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ななしのワーズワード  作者: 奈久遠
Ep.8 狐の嫁入り
110/143

Lycanthropes Liberation 20

 『ラバックの街』・前線バリケード付近


「モ゛ォーーーッ!」

「ぐわッ」

「なんなんだ、コイツは!? こんなに傷だらけだってのに、全然倒れねぇ」

 

 高額の恩賞に瞳の色をかえる兵たちをまるで一人で受け止めるような鬼神の如き働き。 いや、彼の前に立つ者はまさしく頭に鋭く伸びるツノの幻影を見たかもしれない。

 重厚なハンマーを軽々振り回す牛族副長の前では、歴戦の雇われ兵でさえ切り込む隙間を見つけることができなかった。


「なぜ獣人一匹が殺れん。奴さえ排除すれば残りは寄せ集めだというのに」


 そんな彼を抑えこむため、ベルゼスは飛び道具の使用を命じた。

 飛び道具に精通した兵士こそいなかったが、副長ただ一人を狙う矢の弾幕は確実に傷を増やし、今ではまともに立つのも難しい状態のはずであった。

 だがそれでも動かなくなった左足を引きずって彼は皆の前に立ち、ベルゼス指揮の猛攻を防ぎ続けていた。

家宰が答える。

 

「あの者が彼らの支柱なのでしょう。手練れではありませんが、覚悟を決めた目をしております。無理に押せばこちらの損害が増えるばかりです」

「バカをいうな。押すのだ。無理にでも」

「副長、もういい! もう下がってくれ!」


 一方のアルムトスフィリアの仲間たちは涙を流しながら、そう訴える。

 このような暴れ牛の如き獰猛さは、本来彼に似合わない。怪力を誇る牛族は、その実とても温厚な種族なのだ。

 だが、彼は止まらなかった。ここで引けば、二度と立ち上がれなくなる。そうなれば、戦況は一気に崩れる。勢いのままに押し込まれ、多くの仲間が犠牲になる。そう、わかっているから。

自分のためではなく、誰かのためだからこそ、限界を超えた力を発揮できるのだ。

 

 シーバ隊長は必ず救出に成功する。それまでもう少し、あと少し……自分はシーバ隊長に、部隊を任されたんだモ。


「ウモ゛ーーッッッッ!!」


 限界を超えて、なお強靭な一撃。暴風を纏って振るわれるハンマーが、槍も剣も後ろの仲間に近づけさせなかった。


「ぬう、死にぞこないが生意気な。これ以上時間をかけては俺の能力を疑われてしまうわ。こうなれば俺が直々に引導を渡してやる。――おい、お前が弓を引け」

「私でございますか」

「そうだ。お前はいつも口ばかりだ。俺が許していると思い楽をしているだろう。たまには自分の手を動かして、俺に対する忠義を示してみろ」

「……了解いたしました」


 彼の言う直々にとは、そう言う意味であるらしい。

 ベルゼスから弓を受け取った家宰が試しに弦を引き絞った。

 

「良い弓でございます」

「なんだ、存外さまになっておるではないか」

「ありがとうございます」


 実際そこいらの兵より熟れた扱いで、矢を番える。

 指揮車上からギリギリと矢が引かれ、家宰の瞳が副長を捉えた。

 彼には彼の忠義がある。この後の人生全てをライドー子爵家のために。

 ベルゼス・ラック・ライドー個人の資質で変わってしまうような薄弱な忠義ではない。ライドー子爵家のためであれば、どのような毒を呷ることも厭わない。主人が進むというなら、地獄へも付き従う。

 そんな、揺るぎない忠義の形である。

 

「恨みまするな」


 矢が放たれる。

 闇が濃くなる中、まっすぐに放たれた矢は副長の右肩を撃ち抜いた。

 振りかぶっていたハンマーがその勢いのまま宙を飛び、落下地点近くにいた兵は悲鳴を上げて飛び退いた。

 副長の右腕が力を失い、だらりと垂れる。

 

「副長――!」

「やった、やったぞ! これで殿下を俺のものに――」

 

 家宰は弓を置き、深く頭を下げた。

 厄介な牛族の戦士さえ仕留めれば、あとはまさしく羊だけが残る狩猟場である。

 完全なる勝利を確信したベルゼスが声を上げた。


 ――と、その時。

 大きな衝撃が彼を襲った。

 爆風が指揮車を倒し、ベルゼスは車外に放り出された。

 もしかしたら、一瞬気を失っていたのかもしれない。暗転していた視界が戻ってきた。痛む体をおして立ち上がる。

 

