32・別れ、そして数多の誤算
それからどうなったのか、だけど。
もう刺客のおかわりはないとは思うけど、ここまできたら、毒を食らわば皿までということで。
僕ら三人は、グレイン橋を過ぎ、目的の宿場町まで同行することにしたんだ。
それはいいんだけど……。
縄に繋がれた男たち。
馬に乗った護衛つきの、豪華な馬車。
水源がないのにどこからか流れてくる水に乗って動く石舟。
これは、もうね……。
注目するなというほうが無理な品揃えだよね……。
道行く人々は、護衛さんたちや馬車のほうは露骨にジロジロ見たりはしないけど、
囚われの刺客たちのほうを珍しそうに普通に見てるし、
僕らのほうに到っては、驚きながら結構がっつり見てくる。
すれ違う旅人たちから向けられまくる奇異の瞳。
二度見はおろか三度見すらされてるけど、こうなったら開き直るしかない。
顔と素性さえバレなければ全て良しの精神でいくことにする。
数々の目撃者を通じて国内外に変な噂が広まるのは避けられそうにないけど、そこについてはもう諦める。口止めなんて無理だ。
なら、その噂が僕にまで繋がらないならそれでいい。だから必死で正体を隠す。
途中、犬くらいのサイズの虫(スプリンガーという虫型魔物らしい。その中でも飛びついて血を吸おうとする種類なんだってさ)が数匹こっちに来たけど、パトラさんたちが軽くなぎ払ってくれた。
どこの国でも、人の行き来が多い道ってのは定期的に『お掃除』して安全を確保している。
これは僕でも知ってる常識だ。
国としては、自己の動脈たるメインの街道を荒らされてはたまったものじゃないからね。きれいにしないと。
それをわかってるので、魔物と違って盗賊のたぐいはお掃除されるのを恐れ、重要なルートや町のそばには現れない。
国境沿いとか山道とか、治安のよくないところで仕事をするという。
それでもやり過ぎれば潰されるし、やり過ぎなくても偉い人が成果欲しさに潰したりしてくる。
それしか生きていく方法がないんだろうけど、先行きの無さすぎる生活だね。
僕にはとてもできそうにないし、やりたくもないや。
そうして、掃除したり潰したりを繰り返しても、完璧に狩り尽くすのは無理らしい。
魔物はどこからともなくポコポコ生まれるし、世の中から弾かれた連中は盗賊にまで身を落とす。
根絶は不可能。
だからこうして運悪く遭遇したら、当人たちで対処するしかない。
自分の身を自分で守れない者が旅なんかやるなってことだね。
「手慣れてるね」
「当たり前よ。私の護衛たちだもの。あんな下等な魔物なんかに遅れなんか取るはずないわ。手早く仕留めて、ハイおしまい、よ」
石舟にまた乗ってる皇女さまが、自慢げに微笑みながら、そう言ってきた。
すっかりお気に入りになってしまったようだね、この乗り物。
「橋も通り過ぎたし、この調子なら、暗くなる前に宿に着きそうだね。魔物との遭遇も、もう一回くらいあるかないかじゃないかな」
「…………それはいいけど、ねえ、本当にいいの?」
「何が? って聞き返すまでもないか。僕の今回の活躍のことでしょ、聞きたいこと」
「そうよ」
ファルティニア姫が、じっとこちらを、僕の顔から目を離さず見つめてくる。
「帝国の皇女暗殺を察知して、皇女たちに伝えただけでなく、自身もその暗殺を阻止した。大手柄じゃない?」
「どうかな。王族の立場で護衛の真似事みたいな危ないことしたんだから、怒られそうだけどね」
「それを踏まえて減点されても、活躍した成果のほうが上回るのではありません?」
聖女エルスティルも、おもむろに話に加わってきた。
「でもよ、そしたらどうやって王宮から抜け出したかって話になるよな」
さらに魔女ペルトゥレも混じってくる。
「それはまあ、いざとなれば明かしても構わないんだけど……僕としては、のんびり穏やかに、権力争いなんかと縁のない生き方したいんでね」
「下手に汚名返上したら、このお姫さんみたいに狙われるってか、アハハハ」
「笑い事じゃないよ」
プライドが異様に高い第五王子のレオン兄さん。
神経質で理屈屋な第三王子のオルフェ兄さん。
傲慢で他の兄弟との仲も悪い第二王子のリュケイオン兄さん。
僕がついその気になって世間や周囲の評価をひっくり返したりなんかしたら、この三人がどんな悪質なことを仕掛けてくるかわかったものじゃない。
「それもそうね。無理強いはできないか。だけどね、ラハブ王子」
皇女さまが、真剣そうな顔で僕を見てくる。
四人の中で唯一変装する必要がなく、素顔をさらしているので、表情がはっきりわかるのだ。
「ラハブでいいよ」
「そう、なら私も、ファルティニア──ファナでいいわ」
「うん、わかったよファナ」
「呼び方はそれでいいとして……」
「ああ、でしたら、私もエルで結構ですよ」
「ならあたしはペル……じゃこいつと被るから、ペティでいいや」
「はいはい、わかったよ。エルとペティね。……それで、ファナは何を僕に言っておきたいの?」
「あなたが望もうと望むまいと、結果的にあなたは表舞台に立つことになるわ。今回の騒動で私はそれを確信したの。ラハブ、あなたを取り巻いている巡り合わせはね、あなたに安穏な人生なんて送らせないわ。決してね。これは忠告ではなく──予言よ」
否定は認めないと言わんばかりの口調で、皇女は──ファナはそう断言した。
