27・割れぬ石、元に戻らぬ石
「真っ二つだッヒャハハハハ!」
汚ならしい笑い声をあげながら剣を振り下ろす角兜の男。
どうするんだよペルトゥレ。
もう避ける暇なんかない。防具もない。殺されるの? なんで魔術を使わないんだ。魔女なのになんで。駄目だ当たる──
バキィイイインッ!!
固いものが割れる、かん高い音。
くるくると宙を舞い、離れたところに飛んでいく、折れた刃。
「へ…………?」
必殺の一撃。
当たれば助からないそれを、片腕で防がれ、しかも武器まで壊された角兜の男が、呆然とする。
片腕。
そう、そうなんだ。
信じられないことにペルトゥレは、左腕一本を盾代わりにかざし、角兜の男の振り下ろしを容易く防いだんだよ。あんな斬撃をまともに受けて大丈夫だったんだ。
細腕もろとも斬られて当然なのに、びくともしなかった。
ペルトゥレは、痛がりすらしてない。
「嘘でしょ……」
「嘘みたい……」
豪快な性格のファルティニア姫も、常に冷静沈着な元聖女エルスティルもびっくりしている。
目の前で起きた光景を受け入れられないみたいだ。その気持ちはわかる。僕もだよ。
でもどうやらマジの現実らしい。
ペルトゥレは無事だ。
変わらず自分の足で立っている。
二つに分割もされず、平然としている。
生きている。
「アハハ、思ってたよりもキレのいい剣だったけどさぁ……石の魔女であるこのあたしをぶった切るには力不足だったね」
「ま、魔女だと!? なんでそんな不吉なクソったれがここに!」
吐き捨てると、角兜の男が数メートルも後ろに飛び退いて距離をとった。
ペルトゥレに対し、危険なものを感じたからなのか。
それとも、嫌悪からなのか。
魔女。
その言葉に、他の暗殺者たちだけでなく、パトラさんたちまでもがざわめく。
やはり、魔女というのはろくなものじゃないと思われているようだ。僕ほどではないだろうけど。
まあ、こちらには聖女もいるから、不吉さがうまく中和されてさ、悪いことも起きないんじゃない?
「あたしがどこにいて、何をしようがあんたにゃ関係ないだろ。んなことより自分の身の心配したら?」
「ほざくなガキがぁ!」
角兜の男が吠える。
苛立ち、八つ当たりのように被っていた角兜を投げ捨て、
「おおおおお…………!」
「ハハ、奥の手ってやつかい? ま、やってみなよ」
腰を落とし、全身に力を込めて、何かをしようとしている。
ペルトゥレはそれをただ見ている。
きっと、楽しそうに微笑みながら、何が起きるのか待っているに違いない。
その、何かだけど、起きるまでにほとんど時間はかからなかった。
十秒くらいで、ただでさえ筋肉質で大柄な体格に、あり得ない変化が始まりだしたんだ。
「……あらら、なんか毛深くなってきてない?」
「それだけじゃないわ。両手の指も鋭く尖って、ナイフみたいになってきてるわ」
「お顔も、虎みたいになりましたね」
角兜の男の、両腕や胸元、首回りや頭部などの肌が見えてる部分が毛むくじゃらになり、頭に至っては獣のそれと化した。
虎の獣人──
それが角兜の男の正体だったんだ。
「ハッ、なんだよ人のこと不吉とか言ってさ、自分はケモノじゃないの。よく言えたもんだね」
「やかましい、汚ならしい魔女が!」
「あーうっさいうっさい。がなり声だけは大したもんだね」
「余裕ぶっこいてんじゃねーよカスが! テメエみたいな呪われた種族と誇り高い獣人族とじゃ、違うんだよ何もかもなぁ!」
「誇り高い……? ハハッ、笑わせないでほしいねぇ。小娘殺してお駄賃もらおうとしてる野良猫の一族に、誇り? 面白すぎでしょ。あんたさ、あたしを……プッ、笑い死にさせたいわけ? プッ、クク……アハハハ、アッハハハハハハハハ!!」