「いたた……何が起きたのだ」


 倒れていたのはベルゼスだけではないらしかった。守備兵もアルムトスフィリアの獣人たちも、ほとんどがまだ地面に倒れこんでいる。それほどの揺れと衝撃がラバックの街全体を襲ったのだ。

 家宰が素早くベルゼスに駆け寄ってきた。


「ベルゼス様。大変でございます」

「だから、なにが起きた。それを報告せぬか!」

「歴代のライドー子爵が大切に守り育ててきた果樹林が……燃えております」

「は?」

 

 そこで、ベルゼスはやっと立ち上がり、己の目で状況を把握した。

 もうもうと立ち上る黒煙と真っ赤に染まる果樹林。どれだけの範囲が炎に包まれているものか、考えたくもなかった。


「……なんだ、この光景は。俺の街が。俺の果樹林が」


 あとひと押しで壊滅できるであろう襲撃部隊のことも忘れて、呆然と呟く。


「見たところ、街に大きな被害は出ていないようでございますが……」

「慰めになるか。それで、その原因は? もしや、奴隷どもの援軍でも現れたのか」

「いえ。寸前見えましたのは、空から星が落ちてくる様子でございました」

「何を言っておる、星が落ちるわけなかろうっ!?」

「ございます。我ら法国ヴァンスの民であれば、知らぬはずがございません。難攻不落の『王城』をたった一晩で陥落せしめた、天より振る白い炎を纏った大岩の逸話を」

「それは王ご即位の……待て、そんなわけはない。王は我らを救うために軍をお出しになられたのだぞ。なぜ王がラバックに星を落とし、果樹林を焼く!?」

「わかりません」

「そうだ。これは我らを援護する魔法ではないのか。そうであれば理解できる。あれはそう、少々標的を外してしまったのだ」

「もし目標違わずここに落ちておりましたら、我らも巻き添えとなって火の海に呑まれていたでしょう」

「…………」


 わからない。ベルゼスにも家宰にも王が何を考えているのか。街に救援に来たはずの王が、どうして味方までを巻き込み街を破壊するような攻撃を行うのか。

 二人にわからないものを他の誰かがわかるはずもなかった。


「ここにいる全員、すぐに逃げろモォォォォォ!!!」


 ともすれば街中に響くような大声。それは仲間の肩を借りてやっと立ちあがった牛族副長の声だった。

 どうすれば、これほどの必死な声をだすことができるのか。

 牛族の男は唯一動く左上を伸ばし、まっすぐ頭上を指さしていた。

 まさかという思いで、ベルゼスは頭上を見上げた。


 キラキラキラキラキラ………

 

 そこにはいくつもの……いくつもの星が煌めいていた。

 

 カランと誰かが手に持った武器を落とす音が聞こえた。

 皆、同じく空を見上げ絶句する。

 

 輝く星たち。その内の一つが動き出した。一つ目を皮切りに二つ三つゆらゆらと揺れ始める。

 彼らの目が、白い尾を引いて落ちてくる『流星群』を捉えた。

 

「う、うわあああああ!」

「逃げろッ、逃げろッ! どこでもいい、とにかく遠くに逃げろォォォ!!」


 もはや、考えている余地はない。混乱と絶叫が広がる。敵味方も関係なく、とにかく全員が街の外側へと向かって走りだす。

 副長はその様子を確認し、安心したようにその場に座り込んだ。

 

「バカな……」


 バカな。バカな。バカな。なぜだ。なぜ俺がこのような目に遭う。


「くそッ、逃げるぞ。すぐに指揮車を起こせ。全速力だ!」

「ベルゼス様」


 家宰がゆっくりと口を開く。


「ベルゼス様。街にはまだ多くの領民が残っております」

「それがどうしたッ」

「領民を置いて逃げだす領主がおりますでしょうか。それだけはいけません。家名に疵がつきます」

「だったらどうする!? どうしようもあるか! こんなもの、俺のせいではない!」

「はい……全ての責は私にございます。お家のために。ただそれだけを誇りにお仕えして参りましたが、それが誤りでございました。こうなるまでに私がベルゼス様をお止めするべきでございました」

「貴様ッ、それでは俺のせいだと言っているようなものではないか! もういい、貴様はクビだ。俺の前から消え失せろッ」


 カッと激情したベルゼスが、家宰を怒鳴りつけた。

 家宰は静かに頭を振る。

 

