29・魔女の不覚
高を括っていたんだ。
大丈夫だと。
振り下ろされた刃を片腕でガードして、腕ごと斬られるどころか逆にその刃が折れたときみたく、また効かないだろうと。
前回が無傷なんだから今回も無傷だと。
「魔女の頑丈さってすげー!」ってなると信じてた。
ところが。
長槍が凄いのか、
長槍の男の力量が凄いのか、
なんかペルトゥレがしくじっちゃったのか、
そしておそらくはこの舞い散る氷のせいではないかと思うし、きっとそうなんだろうけど、
とにかく、ペルトゥレの胸元は貫かれた。
「ぐはっ……!」
苦しそうな呻きと一緒に、血を吐くペルトゥレ。
胸元からも流血してる。
致命傷だ。
手足ならともかく槍があんなところを貫通したんだ、助からない。
心臓に当たってないかもしれないけど、だとしたって、もうこれは……。
……いや、まだだ。
まだ希望はある。
魔女というのが本当に人間とは違う生き物だとしたら、これでもまだ致命傷じゃないのかもしれないんだ。
……でも、軽い怪我でもないよね……。
「フンッ、魔女だろうと何だろうと、小娘が出過ぎた真似をするからこうなるのだ」
長槍が振るわれる。
その勢いで、ペルトゥレの小柄な体が遠くに飛ばされた。
地面にぶつかり、勢いのまま数度バウンドして、やっとペルトゥレの体は止まった。
でも、まだかろうじて動いてる。
虫の息かもしれないけど、まだ生きてる。
僕は『聞き水』を、倒れたペルトゥレの耳元に作り出し、
『……聞こえるかい? 聞こえるなら、無事かどうか言ってよ。小声でいいから……』
覆面代わりの布を『聞き水』で湿らせ、周りにわからないよう、ささやく程度の声でペルトゥレに訊いた。
訊いてみて、駄目そうなら、水の魔術でペルトゥレの傷を治す。
うっかり自分の指をちょっぴり切ったときに編み出し、使ったことがあるが、それ以来となる『治癒の滴』だ。このくらいの距離なら余裕で範囲内のはずだと思う。
問題は、この重傷を命に別状がないレベルまで治せるのかどうかだ。でもやるしかない。
返事ができるなら、どのくらいのダメージなのか、動けるのかどうか、詳しく教えてもらう。
治すかどうかはペルトゥレ本人の元気次第だ。
さあ、どっちだ。
できるなら後者であってほしい。どうか──
『……こちら、ペルトゥレ。血がつまってんのか、いまいち声を出しにくいけどさ……ぜんぜん大丈夫』
無事だった。
やった。よかった。
やっぱり魔女は人間よりずっとしぶといんだ。
いや、胸元に穴が開いてるんだから無事ではないんだけど……とりあえず本人が言うように大丈夫みたいだ。声に死にそうな感じがしないもの。
タフという言葉は魔女のためにあるのかもね。
『どうする、助け起こす?』
『いんや。このままで、いい。油断してるところを……絶好のタイミングで、やってやるからよ……』
『一応、治癒の魔術とかできるけど……?』
『……いや、このくらいじゃ……死にたくても死ねねーよ。傷穴も、自分でなんとか……するさ……あんたはそっちに、集中……しなよ』
このくらい。
そのダメージでこのくらいって、ならどのくらいなら死ぬほどのダメージなのか気になったけど、今はそんなこと気にしてる状況じゃない。
『わかった。なら、こちらはこちらで……好きなようにやるからね……』
『ああ……あたしの分まで、やっちまえ……』
──というわけで。
会話終わり。
死んでなくてよかったし死にそうじゃなくてよかった。これならほっといても良さそうだ。
さあ。
ペルトゥレの無事も確認できたことだし、ここからは僕がやらせてもらう。
卑劣な不意打ちによって倒れた相棒(まだ相棒じゃない)の仇討ち(まだ死んでない)だ。
「──今のを見ても、逃げんのか」
長槍の男が言う。
すぐこっちに攻撃するものかと思ったんだけど、こない。
油断がないね。これは面倒臭いぞ。
面倒臭いのは嫌いなんだけどなぁ……。
「逃げる? まさか。弔い合戦をやろうってのに、逃げたりするわけないでしょ」
「ほう、魔術を阻害する、この氷の中でか? 向こうに転がっているゴミが我が槍になす術なく討たれたのを見ていただろう? 強がりも大概にするのだな。無駄死ににしかならんぞ?」
