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ななしのワーズワード  作者: 奈久遠
Ep.9 竜と竜
123/143

Double Dragon 10

 自在忍刀『三郎四郎』。

 それは一見、雲形定規のように見えた。柄はなく、刃の中心に空いた穴が握り手になっている。扱いを誤れば簡単に己の指を切り落としてしまいそうな、そんな奇妙な形状である。少なくとも日本に古くから存在する武具ではないだろう。

 ジャンジャックによれば、忍びとは心持つ刃――『生きた武具』であるという。生きているが故、それは時代と共に進化する。

 人工衛星すらハックしてみせたジャンジャックの超越的なサイバー技術テクノロジーも、市井に紛れて情報を蒐集する『草』の技術が現代の様式に合わせて進化した結果だ。

 故にこの奇妙な武具も、忍びの進化の中で生まれたものなのであろう。

 

 忍びとしての技術も思考も魂も、その生き様をも含めた全てが一流に完成されたジャンジャックに唯一弱点があるとすれば、それは身体的な限界である。

 小学生にしか見えない小柄な身体、それは少女の姿で相手を油断させるという不意打ち特化に造成されたものであるが、その分手足の長さリーチや単純な筋力という点では常人以下となる。

 持ち前の瞬発力と忍びの技術があるとはいえ、近接戦闘においてこれは大きな不利だ。

 事実、ワーズワードは体重の軽すぎるジャンジャックを風の力で空中に押し上げてみせた。

 ジャンジャックには誰の目にも明らかな弱点がある。

 となると当然次なる疑問が発生する。


 これだけわかりやすい弱点を放置しておく忍びが存在するのか?

 

 という疑問だ。

 

 宣言通り首を狙ったジャンジャックの超高速の刺突を、ディールダームが左手で受け止めた。

 受けた手のひらから手の甲へと奇妙な形状の刃が抜ける。巨岩は無痛の表情。そのままジャンジャックを捕らえるべく五指を閉じる。そうはさせじとディールダームの胸板に叩きこまれる強烈な蹴撃。並の人間であれば全肋骨が破壊されるほどの強打もディールダームの持つタイヤの如き分厚い筋肉に阻まれ、ダメージはほぼゼロ。しかしそれもジャンジャックの計算どおり。胸板を蹴る反動で、勢いを反転させる。左手が閉じきる前に刃は引きぬかれ、両者の距離が再び離れる。

 終わってみれば、一瞬の攻防。刹那の接触であった。

 グッと閉じられた左手から飛び散る血の花を見たロゼットが悲鳴を上げた。

 

「ディールダームさま!」

「そこを動くな」


 思わず駆け出そうとしたロゼットをディールダームが静止する。

 かの巨岩が彼女にこれほど明確な反応を示したことは、あるいは初めてであるかもしれない。

 ロゼットは驚いた。なぜなら、ディールダームがどこかへ行け、逃げろというのではなく『動くな』と言ったからだ。

 ディールダームの、おそらくは誰も割り込むことのできない戦いを見ることを許可された――ここにいて良いのだと言われた気がしたのだ。

 故にロゼットは覚悟を決めた。長い耳をピンと伸ばす。


「はい。ここからディールダームさまを見ています」


 戦いの邪魔をしない。何があろうとあの大きな背中を最後まで見守る。そんな覚悟だった。

 ジャンジャックはロゼットとは別なる驚きを表す。

 

「残った左手を捨てて拙者を捕らえに来たでござるか。まさしく『肉を切って骨を断つ』。言うは易いが、己が身体でそれを実践できる者はそうおりはせん」

「なるほど。それは貴様の『殺気』の形状か」

「……ッ」


 ディールダームのつぶやきが、ジャンジャックを瞠目させた。

 

「なんと世の中には隠れた才の多いことでござろう」


 殺気――『気』とは東洋独自の概念ではない。『気』『オーラ』『プラーナ』『アトモスフィア』――西洋・中東も含めた様々な言語の中にそれはある。

 達人ともなれば相手の放つ殺気に身体が自動的に反応して攻撃を回避する。ジャンジャックは己の殺気圏を把握し、その線状に刃をのせることができるのだ。

 故に殺気に反応した時には既に遅く、躱すつもりが切られ、受けるつもりが貫かれる。相手が達人であるほど、その距離感は狂わされる。

 