 ベルゼスとアルムトスフィリアとの対立がなければ、アルカンエイクがこの街を訪れることはなかった。

 ベルゼスがもう少し獣人に寛容であったなら、幼い兄妹が彼を切りつけることもなかった。

 都会の貴族社会に溶け込めず、少しずつ歪んでゆくベルゼスに気づけなかった。

 なかった。なかった。なかった。

 どこかの時点でお諌めできていれば、お救いできていれば。

 後悔は先に立たない。後から悔いるからこそ、後悔というのだ。

 今更取り返しはつかない。だからこそ、その責からも逃れない。


「いいえ、最後までお仕えいたします」


 その時、流星群の初弾が街に落ちた。

 それは巨大な火柱を上げ、木造の城館はその爆炎と余波でいとも容易く焼け落ちた。

 星は次々と落ちてくる。

 街の中にも外にも。二人の頭上にも。

 

「あああ……」


 天を仰いて、声にもならない声を漏らすベルゼス。知らずその手は家宰を握っていた。

 幼き頃、いつもそうして、二人で街を歩いたように。

 家宰は強くベルゼスを抱きしめた。


「ご安心ください、坊ちゃま。私が最後までお供をいたします」



 ◇◇◇



 激しい振動がシーバを襲った。

 

「こいつぁ、一体なんでやす……」


 宿舎内の仲間を連れて戻ってきた救出部隊の皆も足を止める。

 それは町の外の果樹林だった。何本もの樹々が爆風によってなぎ倒されもうもうと黒煙をあげていた。

 大規模な火災も発生しているようだった。


 絶句し、動揺する仲間たち。

 シーバは衝撃の寸前自分の見たものを口に出す。

 

「多分だけど、星が落ちた……」

「星が!?」


 一つの自然現象として、流星が地面に落ちてくることもあるかもしれない。それも目の前に。だが、そんな一生にあるかないかの確率を疑うよりも、もっと明確な予感が彼の口からこぼれ落ちた。


「この街に、法王が来ている」


 そう考えるほうが、はるかに正しい認識だと思われた。

 『アルトハイデルベルヒの王城』陥落の事件は、辺境樹村に暮らすシーバでも詳細を聞き知っているほどに有名な話である。

 

「あの新王が!? ど、どうすればいいんですか、シーバ隊長!」

 

 必死な仲間の声。

 どうすればいいのか。辺境樹村で村の仕事をしていただけのシーバにわかるわけがない。

 だが、シーバは自信をもって答えた。

 

「大丈夫です。すぐにワーズワードさんの指示を頂きますから」

 

 どこからでも、どんな状況でもすぐにワーズワードさんに相談できる。

 なんてすごい魔法道具アジックアイテムなんだろう。

 シーバは首からかけた首からかけた水晶玉を握りしめ、大きく声を発した。

 

「『めーく・あ・こーる』!」

 

 それが【パルミスズ・マインドフォン/風神伝声珠】発動のコマンドワードである。

 皆の視線を一身に受けながら、シーバは心の中に話しかけた。


『ワーズワードさん。俺です、シーバです』


 心に言葉を発する行為は、祈りにも似ている。

 シーバはまさしく祈った。己が心から認めた群兜マータに声が届くように。

 

『聞こえますか』


 ワーズワードがシーバを自分の紗群アルマに迎えたわけではないので、これはシーバが自分の心の中だけでそう思っているだけであるが、アルムトスフィリアの活動に初期から参加し、ワーズワードを知っているメンバーの中には、同じことを考えている者が他にもたくさんいるだろうとシーバは思っている。

 それほどに彼のワーズワードに対する信頼は厚い。


『聞こえますか』


 応答を待つコンマ数秒はシーバの人生の中で一番長い時間だった。


『――大丈夫だ、聞こえている。落ち着いて話せ』


 ワーズワードの声。

 いつもと変わらない、余裕を感じさせる声。

 

『……ああ、良かった。つながった』


 ワーズワードの声には、この人に任せればもう大丈夫なのだと、聞く相手を安心させる効果があるように思える。

 声を聞いた瞬間、シーバは大きく息を吐いた。知らず、呼吸を止めてしまっていたらしい。破裂しそうなほど早鐘を打っていた心臓が落ち着きを取り戻す。

 