「…………ッグググ!!」
うわ、煽る煽る。
小馬鹿にしまくってる。
今にも激しく燃え上がりそうだよ、あの虎頭。
「殺すっ!」
「聞き飽きたっつうの」
「ブッ貫いてやるから血ヘド吐き──」
その凶悪な爪で引き裂こうと、ペルトゥレに襲いかかろうとした、それより先に、
「ふぅうううーーーー……」
ペルトゥレが、顔を触るような仕草をしてから、息を吐いた。
「……煙?」
僕にはそう見えた。
まるで、煙草を大量に吸って、ずっと肺に溜め込んでいたのを解放したかのように、
ペルトゥレの口から出てきた(こちらからだと後ろ姿しか見えないけど、息を吐いてたからたぶん口だと思う)灰色の煙が、虎頭の男──だけでなく、周りの刺客たちにもまとめて吹き付けられていく。
顔のあたりに手をやったのは、たぶん息を吹くために、顔を隠してる布をずらしたんだろう。
ペルトゥレ本人もその煙に包まれ、見えなくなった。
「な、なんだこりゃ!?」
「見えねえ! くそっ、煙幕の魔術かよ!」
「風で散らせっ!」
慌てふためく男たち。
視界を駄目にされている状況で攻撃されたらひとたまりもないと焦ってるんだ。
高みの見物してたらいきなり当事者にされたんだから、そりゃ慌てもするよね。
「棒立ちのまま、まともに受けるとは……警戒心というものが無いのかこいつら」
即座に煙を避けて大きく離れた長槍の男が、呆れたように言った。
やっぱりこの人は別格みたいだね。所詮、金に目がくらんだ雇われの殺し屋どもとは違うってことかな。
「ヒャハハッ馬鹿が! よりによって目つぶしとはなぁ!!」
あざけりの叫び。
虎頭の男が、余裕を取り戻して笑っていた。
「鼻が利くから問題ねーんだよ! 魔女といってもガキはガキ、浅知恵だったなぁ!! そこにいるのはわかってんだ、心臓えぐり取って──」
ん?
……どうしたんだろ。
途中から聞こえなくなったぞ。
煙でも吸い込んでむせたのかな? まさかね。
どうしたのかわからないけど、近寄って確かめるのも危ないので、じっと見ていると。
煙が晴れてきた。
どこかに流されたり散らされたり……じゃない。
朝の霧が消えるときのように、優しく空気に溶け込んで去っていく。景色がはっきりとしていく。
「…………ひっ!」
短い悲鳴。
誰のあげた声なのかは、はっきりとわからなかった。そんなことに気を取られている場合じゃなかったから。
ペルトゥレは無事だった。
虎頭の男も無事だった。
煙の巻き添えを食らった連中も無事。
最初だけはそう見えた。
虎頭の男は、鋭い爪の生えた右手を後ろに大きく引き、
力を溜め、
今にも振りかぶってペルトゥレを刺し貫こうとしている、躍動感あふれる体勢のまま。
数人の男たちは、何かの魔術を使おうと手をかざしたり、
弓矢で射られるのを恐れて盾で身を隠したり、
煙を払おうと顔の前で手をパタパタ動かしたり、おそらくそんなところなんじゃないかなと想像がつく姿のまま。
──灰色の、物言わぬ石像と化していた。
煙幕なんて、そんな生易しいものじゃなかった。
その効果もあることはあったけど、本当の効果は、浴びたものを石にしてしまうことだった。
石化の魔術。
恐るべき必殺の魔法に、この場の全員が絶句していた。
「うわ、凄い凄い」
僕はそうでもなかった。
驚きはしたけど、それより。
彼女の魔術の凄まじさと、なめらかな発動に、ある種の感動すら覚えていた。これが魔女という存在の実力なのかと。




