Lycanthropes Liberation 11
夜。
騒がしい時は過ぎて二つの月が大地を照らす静かな夜である。
見下ろす下界に人工の明かりは一粒もない。
『毒ガス噴き出すパルメラ治丘』の近くに集落を築こうなどという蛮勇を持った人間はいないということか。
この闇夜こそがパルメラの孤独そのものである。千夜を百束ねて十万の夜。それでも三〇〇年に満たない年月。パルメラはそれ以上の時間をたった一人で生きてきた。
それゆえに人と人の深いつながり――愛をなによりも大切に考えているのだろう。
俺はそれを同情したり哀れんだりはしないが、色々思うところはある。
ニアヴに濬獣の希望を見るくらいなら、自分から実践すればいいのだ。愛とやらを求めて人の街に出るのもいいし、それができないならせめて濬獣仲間同士で定例飲み会でも開けばいい。酒を飲むのであれば、パルメラ天然温泉は最高のシチュエーションだ。
耳毛が白くなるほどの長い孤独を受け入れる前にできることがあったのではないかと、俺はそう思う。
いや、過ぎ去った過去のことを論じても仕方あるまい。現在、そして未来。これからそうすればよいのだ。
アルカンエイクが地球とこの異世界を自由に行き来できる技術を完成させている時点でこれまで続いてきた濬獣システムは既に破綻しているのだから。
たびたび名を聞くレニという名の濬獣はなにをやっているんだか。それをニアヴもパルメラも知らないというのだから、濬獣同士の横のつながりというものは、実はそれほど強いものではないのかもしれない。
「はい、これでラストっと」
黄源素と赤源素が組み合わされた三角錐。
ガラス玉の中でゆっくりと回転するそれを頭上に透かして見れば、まるで空に浮かぶ星座の一つを透明な球体の中に閉じ込めたようにも見える。
魔法効果がなくとも幻想的な美術品である魔法道具。この世界の人間に見せられないのが残念だ。
「世界最悪のエネミーズ様が真面目に仕事なんざ『世界の敵』の株も大暴落だろうぜ」
「保有してない株の価値が下がっても俺は痛くも痒くもないがな。それより、お前が多少でも手伝ってくれれば、こんなに夜遅くなることもなかったと思うんだが。株価を気にする前に俺の仕事量を気にしてくれ」
「アア゛!? どの口でアタシにンなこと頼めんだ、ルーキー!」
ガルルと牙を剥く駄犬。
今のやりとりのどこに威嚇される要素があったのか、俺には理解できない。
反論はせず、肩をすくめてやり過ごす。
独国生まれのお犬様はいつも以上にご機嫌ナナメなので、基本的には逆らわない。
まあ残業タイムと言っても足湯に浸かりながら、寧ろ楽しく作業できたくらいで文句を言いたいわけじゃない。
ニアヴを紗群に迎える群誓式の儀式が終わった後の酒宴の主役はパルメラだった。
駄犬の何を気に入ったのかは知らないが、パルメラはパレイドパグを手元から離さず、いいおもちゃにされていたのもご機嫌ナナメの理由の一つだろう。
一方の俺とニアヴは群誓式を終えたからといって、これまでと何かが大きく変わるという話でもなく、ニアヴの中にあった空気抵抗的なものが多少緩和されたといったところだ。
これまでシャル専用だった俺の隣の席が今日ばかりはニアヴに譲られ、今後は専用でもなくなるのだろうか。
……いやどうだろうな。シャルはシャルで結構頑固なところがある。そこまでの譲歩はしないかもしれない。
それはそれとして、なぜ今駄犬と二人きりなのかというと、それは日が沈んで早々にみな寝静まってしまったからである。俺とパレイドパグは生活リズムが夜型なので、今日だけでなく、夜の時間帯に二人だけで起きていることが多い。ハッカーは基本的に不健康なのだ。
普段は凶暴な駄犬もこういう二人の時間にはまだ多少の素直さを見せていたものだが、今日は最初から最後までこんな状態だった。
「これで俺の仕事は完了した。ここであと一ヶ月ほど過ごした後に下山して、シズリナ商会の搬送業者にこれを引き渡せば完了といったところだな」
