5・火と水の争い
「ふーん、鳥さんか」
蒼色の髪と瞳の女の子の周りに、何羽もの鳥が飛んでいる。
それらの鳥も、また、蒼。
サイズや形の違いはあるけど、どれも同じ色をしている。
それだけなら不思議でも何でもないけれど、しかし、それだけじゃない。
ただの鳥たちじゃない。
普通の鳥は、燃え盛ってなどいない。
これらは、蒼髪蒼眼の少女──皇女ファルティニアが魔術で作り出した、火の鳥だ。
最初は、彼女の身体から、陽炎とでもいうのか、ゆらめきが漂いだした。
そのゆらめきが、瞬時に燃え上がり、いくつもの鳥の形をとったのである。
鳥たちは彼女の指示ひとつで一斉に僕へと群がり、僕の体力を焼き尽くしてしまおうとするに違いない。
一羽一羽から感じられる魔力も、なかなかのものがある。この濃さ、才能だけじゃここまではいかないんじゃないかな。
かなり努力してるんだね、この歳で。
「冷静ね。怖がらないんだ」
「そうだね」
「あなたのお兄さんも、これまで私が倒してきた子たちも、これを見て、みんな息を呑んだものだけど」
「そうなんだ。それはそうだろうね。こんなのを見せられたら」
「その平然とした顔に態度……虚勢ではなさそう。フフッ、やっぱり直感って大事ね。感覚ではなく理屈で判断して、ここに来ようとしなかったら、あなたをみすみす逃すところだった」
「逃がしてくれたらよかったのに」
「どうして? わざわざ帝国の姫が勝負を挑んできたのよ? 己の力を知らしめるには、絶好の機会なんじゃないの?」
理解できないというように、皇女が立て続けに訊いてくる。
「興味ないんだよ、そんなの。僕はこのままここで静かに暮らしていたいんだ。見栄だの、権力争いだの、そんなものはね、僕にとって石ころと同じさ。そこらに落ちてるそれらとね」
「わからないわ。私にはあなたの言ってることがわからない」
「いやわかるでしょ」
「意味はわかるわ。でも共感はできない。ほんのわずかな火の粉ほどもね」
皇女の顔つきが変わる。
獰猛そうな顔から攻めっ気が抜け、変なものを見るような、困惑した顔になっていた。
もう勝負そっちのけで会話に夢中だね、キミ。
「自分を罵って見下してきた周りを見返したくないの? 力を見せつけて黙らせたいとは思わないの? 私ならそうするし、そうすべきだと信じて疑わないわ。一点の曇りなく」
「それはまあ、人それぞれだから」
「あなたは、あまりにけなされすぎて心が歪んでしまったようね。人の目から隠れてないでもっと前向きに生きなさい。いい機会だから私が教えてあげるわ。力ある者の振る舞い方とは、いかなるものかを」
言いたい放題言い終えると、彼女の顔から困惑の色が消えた。
やる気復活か。
僕に、強い奴の生き方とはどうあるべきかを、教えてあげたくなったようだ。
……いや、なにその傲慢さの押しつけ。
ワガママな生き方しろってことでしょ、つまり。
そんな生き方望んでないんだよ僕は。
お節介な子だなー。
「双方、戦闘に集中するように」
審判役のパトラさんが注意してきた。
僕らのお喋りが長くなりすぎ、勝負の手が止まったからだ。
「怒られちゃったね」
僕がそう言うと、皇女さまはくすりと笑い、
「そうね。でも丁度いいわ。もう言葉でわからせるのは止めようと思ってたもの」
軽く右手を振った。
すると。
皇女のまわりにいた、蒼く燃える鳥たちが、突っ込んできた。
全部というか、全羽。
いきなりだ。
まずは一羽飛ばして反応を見るとか、そうくるかと思っていたんだけど……何をやるにも急なんだね。
実力を探る様子見というより、これで終わってしまうようならそれでもいいやという、そんなつもりの一斉攻撃なんだろう。
「……やむを得ないか」
僕は、特にその場から動かず。
足元の地面を、右足を少し上げて、一度踏みつけた。
それだけ。
たったそれだけのことで、僕の前の地面から、噴水のように濁った水が噴き出し、
鳥たちを全て呑み込んだ。
後に残ったのは、淀んだ水溜まりだけ。
「まだやる?」
できるだけ嫌味にならない声色で、聞いてみる。
挑発ととられたくないからだ。
「……やるわ。当然でしょ」
「そんなに、自分から負けを認めるのが嫌いなんだ」
力の差はわかっただろうに、しつこいね。
「それもあるわ。あるけど……こんなチャンス、滅多にないもの」
「チャンス?」
「私ね、初めてよ。自分と年が近い子を相手にして、挑まれる側じゃなく、挑む側になるの」
負けず嫌いからくる強がり──じゃないみたいだ。
蒼い瞳。
ふたつのそれが、ぎらぎらと、闘志をみなぎらせて光っている。
顔が笑っている。
まだまだこれからだというように、嬉しそうに笑っている。
「フフッ……燃えるわ。心の芯から久しぶりに」
やれやれだ。
これはもう、最後までやるしかない。
こんな顔でこんなことを言われたら、いくら僕が無駄なことも必要なこともしたくない怠け者だろうと、付き合うしかないね。
まあ、それが対戦相手への礼儀ってものなんじゃないかな。
「ねえ、その顔」
「え?」
「あなたの顔よ。今のやり取りで、自分の勝ちを確信したんでしょ? そう見えるわ。きっと、私もこれまではそんな顔をしていたのね」
「そう言われたら、そうなのかな。鏡がないからなんとも言えないけど」
「でも、勝負は最後までわからないわ。不屈の精神で挑ませてもらおうじゃない。決して怯むことなく、この、ゼルガル帝国第三皇女──ファルティニアが!」
その宣言とともに。
彼女の全身から、蒼色の炎が吹き上がった。
炎をまとう乙女。
強い熱気が、僕をあぶってくる。
ファルティニア姫は、おとぎ話に出てくる火の精霊と化したかのような姿へと、変貌した。
ここからが、本気のようだ。
うん、少しは僕も本気にならないといけないかもね。




