31・後始末
戦いは終わった。
敵の生き残りは三名。
一人は言うまでもなく斧の男。
もう一人は馬車の中に隠れていた若い男。
「あー……、もう駄目だな、こりゃ。勝ち目失せたわ。無駄死にするのも馬鹿馬鹿しいから降参するよ」
これ以上やっても悪あがきにしかならないと、斧の男は負けを認め、斧をこちらに放り投げ、その場にどっかり座り込んだ。
なんでも、本人いわく、その斧には持ち主のところに飛んで戻ってくる魔力が込められてるらしい。
ひょろ長い男を背後から真っ二つにしたのはその応用だとか。斧とセットになっている手袋をはめてる手の動きで、ある程度操作もできるみたい。
なので手袋も没収。
これらは冒険者だった頃に手に入れたものだと、男は言った。
それと、斧をキャッチすること自体は自力でやらないといけないんで、それに関してはやっぱり練習したんだってさ。
「……話はわかったけど、信用できるの?」
「まさか。何をまだ隠しているか知れたものではありませんからね。信用などとてもとても。呪縛の魔術の使い手がおりますから、それをかけておきますよ」
念のため聞いたけど、パトラさんはちゃんとわかっていた。だよね。
「でも、帝国皇女の殺害未遂なんて、投降したところでどのみち死刑になる気もするけどよ、ハハッ」
「僕もキミの意見に賛成かな、ペルトゥレ」
実際、斧の男が降参する手前──長槍の男が燃えカスになった直後、やけくそになった数人が皇女のほうに殺到した。
白旗あげても結果は同じだと、ならやるしかないと、そんな心境に陥ったんだろうね。
で、どうなったかだけど。
その連中、呆気なくパトラさんたちに切り伏せられて死んじゃった。一人残らず。
その後、斧の男が長い長い溜め息ついてから、負けましたと言って座り込んだわけ。
「首謀者ではないとは言っても、許されは……しないよね」
「運が良ければ、利き腕を使い物にならなくしてから強制労働への従事……くらいでしょうか」
いつもより冷たく、いつもより淡々とした喋りで、エルスティルが斧の男の今後について予測した。
いずれにしても、ろくな末路じゃないね。
やったことを考えたら妥当だけどさ。
生き残りの二人目、馬車の若い男は戦闘要員ではなく、怪我人が出たときのための治療役らしい。
土の属性持ちで、触れたものの傷を癒す魔術を使えるため、なかば脅しに近い形で雇われたそう。
その魔術なんだけど、パトラさんも使えるんだってさ。
手傷を負った人がいないから披露することもなかったけどね。唯一の怪我人であるペルトゥレも自分で傷穴塞いだみたいだし。
「ど、どうかお慈悲を」
「そんなに拝まれても困るよ。僕らが決めることじゃないからね。天か神にでも頼むんだね」
「とほほ……」
まあ、少しは同情の余地もありそうだし、死刑にまではならないんじゃないの。残りの人生ずっと牢屋の中かもしれないけど。
でも、それはそれで気楽そうだよね。
で、三人目の生き残りだけど。
これはあちら側じゃなく、こちら側にいた人物だ。
「どうか、どうかお許しを!」
地面に額をこすりつけて必死に謝っているのは、なんとお姫さまの乗っていた馬車の御者だった。
──パトラさんを含めた護衛たち全員の持ち物を調べたんだけど、怪しいものは何一つ出てこなかった。
それで残るは御者のおじさんだけとなったんだけど、いよいよ追い詰められてなりふり構っていられなくなったのか、馬車で逃走しようとしたところを取り押さえられた。
普段から鍛えてる護衛さんたちと、お腹の出てる中年の男性。
勝負になるはずもなく。
あっさり馬車から引きずり下ろされ、こうして捕まっちゃったわけ。
「ふぅん、これで連絡を取り合っていたのね」
皇女さまが、数センチほどのきれいな水晶を手にしていた。
左右の手に一個ずつ。
見聞の水晶。
ボニーが伯爵と話し合うときに使っている飛声石と違い、こちらは魔術が使えなくても会話できる、より優れものの魔道具なんだとか。
あらかじめ決めてある特定の合言葉に反応して、中に宿された魔力が作動するらしい。
「こちら黒犬」
皇女さまが、右手にある水晶に呼びかける。馬車に隠れていた男が持たされていた水晶だ。
その右手の水晶が、黒く染まる。
「こちら白蛇」
