Warp World 11
まだまだ、一人で行動するには情報が足りていない現状だ。
俺はまごうことなき流浪者であり、今一人で行動するリスクは、死に直結するものだ。
「もちろんですっ! ……私は魔法のこととか、神さまのことはよくわかりません。ですけど、さっきのワーズワードさんのお話は、あの……その通りだと思いました! できることがあるのに……それを諦めて、自分を抑えつけるなんて、確かにおかしいと思います!」
「……ありがとう、シャル」
心強いうなずき。……彼女にもなにか抑圧された経験があるのだろうか。
未だ難しい顔をしたままのもう一人に向き直る。
「俺たちをこのまま通してくれるだけでも良い。行く先はユーリカ・ソイル。このまま別れれば、迷惑をかけることもないだろう」
「……うむう」
是と否とも取れない唸るような返事。
先ほど俺が語った『魔法の原理』、俺だけが見えるという『光の粒』。それは、どうやら非常識なものであるらしい。その上、魔法というものをまるで無自覚に発動させる俺という存在を、同じ魔法の使い手であるニアヴは、そうそう無視できないのだろう。
今のニアヴの感情を一言で言えば迷い。
責任と不安。危惧と興味。風さえ吹けば、どちらにも倒れる弥次郎兵衛。
つまりそれは――全ての決定権が俺にあることと同義なのだ。
一歩。
二歩。
腕を組み、思考に深みに嵌り込んでいるニアヴは、俺の接近に気付かない。
三歩。
その形の良い顎に右手をすっと伸ばし、グィと少し強引に上を向かせる。
「ふぁ!? な、なんじゃっ、いきなりっ?」
その大きく見開いた目が左右に泳く。顔を背けようとするが、俺はそれを逃さない。
逆にぐっと引きつけ、瞳と瞳を固定する。
その近さに狐の頬がさっと朱を帯びる。
「迷うくらいならば――ニアヴ、お前は俺についてこい」
「にゃぁ!?」
それは純粋に驚きの声なのだろう。
尻尾がぶわっと太く逆立つ。
後ろで少女の「きゃー」という黄色い声が聞こえるが、完全に無視する。
「な、なにを言って――」
「人と人の出逢いには必ず意味がある。出逢うべくして出逢った。それが今だ」
有無を言わせぬ断言。
正確には、ただの出逢いに意味などない。意味を付けることができるだけだ。
――このセリフのように。
「お前には強い力があり、高い知性があり、誇る美しさがある。だがそれは、観測する者がいて初めて認識されるものだ」
「わ、妾が美しいっ? ま、まことかっ?」
……反応するところが想定と違ったが、とりあえず肯定しておく。
「森の生活は退屈だったのだろう? それはお前を観測する者がいなかったからだ。お前にはお前を観測する誰かが必要であり、俺もまた同じだ」
「な、ななな――」
「だから、俺についてこい。それがお前の『運命』だ」
ちなみに、『運命』という言葉を口にする人間は、アクターか詐欺師のどちらかである。
そのキーワードが出たら、その相手は軽々しく信用しない方がよい。
「……妾は濬獣じゃぞ?」
「関係ない」
「お主のことを危険だと断すれば、寝首を掻くかも知れぬ」
「本望だ」
全ての言葉を肯定する。
この場で即座に死ねと言われたとしても、俺はそれを肯定しただろう。つまり、これは俺にとってそういう意味しかない会話だ。
だがニアヴにとっての意味は別。
一言ごとに、朱色の支配面積が増えていく。
「妾を敬うことも畏れることもしない者など初めてじゃ……」
「それが俺だ」
「……ワーズワード。お主、本当に何者なのじゃ?」
「それこそ自分の目で確かめればいい。俺についてくれば、きっと、おもしろいぞ」
「きゅ、きゅうう……」
手の力を抜き、その身体を解放する。
一瞬名残惜しそうな表情を見せたニアヴだが、次の瞬間には驚異的な跳躍力で身を離した。
「…ふ、ふん! やはりお主は危険な男じゃ!」
「否定はしない」
背を向け、腕を組み、フンと鼻を鳴らしす仕草は、昔何かのコンテンツで見たことがあるようなないような。
「ふふふ、じゃが!」
振り返ったニアヴが吹っ切れた笑顔を見せる。
「じゃが、妾は面白いものが大好きじゃ! ワーズワード、お主は面白い。非常に面白いぞ! よかろう、お主について行ってやろうではないか!」
「そうか。助かる」
扱いやすくて、本当に助かる。
質の良い情報を得るためには、質の良い情報源が必要だ。
シャルの知識が世間一般レベルであるのなら、魔法というものは、一般人が扱うことのできない特殊技術だということになる。
となれば、次に同じく魔法の知識を持つ者に出会える可能性は、かなり低めに設定せざるを得ない。
この身にまとわりついてくる光の粒、これが魔法の源であることは理解したが、それを独自に調査研究していくには、どれだけの時間が必要となるか判然らない。
ニアヴの協力は、俺にとっては不可欠なものであった。
そのために最も有効であると思われる手を、手段を選ばず使わせてもらった。
手垢が付きまくった泥臭い芝居は、我ながら鳥肌ものだったが、結果が出せたので良しとする。
運命の出逢いを演出する過程で、狐になにか別のことを勘違いさせたかもしれないが、誤解を解くのはのちのちでよかろう。
話がまとまったのなら、これ以上のタイムロスは不要である。
「さて、聞きたいことはこの地の木の数ほどあるが――」
「あ、あははは」
「勘弁してくりゃれ」
「まずは目的の街へと向かおう」
「はいっ」
「ふむ。ユーリカ・ソイルか……考えてみれば人族の街に下りるのも久しぶりじゃな」
「街は嫌いか?」
「くっくっくっ、とんでもない、大好物じゃ! どんな面白いことが待っておるのかのう」
「……それは重畳」
ニアヴは、巨大な青い虎に飛び乗ると、手招きをした。
「さあ、乗るがよい。【リープ・タイガー/飛虎】の足ならば、あっと言う間じゃ」
「乗っていいんですかっ?」
それを肯定するように、飛虎はくるるると小さく唸ると、シャルが乗りやすいよう腰を下ろした。
先ほどの虎の言葉はニアヴが遠隔で喋っていただけなのだろう。
たとえ言葉が喋れないにしても、この虎に生物としての思考があるというのなら、それを一瞬で創り出す魔法とはすごいものだ。
完全なAIは科学の極みにある地球ですら、未だ存在していないというのに。
「あ、ありがとうございます、飛虎ちゃん」
「くるる!」
「鐙も鞍もないだと……振り落とされないだろうな……」
「くふ、心配であれば、妾の腰にしがみついておっても良いのじゃぞ?」
「それは遠慮する」
「即答!?」
「さ、シャルは俺の前に。後ろから支えよう」
「はい、えへへ……」
「くっ、もうよいわ! 行け、飛虎よ!」
「くるるる!」
まだベストの体勢が決まっていないのに、疾走を開始する飛虎。
「ちょま、お、おおおおおお!」
三人と一匹は、情けない悲鳴を尾と引く、一迅の風に変わった。
次なる舞台には一体何が待ちかまえるのか。
そして、ワーズワードの冒険は続く。
区切りがいいのでここでエピ1おわりっ