「わかった。んじゃ明日下山だな」
「……話を聞いていたのか? それは一ヶ月後だ」
「それこそフザけんな。あの男女な化け犬とこれ以上一緒にいられるかよ」
「よくわからんがものすごく気に入られているじゃないか」
「それが気持ち悪いってんだろうが」
そして、ゾワワと身震いする。
まあ確かに口を開けばこの大地以上の毒を吐くパレイドパグにあのような微笑みを見せるパルメラはちょっとどうかしていると思うが。
……『心の聲』を聞くことができる、か。
その後詳しく聞いたところでは思考の内容を一言一句聞き分けられる能力ではなく、感情が生み出す様々な波動のようなものを感知できる能力であるらしい。
感情の波動には特有の色やリズムがあり、それ故に嘘は嘘と見抜けるし、強烈に発せられる苦痛や悲しみ、それに救いを求める聲はどれだけの距離があろうと濬獣の耳には届くのだという。
分析するならば、濬獣自治区に迷い込んだ転移者を早期に発見できるよう与えられた能力だというところか。
突発的事象により右も左も判然らない異世界に突然放り出された人間がまず覚えるのが恐怖でなければ、救いを求める気持ちだろう。
いきなりの転移後、右も左も判然らない状態でいきなり剣の切っ先を向けられることもある。俺はそうであったように。
その後のファーストコンタクトに失敗すれば、そのまま斬りつけられるか、そうでなくとも相手に逃げられてどことも知らぬ場所に一人取り残されることになる。
林道の存在したニアヴ治林はまだしも、ここパルメラ治丘のような深山幽谷がスタート地点だったとすれば、転移後数時間で人生リタイヤになっていた可能性も否定できない。
転移者の聲を聞き、疾く現れる。濬獣とはそういう存在なのだろう。
考察すればするほど、濬獣は転移者に深く関わる存在なのだという思いが強くなる。
つまり、シャルだけでなく、ニアヴもまた俺に深く関わる存在なのだと。
「……結局テメェの気持ちはあの化け狐に向いてるってことなのかよ。『正義の使者』の癖にバイってか」
星明かりと源素の照らす明るい闇の中。途切れた会話の続きにそんな話を引っ張ってくるパレイドパグ。
【フォックスライト/狐光灯】を付ければ更に明るくできるが、俺とパレイドパグが揃えば都合二〇〇カンデラに近い源素光量になるのでその必要もない。
「とりあえずお前のその誤解は本当にもうやめろ。大体、この世界の紗群制度はお前の考えているような男女間の甘い関係を意味しない。それは安定と平和の中にのみ存在する、高度に文明的に成熟した地球でしか通用しない概念だ。マルセイオと呼ばれるこの世界はシャルのような少女でも剣を手にしなければ短距離の移動すらできない未熟で乱雑な世界だ。そんな世界で、人は一対一の細い関係よりも一対多の安定した関係を必要とした。一人を群兜マータに迎え、そこに複数の紗群が従う。地球生まれの俺たちから見れば、どこか不自然で奇妙にみえるかもしれないが、そうでなければ行きていけない、そうすることでやっと生きていける。……そういう弱い世界なんだよ。
故に紗群制度の本質は恋愛や従属ではなく信頼関係だ。互いの耳を触れ合う群誓式は目に見えない信頼関係を形にする儀式でしかない」
「ケッ、あの化け狐はテメェのことを誰よりも愛おしいとか言ってやがったけどな」
うーん。改めて言われると確かに恥ずかしいセリフだな。言った側も言われた側も。
「その基底が信頼関係だということだ。それはそうと、その化け狐という呼び名はそろそろ自重したらどうだ。一ヶ月も一緒にいてなぜまだそんなに敵意まみれなんだ」
「テメェにだけは言われたくねぇ話だけどな。つーか、今日のこの状況がまんま敵なんだよ。アタシだって…………くッ、死ね、バカ!」
「こら、やめろ」
俺の隣からバシャリと湯面を蹴って飛沫を浴びせてくるパレイドパグ。シャルと大差ないレベルで細い駄犬の素足が源素の明かりに照らし出される。
足はズボンをたくしあげている状態だが、上は普通に服を着ているんだから濡れるだろうが。
