30・溶け消える刺客たち
「うわ!? み、水が、くせぇ水が……ぎゃあああっ! 体が溶けちまうううぅ!!」
「火だっ! いや風でもいい、誰かこのドロ水を消し飛ばせぇ!」
「いやぁぁぁ! 痛い痛いいたいいいい!!」
次から次へと。
悪党どもの悲痛な叫びが、きれいに晴れ渡ってる青空に吸い込まれていく。
僕の仕業だ。
一人くらい殺しただけじゃ心が揺れないみたいだから何人も殺してみたんだけど、やはりなんてこともない。
復讐心や正当防衛という心理も働いてるだろうけど、それを抜きにしても、どうやら僕はなかなか図太いみたいだ。それがいいことなのか悪いことなのかはわからないけど。
「ふ、冬の子らよ、我が前に集え!」
まだ被害にあっていないひょろ長い男が、自分の身を抱き抱えるようにして、何かを唱えた。
「あ、氷が……」
辺り一帯を漂い、風に吹かれていた氷。
それらが、ひょろ長い男のそばに集まる。
白く冷たいものを含んだ空気が、男を守るように渦巻きだした。
「そっか、邪魔をやめて防御に全てまわしたんだね。賢い賢い」
でも、そんなことをしたらどうなるか。
「馬鹿野郎、なに自分だけ守ってやがるんだ! お前はいいが俺たちはどうする!」
柄の長い斧を持った男が、ひょろ長い男を非難する。
うん。
まあこうなるよね。
この人の魔術が効いてるうちに皇女さまを殺害しようという計画らしいのに、その当人が自分の防御を優先したんだもの。そりゃ怒るよ。
「そちらのことまで知りませんよ! こうなってしまった以上、もはや暗殺は不可能! 申し訳ありませんが…………私は抜けさせてもらいます!」
売り言葉に買い言葉。
斧の男に対し、ひょろ長い男が開き直って叫ぶ。
逆ギレだ。ああもうめちゃくちゃだよ。
「貴様っ……!」
長槍の男が、初めて感情をあらわにした。
こっちにまで聞こえるくらいの音を立てて歯ぎしりしてる。ギリギリ言ってる。
この土壇場で依頼ぶん投げられたら落ち着いていられないよね。しかも暗殺計画の要がそんなことしたらキレても仕方ないよ。
「ふざけんなぁああ!」
ついに斧の男が爆発した。
怒り任せに、手持ちの斧をひょろ長い男めがけて、あ、まさか、思いっきり投げつけ……投げた投げた、本当に投げたよ。
仲間割れだ。
やったよ、ついに仲間割れまでしちゃったよ! うっわ見苦しいなぁ!
「おっと!」
必殺の斧が外れた。
ひょろ長い男が、見た目に似合わない華麗なジャンプ……じゃない。違う。
きっと自身の周りに渦巻く風の力で飛翔して、円盤のようにくるくる回りながら飛んでくる斧を避けたんだ。
「ははは、そんな大雑把な投擲が当たるとでも? 残念でしたね」
斧の男をあざ笑うひょろ長い男。
斧がなくなった斧の男。
まだくるくる飛んでる斧。
黙ってる長槍の男。
そして何もしなくともどんどん険悪になっていく生き残りの刺客たち。
愉快な光景だ。
ところであの斧いつまで飛んでるんだろ。
なんか、こっちに戻ってきてる気もするけど……。
「武器も失い、魔術を防ぐ手立ても無くなった。もうおしまいですね。私はおいとましますが、あなたはいさぎよく投降でもするか、もしくは自害することをお勧めしごぶぁっ!!?」
「あっ」
的を外れ、関係ないほうに飛び去っていくかと見せかけた斧が舞い戻ってきて、ひょろ長い男の胴体を真っ二つにしちゃったよ。
大技だ。
魔術の制御も意識も失われたみたいで、ひょろ長い男の上半身と下半身が脱力し、力なく落ちていく。
どさどさっと、重く柔らかいものが地面に落ちる音が同時に二つ。
これはもう、どうしたって助からない。
ペルトゥレの怪我もかなり酷かったけど、これは比較にならない。
非の打ち所のない、即死級の致命傷……うわわ、中身いっぱい出ちゃってる……。僕らのお腹って、あんなグチュグチュしたのが詰まってるんだね…………。
「馬鹿が、この期に及んで臆病風に吹かれやがって……役立たずが!」
ひょろ長い男を分割した勢いのまま飛んでくる血まみれの斧。
それを、事も無げに宙で掴み、斧の男が悪態をついた。
見た目のわりに器用なことやるねー。
あれかな、猛練習して身に付けたのかな。毎日毎日斧投げて。柄がやけに長いのも掴みやすいからとか?
斧の男は再び武器を構える。
逃げる様子は微塵もない。やる気だ。
斧の男と、ひょろ長い男。同じ雇われでもやる気にここまで違いがあるなんて驚きだね。
ところで、長槍持ったまとめ役のおじさんは、さっきから何も動かないけど、どうしたのかな。まさか途方に暮れ──
「……計画が潰えたが、それがどうしたというのだ!」
弾けるように跳んだ。
僕のほうに──違う、こっちじゃない。
向かったのは、
「この身がどうなろうと……任務だけは果たす!」
長槍を構え、突き出したまま、皇女さまと聖女ちゃんのほうへと突撃していく!
捨て身の攻撃だ。そこまで覚悟を決めたなんて!
「させません!」
パトラさんがその突撃を止めようと斬りかかっていく。
もしここで手間取ったら、他の護衛の人たちに掴みかかられて長槍の男はおしまいだけど、どうなる?