今度は、左手のほうの水晶に呼びかけると、そちらが白く染まった。御者が隠し持っていたほうだ。
「こちら黒犬、聞こえますか」
『こちら黒犬、聞こえますか』
「聞こえていますよ、こちら白蛇」
『聞こえていますよ、こちら白蛇』
片方の水晶に話しかけると、少しだけ遅れて、もう一方の水晶からその声が放たれる。
完全にではなく、多少くぐもってはいるけど……その声は間違いなく、ファルティニア姫のものだった。
「こんなものがあるなら、こちらの動きが筒抜けなわけよね。やってくれたものだわ」
彼女も、皇女らしくできるだけ堂々と穏やかに喋っているつもりなんだろう。
けど、隠しきれない苛立ちが言葉の端々から漏れている。
自分だけじゃなく、パトラさんたち護衛や、僕らまで危険にさらされたことに結構ムカついてるみたいだ。
「いかなる理由があろうと、主を平然と裏切るとは、その罪は免じようがありませんよ」
眉間にしわを寄せてオカンムリなパトラさんが、突っぱねるように厳しい言葉をかける。
「や、やむにやまれぬ事情が……どうしてもまとまった金が必要だったのです! 身内が重い病をわずらい、その薬代のため、悩み抜いた末にやむなく……」
「その場しのぎの白々しい嘘はお止めなさい。仮にそのような事実があれば、私の耳に届かないはずがないのです。使用人の素性や私生活についても逐一調べているのでね。まさかその目をかいくぐられるとは思いもよりませんでしたが……」
「敵もさるもの……かしらね。いや、敵というより──」
「姫さま」
パトラさんが止める。
まだ明確な証拠がないのだから身内が黒幕だと断定はしないほうがいい──と、そういうことなんだろうね。
「今夜泊まる宿場町に、たいした人数ではありませんが帝国からの迎えが来ていますので、その者たちにも協力してもらい、この三人を護送します」
「当然ね。ここはまだ王国の領内、王都の目と鼻の先だもの。本格的な武装をしてないとはいえ、我が国の兵士を大勢よこすわけにはいかないわ」
「……なあ相棒、なあって」
つつかれる。
話を聞いていたペルトゥレが、脇を肘で小突いてきた。
横目で見る。
胸元をぐさりとやられた傷は、もう塞がっている。かすかに痣のようなものが残っているだけだ。
いったい、どんな魔術を使ったものだか。
「…………どこ見てんだよ」
三白眼を細め、ジト目で僕の顔に視線を向けてくるペルトゥレ。
「そこ」
胸元を指差す。
長槍に刺されたときに衣服が破れ、その辺りの肌がよく見えるようになっている。
意外と血色がいい。
健康的な色合いの肌だ。
「このスケベ」
いかにも、魔女らしく。
咎めるというより誘惑するように、ペルトゥレが妖しく微笑む。
同年代の男子なら誰でもくらっときそうな微笑みだ。
こんな武器を持ってるとはね。
魔女なだけはある。
でも僕は怠惰の化身のごとき男の子なので、女の子に対しての反応は鈍い。その程度では「なんかやらしいな」と思うくらいで、すんなり魅了されたりしないのだ。
「……そんなつもりは毛頭ないし、恥ずかしいんなら隠しなよ」
「つれない男だねぇ。少しは興奮しろよ。傷つくだろ」
どうせ治るからいいでしょ、とは言わなかった。
怒らせて石にされたくないし。
「それはいいから、それより何の話?」
「んー、ひょっとしたらさ、その宿場町の迎えも刺客だったり……なんてさハハッ」
「嫌なこと言うねキミも」
「アハハハ、冗談だよ冗談♪」
「そうでしょうかね。笑い話で済ませても構いませんが、しかし、たちの悪い性分な彼女の言う通り、その可能性も……ないとは言えないのではありませんか?」
余計な言葉を足しながら聖女ちゃんがパトラさんに語りかける。
この子はわりとナチュラルに毒を吐くのだ。
「その点は心配ありません」
パトラさんいわく。
宿場町にいる迎えは、いずれも皇女さまの母方の実家──大公の息のかかった小飼いの兵士なのだとか。
なんなら、ここにいる護衛さんたちもそうだったり、それに近い生い立ちだという。パトラさんも含め。
「ならいいか」
絶対とまでは言い切れないけど、疑い続けたらキリがない。
僕らがやれるのは、頭をひねるのは、ここまでだ。
いつまでも守ってあげられないのだから、ここから先は、パトラさんたちの実力と機転に任せよう。