「キャハハハ! ほらよッ」
「悪ふざけを」
興が乗ってきたのか、俺への掛け湯攻撃をやめない駄犬。もはや上着を脱いだほうがよい勢いでびしょ濡れである。
こういう地味に鬱陶しい悪ふざけにはお仕置きが必要だ。
青源素x三――
青源素を三つつなげた細長い二等辺三角形は水神に属する基本魔法の図形である。
その長く伸びた三角形の頂点を温泉の中に突き刺す。
単純な図形であるため、構築するのに五秒もかからない。
「あっ、テメーなんの魔法使おうとしてやがる」
「仕事は終わったからな。俺も遊びにつきやってやろうと思って」
パレイドパグが警戒の声を上げる。上げたところでもう遅いが。
【マルセイオズ・ロング・タクト/水神指揮杖】。
【水神指揮杖】は水流操作の魔法だ。水の重量や水圧を無視してその流れを制御することができる。更に六つの青源素を追加した上級魔法【マルセイオズ・ウェイビー・ハンマー/水神水流槌】なら、何もない空間から水流そのものを生み出すこともできるが、目の前に豊富な湯量が存在する今の状況ではそこまでの魔法は必要ない。
魔法の発動光と共に水面がにわかに波立つ。
そして、まるで生き物のようにザバリと立ち上がる湯面。三メートルほど立ち上がった姿はミニ海坊主といったところだ。
「ここはサイバーテロリストらしく、テロ的手段を選択しよう。どうせ俺はもうこの有り様だ」
「ま――」
そして、制御を解除。
ミニ海坊主は瞬時に崩れ落ち、落下の圧力が巨大な王冠を創りだす。よって生み出される無差別な水飛沫を回避する手段はこの俺にすら存在しない。ザ・自爆テロだ。
バッシャーーーン!!
「うぎゃーーー!」
飛沫と共にほかほかの湯気が立ち昇り一時視界を白く染めるが、山肌を吹き降ろす夜風が白いカーテンをすぐに取り払っていった。
あとに現れたのは全身からポタポタと雫を垂らす濡れ駄犬の姿だ。
「どうだ温かくなったろう?」
「クッ、アタシのお気に入りがビショビショ……しかも硫黄クセェ。クソ、最低だ」
「俺にはなんのダメージもないな。さっきとたいして変わらん」
状況は同じでも精神的ダメージが違う。
どうせやるならスマートに、どこまでもシニカルに。現実でもネット内でも変わりはしない。
これがエネミーズ同士のお遊び、『トリック・オア・トリート』である。
パレイドパグもそれを感じ取ったのだろう。その凶悪な視線が少し和らいだ。
「あーあ。本当にテメェはテメェのままだぜ、ワーズワード」
「変わりようがないからな」
「チクショウ、洗濯のためだけでも地球に還りてェ」
濡れた服もそのままに夜空を見上げるパレイドパグが呟く。
遠い宇宙まで届くような視線。もしかしたら、夜空に輝く星のどれかが地球である可能性を探っているのかもしれない。
還る手段か。
「地球へ還れるといったら、還りたいか?」
「ああ? 当たり前だろ。でも、こっちの世界で意識を飛ばせば、意識だけが地球に戻れるってくだらねぇ話なら、しなくていいぜ」
「意識を飛ばせば地球に? 何を言っているのだ。そんな方法で戻れるのなら、毎日寝ている間に行ったり来たりだろ」
「……テメェのそういうとこはほんと殺したくなるな」
まっとうな意見を口にしただけなのに殺人予告を返されるとか、一体どういうことなんだ。
それはそれとして。
「地球への帰還方法はある」
「だろうな。アルカンエイクの野郎が知ってンだろ。つっても今となっちゃ、タダじゃ教えてくれねーだろうけど」
「いや、その必要もなくなった」
「あ? どういうことだよ」
パレイドパグが俺を見る。
「地球への帰還方法はこの世界に来てから常に探索していた。初めはその手段が全く存在しない可能性もあったため、手がかりすら見つけられなかったが、アルカンエイクの存在を知ったことで確実に存在するのだという確証を得ることができた。これが大変に大きい。『地球への帰還方法がある』という前提の元、具体的な考察を深めた結果、それだけなら独力で可能であろうというところまで研究を進めることができた」
