体躯と二トン近い馬車を苦もなく牽いて走る馬力を持つ。高度な知性で独自の魔法を使いもする。

 そんなのが一〇〇騎も?


「一桁間違っていないか」

「残念ながら正確な情報のようです」

「違ってないならそれはそれで桁違いだ」

「かまうものか。遂に儂らの出番じゃわい。戦いの始まりぞ」

「おうさ! 何人来ようが『金獅子』の剣技の冴え、今こそ見せてやるぜ」

「わたしも心の準備はできてございます。この力、獣人族全てのために」

「ナスサリアの力を見せる時じゃ、兄者!」

「そうなのじゃ。やってやるのじゃ、妹者!」

 

 士気も高い獣人の戦士たち。たぶん、神官兵の力も六足馬の脅威もなにも考えていない。

 今か今かと俺の号令を待つ戦士たちに俺は最初の命令を伝えた。


「よし、では最初の命令だ」

「「おうッ」」

「全員、全力で撤退。一目散に逃げるぞ」

「「おお――ええええ??」」


 ぶつかった瞬間、一五〇〇が一瞬で溶ける未来が見えたのだから仕方ない。

 神官兵に六足馬だと? そういう後出しジャンケン、ぼかぁよくないと思うなぁ。

 聖都の戦力について、ここまで大きく想定を外されてはいくら俺でもリカバリは難しい。一度仕切り直して、対策を考え直す必要がある。

 フェルナを経由して、伏せてある偵察隊にも撤退命令を伝える。

 戦車隊の到着までに全員を逃がすことができるかが勝負だな。

 最初からこうもぶざまな逃走を見せるハメになるとは、思った通りにうまくはいかないものだ。九〇億の人類を相手に、己の戦略の全てを完璧に実行してみせたアイイリスがどれだけ化物かって話だな。

 まあいい、こうして俺たちを全力で潰しにきたということがすなわち『アイドル・アタック』の成功だ。作戦のもう一つの柱『アイソバリック・ディフェンス』については今日は諦めて明日また再チャレンジ。マルが一つ、バツが一つ。状況は優ではないが可である。

 さらば聖都。今はひとたびのお別れだ。


 おっと、忘れてはいけないな。

 

『ワタシ ワーズワード キョウハ タノシカッタ マタクルワ』


 聖都攻略作戦『セブン・デイズ・ウォー』、一日目。

 戦果、世界魚の塔の破壊。人的損害互いになし。そして、もう一つ――

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ――翌日。

 銀壁の上から周囲を警戒していた守備兵が遠くの丘に何かを見つけた。

 

「おい。あそこになにか見えないか」

「なんだ。また獣人どもが攻めてきたのか」


 聖都を囲い、夜通し吠え声を上げて都市に安眠を与えなかった獣人たちの姿は朝日とともに消えている。

 代わりに、別のあるものが彼らの目に入ってきたのだ。


「いや、そうじゃない。あそこだ、あそこ」

 

 聖都北方。昨日まではなにもなかった小高い丘の上に巨大な何かが建っていた。

 朝日を受けて鈍く輝く金属光沢。金属製の像だろうか。

 薄く目を凝らすまでもない。その大きさ故にここからでもよく見える。美しいヒレと鱗を持つ魚の姿だ。それも大きく身体をくねらせた新鮮フレッシュな造形である。

 それがなんの像であるのかを理解した守備兵の瞳がカッと怒りに燃えた。

 

「……あのクソ獣人ども、ふさけやがってッ」

「ああッ、すぐに聖庁に報告するぞ!」

 

 二人の守備兵が走り出す。

 夜の内に突如出現した巨大な像。それは獣人種族の信仰にある水神・イサナウオの姿を模したものだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