Warp World 10
それはまさに力持つ異界の言葉だった。
【フォックスファイア/狐火】
その発声の後、その掌の上で光が弾けると同時に、巨大な黄金の炎が燃え上がった。
炎は、キラキラと高く吹き上がるが、まるで熱を感じない。
「わ、きれい」
「ふふん、人族の使う炎とはひと味違うであろう。【狐火】は意志持つ炎。自然の木々を傷つけることなく、悪しきもののみを焼き尽くす我が族の秘術であるからな」
「はいっ。こんなにきれいな炎、見たことがありませんっ」
「ふふふん、そうじゃろう、そうじゃろう! ワーズワード、お主はどうじゃ?」
自慢気に、というよりも、褒めて欲しいオーラを発散させてこちらを覗き込んでくる狐。
だが、その期待はスルーする。検証が先だ。
「こうか? ――【狐火】」
見よう見まねで、握っていた掌を開く。
俺の掌中で光が弾けると共に、そこには狐の産み出したものと同様の黄金の炎が渦を巻いて燃え上がった。
「わ、やっぱりきれいですね」
「…………はああ!??」
二つの炎を忙しく目で追うシャル。
あんぐりと口をあけて、炎をみつめるニアヴ。
なるほど、やはりそうか。
俺の仮定は正しかったわけだ。
「ばかなっ、なぜ我が族の秘術を使える!」
「見せてもらったからな」
「……技を盗んだというのかや」
「いや、それは少し違う。俺が見せてもらったのは、魔法とやらの発動方法そのものについてだ。初めてにしては上出来だろう」
「は、初めてじゃと!? ありえん……魔法とは、強大なる力。我ら狐族であれば一族秘伝、お主ら人の子たちとても、国や組織に管理されておるはずであろう! 見たから使えるなどというものではないわっ!」
その勢いに押されるように、シャルが素早い動きでうなずく。
説明責任はないのだが、要望通り魔法を見せてくれたのだから、こちらもある程度の情報開示は必要だと判断する。
逆に言えば、ここで秘匿するメリットもないという判断だ。
「それを説明するのはやぶさかではないが――まず前提として、さっき二人に聞いた『光の粒』について話しておこう。二人には見えていないというが、この林の……大気の中には色とりどりの光の粒が漂っている」
「光の粒じゃと……?」
とまどう様にキョロキョロとあたりを見回す狐。まぁ見えないのだろう。
「そして、この光の粒は生き物にまとわりついてくる性質があるらしい。それはシャル、そしてお前の二人とも同様だ。木の上に居るお前に気付いたのもそれだ。なにせ光っているからな」
「はぁ!?」
それで、気付かない方がおかしいというものだ。
「この光の粒がなんなのか、始めは俺にもわからなかったが、先ほど見せてもらった『魔法』――それで確証を得られた。これは『魔法』の発動に関係している」
それが俺の出した第一の仮定だ。
「……聞かせてもらおう」
身を乗り出すように、食い入ってくる狐。シャルの耳も、その一言一句を聞き逃すまいとピンと立っている。
この目は俺にも覚えがある。新しい知識への期待、知らないことを知る欲求、それは世界が変わろうと、普遍的なものであるらしい。
「そこの虎は、10個の光の粒が骨格となっている。最も大きい額のそれは黄色。顎にあたる部分が赤。残りの支点が白い粒だ」
俺はそれを一点ずつ指で指し示す。
二人は、頭に疑問符を浮かべながらも、それを目で追う。
もちろん見えてはいないのだろうが。
「次に、実際に見せてもらったこの黄金の炎。火種部分に『それ』が4つ使われている。基底に赤、赤、赤。頂点が黄色の三角錐の形につながっている形だ。お前の手のひらの上で三角錐の形をなした光の粒が、魔法発動の言葉により、発光し、炎に変化、つまり魔法と呼ばれる現象を引き起こした。それが俺の観察した内容だ。つまり魔法とは、この光の粒の組合せとその発動の二点がトリガーとなり発動するものなのだろう」
ここまでは、単純な理論と観察の積み重ねである。
二人の反応を待つことなく、先を続ける。
「そしてこの光の粒、ただ手を伸ばすだけでは触ることはできないが、邪魔だと思えば、払うことはできた。そこから何かしらの意志を持てば、コントロールできる存在であることが判然る。光の粒を見えないお前や他の魔法使いとやらは、見えないなりの修練や経験則でコントロールしているのだろうが、その動きが見える俺は明確な『光の粒の操作』でその三角錐の形を作り出すことができたというわけだ。結果は見ての通り」
更に言えばその発動におそらく『発声』は必要ない。『発声』の裏にある魔法発動を『念じる』部分のみが必要なのだと思われる。これもあとで検証を行うことにする。
愕然とするニアヴ。
「魔法が光の粒!? あ、ありえん……」
「よくわかりませんが、すごいですっ! やっぱりワーズワードさんは魔法使いだったんですねっ」
「違うと言いたいところだが……一回とはいえ、実際使えたわけだから、否定はしないでおこう」
『ウィザード』という異名もまた、ハッカーとして拒否すべきものではないしな。
「じゃが……いや、それでは説明が……」
ぶつぶつと、何事が呟いている狐はとりあえず放置でよいとして、この【狐火】である。
折角出たのだから、その威力は知っておきたい。
一本の木を照準し、炎の中でくるくる回る三角錐にターゲットを燃焼するよう『念じる』。
