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ななしのワーズワード  作者: 奈久遠
Ep.1 ワープ・ワールド
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Warp World 01

 ある『計画』を立ててみた。

 今日までの仕込みは上々である。


 ◇◇◇


 オープンテラスのカフェスペースでランチの到着を待つ間、俺はエアロビューを立ち上げ、暇つぶしをすることにした。


 そういえば、『ワーズワード』の名で呼ばれるようになったのはいつからだったか。

 自分の脳内にある記憶野を検索しても良かったが、ネット上の検索サイトの方が、よほど手間がかからない。


 ワーズワード による検索結果 約 1,768,400 件( 0.832 秒)


 検索結果の上位には、ニュース記事及び、それをネタにした掲示板へのリンクが並ぶ。

 そこに躍る文字は、どれも物騒なものばかりだ。

 21世紀最悪のサイバーテロ。破られた世界最高のセキュリティ、崩れたCOIN神話。犯罪史上最大の被害額。麻薬カルテルを壊滅、正義の使者ワーズワード。情報提供者に賞金支払5億COINを検討――


 エアロビューを流れる同じような記事、そのどれもが自分の行いの履歴だが、その中でもっとも目につくのはやはり、『COINサーバーハッキング事件』を取り扱ったものだろう。


 COIN――Cash Obtainable In Network savings――は世界統一通貨サービスの略称及び、そのチャージデバイスの愛称である。

 これまで無数に発行されていた、いわゆる電子マネーが全世界規模で統合されたのは何年前の話だったか。

 統一通貨名については、元と円が早々に負け、ユーロとドルとの一騎打ちとなったが、アジア諸国及びアフリカ勢の強烈な横やりにより、最終的には新たな統一通貨名『COIN』が正式採用されることとなったのだ。

 そしてチャージデバイスとしての『COIN』は、亜金属製の円貨型デバイスで統一されている。この場合の円貨とはジャパニーズ『Yen currency』ではなく、丸いタイプの貨幣、という意味だ。

 直径3cm大、やや大きめのCOINは、掌に握りしめて認証デバイスにかざすことで認証される。

 COINには世界最高のセキュリティとして、『ミーム認証』が用いられた。

 『ミーム』とは、人類のみが持つ個人識別が可能な情報遺伝子である、らしい。らしいというのは、それは完全に『COIN』に特化されたブラックボックステクノロジーであり、一般にはミームなるものの技術情報は一切公開されていないからだ。

 21世紀の巨人。ノーベル・サイバーテクノロジー賞3年連続受賞のサー・エクシルト・ロンドベル教授の完成させた、このミームなるヒト識別技術はまさに完璧であり、世界最高と言うに異論はなかった。


 だが、それは破られた。

 正確には俺が破ったわけだが。


 ハッキングに成功したとはいえ、さすが世界一の技術が詰まったサーバーである。

 俺がそこにアクセスできた時間は、3分32.550秒のみ。


 そんな短時間で行えたのは、事前にリストアップしておいた、チャイニーズマフィア・コロンビアカルテル・ジャパニーズヤクザと言った、暴力と麻薬で生計を立てている人種に関連するCOIN口座のセベラルパーセント、126万8052口座の残高を0に書き換えることくらいだった。


 もっとも俺の興味はミームなる技術の解析にのみあり、その後の口座消去はただのお遊びだったのだが。


 だったのだが、世の中的にはそのお遊びは思ったより大事だったようで。

 電子空間に溶けて消えた闇資金は日本円にして27兆2000億あまり。単一個人が起こした事件の被害額としては、世界一となった。

 もちろん口座情報だけでなく、入出金明細、ミーム情報、バックアップもキッチリと消してあげたので、削除された口座を復旧させるには、厳正な本人情報確認が必要とされた。削除された内の26.85%は口座名義人が名乗り出ることなく、また本人確認に訪れたアホの子がその場で逮捕されたりと、一連の報道はなかなかの盛り上がりを見せた。


 手を抜かないからこそ遊びは面白いのだ。


 ネット上の無責任な議論は、その被害者が犯罪集団であることに対する喝采と、世界最高のセキュリティを突破したその技術力の高さを賞賛する方向に傾き、名もなきサイバーテロリストは一時英雄と呼ばれた。


 だが続いて、被害者の数十万人が世界中で同時多発的に発狂した。

 そんな、地球を沸騰する地獄の釜の底に突き落とす事態となっては、その名声も地に落ち、俺は世界最悪の犯罪者として、めでたく憎悪の対象へと昇華した。


 『ワーズワード』の名はその頃から呼ばれ始めたものだ。調べてみると当時無名の俺に懸賞金をかけるにあたり、米国『STARS』が付けた識別名コードネームであるとのこと。


 ほう、それは今初めて知った。


 『ワーズワード』という響きが気に入った俺は、その後の印核軍事施設乗っ取ってみるテストや、ハッキングした人工衛星影像による金成恩キム・ソンウン8,760時間追跡動画をItube(アイチューブ:フリーの動画投稿サイト)で公開した際には、その名を使わせてもらった。


 米大統領選の電子投票ジャックは、民主党候補のアホが「いまだ核物質を放出し続ける日本に、その収束まで継続的な懲罰金を課すべきである」などと、アホなことを言い出すから、仕方なくやっただけである。大変遺憾である。

 とはいえ、選挙地図を真っ赤にしたのはやりすぎだったかもしれないな、反省。


 ハッキングがばれた後の再選挙でもアホの方は普通に落ちたので、別にやらなくてもよかったかもしれない。


 その行動のどれもが世界に衝撃を与え、やがてワーズワードの名を知らぬ者はなくなり、俺はついに世界の敵たる23人のテロリスト――『エネミーズ23』――の中でも最高賞金首の指名手配犯となった。


 あらゆる人類の生存活動から、既にして切り離すことのできない電子ネットワークの領域を脅かすこの俺は、まごうことなき世界の敵だ。


 それを俺は否定せず、また自らの行動に、一切の後悔も反省もない。


『できるからやった』


 ――それだけだった。

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