パレイドパグがぽかんと口を開けて俺を見る。お陰で駄犬の尖った犬歯がよく見える。
「ちょっと待て。それってもしかして、今すぐにでも地球に還ることができるって言ってンのか」
「今すぐは無理だが、そう先の話でもない。その手段を入手するための準備は進めている。そうだな、一ヶ月以内にはと言ったところか」
「マジか」
独力での帰還方法の発見。それはパレイドパグには驚くべき事実に映るかも知れない。
だが、俺にとってはそれほど感動を覚える事柄でもない。
次元転移という形而上の法則であろうと、それが存在するという確証さえあれば、仮定に仮定を積み重ね理解に至る――そう、これはハッキングである。
であるならば、『世界最高のハッカー』と呼ばれた俺にとって、獣人解放運動ヘルプの片手間で完成させられる程度の理論構築でしかなかった。
「さっきも言ったとおり、還るだけならな。地球への帰還は可能。だが一方で、再びこの世界に戻ってくる手段があるかどうかについては十分な考察ができていない。俺がこの世界にこられたのはいくつかの失敗と偶然が重なった結果だからな。次元転移には『ティンカーベル』の存在が不可欠であることは間違いないが、濬獣自治区という『異世界の門』にティンカーベルという『鍵』を揃えたところで、ではどうすれば地球側からその解錠が可能であるのかは思いもつかない」
これだけはアルカンエイクの持つ知識をハックしたいところだが、独自研究とアルカンエイクへのハッキング、どちらがより困難かは明白だ。
解明できていない課題はまだある。シャルに観察される従源素の回復現象から考察すれば、おそらく一度鍵を開けたティンカーベルは、その機能を一時的に失ってしまうのだと考えられる。
あの日から一ヶ月とちょっとの時間の過ぎたシャルの源素光量が二〇カンデラに満たないことを考えれば、鍵としての機能の回復には更に長い時間を要するのか、あるいは一生で一度きり発動する類の特性の可能性すらある。
なにせシャルとジータ・クルセルカの二人の他に同じティンカーベルの特性を持つ人間を見かけないのだから、検証のしようもない。
帰還手段はあっても片道切符というのが現状だ。
さすがにこの話は寝耳に水――もとより濡れ耳だったが――であったらしく、そこでパレイドパグがパッと表情を明るくした。
今日一日の不機嫌を吹っ飛ばすような弾んだ声で話しかけてくる。
「なにいってンだ。別にそんなの必要ねぇ。地球に戻れるなら、それでいいじゃねーか。ルーキー、やっぱテメェはスゲーヤツだぜ。アルカンエイクに全然負けてねェ!」
「こういうときには素直に褒めるんだな」
「そっか、還れんのか。アルカンエイクの野郎に散々イヤがらせしたら、そこで勝ち逃げってことだな。キャハハハハッ、完璧じゃねーか。なあ、いつ還るんだ?」
「気が早すぎだろ」
――還る、か。
地球への帰還。その手段が発見されたその時、俺には下すべき決断があった。
すなわち、
――還るべきか、還らざるべきか。do or don't。その決断である。
シャルに出会わなければ、あるいはニアヴ治林以外のどこかが出発点であれば俺は何も迷わなかったかもしれない。
計画の失敗から偶然飛ばされただけの異世界。
源素ってなんだ。魔法ってありなのか。そんなこの世界が、地球を含む物理法則が支配する量子宇宙のメンバーであるはずはない。この世界は地球から見れば、まさしく次元の壁を超えた異なる宇宙の中にある。
そして俺はこの世界の住人ではない。地球こそが俺の生まれた世界だ。
だが――
だが、この異世界でいくつかの昼と夜を過ごした今、俺の周囲に構築された人間関係は俺に迷いを生じさせた。その上、ニアヴとはまさに今日群誓式を挙げたばかりなわけで。
うぬぼれを自覚した上で敢えて言おう、この世界で俺は皆に必要とされていると。
地球では手に入れられなかったなにかを、得ることができたのだと。