三角錐がそれに反応、炎が大きくふくれあがったかと思うと、ターゲットに向かい、一直線に飛行した。
ふむ、我が事ながら、すごいものだ。
劫ッ、とまるでナパーム弾の様に炎が粘性をもって木に巻き付き、その芯から焼き尽くす。
そういえば、巨大な本物の炎、こういったものを見るのも初めてだ。ネットで火山雷や流れる溶岩の動画を見たことはあっても、やはり目の前に見る本物の炎の圧倒的な感動は別ものだ。
「おお、よく燃える」
「ハッ! くおおお、お主、目を離した隙に何をやっとるんじゃ! 他の木々に燃え広がったらどうする!」
「そうだな。すまん」
「すまんではすまんわー! ――降下せよ」
狐が慌てて、別の魔法の準備を始める。
俺は、そこに集まる光の粒の動きを冷静に窺う。
見るべきは光の粒の動き――ニアヴにまとわりつく光の粒の中から、青x3、白x3の光の粒が集められ、六角形が形作られていく様が観測される。
「【コール・ウォーターフォウル・レイン/降鵜雨】!」
発声と同時に、光の粒は六角形を拡大させつつ、燃えさかる木の頂上に広がり、そこに極地豪雨を降らせた。
火勢は途端に弱まり、一面を水たまりに変えて、やがて木の燃焼は完全に消し止められた。
【降鵜雨】――単純明快に大量の水を産み出す魔法と認識する。質量保存の法則に当てはめられないこの現象はまさに魔法だった。
……これで火と水には困らなくなったな。
狐が不承不承という様子でこちらを向き直る。
「……信じざるを得ぬか」
「無理に信じる必要はないぞ? どうせ見えないのだろう」
「そういう問題ではないわ、阿呆めっ! お主が今言ったことは、神の不在証明と同じじゃ!」
「神?」
「え、えっとですね。私は魔法のことは詳しくありませんが、例えば火の魔法は軍女神・熙鑈碎様に授けていただくという話を聞いたことがあります」
「我らの神は人のそれとは違うが、どちらも同じ神が名前と姿を変えたものだと言われておる」
魔法のある世界にも神はいるらしい。
人間とはよくよく偶像崇拝が好きな生き物だ。
「だが、事実だ」
「それが危険じゃというておる! ……お主、下手をすると『世界の敵』になるぞ!」
「…………」
「そうじゃ、よく考えることじゃ」
俺の沈黙を、都合良く受け取ったらしい狐がうむうむと大きく頷く。
「光の粒とやらの話。それは危険じゃ。異質な考えを持つ者は必ず排斥につながる。お主が何者かは知らぬが、その力、他の者には隠すべきであろう」
「あ、それでしたら、逆に服装を魔法使いらしくしたらどうですか。それなら魔法を使っても特におかしく思いませんし」
「おお、その方がイザという時にボロが出ぬかもしれぬな、こういうのはどうであろうか――」
どこに意気投合する要素があったのかわからないが、嬉々と対策を上げていくシャルとニアヴ。
輪の外で展開される会話。だがそれらは全くの無価値である。
「盛り上がっている所悪いが、俺は俺のできる全てのことを自重するつもりはない。神の不在証明? そう思いたい者は思えばいい。俺は魔法と神とは、無関係に存在することを証明しただけだ。魔法以外のもので神の存在を証明すればよいだろう。もし俺が再び『世界の敵』となるとしても、それは俺が世界の敵になるのではない。世界が『俺の敵』になるということだろう」
「ふたたび?」
「いや、そうは言うがな。妾はただ、お主のことを心配してじゃな――」
……同じだ。地球もここも。
「違うな。お前が心配しているのは俺ではなく、自らの安寧だ。俺が自由に振る舞うことにより、自分の生活に生じるデメリットを計算しての結果だ」
「なっ、そんなわけなかろう!」
俺は、怒りをも発するその獣の光彩を正面から見据える。
「……ならば、なぜ真実を隠そうとする? なぜ己のできることを抑制する? 自らの可能性を塗り潰し、群れに紛れ、誰でもない名無しのワーズワードとして生きる提言は本当に俺のためか?」
「そ、そう言うわけではない。お主のいう魔法の原理とやらは、この世界に大いなる混乱を産み出すと言っておるのじゃ。それを望むというのかや」
「それもまた違う。お前の言う『混乱』、それは『改革』というべきだ。この世の成り立ちたる自然原理が一つ明らかになり、それにより古い常識が一つ失われるだけだ。それを拒むお前の発想は変化を嫌った保守という名の『今』の引き延ばしに過ぎない」
ぐっ、と言葉を飲む込む狐。俺の指摘を理解するだけの知性はあるらしい。
シャルにも何かしら琴線に触れる部分があったらしい。今までにない真剣な瞳で話を飲み込んでいる。
音の消えたかのような濃密な沈黙。
十分に沈黙が浸透したことを確認した後、俺は言葉を続けた。
「……だから。もし俺の為だと言うのなら、俺の行動を制限する方向ではなく、俺の行動をサポートする方向で力を貸して欲しい。シャル、君に逢わなければ、言葉もわからず。ニアヴ、お前に逢わなければ、魔法とはなにかも知ることのできなかった身だ。何も知らない俺には君たちの助けが必要だ」
言葉の通り、俺は自分にできることを自重しない。
今の俺にできることは、二人に助力を請うことだった。
※一話5分だと話数だけ無駄に増えそうなので、一話の分量を変更しました。