20・僕のすべきこと
とりあえず、僕は屋敷に戻ることにした。
ここにこれ以上いても、何かあるわけでもなく、どうすべきか落ち着いて考えたかったから。
音を立てず、臭い地下の掃除用具置き場にまで向かい、抜け道に入る。
開きっぱなしの隠し扉。
開け閉めの鍵となる横壁のすべすべ石に、さっきと同様、ペルトゥレが魔力のこめた指で触る。
すると、石壁は元の場所へと動き出し、閉じていく。
閉まる。
そして再び、ただの行き止まりとなった。
閉まらなかったらどうしようかとも思ったが、よく考えたら、ここも、僕の住まいのほうの隠し扉も開いていなかったわけで、ならペルトゥレがきちんと閉めてたのだから、そんな心配なんかするまでもなかった。
ランプの明かりにぼんやり照らされた直線通路を、二人無言で歩く。
恐ろしく静かな空間に、僕とペルトゥレの足音だけが響いている。
「……なあ、何だか大人しくなっちゃったけど、そんなに怖かったのか?」
僕がほとんど何も言わずにいることに我慢できなくなったのか、ペルトゥレが話しかけてきた。
僕が怯えていると勘違いしてるらしい。
「いや、そうじゃなくてね。これからどうしようか迷ってるんだよ」
「どうしようって、何かわかったわけでもないし、ただ黙って潜んでただけじゃないの」
「それはまあ、そうなんだけど、そうじゃないというか……」
「?」
実際は、何もわからないどころか大変な事実を知ってしまったんだけど。
そのことをこの子は知らない。
まだ教えてないからね、聞き水のこと。
しかし、こうなるともう、教えないわけにもいかない。
僕が魔術で悪巧みを聞いたことも、悪巧みの内容も。
「実はね……」
長い通路を歩きながら。
僕は、隣にいる石の魔女さんに事情を説明することにした。
「──そういうことね。アハハ、何もかも教えてくれたんだそいつら」
「聞かれてるなんて夢にも思ってなかったみたいでね。楽しくお喋りしてたよ」
無用心な連中だった……とは言えないかな。
たまたま地下から忍び込んだ王子が魔術で聞き耳を建ててるなんて、予想すらできるわけない。
その、僕の魔術だけど、ペルトゥレには「会話を聞き取れる魔術」とだけ教えてある。
嘘はついてない。
全てを伝えていないだけ。
僕はこの子に対してそれなりに気を許してはいるし、この子も似たようなものだろうけど。
でも、しかし。
だから洗いざらい教えるかどうかは──また別の話だ。
「それで、これからどうするのさ」
面白そうにニヤニヤ笑いながら、ペルトゥレが訊いてくる。
揉め事が好きなタイプなんだね。
「どうするかというより、どうすべきか……かな」
「伝えるべきじゃないの? 今をときめく蒼炎皇女さまに」
「へえ、知ってるんだ」
「当たり前じゃん。帝国の第三皇女の勇猛さと評判を知らない奴なんて、よほどの田舎者か、ずっと牢屋に入れられてる囚人くらいだよ」
僕も知らなかったけどね。
まあ、僕も囚人みたいなものだけど。
「伝えるって言われても、どこでどうやって知ったのかって話になるからね。それは困るよ」
詳しい経緯を語れば、帝国のお姫さまに自国王宮の隠し通路まで教えることになってしまう。
それはまずい。
絶対教えられない。
僕がペルトゥレに対して柔らかい態度をとっている理由のひとつもそれだ。
うかつに突き放して、その腹いせに世間に逃げ道の存在をばらされたら困るから、相棒の誘いも曖昧にしているのだ。
みんなに知られて、もしもの時の通路が使えなくなりました、ごめんなさい──では済まされないだろうから。
といって下手にぼかして辻褄が合わなくなれば信用度が下がってしまう。
皇女はそれでも信じてくれそうだけど、周りの人間は「はいはい一応気を付けますね」と生返事で終わりかねないよね。
ならボニーに教えて、そこからさらに皇女まで伝わるのを期待するべきか。
駄目だ。
彼女と、彼女の主であるレバインメット伯爵は、僕をおだてて持ち上げて表舞台に立たせようと目論んでいる。
今回の件を教えようものなら、最大限に活用して僕の功績にしようとするに決まってる。しないわけがない。
特にボニーだ。
彼女は何がなんでもやるはずだ。
それも好ましくない。
いっそ、僕にとって都合の悪い流れになりそうだから全部忘れて黙っておく──それもなんだか、見殺しにするみたいで後味が悪いよね。
なら……僕が目立つことなく、後ろめたい気持ちになることもない、そのための方法は、ひとつだけだ。
素性を隠して颯爽と登場し、暗殺者どもを残らず叩きのめしてその場を後にする。
これだね。
これしかない。
あんまりやりたくないけど、これより角が立たない終わり方が他に考えつかない。
きっと殺し合いになるよね。
僕は正直、人殺しなんて嫌だけど……でもやらなきゃならない事態になるかもしれない。その可能性は低くない。
そのとき、僕にできるだろうか。
他人の命を奪うことを。
あの男たちは明日決行と言っていた。
もう一時間ほどでその明日になるはずだね。いや、もうなっているかも。
「アハハハ、そうか、それはいい。そうこなくっちゃ! 腕が鳴るね!」
僕の決断とやることの中身を伝えると、ペルトゥレは上機嫌になった。
やけに嬉しそうにしている。
「いや、君は部外者なんだから、そんな危ないことしなくてもいいんだよ?」
「つれないこと言うなよぉ。未来の相棒が」
「まだ未定だよそれ」
「いーからいーから。未定もまた予定だよ。王子さまがとことんやる気なら、ハハッ、ここは魔女であるあたしも一肌脱がなきゃね♪」
「なんでそこまで……」
魔女の好戦的な思考に驚きを隠せないが、でも、手伝ってくれるのなら、ありがたいことではある。
素直に受け入れておくべきだ。
「本気みたいだね」
「もち、当然♪」
「だったら、お願いしようかな。助太刀」
「おう、任せときな! その暗殺者どもに、生き地獄を味わわせてやるからさ! アッハハハハ!」
「…………」
今回の件をこの子に教えたの、ちょっと間違いだったかな。
どんな凶悪な魔術を使うのかわからないけど、やり過ぎて悪人以外に被害を出してしまわないことを祈ろう。