……いや、だからか。だから今こそ決断を下さなければならないのだ。
黙り込んだ俺を覗き込むように、パレイドパグが顔を近づけてくる。
「ん、どうしたんだよ? まさかテメェ、自分はこっちに残るなんていうんじゃ――」
不安に満ちた、パレイドパグの瞳。
俺は答えを返す。
「……いや。そうだな、その時には俺も地球に還ることになる」
それが結論。それが、俺の下した『決断』だった。
「だよな!」
「何度も言うが今すぐじゃないぞ?」
「いいぜ。テメェが還れるってんだから還れンだろ。あー、つってもテメェの面ツラァ、もう世界中に割れてンだよな。……そ、それじゃさ。地球に還ったら、アタシんとこに来ねぇか?」
「お前のところ? ドイツにってことか」
「そう! アタシはテメェみたいなヘマはしてねぇからな。テメェ一人くらいだったら、その、匿ってやれると思うんだけど……」
「……それもいいかもな」
「ほ、ほんとか!? 約束したからなッ!」
はしゃぐパレイドパグの甲高い声が遠く聞こえる。
それは俺の意識が明かり一つない漆黒の下界を、遠く見下ろしているからだろう。
いつか――あるいは近いうちに――俺は別れを告げなくてはいけない。
この世界に、周りの皆に。
――そう、俺は地球に還るのだから。
◇◇◇
翌日。
「起きよ、清々しい朝じゃぞ」
「……おはよう、ニアヴ。俺としたことが少し寝過ごしたか。お前に起こされるとか、今日は雨だな」
「朝から阿呆なことを言うでないわ。妾もその、お主の紗群になったのじゃから、これくらいはの」
途端頬を染めて、ツイとそっぽを向くニアヴ。それでいてふさふさの太い尾はぶわっさぶわっさと左右に振られて止まることがない。あ、いかんな。そういう仕草はかわいいと思ってしまう。これが群誓式の効果だというのか。
と、そこにシャルが通りかかった。手に桶を持っているところをみると近くの沢で水を汲んできたところなのだろう。
俺と目があったシャルがビクリと立ち止まった。そのシャルに、いつもの笑顔がない。寧ろ顔色が悪いように見える。
「あ……す、すいません。私、お料理の準備中ですので」
「シャル――」
挨拶をする間もなく、逃げるかのように駆けてゆく。
「む。見せつけてしまったかや。悪いことをしたの」
確かに狐がやや舞い上がっている感は否めない。
しかしシャルは、それであんな反応をする子ではないと思うのだが。
「眼中無人。朝からお熱いことだね」
「パルメラッ!? これは違うのじゃ」
「違うのかい」
「ち、違わぬが違うのじゃ」
何を言っているんだ、この狐は。
パルメラは一〇〇%ニアヴの味方であるが、一方のニアヴはというと同じ濬獣なのに自分だけ幸せになってしまって――という後ろめたさがあるらしい。
「そうだ、パルメラ。約束の治癒魔法を教えてもらえるか。結局昨日は終日宴会みたいなものだったからな」
「ああ、そうだったね。いいだろう。ではワーズワード、自分の両腕を切り落としてくれたまえ」
「全力で拒否する」
「では骨を折るのでいい。全身の骨をほんの数十箇所ほど」
「……お前、もしかして密かに嫉妬してないか?」
「驢鳴犬吠。なんてつまらない憶測を口にするんだ、ワーズワード。このパルメラ、他人の『愛』を羨んだりするものか」
驢鳴犬吠。驢馬が鳴き、犬が吠えるくらいに聞くに足らないこと。
……その例えでお前がいいなら、別にいいけどな。
「そうじゃぞ。パルメラは尊敬すべき『白耳』じゃ、嫉妬などという俗世の悋気があるわけなかろう」
「…………」
力強くパルメラを援護するニアヴだが、当のパルメラの目が泳いでいるから、それ以上はやめて差しあげなさい。
「治癒魔法の発動に怪我が必要なら、準備するからちょっ待ってくれ」
「ふむ?」
「おーい、フェルナ。ちょっと来てくれ」
「はっ。なんでしょう群兜」
呼び寄せるのは、朝から剣の素振りに精を出す俺の大切な紗群だ。
白耳・パルメラに倣い俺も四文字の熟語で解説しよう。
『適材適所』。
これが俺のやり方である。




