秋麗の桂花茶会
とある中華古装時代。
ここは王老師の書塾。
人生のすべてをかけた国家超エリート試験「科挙」に合格するためだけの場所だ。
本日は、日頃の成果を、神仏や地域の名士、親御様にお披露目する厳粛なる秋季経典暗唱並びに対句査閲文化会の当日なのだ。
しかし、この日だけは優秀な学生の発表を見るためという名目で、地元の名家のお嬢様たちが、母親や侍女を連れて見学に来ることが許された。
「これは竹馬。しかし、ただの玩具ではありません。将来、我が国を脅かす外敵が襲来した際、城壁の上から敵陣をいち早く見通すための高所偵察・隠密行動の軍事演習でございます!」
先生たちの前では、キリッとした顔で「右翼、前進!」「左翼、警戒!」と軍隊のように一糸乱れぬ動きを披露した。
しかし、先生が視線を外した瞬間、誰が一番高く飛べるか競い合ったり、竹馬に乗ったまま軽技を披露して、見に来た良家のお嬢様たちに向けて、悪戯っぽく片眉を上げて見せ、自慢の容姿と若さを大胆に誇示してみせた。
「読書ばかりでは、根本である宇宙の理を体感できません。この独楽が軸を中心に回り続ける姿こそ、天体が運行し、万物が調和している様子を視覚的に表現した最高のエリート哲学の発表です!」
白い衣装をまとった学生が、最初は「これぞ宇宙の理……」と厳かに独楽を回し始めた。
しかし、後半は完全にテンションが上がってしまい、2つの独楽をぶつけ合ってどちらが生き残るかのバトルに発展してしまう。
後ろで見ていた生徒たちも「いけ!そこだ!」と大盛り上がりし、卓の周囲は大熱狂の渦に包まれていった。
「上空の風の強さや向きを計測し、今年の秋の天候を予測するための気象天文学の学術実演でございます」
蝶や龍の形をした、色鮮やかな巨大な凧を青空高くへ揚げる。
よく見ると、その凧の糸にはコッソリ、意中のあの子への恋の詩が結びつけられており、風に乗せて彼女の手元へ落とそうとする、天をも味方につけんとする、大胆で風流な空中からの求愛が繰り広げられているのだ。
「明日の早朝試験は全員及第でなければ、校庭を竹馬で五十周だぞ!」
先生が厳しい声を響かせ、踵を返そうとしたその瞬間。
横笛を吹いていた若者がサッと目配せをし、工芸の技に長けた仲間たちが、中庭の石の机へ一斉に駆け寄った。
「先生、どうかお待ちを。本日の式典の締めくくりに、我ら一同が総力を挙げて用意した学術の実演が、もう一つだけ残されております」
差し出されたのは、美しい透き通った瑠璃の器。
お湯を注いだ瞬間、閉じ込められていた鮮やかなオレンジ色の花びらがひらひらと舞い、中庭の冷え込んできた夕暮れの空気に、濃厚で甘い桂花の香りが爆発するように広がっていた。
「これは……丹桂か?」
思わず足を止めた先生の前に、学生たちはうやうやしくお茶を捧げる。
「はい。先生が日頃、私たちに注いでくださる御恩への感謝と、明日の試験の全員合格を祈願いたしまして、ハチミツを贅沢に加えた『宮廷風・桂花花茶』にございます。どうぞ、お納めください」
「ふん、口先ばかり達者な奴らめ……」と、先生は眉をひそめながらも、漂うあまりに優雅な香りに抗えず、お茶を一口、口に含む。
温かいお茶が喉を通ると同時に、甘みと気品ある香りが広がり、先生の険しかった顔のシワが、みるみるうちに和らいでいった。張り詰めていた中庭の空気が、一瞬でまろやかなお茶会の席へと変わる。
「……美味いな。洗茶のタイミングも完璧だ。おい、お前たちも突っ立っていないで、座って飲まぬか」
先生のその一言で、緊迫していた学生たちの顔に一気に笑顔が弾けた。
「ありがとうございます!」と声を上げ、みんなで石のベンチに腰掛ける。
遠くの青空には、先ほど揚げた蝶の凧がまだ気持ち良さそうに浮かび、その下では、やりきった達成感に満ちた学生たちが、ハチミツで甘くしたお茶を嬉しそうに喉に流し込んでいる。
地元の名家のお嬢様たちの髪に挿された銀細工や珊瑚のかんざしが、夕日に照らされてきらきらと輝き、生徒たちは隠していた玩具を机の横に置いて、先生を囲んで明日の試験の山をコッソリ聞き出そうと盛り上がっていた。
王老師の書塾の厳しい規則の目をギリギリで潜り抜け、自分たちの手で創り上げたのだ。
お茶の湯気の向こうで、先生も生徒も、見学に来たお嬢様たちも、全員が笑顔で秋の香りを共有する――。
(及第)




