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嫌われ者の第六王子は水魔術に没頭しながら安楽生活がしたいだけなのに  作者: まんぼうしおから


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9/20

9・またしても来訪者は唐突に

「──夢中になってると、時の流れは早いね。もうお昼か」


 空間にがっちり固定されたように浮かんでいる、いくつもの水球。

 僕の作り出したものであり、実験であり、練習。


 清らかなその塊の中では、分別された濁りが、生き物のようにうごめいている。

 灰色の濁り。黒い濁り。赤茶色の濁り。いくつかの色の混じった濁り。


 濁りの無い水球もある。

 ガラスのように透き通ったものや、ほのかに青みのあるもの、ぼんやりと輝いているもの。


パチリ


 間もなく正午の時刻を知らせる柱時計に視線を向けたまま、指を鳴らす。


 すると、全ての水球が、丸い形を保てなくなり、

 崩れ、

 こぼれ落ちると床や机や書物を濡らし──たりすることもなく、それよりも早く、蒸発して消えていった。


「そろそろ来るかな」


 コンコンと、ノックの音。


「どうぞ」


「失礼いたします」


 勉強部屋の扉の向こうから、声。

 開かれる扉。

 僕の身の回りの世話をしてくれているメイド──ボニーが台車を押しながら入ってきた。


 当然だけど、その台車には僕の昼食が乗せられている。

 サンドイッチや紅茶、果物などだ。

 最近は、食堂ではなくここでお昼ごはんを食べている。理由は面倒だから。このくらいの軽い食事でいちいち食堂まで行くのもわずらわしいからね。


 ボニーはてきぱきと用意をすると、僕に一礼して、部屋から出ていった。

 普通はないことだ。

 本来、これから食事をしようという主をほっといて使用人がその場からいなくなるなんてことは、あり得ない。

 ボニーが平然と出ていったのは、事前に僕が「ここでお昼にするときはいなくていいよ」と言っておいたからだ。


 何か閃いたり、食事しながら続きをしたいときに、ボニーに見られていたらどうにもやりづらい。

 だから一人にしてよと頼んだのだ。


 また、一人だけになった部屋。

 サンドイッチを食べ、温かい紅茶をすすり、リンゴをかじる。

 いつもの昼食。


「手間がかかるけど……とりあえずは、やれるようになったかな」


 バナナの皮を剥きながら、水球を作り出していく。


 半分ほどバナナを食べた辺りで、きれいな、淡く光る水球が出来上がった。

 濁った球を作ってから、濁りを抜いたんじゃない。違う。最初から清らかなものを作ったのだ。


「アンデッドって魔物には、こういうのがよく効くらしいけど……」


 死霊とか悪霊、動く死体や動く骨。

 まともな生命を持たない存在のことを総じてアンデッドというらしい。


 言うまでもなく、僕は見たことはない。

 今後も見ることもないだろう。

 ここから離れない僕が、そんなものと遭遇するなんてことがあるはずもないし、だから実際にこの水を使うこともない。


 かといって、まるきり無駄なこととも思わない。


 意味があるかとか。

 利益になるかとか。


 そんな俗なことのために時間を費やしてあれこれ試したわけじゃない。

 楽しいからやっている。

 こんなこともやれるのかと、こんなことになるのかと、こんなのはどうだろうかと。

 試行錯誤するほど気分が良くなるから、やっているのだ。


「ん?」


 僕が住む前からこの部屋にあった、いくつもの机。

 そのうちの一台に、鏡が置かれてある。

 全身が映せるほど大きなものではないけど、片手で持てるような小さいものでもない。

 上半身の服装の乱れを直したり、髪を整えたり、手早く化粧をしたり、髭の手入れをしたりするときに使うものだろう。


 王族やそれに近しい人間は、それらを自分ではやらずに使用人に任せる(僕も、必要があればボニーにしてもらってる)ってのが当たり前だけど、そこまでじゃなく、軽く手直しを済ませたい時もある。

 そんな時のための鏡なんだろうね。


 その鏡に、にやけた顔の美少年が映っていた。

 僕である。


「……うわ」


 薄い銀髪の美少年。

 そのにやけ顔が、しかめっ面に変わった。


「……あんな顔しながら魔術をいろいろ試してたんだ、僕……」


 いくら僕がキレイな顔をしていても、ちょっと、その……認めたくはないけど今のは……。


 我ながら、少し気持ち悪かった。


 思わずのけぞるとか、顔をそむけるとか。

 そんな深刻で醜悪な笑いではないけど、無言のままあんな顔して魔術使ってたら……やっぱり、不気味ではあると思う。


「人に見せたら駄目な笑いだね、今のは……」


 鏡の中の僕は、すっかり真顔になっていた。

 きっと、いつも僕はこんな顔をしてるのだろう。


「──ん? あれ?」


 目の、錯覚だろうか。


 いや。

 錯覚じゃない。





 誰かが、僕の背後にいる。


 僕の肩越しに、鏡を見ている……!?





「……いない? なんで?」


 驚き、後ろを振り向いたが、そこには誰もいない。

 向き直る。

 すると、鏡の中には、いる。


 振り向く。

 いない。

 鏡を見る。

 いる。


 何度か繰り返していくうちに、驚きも弱まってきて……そうなると、鏡の中の人物をまじまじと見る余裕も出てくる。

 女の子のようだ。

 ようだ、というのは、その子の顔がよくわからないからだ。


 神官の人たちが被っているような縦長の帽子を被り、そこから白いベールを垂らして、鼻や口を隠している。

 そのせいで、はっきりとした顔の形がわからない。

 ベールで隠されてないきれいな金の瞳と、枝毛ひとつなさそうな長く伸ばした金髪、そして背丈から、僕とさほど歳の離れてない美少女なんじゃないのかなと思ってるのだ。

 顔がよくわからないのに、なんで美少女かどうかわかるのかというと、なんとなくそんな気がするからだ。願望ともいう。


 衣服もまた、神官みたいに、白いローブを着ている。

 だったらこれはもう、見習いの女性神官なのではという気もしてきたが、そんな子がどうして鏡の中だけに存在するのか。


 幻覚?

 魔術にのめり込みすぎて、幻を見るほど頭が疲れてしまったのだろうか?

 そこまで集中してたのか?


 亡霊のたぐいというのは……ないね。

 瞳が、死んでる人間のそれには、ぜんぜん見えない。

 死人の瞳とか見たことないから絶対そうだとは言えないけど、でも、なんとなく生きてる人間に思える。幻覚かもしれないが。


 鏡の中の誰かさんは、動くことも、語ることもなく、ただそこに──



「こんにちは、王子さま」



「うわっ!」


 突然の挨拶だった。

 何の害もなさそうだし、もうほっとこうかなと思っていた矢先、鏡の中から声が聞こえてきた。


 穏やかな、静かな、そして、やはり少女の声だった。

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