……いや、あのね。
悪いんだけど、その氷、僕には効果ないんだよ。
だって『聞き水』が使えたもん。
精度が落ちたりすることなくまともに使えたんだから、なら他の術だって問題ないに決まってる。
ただ、邪魔はしてきたみたいだ。
舞ってる氷がペルトゥレのそばの水に落ちてきたり、僕の口元の布の湿り気にくっついたりしてきた。本来なら、それで聞き取りや通話ができなくなるはずだったのかもしれない。
でも、そんなこともなく。
氷は何の邪魔もできずに僕の水に呑まれ、溶けていったのだった。
「じゃあ逃がしてくれる?」
「誰が逃がすもんかよ」
横合いから別の声がした。
そちらに目をやると、ショートソードを持った男がこちらに近づいてきていた。
さっきまでの怯えていた様子から一転して、嫌なニヤニヤ笑いを浮かべながら、
「確実に殺さなきゃならないのは皇女さまだけどさ、他の連中もできる限り逃がすなって依頼なんだよ。だから死んどけよ」
怖いものはもうないとばかりに安心して歩いてくる。
そして、軽く一足飛びして襲いかかれるくらいまで距離が縮まったところで、足を止めた。
「強気だね。いつ腰を抜かしてもおかしくないくらいビビってたのに」
「ハッ、 魔術が使い物にならなくなったんだぜ? もうお前らなんぞにビビるかよ。腰抜かして座りションベンするのはお前のほうだよガキ」
「そう思うならかかってきたら?」
「ハッタリも大概にしとくんだな。そんな空威張りなんか効かねえよ」
「だったらどうぞ」
「……やかましいんだよ。ごちゃごちゃとガキが。なんだよ、その余裕ヅラ。気に入らねえ、優位なのはこっちだっつうのによ、マジ気に入らねえよ……!」
言いながら、自分の言葉で興奮してきてるらしい。僕が余裕な態度を崩さないってのも、感情を逆撫でしてる原因なんだろう。
ショートソードの男の語気が、強く、荒くなってきた。
「てめえに言われなくてもよ、すぐブッ殺してやるよ!」
飛びかかるように斬りかかってくるショートソードの男。
どこでもいいから思いっきり斬ってやろうという感じの、みっともない攻撃を仕掛けてきた。
フェイントも何もない、ただの斬撃。
「はあ」
予想よりずっと陳腐な攻撃に呆れの溜め息をつくと、僕は、一度だけ右足で地面を踏みつけた。
「なぁっ!?」
ショートソードの男が、地面から噴き出てきた水に、
淀み、濁った、臭い水に一瞬で呑まれ、
「……っぐぁああああぁあぁぁ~~!!!」
体からぶくぶくと泡を立てながら、断末魔の叫びを上げ、
ショートソードも衣服も、骨も残さず、みるみるうちに汚水に溶けていった。
『大食らい』
何でも消化し、食い尽くす水を作り出す魔術だ。
残ったのは、人間一人が溶け込んだ水溜まりだけ。
「……ふう。初めて、人の命を奪っちゃったよ」
息をつき、改めて自覚する。
もっとショックなものかと思ってたけど、殺し合いの真っ最中だからなせいか、震えもなければ罪悪感も起きない。
それどころじゃないと脳が解釈してるのかもね。
罪の意識なんてものは後回しだと。
今は勝つことだけを考えるべきだと。
あるいは、ペルトゥレがあんな目に合わされたことへの怒りや、そもそもこちらは襲われた側であって非はないという思いが、殺人という行為をすんなり受け入れる下地になったのかもしれない。
殺しに来たから返り討ちにした。
僕は悪くない。
正当防衛だ。
やりたくないけどやるしかなかったんだ──と、納得できる理由が心を落ち着かせてくれたのかもしれない。
でも、なんとなく一番の理由は。
ペルトゥレが平然と刺客たちを仕留めていたのに、たった雑魚一人殺したくらいで「うわあ人殺しになっちゃったよぉ」なんて嘆くのも格好悪すぎるという、つまり無意識に見栄を張っただけなんじゃないかなって気がする。
どうなんだろう。
(……………………)
悩む。
でもこれは悩んで正解が出るようなものじゃないんじゃないかな。
なら、やることはひとつだ。
(…………もっと試してみないと、わからないか)
どうせこの連中は生かしておけない。
僕が殺さなくても、後ろに控えてるパトラさんたち護衛がこのまま黙って帰すはずがない。
僕は──足を踏み鳴らした。