「如何にも三郎四郎は『後の先』封じの必殺の刃。乙女な身にお手前のような筋肉達磨との近接戦闘、パワーゲームは分が悪うござるからな。ならば畢竟、パワーゲームに持ち込ませなければよい」

「血と年月をかけて練り上げ研ぎ澄まされた、それがシノビの技術の結晶か」

「拙者がその完成形にして、最終形でござる」


 三郎四郎を手にしたジャンジャックの殺気圏には何者も侵入できない。攻防一体。今のジャンジャックに弱点はない。

 最強だ。最強にして最悪の忍者テロリスト、『エネミーズ10』ジャンジャックである。

 

「右腕を失い、左手ももはや使い物にならぬ。プロの忍びを相手にまだはござるか?」

「無論」


 ディールダームは常に簡潔である。

 ディールダームの身に纏う源素が欠けた右腕を補完するように渦を巻いた。まるでそれがもともと肉体の一部であったかのように、源素は五指すらも表現してみせたではないか。

 その掌中には緋色の源素図形が握られている。

 ディールダームが輝く右腕を振るった。


 発動――【カグナズ・ダンシング・フレア/火神炎舞】。

 

 沸き立つ地面。地中より噴き出した踊る炎が地表を滑り、ジャンジャックの足元を焦がす。

 同時、ジャンジャックが九字を切る。

 指先に留めた源素を九字の線状に固定し魔法を発動する、ジャンジャック式の源素制御の手法である。


 発動――【マルセイオズ・フロスト・ボウ/水神霜弓】。


 発生した絶対の冷気が踊る炎を打ち消す。

 プラスの熱量をマイナスの熱量で相殺する瞬間の攻防。無祈祷、無詠唱の魔法戦。ロゼットには何が起こったのかわからない。

 源素図形が互い目視できる転移者同士の戦いは、先手有利で勝敗が決する魔法使い同士の戦いから一線を画している。発動前に源素図形を視認することで先手の魔法を無効化できると思えば、後手有利とさえいえるかもしれない。


「かっか。やはりこうなるでござるな。魔法という超常の術。この世界では肉体的有利も不利もあってなきが如し。拙者がワーズワードに敗れしもこの術への理解と習熟不足のため。故に今の拙者がござる。もうひとたび繰り返す。三郎四郎を持ち、『深淵のアーク』に触れし、今の拙者に弱点は――ござらん」


 続けて放たれたディールダームの熱線魔法を背面跳びでくるりと回避したジャンジャックが、再び九字を切る。

 ジャンジャックの前面に構築された図形を一言で言えば『円の中におさまった六芒星』だ。

 

「天変級――忍法『虚渡ウツロワタリの術』」


 六芒星が発光、すると次の瞬間にはその図形は『円の中におさまった三角形』になっていた。続けて照射された三条の熱線もアクロバティックに躱しながら、三角形の中心に己の腕を突き入れる。するとどうだろう。ジャンジャックの腕がまるで三角形の中に吸い込まれるように消失したではないか。

 同時、ディールダームの背後に金属が煌めいた。三郎四郎だ。見れば、源素の色が違うが、ジャンジャックの目の前にあるのと同じ源素図形がディールダームの背後に発生しており、消失したはずのジャンジャックの腕がその三角形から生えていた。

 空中に浮かんだ腕が背後からディールダームの首を薙ぐ。三郎四郎がディールダームの首に到達する前に、源素図形がディールダームの干渉をうける。それを見たジャンジャックがすんでのところで腕を引き抜くと同時に、源素図形が分解した。

 

「フン、同じ手を」

「さすがに通用せぬでござるか」


 円の中におさまった六芒星。これは空間転移を可能とする【パルミスズ・エアセイル/風神天翔】の発動図形だ。

 本来であれば数十キロを瞬間移動するこの魔法を、数メートル先という超近距離に発動し、更には腕だけの部分転位で相手を死角から攻撃する。このような独自な魔法の使い方はこの世界の人間には発想し得ないものだろう。

