4・魔術勝負
『魔術勝負』
やったことはないけど、そういう勝負があるってのは書物で知ってる。
有り余っている暇を消費して本ばかり読んでるので、色々な知識がオツムに溜まっていくのだ。必要な知識も、必要でない知識も。
……読書だけでなく、こっそり、水の魔術もあれこれ試したりしてるんだけどね。
やるたびにボニーに「そのような真似をして王宮の地を汚すのはお控え下さい」とか凄い嫌そうな顔で言われたので、次第に、ばれないよう目の届かないところでやることにした。
それでも、気づかれてないはずがない。
彼女はそんな鈍い女性じゃない。
自分の知らないところで僕が魔術を使ってることくらい、ボニーだってわかっているはずだ。
なのに小言のひとつも言わない。
つまり、
『やるなら私の預かり知らぬところで存分にどうぞ』
なんてことなのだろうと、僕は解釈している。
主人に対して関心の薄いメイドでよかった。
それはともかく。
魔術勝負とは──読んで字のごとく。
魔術を用いる勝負なので、魔術が使えない者は参加できない。
特殊な魔術円の描かれたフィールドに双方が入り、そこで勝負するというのが正式なやり方だという。
その魔術円だが、どう特殊かというと。
安全対策が徹底しているらしい。
死人や怪我人を出さないよう、受けたダメージは肉体の損傷にではなく、体力の消耗に変換されるとか。
平和的な決闘だね。
そうなると、戦い方にもセオリーが生まれる。
怪我をして動きが鈍るとか、そういったデメリットが一切ないため、手足などの末端を狙うのは悪手とされる。
命中しても、その部位が使い物にならなくなったりしないからね。
ただ、急所狙いは悪くないみたいなんだ。その手の攻撃によるダメージは、かなり体力を削るらしいので。
そして。
気絶するか、体力を消耗しすぎて動けなくなるか、負けを認めるか。
このいずれかで勝敗が決することになる。
これが魔術勝負だ。
「準備いい?」
「特に問題ないよ。始めよう」
王宮の外れ、僕がいるせいで沼と呼ばれしこの区域は、用事がなければ誰も来ようとはしない。
だから、こうして勝負が始まろうとしていても、観客は一人だけのまま。
僕の使用人、ボニーだけだ。
既に、僕も皇女も、うっすら光る紋様で構成された魔術円の中にいる。
大きさは、だいたい直径十メートルくらい。
屋敷の中ではなく、外。
屋敷から少し離れた、草のあまり生えてない場所を選んだ。
魔術円は、もともとこの場所にあったものではない。
パトラさんが、しゃがみこんで地面に手を当て、ここに作り出したのである。
土の属性による魔術円だそうだ。
武術だけでなく魔術も使いこなせるなんて、ほんと優秀だね、この人。
パトラさんは「姫さまがところ構わず勝負をお挑まれになるので、この術を会得せざるを得なかったのです」と言っていた。
いつでも主の勝負が円滑に行えるよう、魔法円を作れるようになっておいたらしい。
僕もそんな、忠義のある配下が一人くらい欲しいものだね。
……いや、やっぱりいらないか。
いたら便利でも、口うるさそうだからね。
熱意なんてものとは無縁なボニーくらいが僕には合ってるんだろう。
「さっきも言った通り、勝敗はパトラに決めてもらうわ。私をひいきしたりとか、そんなことはないから大丈夫よ。彼女は石頭で公平だから」
「石頭は余計です」
「ウフフッ」
審判役もまた、パトラさん。
彼女はボニーのように、ただの観客ではないのだ。
この真面目な女性のことだ。魔術勝負のルールも頭に叩き込んであるのだろう。
ひょっとしたら、審判としての正式な資格のようなものまで持っているかもしれない。
「──この一戦、私の判断のもと、失神や行動不能とまではいかなくても、大きく体力を消耗した場合も負けとします。それでよろしいですね?」
「いいですよ」
「文句ないわ」
「わかりました。では、双方の了承を得ましたので、これより──」
パトラさんは、右の手刀を頭上に振り上げると、
「──はじめっ!」
開始のかけ声と共に、勢いよく振り下ろした。
さあ。
生まれて初めての勝負だ。
「どんなやり方で攻めてくるのか、とっても楽しみね」
皇女さまはウキウキだ。
野生の獣みたいな笑みを浮かべている。
といっても野生の獣なんて見たことないけどね。でもこんな感じなんじゃないかな。
「王子ー、がんばれー」
主である、僕の一戦。
ただ棒立ちで見てるだけにもいかないと、そう気づいたのか。
まるで人形が発したかのような無感情な声で、ボニーが応援してくれた。
逆に力が抜けそうになったが、もう勝負は始まっている。
あの二年前のお披露目以来となる、魔術の本番。
果たしてどうなるのか。
この皇女さまに、勝負を堪能させてあげることができるのか。
やってみよう。
泣かせないように、気を使うことになるかもしれないけど。




