Lycanthropes Liberation 12
『南の法国』・アルトハイデルベルヒの王城
もう一つの朝の風景。
『宣託会議』議堂には国政を動かす議員一同が集結していた。
常には出席しない地方の大貴族・上級文官に軍事を束ねる将軍・魔法師団長まで、かつて行われた新王即位の儀典以来の錚々たる顔ぶれだ。
これまでにない出席率にさしもの宣託会議議堂も通常の席数では足らず、壁添いの通路には臨時の椅子が並べられた。そこも今では一〇〇%の着席率であり、更に遅れた者は悔しさに耳をピクつかせながら後方で立っているしかなかった。
そんな、国家の中枢人物がひしめきあう議堂の中央に三つの空席が残されている。
開始の時間を少し過ぎた頃、奥の扉が開かれた。
議堂内のざわめきがやむ。座っていた者は椅子から立ち上がり、もとから立っていたものはそのままに拍手を持って三名の入室を迎える。
それは、
法王・アルカンエイク。
オーギュスト・エイレン・ゼリド宰相。
フィリーナ・アルマイト・アグリアス執務官。
の三名である。
連日危機のみを訴える議員も渋面を作るだけの大貴族も今日ばかりは笑顔を浮かべている。
王城内では畏怖の対象であるアルカンエイクだが、史上最強の魔法使いであるという世評については疑う余地がない。
最強の王と傑物ゼリドの組み合わせには絶対の安心感があった。
それに加えて、フィリーナの存在だ。
職務上フィリーナに宣託会議で発言する権限はないが、前王女にしてアルカンエイク不在時の王権代行者である彼女の影響力はやはり大きい。
法国の臣民にとっては、フィリーナの持つミントグリーンの髪色こそが正統なる王家の色なのだ。
アルカンエイクの着席を待ち、ゼリドが手を上げて皆の拍手を抑えた。
「此度の国王陛下を迎える初の宣託会議開催を嬉しく思う。また、急な伝声にも関わらず本日のため遠方より出席された忠実なる貴族諸君に感謝を。先の会議にて示した通り、今国内に暴れる『アルムトスフィリア』は国家として対処すべき課題である。だが安心せよ。この事態に対しアルカンエイク王が動かれる。皆は最新の正確な情報をお伝えせよ」
「「はっっ!!」」
ゼリドの会議開始の宣言に皆が一斉に姿勢を正す。
そうして、本日の宣託会議が始まった。
「報告いたします! 先日、東辺衛星都市・シュルツ外縁に陣を敷いた『アルムトスフィリア』はその数およそ一五〇〇。都市の守備隊とのぶつかり合いを避け大きな動きを見せませんが、都市内における獣人奴隸の暴動や逃亡が相次ぎ、市民に不安が広がっております」
「一方の西辺衛星都市・アストンは落ち着きを取り戻しておりますが、代わりにライドー子爵領では獣人奴隸解放を巡り、アルムトスフィリアの一隊と領兵がにらみ合いの状況になっているとのことです」
「ライドー子爵領? それはどこにある街だ」
「西の方だとは思うが、詳しい場所までは……」
「ライドー子爵といえば最近爵位を継ぎ、社交界に顔を見せるようになった若造の名であろう。大量の獣人奴隸を買い集めて成功したのだと自慢気に言いまわっている姿を見たことがある」
「ああ、あの成り上がり者か」
「続いて法国騎士隊の動きを報告します。旧皇国領に派遣した神蒼騎士隊が幾人かの不審な動きを見せる人物を拿捕いたしました。その者たちは皇国諜報部の者と思われ、宰相閣下の読み通り各街、村々でこの反乱を煽動していたとのことです」
「おお、さすがは我が国の誇る神蒼騎士よ!」
「ルーワス諜報部のう。暗殺と諜報のエリート集団……この国にどれだけの数が送り込まれておるものか、考えたくもないわ」
「やはりこの動乱は皇国の魔皇が頭だということであろう!」
「とは、言い切れませぬ。南辺衛星都市・カルナロッカに突然現れたアルムトスフィリアの動きは陸路ではなく海路から入り込んだと思われますからな。となれば、それを扇動するのは西の光国でありましょう」
「それを言うなら、ことの始まりは北辺・サイラスじゃ。直接の動きこそ見せておらぬが『南の聖国』のアルテネギスめと姫将軍ルルシス・トリエ・ルアンは誰よりも警戒すべき曲者じゃ」
「意味のない論争は控えよ。それについては先にゼリド宰相閣下が答えを出しておろう。アルムトスフィリアの裏にあるもの、それは『対ヴァンス三国同盟』であると」