 ジャンジャックが独自に生み出したマジック・ニンジャ・アーツ――これが『虚渡の術』だ。

 視認範囲内であればどこへでも届く無辺の凶刃は、ディールダームですら初見では右腕を捨てて致命を回避するのがやっとであった。

 更には、重力を感じさせないふわりとした着地。空中で軌道を変える跳躍。ジャンジャックは空中浮遊を可能とする【パルミスズ・エアライド/風神天駆】の魔法を恒常的に使用している。それも常に空中に浮かぶわけではなく、己の体術を主軸に据えた上で、必要に応じた最小限の身体制御を行っているのだ。

 この時点で並列思考による【風神天翔】と【風神天駆】のニ重詠唱を行っている。

 

 魔法のみに頼らない魔法と忍びの技術の融合は厄介すぎた。

 もちろんこれだけではなく、その気になれば、火遁の術もどきや水遁の術もどきも並列に唱えることができるだろう。

  

「フン」


 光の拳が大地を打った。そうすることで地面に源素図形が構築され、魔法が発動する。

 源素の制御には意識の集中が必要であり、肉体的苦痛はその集中を大きく乱す。その点でいえば、それをいとも容易く行うディールダームは痛みに強すぎる。


 カカカッと連続して弾ける光。

 三重発動した【カグナズ・ブレイズ/火神轟炎】の魔法が猛烈な火焔を生み出し、【水神霜弓】の冷気を再度打ち消して、一帯を炎の海に変えた。


「きゃあッ」


 目を眩ませる爆光に、ロゼットが小さな悲鳴を上げた。

 【火神炎舞】と【火神轟炎】。どちらもその破壊力の高さゆえに人の住む都市内での使用が禁止されている大規模破壊魔法である。

 続いてやって来るであろう破壊の余波を予想してぎゅっと身をすくめたロゼットであるが、それはロゼットを避けて、周囲の樹木を焦がすにとどまった。

 その理由がジャンジャックの目には見えたであろう。ロゼットを守る三角錐の存在が。


 一撃必殺。点攻撃のジャンジャックに対し、ディールダームは猛火焼尽。面制圧の戦法だ。

 ただ一人で国家に敵するディールダームらしい戦法だとも言える。

 逃げ場のない範囲攻撃にさしものジャンジャックも炎の海に飲まれたか。

 いや、声は樹上から聞こえてきた。

 

「天変級の多重発動は脅威でござるな」

「腕だけでなく、体ごとの転移も可能。転移魔法の応用であれば当然か」

「左様。故にそのような大雑把な攻撃は、拙者には無意味でござるよ」

「意味なくば『ミーム』は形を成さず。我が意に感応し、形をなしたことが即ち有意」


 声の出どころを確かめることなく、ディールダームはそう返した。

 姿なきジャンジャックの声にやや驚きが混じる。


「なんと、お手前、独自にたどり着いたのでござるか」

二年・・に及ぶ研鑽と修練の果てに得た結果論証に過ぎん」

「異なことを。拙者たちがこの世界に参じてより、まだ二ヶ月も経っておらぬでござろうに」


 これについては、ジャンジャックの言が正しいように思われる。ワーズワードでやっと二ヶ月になろうかという異世界生活である。ワーズワードに遅れること七日の後にこの世界に渡ってきた彼らが二ヶ月を超える日々を過ごしているはずがない。

 なんにしても恐るべきはディールダームか。アルカンエイクの正体から異世界転移にミームなるブラックボックステクノロジーが関連しているというところまではつながったのだとしても、魔法の源である源素――妖精の粉フェアリー・パウダー――がミームそれ自体であるという理論にまで到達するのは難しい。

 だが、その難しさをディールダームは当たり前のことだと言ってのけた。それも平然と。そして泰然と。

 

「一の時間の流れの中でニの思考を行う方法論が存在する。貴様とて二ヶ月以上の月日を過ごしているはずだ」

「それは――」


 ジャンジャックは瞬時に悟る。


 並列思考。


 それは、固有認識リンカーを用いて脳内に作り上げた能動型擬似人格を独立させ、並列多重の思考を可能とするBPM(ブレイン・パーソナライゼーション・メソッド)における能動型思考系の方法論だ。