力強く、凛々しく、自分の言ったことに一切の迷いなく。
「…………せめて忠告の域にとどめておいてくれないかな。それじゃほぼ確定じゃん」
僕は覆面代わりの布の下で、苦笑いするしかなかった。
こうして。
思いのほか早く宿場町に到着したあと、僕はファナやパトラさんと今後についていくつか話し合い、適当にそちらで細かい辻褄合わせをお願いして、再び王都へと戻ることにした。
僕の素性についてだけは絶対に喋らないでほしいと、再三、念を入れて。
「さよならー」
石舟に乗って帰る僕らとファナは互いに腕を振り、パトラさんや他の護衛さんたちは、敬意を込めた一礼をこちらにしていた。
宿場町が遠ざかっていく。
小石のように小さくなり、やがて視認できないくらいに縮まり、見えなくなる。
「また注目浴びちゃうのかな僕ら」
「気にかけることもないのでは? 舟は先ほどまでと違ってかなり速いですからね。見られたところで一瞬のこと。まともに認識されませんよ」
「それよりもさ、雑魚が出てくるかもねぇ。夜行性の魔物とか、最近悪さを始めたばかりのチンピラとかな」
「それはまあ、ぶつかればいいから」
「「?」」
エルとペティ。
二人が少し首を傾げ、よくわからないという顔をしていた。……いや顔隠してるから見えてないけど、なんかそんな感じがしたんだよね。
二人が抱いていた疑問はすぐに解けることになった。
野犬なのか、狼なのか、犬型か狼型の魔物なのか、そのいずれかが飛び出してきたのを石舟で軽く弾いてひき逃げもしつつ。
僕らは、夜が訪れるよりも前、夕方に王都にたどり着いた。
間に合った。
暗くなれば外壁の門も閉まり、そうなると中に入る手段は翌朝までなくなるからね。いやー、ホントによかった。
出たときと同様、入ることもすんなりできた。
やはり子供だから警戒されないんだろうね僕ら。
聖女エルスティルが消えた件で騒ぎになってて、顔とか詳しく確認されるかとも思ったけど、別にそんなこともなく。
なんなら騒ぎにすらなってない。
どうも、まだ事態は世間に漏れてないらしいね。
「僕は屋敷に帰るけど、二人は?」
「一度、神殿に戻ろうかなと思います。やはり短慮すぎたかと」
「そうだね。そのほうがいい。グラン兄さんも正気に返ってるかもしれないし」
「どうでしょうね」
冷たい目をしてエルが言った。
人々から愛され慕われる聖女がするような目ではなかった。怖いなぁ。
「あたしもねぐらに帰るかな」
「え、家あるの?」
「ハハ、馬鹿言うなよ。安宿だって安宿。値段の割には案外まともな宿でね。たまたまだけど、いいとこ見つけたもんだよ」
ペティが笑う。
聖女と魔女。
上等な寝泊まりができる側のほうが面白くなさそうな顔で、質の悪そうな側のほうがニッコニコ。
おかしな逆転現象が起きていた。
二人と別れ、あの抜け道を通り、王宮の沼──僕の屋敷の、地下へ。
もしボニーか誰かいたらまずいので、地下室を『聞き水』で探ってから隠し扉を開け、誰にも会わずに勉強部屋へ入った。
誰かが勝手に入った形跡は……ちょっとわかんないな。まあ入ってないことにしとこう。
それから、できるだけ汚れを落としてから着替え、ボニーのところに行き、夕食の仕度を頼んだ。
ボニーの様子は普段通り。特に変わったところもないし、何か含みを持たせた発言もしてこない。
やはり、僕の外出には気づいていないみたいだ。
夕食を胃に収め、普段くつろいでいる部屋に戻り、僕専用の椅子にもたれながら今日の出来事を思い返す。
うまくいった。
一人の犠牲者も出ることなく目的を達成できた。
凄いことだよ。
自画自賛してもいいよねこれは。
僕の正体が世間に明るみになることもなく、ファナだけでなく、エルもペティも死ななかった。僕じゃなくても、誰から見ても満点の結果でしょ。
通りすがりの旅人たちに姿をしっかり見られまくったことについては……それはね、忘れようか。それとひょろ長い男の中身についても忘れようか。
「ぶっつけ本番にしては、よくやれたよ。見事だったよ僕。よくやったよラハブ」
達成感と満足感。
それと心地よい疲労感を、これでもかと噛み締める僕だった。
──それから、およそ二週間後。
祖国、ゼルガル帝国に戻ったファルティニア姫が、
父である皇帝に対し、
「──とてもお強く、才気に溢れた、とあるお方に命を救われました」
僕の素性についてだけは、約束通り頑なにダンマリして、ことの次第を語るのだが。
でも。
いつも堂々として凛々しい態度を崩さないファナが、上気してうっとり気味に喋ってしまったせいで「そいつはどこの誰なのだ」と、帝国がえらい騒ぎになるんだけど、今の僕はまだ知らない。
またしてもエルが家出して、この屋敷の屋根裏に居候することになることを、今の僕はまだ知らない。
聖教国の過激派、魔女をこの世から消し去ることを命題としている一団とペティの揉め事に巻き込まれることを、今の僕はまだ知らない。
満足して椅子にもたれ、自画自賛しながらニヤけている僕は、
また、いつもの日常がこれからも続くのだと甘い考えに浸っている僕は、
この時の僕は、
まだ、そんな未来を知るよしもないのであった──
とまあ、まだまだ続けられそうですが
こんなところでお仕舞いとなります。
続きを望む声があれば、また再開するかもしれませんが……この場はひとまず、おさらばです。




