28・僕、参戦
いきなり敵が三割ほど消えた。
いや、一応まだいることはいるけど、消えたに等しいというか、もう戦力に数えられることはないし、生きてもいない。
四人ほど、精緻な彫刻みたいになって、ただ立ち尽くしている。
ペルトゥレの魔術の被害者だ。
「少しは抵抗するかなとか思ったけどさ、期待外れだったねぇ。ま、あたしの『灰色の饗宴』に耐えろってのも到底無理な話か。アハハッ♪」
ペルトゥレが愉快そうに笑っているけど、それにつられて笑う者は誰もいない。
引いている。
誰もが、魔女という存在の危険性を直に確認して、戸惑っている。
「いや凄いね。驚きだよ」
ぱちぱちと拍手しながらペルトゥレのほうに歩いていく、僕以外は。
「ま、待って」
止められた。
すぐそばから、声をかけられた。
皇女さまが待ったをかけてきたんだ。
「行くなと言われても行くよ。彼女ばかりにやらせておけない。僕もいいとこ見せないとね」
「いや、そうじゃなくて、だったら私も……」
違った。
止めたんじゃなかった。
僕を踏みとどまらせるのではなく、自分も一緒に行くといいたかったらしい。皇女さまらしいね。
でも、当然だけどそんなこと認めるわけにはいかない。
最優先して守らないといけない人物を最前線に立たせたらアホだ。
「駄目に決まってるでしょ。いいからキミはそこにいなよ。ええっと…………そうだ、そこの茶色ちゃん」
「私ですか?」
聖女ちゃんが自分の顔を指差す。
失礼かなとも思ったけど、やむを得ない。
肩書きや名前で言ったら正体が周りにバレてしまうので、そう呼ぶしかなかったんだ。
「そうだよ。他に該当する人いないじゃん。そんなことより、そっちは任せたよ」
そっちというのは、つまり──言うまでもなくファルティニア姫の身を守ることについてだ。
「わかりました。大船に乗ったつもりで任せて下さいな」
「頼むね」
女性神官の最高峰、聖女による守り。
これ以上の大船もないよね。
「本当に、大丈夫なの?」
「心配ご無用。そこでのんびり観戦してるといいよ。──じゃ、もう行くね」
短くそれだけ言うと、再び僕は歩き始めた。
護衛の人たちが僕を止めようとしたが、それをパトラさんが制止した。
パトラさんは僕の実力を知っている。
実力の全てではないけど、皇女さまを圧倒するだけの力はあることを承知している。
僕がその気になれば、護衛の人たちを退け、悠々と歩いていくこともできるとわかっているから、僕の好きなようにさせてるのだ。
「……先に言っておきます」
僕が、パトラさんの横を通り、そのまますれ違うとき、
「感謝はしていますが、あなたへの責任は持てません。万が一があれば、いなかったことにします。恩を仇で返すようですが、ご容赦を」
あー、なるほどね。
助けに来てもらって何だけど、僕が死んだり大怪我を負った時、それをこちらの責任問題にされるのは困ると。
なぜ好きにやらせたのか、なぜ手出ししないで見ていたのかと詰められるよね、うん。
汚れた厄介者でも王族は王族。見殺しにされたとあっては王国も黙っちゃいない。パトラさんたちが槍玉にあげられるのは確実だ。
だから、もしそうなった場合、僕とそもそも「会ってない」ことにするか、あるいは「会ったけどすぐ帰っていった。その後のことはわからない」というような感じで口裏を合わせると、そうパトラさんは言ったのだ。
「それでいいよ。今、無理を通してるのは僕のほうなんだから、それくらいの対応はされても当然だもの」
「申し訳ありません」
「いいから、気にしないで。そっちはそっちで気を抜かないでね」
とだけ言って、ペルトゥレのほうに向かっていった。
「やっと来たか」
「来たよ」
「来ないようなら、あたし一人で残りの奴らも平らげるつもりだったんだけどさ」
「やろうと思えばやれるだろうね。こんな凶悪な魔術を使えるんだから」
ペルトゥレの近くにある、出来立ての石像を見る。
目を離したら今にも爪を突き刺してきそうな、虎頭の男の石像。
誇り高き獣人族の成れの果てだ。
「しかも、凄いのは魔術だけじゃない。身体も頑丈ときてる。一人旅なんて危ないことを平然とやれるわけだよね」
「へへっ」
「チッ、また変なガキが来やがった。小汚ないのに小洒落た格好してやがる」
「気をつけろ、どうせこいつもまともじゃないぞ。何をしてかしてくるか……」
刺客たちがそんなことを言い合ってるのが聞こえた。
失礼な。僕のどこが変なんだよ。目立たないように(できるだけ)素っ気ない服装して、髪の毛や顔も隠してるのに。
人の努力を何だと思ってるんだか。まともじゃないのは否定しないけどさ。
「……どうするんです? こんなに異常な伏兵がいるなんて想定外ですよ?」
誰かに訊いたというより、仲間全員に問うように。
薄茶色のローブを着たひょろ長い男が、頼り無さげな声で言った。
陽の光が降り注ぐ昼間にそぐわない、陰気そうな男だ。
この声にも聞き覚えがある。
あの廃屋の二階にいた三人のうち一人──壁にもたれていた男の声だ。
武器は持ってない。
僕ら同様、魔術を駆使する手合いらしいね。
「弱気なことを抜かしてんじゃねえよ。そのためにお前がいるんだろうが」
やけに柄の長い斧を持った男が、ひょろ長い男に、叱るように言った。
虎頭と似たり寄ったりの筋肉質な体格をした男だ。
この男の声もまた、聞いたことがある。
ひょろ長い男と長槍の男と共に、話し合っていた男の声だ。
これで、あの時あの部屋にいた三人が、欠けることなくここにいることになる。
「あまり頼られても、私にだって限度はあるのですよ……全く…………」
ひょろ長い男がブツブツと文句をこぼすが、最後のほうは聞き取れなかった。
そのためにいる、とはつまり、この男が重要だったりするのかな。
だとしたら、それはそもそも皇女さまを仕留めるためであって、魔女さんや僕にも効果がありそうな手段っぽい。
なら、おそらく……。
(…………魔術に対抗するための魔術、とかかな)
単純に凄い破壊力の魔術でゴリ押しするっていうなら──先手必勝、やられる前にやれの精神で、もう使っているはずだ。
違うってことは、攻めではなく、受けに属する魔術なんじゃないだろうか。
どうかな。
根拠がちょっと薄いっちゃ薄いけど、そんな的外れな予想でもないと思うんだよね。
「…………来たれ冬の精よ、悪意と共に!」
出てきたはいいけど、特にやりたい目的もなかったので、どうしようか様子をうかがっていると。
ずっとブツブツつぶやいていたひょろ長い男が、両手を上げ、万歳するように広げ、裏返った声で叫んだ。
すると。
「……季節外れだな」
ペルトゥレが、珍しそうに手を動かし、風に乗ってきたものを触る。
ひんやりとしたそれが、僕のほっぺたにも張り付いた。
氷だ。
ひょろ長い男の両手から、白い氷が、風に吹かれて辺り一帯に流されているんだ。
「氷の属性持ちってことかな。あるいは水か」
「どっちでもいーよ。重要なのはよ、この氷にどんな余計な効果があるかってことさ」
「知る必要はあるまい」
「!」
突然の──素早い動き。
長槍の男が、助走もなくいきなり加速して、
ペルトゥレの胸元めがけて、槍を構えて突っ込んできたのだった!