「そうは仰るが王のお体は一つだ。東西南北、どこも問題を抱えておる。一体どこへ向かっていただくのが良いのか、それを議論するための宣託会議であろう」
「であれば、アルムトスフィリアの最大勢力が布陣する東辺シュルツだ」
「いや、未だ火種の小さいカルナロッカこそ先んじて王の慰撫をいただき、反乱を未然に防ぐべきでは?」
「それならば我らの東方も――」
「いやいや、中央の守りこそ――」
初めは厳粛に始まった会議であるが、会議が進むにつれ意見と主張の応酬が始まった。
国政とはいうが、封建制度――皆が各々の領土を持つ貴族制度――により成り立つ国であるため、結局誰も自領の含まれる地方の安定を優先する意見を述べることになる。
緊急性のない政策であれば、ゼリドの手腕でバランスよく採決されることが通例であるが、今回のような至急の問題については領民を持つ貴族同士、譲れない問題であった。
彼らの議論を聞くしかないフィリーナはぐっと拳を握りしめた。
「……王のお力でアルムトスフィリアの活動を抑えていただく。それが本当に解決策になるのだろうか」
宣託議会の議論はいかに獣人の反乱を鎮圧し、周辺国を威圧するかに流れている。
例えば東辺衛星都市・シュルツにアルカンエイクが向かうとなれば、ルーワスはそれ以上の手出しはできなくなるだろう。同様に南辺・アストンであればアロニアへの抑えになる。
そうじゃない、本当の解決を望むのであれば――思わず口をついて出そうになる自分の意見を強く飲み込む。飲み込むしかなかった。発言権が与えられていない以上、フィリーナがそれを口にすることはできないのだ。
多くの意見が交わされる中、通路に並ぶ椅子の上から一つの手があげられた。
常には王城に顔を見せることのない宣託会議非常勤の地方貴族である。
「ローアン男爵ワルター卿」
議長であるゼリドが発言を許す。
指名を受け立ち上がったのは年若いワルター・ルッツ・ローアンである。年齢的には先の報告にあがったライドー子爵領を治めるベルゼス・ラック・ライドーと同世代。かつ、ライドー子爵領とローアン男爵領は隣あう関係にあるといえば、少しは説明になるだろうか。
「議員の皆様。たしかに都市部には便乗して暴動や逃亡を起こす獣人もいるでしょう。ですが解放を叫ぶ彼らの意見に共感し手を貸す市民も多くいることをお忘れではないでしょうか。むしろ、数としては否定よりも肯定のほうが大きい。当然でしょう、獣人奴隷制度は他国では過去のものなのですから。だからこそこれほどまでに国中に拡大したのです。それに対し、私たちが呼ぶ『アルムトスフィリア』という固有の呼び名が既に彼らの理解を拒んでいる。正しくは『春を呼ぶ革命』です。彼らは戦争や破壊を望んでいるわけではない。むしろ、この国が進むべき、正しい意見を語ってくれている。私は彼らの主張を聞いてそのように感じました」
ローアン男爵は宣託会議という大舞台で萎縮することなく、落ち着いた声で意見を述べた。
フィリーナがハッと視線を上げる。今彼が述べた意見はまさにフィリーナの考えそのものだったからである。
ローアン男爵が続ける。
「彼らにも他の国民と同じ市民権を。そして、強制に我が国に連れて来られた者たちは帰国を許してはやれないものでしょうか。我らがアルムト・ス・フィーリアの主張を聞く耳を持ちさえすれば、対話による解決ができるものではないかと意見いたします」
ローアン男爵に対する議会の反応は苛烈であった。
「王の御前で不敬な」
「獣と対話を? それこそ話にならぬわ」
「我が国の――王の定めし制度に異を唱えるなど、爵位剥奪ものぞ」
「左様、これは王への反逆と取られてもしかたあるまい」
「小さな領地しか持たぬ田舎貴族は政治をしらぬ」
そもそも獣人奴隸とはいうが、安いものではない。所有できるのは、富豪か貴族である。あとは商家や農家が従業員として使うくらいか。獣人奴隷に市民権を与える――自由にするのは自分の金をドブに捨てる行為を等しい。ローアン男爵の意見は、貴族とそれに仕える騎士、文官で構成された宣託会議からは本来出るはずのない意見だと言ってよい。
貴重な意見が潰される――そう感じた瞬間、反射的にフィリーナは立ち上がっていた。
何事かと皆の視線がフィリーナに集まる。
