26・先駆ける石
もう来た。
事前に『聞き水』で聞いていた話とは違う流れが起きている。
それはいいさ。
予定を多少変更しなければならないトラブルがあったのか、特に理由なく襲撃を前倒しにしたくなっただけなのか、そんなことがあったって不思議はない。
予定通りに事が運んだりしないなんて、よくあることだからね。僕もこんな嫌われ人生を歩むなんて二年前のあの頃は欠片も思わなかったもの。
だから、話が多少違ったところで珍しくもなんともないし、この悪党どもの都合なんて知ったことじゃない。
どうせたまたまだよ。
……でも、そうじゃなかったら?
たまたまじゃ、なかったら?
トラブルのせいや気まぐれなんかじゃなくて、意図的に襲撃の実行を早めたのだとしたら?
ここに皇女一行がいることが、
ここで皇女一行がお昼休みをとっていることがわかっていて、
護衛が気を抜いて武装も緩めているのを見計らって、休憩して体力を回復される前にやってしまおうとしていたら?
結果的にそれは間に合わなかったけど、そのつもりだったとしたら、虫がいることになる。
内通者という、姑息な虫。
この連中を片づけたら、そいつも炙り出さないといけないね。
「──貴様ら、誰に対して何をしているかわかっているのか! 命が惜しいならとっとと消え失せろ不埒者ども!」
護衛の一人が声を張り上げるが、誰一人としてビビる様子がない。
……いや、一人ビビってるのいるね。
鼻と口を布で隠した、いかにも使いっ走りという見た目の若い男。刀身の短い、いわゆるショートソードを構えてはいるけど、へっぴり腰で今にも逃げそうだ。
「悪いが、そちらにいるのが誰なのかもわかってるし、消え失せる気もない。それはそちらも承知の上だろう? だったら、無駄な問答などやらず、刃で決しようではないか」
悪党たちの中から、一人が前に出てきてそう言った。
聞いたことのある声だった。
あの悪巧みをしていた三人のうち、椅子に座っていた男の声。
他の二人と違い、雇われた側じゃなくて雇う側に近い、現場のまとめ役のような人物の声。
がっしりした体格の、いかにも歴戦の戦士という風体で、使い込まれた長槍を右肩に乗せている。
「警告を聞く気はないのですね」
今度は、護衛さんたちの中からパトラさんが前に出てきた。
最後通告だ。
聞くだけ無駄ではあるんだけど、一応、建前として聞いた感がある。
パトラさん自身もそれはわかっているようで、聞きながらも、背中に背負ってる剣に手をかけ引き抜いていた。
前に出ないで皇女のそばにいるべきだと思ったけど、僕らがいるから大丈夫と判断したのかもしれない。案外、守りよりも攻めを好む斬り込み隊長タイプなのかもね。
「アホか、いまさら聞くわけねーだろ!」
長槍の男よりもさらに頭ひとつデカい男が、下品に吠えた。
刃がひどく反り返った大剣を無造作に持ったまま、構えもしていない。
左右に角の生えた、鼻から上が隠されてるいかつい兜を被ってるけど、口は見えてるので、大胆不敵に笑っているのがわかった。
怖がるどころか緊張すらしてない。
品はないけど度胸はあるみたいだね。でも実力はどうだろ。
「こっちはよぉ、おめえらのご主人様の首が目当てなんだぜ? いいからとっとと始め────へ?」
『あ』
言葉にならない、ついこぼれた驚きのつぶやきが、同時にいくつも聞こえた。
そのうちのひとつは、自分の口から出てきたものだ。
敵味方、双方が眼を丸くしている。
その理由は──
「もうなんでもいいからさ……無意味なお喋りなんかやめて、殺し合いやろうよ。こっちはウズウズしてんだからさ」
その言葉通り、雑に伸びてる黒髪を生き物のようにゆらゆらと蠢かせ、
魔女ペルトゥレが、一人で、敵陣へとすたすた歩いていったのだ。
まさかそんな無茶な真似をするとは誰も思っていなかった。
虚を突かれ、止める暇すらなく、彼女の行動を許してしまった。ちょっとなにしてんのあの三白眼。
「戻りなさい! 早くこっちに!」
パトラさんが焦って呼びかけるが、ペルトゥレはその呼びかけを全く無視してどんどん歩き続ける。
そして、長槍の男と、わずか数メートルの距離にまで近づいてしまった。
もう、槍の届く範囲内。
長槍の男がその気になれば、逃がすことなくいつでも串刺しにできる距離だ。
「ヒャハハハ! おいおい、なんつークソ度胸だよ! なあ、お前も少しはこのガキ見習ったらどうだおい!」
角兜の男が、ショートソードの男のほうに顔だけ向け、からかうように大声で言う。
言われたショートソードの男は露骨に嫌そうな顔をしてた。
臆病な性格をからかわれたことが嫌っていうよりは、角兜の男そのものを気嫌いしてるような感じだった。わかる。デリカシーとか生まれた時から持って無さそうだもん。
「だけどよ、ちーと調子に乗りすぎではあるかな、お嬢ちゃん。見たとこ魔術の使い手っぽいし、自信もあんだろうけど……おじさんたちを舐めすぎじゃねーか? あぁん?」
どす、どすと足音を立て。
ゆっくりと、勿体ぶるような歩き方で、角兜の男がペルトゥレに近づいていく。威圧的なことを言いながら。
「今からでも逃げるってんなら、逃がしてやってもいいぜぇ? こっちの狙いはお姫さまの首だけなんだからよー」
「……どうだか」
疑わしさのあまり、ぼそりと、そんな呟きが自然と僕の口からこぼれてきた。
皇女を、まだ幼い少女を殺すなんて依頼を受けるような人間が、慈悲の心を出したりするもんか。
嘘に決まってる。
言葉を真に受けて逃げようとしたところを追いかけ、さんざん怯えさせてから、最後は変な刃の剣でバッサリ──みたいな非道なことを考えていてもおかしくない。
「よく喋るおっさんだね。そのひん曲がった剣は飾りかい? ごちゃごちゃ抜かしてないで来なよ。死ぬ覚悟があるならね」
「ハッ、どこぞの貴族の坊主のおまけが、言ってくれるじゃねーか。だったらクソガキ、お望み通りに真っ二つにしてやるよ!」
角兜の男が、曲がった刃の剣を振り上げる。
貴族の坊主?
僕のことだろうか……ってそうだよね。
僕しかいない。
パトラさんが僕に対して礼儀正しく対応してたから、内通者がそう推測したのかな。まさか王子だとは思わなかったんだろうね。
……いやそんなことより、今はペルトゥレだ。
救いの手を差し伸べようにももう無理だ。
今にも剣が振り下ろされる。
ここからじゃ、どうやっても助けようがない。彼女が自分の力で切り抜けるしかないんだ。
「てめーの悲鳴を……開戦の合図にでもするんだなァッヒャハハハ!!」
ペルトゥレを斜めに断ち斬ろうと、角兜の男が、振り上げた剣を左肩めがけ、そして──




