18・王宮の外、そこもまた汚れていて
石壁に偽装された扉が、横に動き。
向こう側への入口ができた。
「さ、行こうか王子さま」
言われるまでもない。
ランプをかざしながら、ペルトゥレの後を着いていく。
こちらもまた、石造りの部屋だった。
直線通路は上り坂でも下り坂でもなかったはずだから、ならここも、屋敷の地下室と同じくらいの深さにある部屋なのだろう。
「ここって、誰かの家の地下?」
「いや、違うよ」
部屋の中を見渡してみる。
埃まみれの机。
同じく埃まみれの椅子。
バケツ。
柄の長いスコップ。
ホウキ。
フォークを大きくしたような、何に使うのかよくわからない道具。
「掃除用具置き場かな」
「そんなとこだね」
「見たところ、しばらく使われてない場所のように見えるけど……」
「最後に人が入ったのはいつなんだろうかな……ってそりゃ今日か、あたしが入ったんだから! アハハハハ!」
また笑い出したよこの子。
笑い上戸っていうより、笑うという行為そのものが好きなのかもね。
「それにしても、なんか臭うねここ」
「臭って当然だよ。そこの扉を開けて、すぐ左の階段を下りたら下水道だもの」
「そうなの?」
「ああ、だから臭いのさ。臭いが扉の隙間から染み込んでるってのもあるだろうし、掃除道具も置かれてるからなおさらだね。きちんと洗ってなさそうなのが」
「こんなところと僕の住まいが繋がってるとか、知りたくなかったな」
でも、知ってしまったんだから、もう仕方ない。
汚水王子の巣くう、王宮の沼。
そこが地下で下水道に通じているとか、皮肉にも程がある。
まさか、それをわかっていて、だからこそそこが汚水王子には相応しいということで、僕をあの屋敷に住まわせてる……。
……いや、やっぱり、それはないね。
僕が心ない言葉と腫れ物扱いの生活に耐えかねて、万が一、地下室の抜け道からどこかに消えてしまえば大問題だ。
地下室の隠し扉は、魔術が使える者なら誰でも開けられる。
難しいやり方じゃない。
もし隠し扉を僕が偶然見つけ、
たまたま何かのきっかけか、意図的な試行錯誤で扉の開け方がわかり、
全てに嫌気が差してしまった頃に、決意を固め、
そこから外の世界に出ていく。
そんな可能性が──可能性どころか今まさにそれに近いことになっているが──あり得る場所に、僕を追いやるだろうか。
第六だろうと嫌われ者だろうと王族は王族。王子に違いはない。
利用価値はある。
ここから抜け出てから、よからぬことを企んでいる者に捕まり、陰謀の道具にされるかもしれない。
あるいは、僕自身があちこちで悪いことをして、王家の権威に傷をつけ、泥を塗りまくるかもしれない。
このくらい、誰でも予想がつく不安だ。
それなのに、その不安が現実のものになりかねないところに、悪意のある皮肉をやりたいがために僕を住まわせる。
ないね。これはない。
……まあ、絶対ないとは……言えない。
しかし、そこまでやるほど愚かで腐ってはいないと思うんだけどな、王宮の華やかな中枢にいる方々は。
だから、これはたまたまそうなっただけなんだろう。
推測はその辺にしておいて。
扉を開けて、さらに進んでみる。
確かに、左側に、下へいくための階段があった。
水の流れる音もする。
見てみると、汚れた小川のようなものがある。王都の汚れは、ああやって地下からどこかに流されていくのだろう。
「……なんで、よりによってここに繋げたんだろ」
「抜け道を王都の外まで掘るより、下水道に繋げたほうが労力も工事期間が少なく済むと考えたんじゃないの」
「だとしたら手抜きと言わざるを得ないな。安全性に問題があるよ」
「部外者のあたしに見つかるくらいだからね」
やはり、用具置き場よりもここの臭いはさらに強まっていた。
もろに下水から臭いが漂っているため、さっきの部屋にいたときよりもダイレクトに鼻にくる。わめき散らすほどのものではないけどね。
ペルトゥレはコートの袖で口や鼻を押さえてる。臭いもそうだけど、きっと空気も悪いためだろう。
「よく平気だね、あんた」
袖越しの、くぐもった声。
ペルトゥレはしかめ顔でくせえくせえと言っている。
「ここに入ったときもそうだったけどさ、やっぱ臭くてたまらんわここ」
「臭いことは臭いね。空気も濁ってる。ひどい環境さ。でも、それだけ。たったそれだけのことだよ」
「えぇ……」
引き気味のペルトゥレ。
嘘だろこいつという目で、こっちを見ている。
やはり、僕は悪臭や空気の汚れに強いようだ。鈍いだけかもしれないが。
次に僕は、右側に目を向ける。
上り階段。
「そっち行くと、ここの建物の一階に出る」
「誰かに見つかるかな?」
「いないよ。清掃の拠点にされてる建物だからね。人が住むようなところじゃないから、誰一人としていない」
「しかも真夜中」
「そーいうこと。いたらびっくりさ」
階段を上がっていく。
上がりきる。
石ではなく、レンガや木材で作られた建物の中に出た。
ろくなものがない部屋だった。
空の酒瓶が何本か転がってたり、猫の死骸らしきものが部屋の隅っこにあったり、どこの馬鹿がやったのか知らないが、壁に錆びたナイフが刺さっている。
「普段は誰も来ないのをいいことに、ちんぴらの溜まり場にでもなってるんだろうね。王子さまとは無縁の場所だ」
「なんでナイフを刺したのかな」
「さあね。あたしにもさっぱり。やった奴が壁にナイフを刺してみたいお年頃だったんじゃないの? ハハッ」
そんなお年頃ってあるんだ。
「だったら僕にも、いずれその時期がくるのかな」
「アハハ、そんな心配いらないって。まともな人間はまともに成長して、クソな人間はクソな成長していくってだけだよ」
「僕はクソじゃないんだね」
「汚水だけどな」
「こらっ」
「アハハハ」
「はははっ」
なんだかやり取りが軽快で、つい僕まで笑ってしまった。
ガチャッ
不意に。
音がした。
僕や、ペルトゥレの立てたものではない。
この部屋の音ではないし、壁や床、天井のきしみでもない。
誰かが、この部屋のではなく、どこかの扉を開けた音だ。
「……」
無言のまま、ペルトゥレのほうを見る。
音の主に心当たりがあるかと、目で問いかけた。
彼女は、僕と同様に何も言わず、首を左右に振った。
真夜中の、下水道清掃のための施設。
そんな場所にやって来た人物。
わざわざこんな時間帯を選んで掃除なんかやるはずがない。まともな理由で来たんじゃないのは確実だ。
思いがけない事態になってきた。
どうしようか。
……とりあえず、探るかな。
多分ないとはいえ、ひょっとしたら、巡り巡って僕にまで被害の出そうなことをやろうとしてるのかもしれないんだから。
一瞬、ペルトゥレの仲間なのかも……と思いもしたけど、だったらこの部屋か用具置き場で待ち構えてるだろうし……それはないか。
もうこの少女は疑わなくてもいいんじゃないのかな。やることに計画性が感じられないもの。
相棒とまではいかないにしても、友達としての関係ならいいかな。
こうして、ペルトゥレへの疑いは晴れた。
悩みがひとつ減って気楽になった僕は、ということで心機一転、上の階に対して『聞き水』を使うことにした。
自分の屋敷と違って、勝手のわからない建物だから多少手間取るだろうけど──さて、何がわかるかな。