「あ……すまない。私に発言権はないので、これはただの感想だ。無視してもらっても構わない。――ローアン男爵の発言は彼らの主張に近いものだと思う。そしてその意見に対する卿らの反発こそが、まさしく我が国の抱える問題なのではないか。もし聖国、皇国、光国の三紗国が本当に我が国を陥れる策をとっているのだとすれば、それは彼の言ったとおり、我が国にのみ残る獣人奴隸の制度にこそ、付け入る隙があるということではないか。そこを議論せずにどうして本当の解決ができるだろうか」
前王女であるとはいえフィリーナは国民からの人気も高く、中央貴族、地方の大貴族も彼女の発言を無視できない。獣人奴隷制度の継続を望む貴族たちもローアン男爵の時とは違い、彼女の意見に真っ向から反論することを躊躇われる。
意見ではなく感想であるという、やや反則技ではあるがフィリーナは己の意見を卓上に並べることに成功したのだ。いや、フィリーナではなく、議会の全てを敵に回す発言を行ったローアン男爵の勇気こそ褒められるものか。
議会が反応を返す前に、議長であるゼリドがフィリーナを制した。
「控えよ、アグリアス執務官。それ以上は退席を命ずることになります」
「はい。申し訳ありませんでした」
ゼリドの警告により、頭を下げてフィリーナが席につく。
「他に発言は……よろしい。陛下、以上で全てでございます。他に御下問がございますれば、直接のお言葉をいただきたく」
議堂内を見渡しのち、ゼリドがアルカンエイクに向かい頭を下げた。
ここまで一言も発していないアルカンエイクの目は退屈のみを映している。
「ありませんねぇ。情報の精度も低ければ、議論も浅い。つまらないお話でした」
「お耳汚し、申し訳ございません」
ゼリドはなおも頭を下げ続ける。
と、そこで一人の若い議員が立ち上がり、声を上げた。
「非礼を承知でお聞きしたい! 対ヴァンス三国同盟、そして我が国の獣人奴隸制度について王はどう思われているのか!」
「「うおお……っ」」
どよめく議堂内。
アルカンエイクへ直接意見する行為は非礼ではなく、自殺にあたる。
大貴族、そして高位の将軍、騎士長たちですら青ざめた表情で議員を眺めた。
間髪を容れずゼリドが命令を発する。
「その乱心者を捕らえよ。宣託会議から放逐する。申し訳ございません。彼の者の処罰については、私のほうにて。王の手をわずらわせるまでもありません」
「お待ちなさい、ゼリドさん。私の考えを聞きたいというのでしたら、聞かせて差し上げましょう」
「それは……大変にありがたく」
思いもよらぬアルカンエイクの言葉に顔色を変えたのはむしろゼリドと若い議員の方だった。
「ではお答えします。『どうも思いません』、それが私の答えです。なんでしたら、あなたの意見を採用しましょうか。それが私の決定でよろしい。さあ、言ってご覧なさい」
「そ、それは……」
国の大事に対し、このような戯れを言うのがアルカンエイクである。そして、それが戯れではなく本当の決定となることを皆知っている。それゆえ彼はそれ以上を口にできなかった。
声を詰まらせる議員に代わりフィリーナが声を上げた。
「待つんだ、王。この国の王はそなただ。ことは国の大事。そなたの決断でなければならない」
「またアナタですか、フィリーナ王女。もちろん私の決定は聞いていただきますよ。ですが、それ以外は好きにして良いと言っているのです」
それでは駄目なんだとフィリーナは心のなかで叫ぶ。皆の意見を聞く耳は大事だ。でも最終的に決め、皆を導くのは王自身でなければならないのだと。
そんなフィリーナの葛藤は、だがアルカンエイクには届かない。
「さて。ジャンジャックさんにご指摘頂いて、少しは妖精の持つ情報にも価値があるかと聞いてはみましたが、やはり無価値でした。――ゼリドさん」
「はっ」
「ワーズワードさんについての情報はありますか」
自ら問いかけた若い議員のことなどもう忘れたかのようにアルカンエイクがゼリドに問いを発する。
「ワーズワード……?」
「ワーズワードとは誰だ」
「人の名、なのか」
ワーズワード、そのような情報はこれまで一切出てきていない。なぜ王はそんな質問を……ざわめきの中、ゼリドが答えた。
「およそ二十日前、北のサイラスから西のアストンへ向かう獣人の一団と行動を共にしていたという情報が最後になります。残念ながら以降の所在は掴めておりませぬ」