「ふん、それがどうした!」
「なっ!?」
なんと、長槍の男は片腕をあえて差し出し──その腕をパトラさんに斬られながらも、無理やりすり抜けていったのだ!
「ぐぐっ、ひ、左腕くらいくれてやるわ!」
「行かせるものかっ!」
さすがに、片腕を落とされた痛みと衝撃で動きの鈍くなった長槍の男に、パトラさんが追いすがって斬りつけようとしたが、
その頭部に斧が飛来して──
「危ないよっ!」
水の盾を作り出し、パトラさんの頭に斧が食い込むのを防いだ。
本当は皇女さまを守るために使おうとしたんだけど、パトラさんをみすみす見殺しにするのも後味が悪いと感じ、つい使わざるを得なかったんだ。
「このガキっ!」
斧の男が毒づくがどうでもいい。今はこっちが大事だ。
長槍の男は、切り落とされた左腕の断面から血液をほとばしらせながら、護衛たちを回避していく。
避けきれずに顔を斬られたりもしたが、浅かったのか動きは止まらない。
「その男からどきなさい!」
勝ち気な少女の声。
全身からゆらめく炎の魔力を漂わせた皇女が、護衛たちにどけと命じたんだ。
任務的にそういうわけにもいかないと思ったのか、護衛の人たちはためらっていたものの、皇女がやろうとしてることの邪魔になるのを恐れたんだろう。
一斉に長槍の男から距離を取った。
それを合図としたかのように、
「燃え尽きなさい、灰も残らず!」
あの三日月の蒼炎が、長槍の男にまっすぐ飛んでいく。
がむしゃらに突っ込んでいる長槍の男に、三日月がもろに正面衝突していく。これは避けられそうにない。死んだね。よし。
「輝け、炎を食らう魔霊よ!」
長槍の男が吠える。
すると、即座に長槍の穂先が真っ赤に輝き、だけど特に何も起きないまま三日月にぶつかり──
「うおおおおおおお!!!」
抜けた!?
あの蒼炎を!?
全身を焼かれながらだけど、あの本気状態の皇女の魔術を耐えきった! こんな奥の手を隠し持っていたなんて!
いや、それくらいの対策は持っていてしかるべきか。
まずいね、もう止める手段がない。あるにはあるけど間に合わない。
駄目だ。
──ファルティニア姫の命が風前の灯となりつつある、今まさにこの時、
「ならば、私が最後の盾になりましょう!」
力強く宣言すると、聖女エルスティルが皇女の前に躍り出た。
両腕を広げ、皇女には触れさせないとばかりに、長槍の男を受け止めようとしているのか。
だけど、それしかやれることがないのかもしれないが、それは悪手だよエルスティル!
「無茶だよ!」
同じ体格の相手ならまだやれそうだけど、相手は鍛えられた大人の男性だ。体格的にも体重的にも止められるはずがない。
いけない、このままだと仲良く刺し殺されてしまう!
「馬鹿め、小娘二人ごとき、まとめて串刺しにしてくれるわ!!」
残りの力を全て出し切り、振り絞るかのような勢いで長槍の男が、皇女もろとも貫こうと聖女の胴へ狙いを定め──
キラリ
何かが現れ、聖女の目の前で光った。
丸い何か。
──鏡?
鏡だ。あれはきっと鏡だ。
直径一メートルくらいの丸い鏡が、茶色い聖女と血まみれの刺客の間に音もなく現れ、そして──
「グハアアアア!!?」
──長槍の男が、驚きと苦痛のない交ぜになった絶叫をあげた。
右腕一本で持っていた槍を、一角馬のように、体当たり同然に繰り出した男。
その槍が、聖女の作り出した円鏡に当たり、背中から突き抜けた。
聖女ではなく──長槍の男の、背中から。
「がはっ、なぜ、なにがどうなって……おのれ……!」
長槍の男がよろめく。
さっきのペルトゥレよりもさらに大量の血を吐きながら、けれどまだ倒れず、戦意も消えてない。
左腕を失い、顔を切られ、そしてこの重傷。でもまだやる気だ。
おかしい。
この痛がらなさは変だ。
ここまでやられて、動こうとする気力なんかあるわけないよ。強力な痛み止めの薬でもこっそり飲んだんじゃないの?
「ふんぬっ……!」
槍を引く。
背中から飛び出ていた穂先が体内に引き込まれ、それに合わせて、円鏡の表面から槍が引き抜かれていく。
幻みたいな光景。
「使命を果たせずとも、せめて一矢……!」
「──しつこいわ、あなた」
うんざりした口調で、皇女が言う。
動く死人と見間違えそうなおぞましい姿が、無数の火の鳥にたかられ、蒼い炎に包まれた。
それでもまだ、長槍の持つ魔力で耐えようとしてたみたいだけど──
バキィインッ!
どこからか飛んできた──いや、出どころはわかってる──灰色の投げ槍が真っ赤な穂先にぶつかり、互いに砕けた。
まさしく絶好の機会だった。
有言実行だね。
そうなれば、もう長槍の男には耐える術はない。
死ぬまで燃やされ続けるだけ。
「おのれ、おのれ腐れ魔女がぁあああぁあーーーーーーーー!!」
焼かれ、灰と化していく長槍の男。
今度こそ終わりだ。
最後まで見るまでもない。
なので、長槍の男が叫んだ方向を見る。
そこには、のろのろと立ち上がろうとしていたペルトゥレが、こちらに改心の笑みを浮かべていた。僕の予想通りだった。