『シーバ。俺からもお前に聞きたいことがあったのだが、どうもそちらの方が緊急のようだ。何があった』

『はい。状況をお伝えします。指示をください』

『俺にできる範囲のことならな』


 そういうワーズワードだが、同じことを言いつつ、これまでどんな難問でも解決してきたのだから、シーバは苦笑するしかない。

 絶体絶命の状況で隊長が笑っている。そのことが周りの皆に安心感を与えた。

 

『すいません。時間がありませんので説明に入ります』


 作戦実行の経緯。陽動の成功について。街の仲間の救出状況について。

 そして、最後の宿舎まで来た時に落ちた星の話を。


『ガンと衝撃を受けたと思ったらドンと地面が揺れて、そうしたらバキバキバキッて』


 その衝撃の大きさと果樹林に発生した大火災については、うまく説明できなかったかもしれない。


『星は街の外側に落ちたので、俺たちや多分街の人にも大きな被害は出ていないと思います』

『状況はだいたい判然った。ちなみにお前に法国軍のタレコミをしてきたのは、若い女だったのではないか』

『えっ、そうですけど。でも俺が最初にアルムトスフィリアに合流するときにも案内をしてくれた方で、信用できる人だと思います』

『一月前の話だな。仕込みにそこまでの時間と手間を』


 シーバに話しかけているのではないワーズワードの思考が漏れ聞こえているようであった。


『あの……もしかして、なにか悪かったのでしょうか』

『おっと。いや、こちらの話だ。それよりも今はお前たちだ。非常に危険な状況だと言わざるをえない』

『俺もそう思います』

『ラバックを取り囲む周辺地形は頭に入っているな』

『はい。今日の作戦のために、十分に調べています』

『そうだな、周囲に街の全てを見渡せるような場所はないか? そう離れておらず、それでいて一段高い場所などは』

『あ、ありますっ、西の高台がその通りの場所だと思います』

『ならばそこだな。全員に伝えろ、西に向かえと。今すぐだ。――次が来るぞ』

『次……?』


 言われ、空を見上げた。

 そこには、見たこともないほどのたくさんの星が煌めいていた。

 ゾワッと尾が逆立つ。

 シーバの言葉にならない心の声を聞いたワーズワードが言う。

 

『冷静に。深呼吸を。大きく吸って、吐く。そう。そうだ。隊長であるお前の動揺は全員に伝播する。お前の動揺は俺が引き受ける。お前はただ、皆に進む方向だけを伝えろ』

 

 全てが見えているかのようなワーズワードの言い方。その通りだ。俺が動揺しちゃだめだ。

 シーバはもう一度大きく息を吸い、そしていつもの調子で皆に語りかけた。


「すいませんが、少し行き先を変更します。このまままっすぐ西に向かってください。高台の下までついたら、そこから方向を変えてローアン男爵領へ」

「西へ? それじゃァ、遠回りにゃなりやせんか」

「それが一番安全なんです。皆さん出発を。えっとですね、ゆっくり急げ、ですっ」

「なんですかい、そりゃ。隊長だからって、無茶な命令はナシに願いやすぜ」

「そうですね、あはは、すいません」


 二人のやりとりが笑いを誘う。


「皆さん、ゆっくり急いでください、俺たちの仲間に続いて順番に!」


 皆、果樹林の火災に驚きながらも、大きな混乱もなく順序良く街の外へ消えてゆく。


 シーバは笑顔のまま、皆を見送る。

 ドッドッドッと胸を打つ鼓動を抑えこみながら。

 

『状況を』

『……全員街から抜け出しました。でも頭上の星は消えていません。それどころか、数が増えている気がします』

『だろうな。お前の言うとおり、アルカンエイクがそこに来ているならば、林の一部を焼くだけで被害なしなどという状況はありえない。ヤツの行動には必ず厄災がつきまとう。おそらく街の外に落ちた一発目は座標確認の試し撃ち……アルカンエイクは街の全てを破壊するつもりだ』


 ビクンと、再び尾が跳ね上がる。


『あの星が全部落ちてくる……ッ!? そっ、そんなことになったら、誰も助かりません!』

『もしも俺がアルカンエイクで、星を落とす魔法を使えるとする。そして、近くにジャンジャックがいるとする。第三者視点という考え方だ。俺ならば、見晴らしの良い場所を選んでジャンジャックに流星鑑賞を楽しんでもらうだろう。『流星』ならぬ『衛星』落下はジャンジャックの代名詞だからな。エネミーズとはそういうものだ』