議員のほぼ全員が王の問いの意味を理解できていない。だというのに、些かの淀みもなく答えるゼリドにも理解できぬという表情を見せる。
それはフィリーナも同じである。
どういうことだ? なぜ宰相閣下がワーズワードの名を知っている。知っているだけでなく、情報まで――
「まあ、あなた方の力ではそんなところでしょう」
「力及ばず申し訳ございません」
「重ねて問います。ワーズワードさんが次に現れるとすればどこでしょうね」
「最有力は東辺衛星都市・シュルツ。ここにはレオニード・ボーレフの率いるアルムトスフィリア本隊が布陣しております。第二にライドー子爵領。ここではシーバ・ロエルの率いるアルムトスフィリア第二隊がライドー子爵領兵と睨み合っております。で、ございますが――」
「ワーズワードさんも魔法を使えるでしょうしねぇ。あてにはなりません」
「そのように思われます」
あのアルカンエイクと会話が成立している。
それがどれだけの驚愕に値する出来事であるか。
「火を放って自らは姿を隠す……さすがサイバーテロリストらしい『お遊び』です」
ワーズワードは好んで別行動をとったわけではないので、アルカンエイクの想定には誤りがある。
だが、四大紗国の全てを巻き込んだ獣人解放という大きな活動中に、自分の商売の都合で集団から離れ、さらには濬獣の支配する人外魔境『パルメラ治丘』でイチャラブ群誓式を挙げているなどと、アルカンエイクでなくとも一体誰が想像できるというのか。
「ワーズワードさんの手駒は二つの集団に分かれているですか。どちらでもよいですが……そうですねぇ、ではゼリドさん。シュルツには国の兵を送っておきなさい。ライドー子爵領とやらには私が向かいましょう」
「王命、承りました」
湧き立つ議堂内。
「おおっ、王が動かれる!」
「これでライドー子爵領はもはや何の心配いらぬ」
アルカンエイク王が動くということ。それは法国常勝を意味する。
故にそれを喜ばぬ者はなかった。
もちろん、全員が同じ反応ではない。例えばフィリーナは獣人奴隸制度の是非について明確な答えがなかったことに肩を落とした。
そんな、歓声の中に混じる異質なつぶやき。
「おもしろうござるなあ」
議堂内に潜んでいたジャンジャックの漆黒の瞳がゼリドを見た。
老人だ。薄い緑の髪にしわしわの長耳。正しく齢を重ねてきた老荘な人物という印象はあるが、アルカンエイクと対等な会話ができるほどの切れ者の印象まではない。
ジャンジャックの瞳にわずかな笑みが浮かぶ。
「宰相殿はなかなかの策士のようでござる。さりとて、アルカンエイクの無関心の前では意味をなさぬ策でござったな」
それは一体何を指してのつぶやきだろうか。
続いて、ジャンジャックは心のなかに別のつぶやきを落とした。
『といった顛末にござる』
『まあ! そんな面白いおじいちゃんがいたなんて知らなかったわ』
『あいも変わらず貴殿は本当に気持ち悪いでござるな』
『失礼しちゃう。ぷんぷん。でも丁度いいタイミングだわ、私の仕込みも頃合いですもの』
『謎といえば、リズロットの行動こそ謎にござる。ワーズワードを手助けするかのような貴殿の動きは拙者には理解不能』
『あなたが忠死を望むように私にも私の望みがある。そしてそれには試練が必要なの』
『試練にござるか』
どこかにいるリズロットが心を伝えてくる。
『神は人間に無限の時間は与えない。だから私達は、有限の軛の中でそこに到る道を見つけなければいけない。――そのための試練よ』
説明のつもりだったのだろうが、やはり全く意味がわからない。
『それは』
『知らないの? とても有名な一節よ』
『生憎と』
『信じられないわ! でもにっく大戦☆あぽくりふぁー、エレミヤ外典シノヅカ・クラインちゃんのセリフじゃないっ』
アルカンエイクの命令さえなければ、ジャンジャックとて好き好んでリズロットに情報を流したりはしないだろう。
『……生憎と、拙者アニメを見る習慣は持っておらぬゆえ』
だが、主命により強制されたこの不毛なやりとりに頬の上気を見せるジャンジャックこそ、誰よりも理解不能な存在かもしれなかった。
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