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第六王子の汚い水は全てを呑み込む  作者: まんぼうしおから


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28/30

28・僕、参戦

 いきなり敵が三割ほど消えた。

 いや、一応まだいることはいるけど、消えたに等しいというか、もう戦力に数えられることはないし、生きてもいない。

 四人ほど、精緻な彫刻みたいになって、ただ立ち尽くしている。

 ペルトゥレの魔術の被害者だ。


「少しは抵抗するかなとか思ったけどさ、期待外れだったねぇ。ま、あたしの『灰色の饗宴』に耐えろってのも到底無理な話か。アハハッ♪」


 ペルトゥレが愉快そうに笑っているけど、それにつられて笑う者は誰もいない。

 引いている。

 誰もが、魔女という存在の危険性を直に確認して、戸惑っている。


「いや凄いね。驚きだよ」


 ぱちぱちと拍手しながらペルトゥレのほうに歩いていく、僕以外は。


「ま、待って」


 止められた。

 すぐそばから、声をかけられた。

 皇女さまが待ったをかけてきたんだ。


「行くなと言われても行くよ。彼女ばかりにやらせておけない。僕もいいとこ見せないとね」


「いや、そうじゃなくて、だったら私も……」


 違った。

 止めたんじゃなかった。

 僕を踏みとどまらせるのではなく、自分も一緒に行くといいたかったらしい。皇女さまらしいね。


 でも、当然だけどそんなこと認めるわけにはいかない。

 最優先して守らないといけない人物を最前線に立たせたらアホだ。


「駄目に決まってるでしょ。いいからキミはそこにいなよ。ええっと…………そうだ、そこの茶色ちゃん」


「私ですか?」


 聖女ちゃんが自分の顔を指差す。

 失礼かなとも思ったけど、やむを得ない。

 肩書きや名前で言ったら正体が周りにバレてしまうので、そう呼ぶしかなかったんだ。


「そうだよ。他に該当する人いないじゃん。そんなことより、そっちは任せたよ」


 そっちというのは、つまり──言うまでもなくファルティニア姫の身を守ることについてだ。


「わかりました。大船に乗ったつもりで任せて下さいな」


「頼むね」


 女性神官の最高峰、聖女による守り。

 これ以上の大船もないよね。


「本当に、大丈夫なの?」


「心配ご無用。そこでのんびり観戦してるといいよ。──じゃ、もう行くね」


 短くそれだけ言うと、再び僕は歩き始めた。


 護衛の人たちが僕を止めようとしたが、それをパトラさんが制止した。

 パトラさんは僕の実力を知っている。

 実力の全てではないけど、皇女さまを圧倒するだけの力はあることを承知している。

 僕がその気になれば、護衛の人たちを退け、悠々と歩いていくこともできるとわかっているから、僕の好きなようにさせてるのだ。


「……先に言っておきます」


 僕が、パトラさんの横を通り、そのまますれ違うとき、


「感謝はしていますが、あなたへの責任は持てません。万が一があれば、いなかったことにします。恩を仇で返すようですが、ご容赦を」


 あー、なるほどね。

 助けに来てもらって何だけど、僕が死んだり大怪我を負った時、それをこちらの責任問題にされるのは困ると。

 なぜ好きにやらせたのか、なぜ手出ししないで見ていたのかと詰められるよね、うん。


 汚れた厄介者でも王族は王族。見殺しにされたとあっては王国も黙っちゃいない。パトラさんたちが槍玉にあげられるのは確実だ。


 だから、もしそうなった場合、僕とそもそも「会ってない」ことにするか、あるいは「会ったけどすぐ帰っていった。その後のことはわからない」というような感じで口裏を合わせると、そうパトラさんは言ったのだ。