『はあ』


 シーバにはワーズワードの言うことの半分も理解できていないが、それはいつものことなので、特に気になる話ではない。


『その観客席がおそらく街の西にあるという高台だ。ヤツとて自分の安全圏は確保するだろう。故に西側に落ちてくる星は少ないはずだ』

『ああっ、それで西に向かえと!』


 やっとワーズワードさんの指示が理解できた。

 シーバがワーズワードを信頼する大きな理由はこういったところにもある。

 なぜそうするのか、どうしてそれが必要なのか。指示だけであれば必要ないそんな疑問を、シーバにもわかるように言葉で説明してくれる。

 ワーズワードが教えるのは正解を導く考え方。問題解決の手段。最良の選択。広い視野。

 それを理解できた時、自分の成長を実感できる。シーバにとってワーズワードは心の群兜というだけでなく、人生の教師マータでもあるのだ。


『でもなぜですか。確かに俺たちアルムトスフィリアは法王様にとって邪魔な存在かもしれません。でもここには俺たち以外の法国の人たちだっているのに』

『理由があるとすれば、それはヤツがアルカンエイクだからだ。そうとしか説明できない。アレは生きた厄災そのものだ』

『それじゃ、何も知らない街の人たちは!?』

『…………』


 ワーズワードは答えない。

 シーバは呆然と街を見る。

 果樹林に囲まれたこの村は、シーバのいたニルべの村に似た雰囲気がある。

 確かにライドー子爵は獣人酷使で悪名高い人物だ。だが、街に暮らす人たちは、それとは関係がない。

 シーバは奴隸として買われはしたが、気のいい人たちに囲まれ、恵まれた生活をしていた。

 アルムトスフィリアに参加したのも、村の村長が勧めてくれたからだ。新しく村に生まれた少女は、奴隸なんて言葉も知らずシーバを兄と呼んで慕ってくれた。


 全員が憎悪すべき敵じゃない。

 この街にも、この国にも――たくさんのいい人がいるのだ。

 

『俺が、行きます。西へ向かう――少しでも多くの人にそれを伝えます』


 宿舎の皆を見送った後、シーバは西に向かう皆に背を向けて足を進めた。


『……やめておけ。死ぬぞ』


 やめておけというワーズワードの指示。

 ルシアンのときと今と。これで二回もワーズワードさんに逆らうことになっちゃうな。

 シーバは苦笑を漏らした。


『行きます。ここにワーズワードさんはいません。でも俺がいます。獣人も人間も関係ない、一人でも多くの人を助けたいんです』


 それはワーズワードでも止めることのできない、シーバの強い意志だった。

 ゆらり。頭上の星が揺れた。ゆらり、ゆらり。ワーズワードの言ったとおり、この街に落ちてくる星は一つでは終わらないようであった。


『星が動き出しました。もう時間がありません』


 街の中心に向かい、走るシーバ。

 街を揺らした地震と果樹林の火災のため、多くの人が家から出てきていた。

 シーバのように状況を教えてくれる人もおらず、皆、どうすれば良いのかわからないままその場に留まっている。

 シーバは大きく叫んだ。


「皆さん、今すぐ避難してください! 街に星が落ちてきます! 西へ! 西へ向かって逃げてくださいっ!」


 だが、獣人であるシーバの叫びに、素直に動き出す人はいなかった。それどころか、シーバを睨みつけてくる者さえある。

 それでも構わなかった。声を限りに西へ逃げろと叫び続ける。

 頭上には白い尾を引きながら、地上を目指す流星。


 ドンッッ――

 

 落ちた。

 今度は外の果樹林ではなく、街の中心近くに。落下地点に巨大な火柱。

 領主城館が一瞬で炎に包まれる光景に、シーバの声を聞こうとしなかった人々もやっと自分たちが置かれている状況を理解し、絶叫を上げた。


「西に! 西に逃げてくださいッ!!」


 シーバは声を上げ続ける。そこに別の声が重なった。


「西でさぁ! 西が安全だぞぉ!」

「あなたは――」


 それは救出部隊で中心的な役割を果たしてくれた鼠族の男だった。

 今頃は救出した皆を先導し、一緒に街を出ているはずの――


「ダンナァ、足が速ぇなぁ。やっと追いつきやした」

「なんで、なんでついてきたんだ!」


 男が答える。

 

「へへ、あっしは見ての通りのコソ泥だ。ダンナはこんなあっしを部隊に受け入れてくれ、しかも大役まで任せてくれた。あっしャァ、誰でねぇアンタに惚れたんだ。この命、ダンナのために使わせてくだせぇ」