 もちろんジャンジャックも並列思考を使うことができる。並列思考に対応できる身体能力を持ち得ることがジャンジャックの強みでもある。

 ディールダームも同じ並列思考を使えると言っても、それで動揺する理由にはならない。

 ジャンジャックの動揺を引き出したのは、二年という月日の方だ。


「仮に拙者が最大四並列の並列思考を使い続けたとしても、その月日は八ヶ月に満たぬ。そも、並列思考は脳への負荷が大きすぎるが故、アイシールドなしで長時間続けるなどそもそも不可能なはず。それを二年……二年でござると!?」


 仮にその不可能を可能にできたとしても一二多重の並列思考ができなければ、二年という言葉は出てこないはずだ。

 いや、正確に言えばまだ二ヶ月を経過していないのだから、ディールダームが使うことのできる最大並列思考数は一二を超えていることになる。

 ディールダームの操る源素は、彼の肉体の一部、その延長であるかのように流麗に制御されている。

 他の一切に見向きをせず、食事すら放棄し、ただ一点源素のみを見つめ続けた、これが山篭りの成果である。

 また、そんな巨岩を甲斐甲斐しく世話するロゼットがいなければ、体感二年という月日を魔法習熟に費やすことはできなかったであろう。

 

 失われたディールダームの右腕に繋がる光の手が持ち上げられた。

 再び源素同士が銀の手を伸ばし合い、源素図形が作られる。

 今度は手のひらの中ではなく、腕を構成していたほぼ全ての源素が図形化した。

 並列思考の最大数は、同時に発動できる魔法の最大数でもある。

 その数、三〇。

 

「フン」


 ディールダームの魔法が発動する。

 爆光と爆炎。地面は沸騰し、木々は燃え上がり、炎のサイクロンが空を焦がす。

 地面も空も、地中であっても逃げ場がない。これぞ真の制圧攻撃だ。

 これから逃れるにはロゼットを守っているものと同様の、最上位の無効化結界魔法が必要であろう。

 追い立てられるように樹上の幹から黒い何かが飛び出した。

 まさしく炎であぶり出されたといった様子だ。


「あいや、お見事。しかし、奥の手を出すのがちと遅かったでござるな。天変級を超え、自然法則・因果の律すら書き換える『究極の可能性』――これが改変級魔法でござる」


 その手には複雑な源素図形。ジャンジャックは忍びのあるべき姿として、隠形おんぎょうしていたのではない。

 それは改変級魔法の源素図形を隠すための準備だったのだ。ディールダームとの問答も、時間のかかる源素図形の構築を悟らせないためのもの。

 迎撃の構えを取るディールダーム。迎撃の構えのままで、ディールダームの全てが静止した。

 風がやみ、音が消え、吹き上がる炎がそのままの形で凍りつく。


「えっ……」


 ロゼットが声を上げた。

 世界の静止とともに、まわりの景色が灰色に染まったのだ。


 改変級魔法――【タイム・ストップ/時間停止】。

 

 時間停止とはいうが、その効果は実際に時間を止めているわけではなく、周囲百メートル範囲の時の流れ――時流連続性――を一時的に押しとどめる魔法である。

 百メートルの範囲外では時間は普通に流れており、時間停止の魔法効果終了と同時に押しとどめられていた時流連続性が弾性を持って、元の時間の流れに戻る。

 ベルトコンベア上に固定されたゴム紐を想像してみれば、近いかもしれない。

 ゴム紐が右から左へ流れる。ゴム紐に指を引っかければ、ベルトコンベアに固定されたゴム紐の両端は左へ流れてゆくが、指を引っ掛けた中央部分でゴムが伸びて、くの字に引き伸ばされる。指を外せば、ゴム紐は伸びた分の弾力でびょんと元の状態に戻る。

 絶対の律である時間の流れを一時的とはいえ押しとどめる、まさに改変級と呼ぶにふさわしい魔法である。


「少しばかり驚いたでござる。魔法の三〇並列発動など、もはや化物の域。言うだけはあったというべきでござろうな。が、やはり魔法戦でも拙者の方が一つ上手。これで幕でござる」


 カチリ。

 

 時間停止の魔法を形作る多角一二角柱の源素図形の中にある時針が一時を指した。これが一周して一二時を指した時、魔法効果が終了する。

 時針はおよそ五秒で一度を動くため、時間を止められる時間は一分程度だ。

 ジャンジャックが地面に降り立つ。

 

 カチリ。カチリ。

 