「それでいいよ。今、無理を通してるのは僕のほうなんだから、それくらいの対応はされても当然だもの」


「申し訳ありません」


「いいから、気にしないで。そっちはそっちで気を抜かないでね」


 とだけ言って、ペルトゥレのほうに向かっていった。





「やっと来たか」


「来たよ」


「来ないようなら、あたし一人で残りの奴らも平らげるつもりだったんだけどさ」


「やろうと思えばやれるだろうね。こんな凶悪な魔術を使えるんだから」


 ペルトゥレの近くにある、出来立ての石像を見る。

 目を離したら今にも爪を突き刺してきそうな、虎頭の男の石像。

 誇り高き獣人族の成れの果てだ。


「しかも、凄いのは魔術だけじゃない。身体も頑丈ときてる。一人旅なんて危ないことを平然とやれるわけだよね」


「へへっ」


「チッ、また変なガキが来やがった。小汚ないのに小洒落た格好してやがる」


「気をつけろ、どうせこいつもまともじゃないぞ。何をしてかしてくるか……」


 刺客たちがそんなことを言い合ってるのが聞こえた。

 失礼な。僕のどこが変なんだよ。目立たないように(できるだけ)素っ気ない服装して、髪の毛や顔も隠してるのに。

 人の努力を何だと思ってるんだか。まともじゃないのは否定しないけどさ。


「……どうするんです? こんなに異常な伏兵がいるなんて想定外ですよ?」


 誰かに訊いたというより、仲間全員に問うように。

 薄茶色のローブを着たひょろ長い男が、頼り無さげな声で言った。

 陽の光が降り注ぐ昼間にそぐわない、陰気そうな男だ。


 この声にも聞き覚えがある。

 あの廃屋の二階にいた三人のうち一人──壁にもたれていた男の声だ。


 武器は持ってない。

 僕ら同様、魔術を駆使する手合いらしいね。


「弱気なことを抜かしてんじゃねえよ。そのためにお前がいるんだろうが」


 やけに柄の長い斧を持った男が、ひょろ長い男に、叱るように言った。

 虎頭と似たり寄ったりの筋肉質な体格をした男だ。


 この男の声もまた、聞いたことがある。

 ひょろ長い男と長槍の男と共に、話し合っていた男の声だ。

 これで、あの時あの部屋にいた三人が、欠けることなくここにいることになる。


「あまり頼られても、私にだって限度はあるのですよ……全く…………」


 ひょろ長い男がブツブツと文句をこぼすが、最後のほうは聞き取れなかった。


 そのためにいる、とはつまり、この男が重要だったりするのかな。

 だとしたら、それはそもそも皇女さまを仕留めるためであって、魔女さんや僕にも効果がありそうな手段っぽい。

 なら、おそらく……。



(…………魔術に対抗するための魔術、とかかな)



 単純に凄い破壊力の魔術でゴリ押しするっていうなら──先手必勝、やられる前にやれの精神で、もう使っているはずだ。

 違うってことは、攻めではなく、受けに属する魔術なんじゃないだろうか。

 どうかな。

 根拠がちょっと薄いっちゃ薄いけど、そんな的外れな予想でもないと思うんだよね。


「…………来たれ冬の精よ、悪意と共に!」


 出てきたはいいけど、特にやりたい目的もなかったので、どうしようか様子をうかがっていると。

 ずっとブツブツつぶやいていたひょろ長い男が、両手を上げ、万歳するように広げ、裏返った声で叫んだ。

 すると。


「……季節外れだな」


 ペルトゥレが、珍しそうに手を動かし、風に乗ってきたものを触る。

 ひんやりとしたそれが、僕のほっぺたにも張り付いた。


 氷だ。


 ひょろ長い男の両手から、白い氷が、風に吹かれて辺り一帯に流されているんだ。


「氷の属性持ちってことかな。あるいは水か」


「どっちでもいーよ。重要なのはよ、この氷にどんな余計な効果があるかってことさ」



「知る必要はあるまい」



「!」


 突然の──素早い動き。


 長槍の男が、助走もなくいきなり加速して、

 ペルトゥレの胸元めがけて、槍を構えて突っ込んできたのだった!

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