「なんで、俺なんかに――」

「なんかじゃねぇや。アンタだからだ。さあ、まだ逃げてねぇ奴らがそこら中にいやすぜ。――西だァ! 西に逃げるんだァ!」

「うん、ありがとう――上を見ないで! 立ち止まらないで! 急いで、西へ!」


 二人で声を上げ続ける。もうちょっとだけ。あと一人だけでも。

 

 星が落ちた。

 すぐ近くだ。爆風がシーバたちを吹き飛ばした。

 手足が引きちぎられそうな程の強い衝撃。

 激痛に意識が飛びそうになる。それでもシーバは握った水晶玉を放さなかった。

 最後に伝えなければいけないことがあった。


『……ワーズワードさん。俺の声が何人に届いたかわかりません。でもきっと助かる人はいるはずです……傷を負って、酷い状態かもしれません。そんな人たちもワーズワードさんが覚えたという濬獣ルーヴァ様の治癒魔法があれば、きっと助かります……俺が勝手にやったことの後始末みたいで申し訳ないんですけど、あとのこと……お願いできますか?』

 

 ワーズワードが言う。

 

『任せろ。何も心配はいらない。……よくやってくれた、お前は誇り高い男だ』


 その一言で自分の行為が無駄じゃなかったのだと、信じられた。

 ワーズワードさんが任せろといったのだ。それなら、本当にもう何も心配はいらない。そう思うと自然に涙が溢れてきた。


『嬉しいです。俺たち獣人族にとって、誇り高いっていうのは最大の褒め言葉なんです。ワーズワードさんみたいなすごい人に、そう言ってもらえるなんて、村に帰ったときにみんなに自慢できます』


 穏やかな気持ちで、シーバはそう心のなかに呟いた。

 

 差別のないフィーリアがやってくる。ワーズワードさんが作ってくれる。

 村に帰ろう。自分たちに対する差別のなくなった世界で今度こそ村のみんなの本当の友人として生きていくんだ。

 痛みはもうなかった。


『おかえり、シーバ』

『おお、よく戻ってた、シーバよ』

『シーバお兄ちゃん、おかえりなさいっ』


 村のみんなが笑顔で迎えてくれる。

 シーバもまた、笑顔で応える。


「ただいま、みんな!」

 

 ――そしてシーバの手から水晶玉がこぼれ落ちた。


 

 ◇◇◇

 

 

 【メテオ・スウォーム/流星群落下】。

 

 魔法発動から、凡そ五分という落下時間ラグタイムを待った後、夜空に白線を引く流星の一つがついに地表に到達した。

 今度こそ、目標を過たず、街の中心に。

 

 ド――――ッ

 

 音速を超えて落下する流星が生み出す衝撃波が再び顔面を打ち、ジャンジャックは目を細めた。

 

 一つ、二つ。

 

 ドドドドドド――――ッ!!!

 

 そして、ついにそれは流星雨となった。

 街の内外を問わず降り注ぐ破壊の槌。

 衝撃波は爆風となって全てを破壊する。

 その間も地面は揺れ続ける。

 

 流星は地表到達と同時に大爆発して、巨大な火柱を上げる。そのため、落下それ自体が持つ直接の破壊は狭い範囲に収まるが、結果として落下地点を中心に周囲数百メートルの範囲を、超高温の爆風が吹き荒れる死の空間と変えるのだ。

 

「笑止」

 

 紅蓮に染まる街を見下ろして、ジャンジャックが呟いた。

 

「なにが【流星群落下】でござる。これは流星――すなわち隕石などではござらん」

「おや、さすがにジャンジャックさん。もうこの魔法の本質を見抜かれてしまいましたか」

「そもそも、星は垂直に落ちてくるものではござらんからなあ」


 宇宙空間から大気圏を超えて地表に到達する流星は通常斜めもしくは水平に近い角度に流れる。

 大気の層に反射・摩滅されない突入角。惑星の自転の影響。隕石の組成成分・形状・質量・速度。あらゆる条件が一致しなければ、地上への落下ルートは開かれない。

 故に大気圏を超えて地表まで到達する宇宙塵コズミック・ダストは少ないのだ。

 翻ってアルカンエイクの【流星群落下】の魔法では流星は垂直に落ちてくる。

 それが、この流星が惑星外からの飛来物ではなく惑星内の引力の影響下にのみあることの証左であった。

 頭上を見上げるジャンジャック。

 