 地面に降りる、その二秒の間に時針が更に二度動いた。今は三時を指している。


「な……に?」


 カチリ。カチリ。カチリ。カチリ。カチリ。カチリ。


 想定外の状況にジャンジャックは思わず足を止めた。

 五秒で一度動くはずの時針が一秒に一度の速度で動いていた。時針は既に九時を指している。

 不明な状況を解析、瞬時にその理由を悟る。が、そのために足を止めてしまったのは、ジャンジャック痛恨の判断ミスであろう。

 理由などわからずとも、一二秒という時間があれば、なんの問題もなく目的を達することができたはずなのだ。


 カチリ。


「否、まだ間に合うでござる!」


 ジャンジャックがはしる。

 

 カチリ。


 三郎四郎を突き出す。

 残り一秒。

 

「届く!」


 カチリ。

 

 灰色の世界が色を取り戻す。

 地面は再び沸騰し、木々は燃え上がり、炎のサイクロンが火の粉を振りまいた。


「ディールダームさまーーーっ!」


 ロゼットが叫んだ。

 ディールダームの厚い胸板に三郎四郎が深々と差し込まれていた。

 時間が動き出しても、なお不動のディールダームがそこにいる。


「あ、ああああっ」

「……かっか。驚き申した。まさかこのような時間停止対策がござろうとは」

「【時間停止】はアルカンエイクに与えられた知識の中で最強の魔法。貴様はそれを武器とし、俺はそれへの対抗手段を考えた。これがその差だ」

「それが……『炎』でござるか」

「時間に作用する魔法とて、無限のパワーは持たぬ。熱量。運動量。エネルギー。それらの増大は停止時間を短縮させる。これは一つの解」


 もとより炎の魔法は、ジャンジャックをあぶり出すための範囲攻撃ではなく、最後に時間停止攻撃を無効化させるための布石だったのだ。

 

「……恐るべし『エネミーズ4』ディールダーム。否、お手前の能力は既にルートナンバーの域に達してござる。『フォースエネミー』と名付けなんだは、STARSの手落ちでござろう」

「番号などくだらぬ」


 ジャンジャックが笑みを浮かべた。


「言うと思ったでござる。が、これにて幕――」


 そして、勢い良く三郎四郎を引き抜く。

 途端、傷口から血が吹き出した。――ジャンジャックの胸元から。

 見ると、ディールダームの着るシャツの下に極小の魔法図形が存在していた。その形状は『円の中におさまった三角形』だ。

 その出口は、ジャンジャック自身の黒衣の下。これはジャンジャックの忍法『虚渡の術』――ディールダームはジャンジャックの忍法をハックし、カウンターの罠を仕掛けていたのだ。

 それも衣服の内部という目では見えぬ場所に。

 巌の外見からは想像できない、なんと繊細で精密な源素制御だろうか。


「貴様のおかげで、今の俺ならばワーズワードに対しうると評価できた。貴様は、先にゆけ」


 『粉隠しの術』で隠されていた源素が浮かび上がってくる。その源素はもはやジャンジャックにまとわりつくことなく、ディールダームへと移ってゆく。

 再び源素を得たディールダームが光の腕を再構築した。その掌中に源素図形が輝く。


「……改変級の輝き。ワーズワード然り、ディールダーム然り……拙者はなんと恵まれた時代に生まれたのでござろう……全ての能力を出し尽くし、なお敗れるに、一片の悔いなし」


 恍惚の笑みのまま、ジャンジャックがゆっくりと崩れ落ちた。

 今がジャンジャック、望みのときか――


「さらば、強者よ」


 ディールダームの魔法がジャンジャックに向かい、放たれた。


 ………………

 …………

 ……


 森を焼く炎がその勢いを弱めていた。

 深い闇が降りてくる。

 ディールダームが歩みを進める。その後ろをロゼットが小走りで追いかける。

 左手の傷は癒せても失われた右腕は戻らない。取り戻す魔法があろうともディールダームはそれを選択しないだろう。

 戦いの傷痕は、男の勲章である。

 

 誰も知らぬところで始まり、誰も知らぬところで決着した――これがその戦いの結末である。

[お知らせ]

書籍三巻が発売されることになりました。


「ななしのワーズワード3 ベータ・ネット ―Worst Wide Web―」

2016/10/20 発売なのです。

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