「この遥か上空に流星の素となる鉱物を魔法的に生成し、それを加速落下させている、といったところでござるか」

「ホウホウ」

「鉱物それ自体が燃焼している点と大地で砕けてからの異常な爆発力を見れば、生成したるは反応性の高いアルカリ土類金属のなにがしといったところでござろう」


 一部のアルカリ土類金属は空気や水に触れただけで熱量を発する激しい化学反応を見せる。それがため、アルカリ土類金属の純結晶は灯油や石油の中に保存される。


「すばーらしいィ、大正解です!」


 惨劇を前に、道化たアルカンエイクの言いよう。

 【流星群落下】――この魔法もまたアルカンエイクが創りだしたオリジナルマジックだった。


「正解ついでに教えて差し上げましょう。この流星群の正体はカリウムの純結晶になります」

「納得」


 元素番号19。元素記号K。カリウム。銀白色の金属で、その純結晶は非常に反応性の高い危険物である。

 それははるか上空に生成された時点で空気中の水分と反応し始めるため、宇宙そらに瞬く星と同様にキラキラと明滅するのだろう。

 柔らかいカリウム結晶は表面部分を燃焼・落剥させながら落下するために白い煙の尾を引き、最後には落下の衝撃で粉々に砕ける。そこで一気に反応が加速し、大量の水素が生成され大爆発の引き金を引くのだ。

 ジャンジャックは【流星群落下】の魔法を科学的アプローチから分析してみせたが、そうと理解できたところで簡単に対処できるものでもない。

 

「落下しても爆発。迎撃しても爆発。その上、生じる炎は『水をかけても消せない』どころか『水をかけると更なる大爆発を引き起こす』……これは魔法の名を借りた化学兵器でござろうな」


 まさに恐るべき超魔法だった。

 焼き焦げ、延焼を広げる眼下の光景を睥睨しながら、アルカンエイクが答える。


「科学の知識と魔法の論理。それらが合わさるのですから、当然のことです。人のなしうるあらゆる想像は実現する。そう、魔法の源泉である『妖精の粉フェアリー・パウダー』は――」

「アルカンエイク王!」


 何かを言いかけたアルカンエイクの言葉は、大きな声に遮られた。

 その発生源はフィリーナだった。

 

「なぜだ!? ライドー子爵はそなたを支える貴族アルマの一人ではないか。アルムトスフィリアに参加する者たちも身分の差はあれど我が国の大事な民には違いない。その上あの街に暮らしていただけの無辜の民まで……なぜこのような非情の仕打ちに巻き込まれなくてはならなかったのだ! 答えてくれ、王!」


 恐怖と畏怖で誰も動けない中、ただ一人フィリーナは声を上げた。

 だくと流れる涙を拭いもせず、アルカンエイクに詰め寄ってゆく。

 最高のテンションを楽しんでいたジャンジャックとの会話に割り込まれ、アルカンエイクの視線が温度を落とす。

 

「必要だからです」

「そんなわけがない! そなたほどの力があれば、いくらでも他のやりようがあったはずだ。獣人奴隷制度の存続がそなたの決定であれば、わたしはそれを聞き入れることができた。制度は残っても、その中身を少しずつ変えていけばいい。より良い方向へ進む道は一つじゃない。そういう風にそなたの下で、そなたを支えるのがわたしたち紗群の役目だ。でも、こんなものは不要な破壊と殺戮じゃないか。街も林も民も敵も味方も。目の前の全てを――そなたは一体何がしたいんだ!?」


 それは怒りであり、悲しみであった。

 自分は一人の紗群として、アルカンエイク王に尽くし支えることを心に決めている。

 今日、無理を言ってここまで着いてきたのも、少しでも近くでアルカンエイクを理解したかったからだ。

 だが、それはまるで逆効果だった。近くにあればあるほど理解できない。どこまでも遠ざかる。

 何をしようとしているのか。どこへ行こうというのか。自分に何も伝えてくれない。理解させてくれない。

 そんな王に対する怒りであり、悲しみであった。

 

 その言葉をアルカンエイクは不快と共に受け取る。

 フィリーナが理解していないことに。


「フィリーナ王女。アナタは本当に……」


 フィリーナは理解していない。どれだけ誠意を尽くそうと。それは相手に同じ認識があってこそ伝わるものであることを。

 涙ながらに見つめてくる瞳。その瞳がアルカンエイクにはどこまでも煩わしい。

 

 本当に……不快です。


「この不心得者が!」

「あぐっ」

 

 アルカンエイクが何ごとかを行動に移そうとする前に、固く拳がフィリーナの頬を打った。

 二人の間に割って入ったのは、老荘のオーギュスト・エイレン・ゼリドだった。

 ゼリドの拳を受けたフィリーナは二メートルも飛ばされてそのまま地面の上をザザザッと滑った。

 本気の拳であったことがわかる。

 

「王に対する礼を失したる言動の数々。国家宰相として、見過ごすわけにはいかぬ。アグリアス執務官。今をもって貴君の王権代行の職席と職権の一切を剥奪する」

「宰相閣下、なぜ……」

「申開きは聞かぬ」


 冷厳の雷の如く、ゼリドがフィリーナに言い放つ。


「汝如きが王の行いに直接口出しするなど、温情をもって生かされたその身の甘えであろう」

「ゼリド宰相、そなたはこの光景に何も感じないのか!」

「震撼しておる。王の偉大なる行いに」

「な、にを……」

「王の行いは即ち国家の行いである」


 愕然とするフィリーナ。前王の時代より変わらず宰相の地位にあるゼリドはフィリーナにとって第二の父――いや、年齢的には祖父か――とも呼べるほどに信頼する人物だ。

 尊敬もあり親愛もある、そんな人物の信じられない言葉を聞き、もはやフィリーナは立ち上がる気力すら奪われ、その場に崩れ伏した。


「どう、して」

「その者をひったってよ。王宮魔法師はすぐに王城への道を開け。もはや王の眼前に置くことすらかなわぬ。王城地下『封禍宮』へ放り込め」

「王城、地下……」

「はッ」


 ゼリドの命令を受けた王宮魔法師が動きだす。

 誰かの命令を受けなければ、誰一人自分から動ける者はいなかったであろう。

 止まっていた時間が急激に動き出した。

 アルカンエイクだけでなくゼリドにも見放されたフィリーナはただ打ちのめされ、項垂れる。

 連行されてゆくフィリーナに一瞥すらくれず、アルカンエイクに深く叩頭するゼリド。


「どこまでも身の程を知らぬ無礼。かような不心得者を御身の傍に置きましたは、我が不徳の至りでございます。これ以上は王の手を煩わせるまでもありません。我が権限において、厳粛なる裁きを下しますゆえ、どうかこれ以上お心を悩ませなさいませぬよう」

「……」


 アルカンエイクの無言にゼリドも頭を垂れ続ける。

 

「……よいでしょう。これ以上はアナタの方が煩わしくなりそうですしねぇ。下がりなさい」

「はっ。御前、失礼いたします」

 

 視線を上げず、するりとするりと後方に下がるゼリド。

 

「かっか」


 一連のやりとりを横から眺めていたジャンジャックが声を漏らした。

 アルカンエイクが肩をすくめるジェスチャーを見せる。

 

「王という身分は面倒も多いのですよ」

「人はかくも面白うござるなあ」

「人? あれは人ではありません。『妖精』です」

「そうでござったかな。さりとて――」


 そこでジャンジャックの声色が変化した。

 

「拙者もプロにござれば、一つだけ主君にもの申す。街の住人に獣人たち、合わせてその数四〇〇〇余り……無関係な者が我らの闘争にたまさか巻き込まれて生命を落とすならばまだしも、直接手を下すなど無粋の極みにござる。これをもってワーズワードへの意趣返しとは、ちとに欠けてござろう」

「訳あってのことです。雅は欠けたかもしれませんががありますので」

「理?」


 率直な疑問を口にするジャンジャック。

 アルカンエイクは見えない指揮棒を振るうようかのように両腕を動かしながら、高台の先端へと移動する。

 焼きつくされ、クレーターと化した『ラバックの街』を広く見渡せる位置へと。

 アルカンエイクについて移動し、その足元で蝦蟇の姿勢を作るジャンジャックが驚きの声を上げた。

 

「おおッ、これはッ!?」


 そんな驚きの声。何事にも動じぬ鋼の魂を鍛え上げた本物の忍びが、である。

 両腕を広げ、ただ一人の観客オーディエンスに呼びかける。

 

「御覧ください、ジャンジャックさん。アナタは今から深淵たるアーク、『伝承有俚論ナーサリーライマズ』、その一端を知ることになるのです」


予告通り、最終話(前半)です(苦しい言い訳)


三者三様、誇り高き男たちの物語。すまない、どれも削れなかったんだ。


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