17・逃走経路
魔女さんからの旅と冒険のお誘いは、とりあえずお断りした。
ま、しがらみから解き放たれるのは、またの機会ということで。
「そうだ、気になってたことがあるんだけど」
「んー? 言ってみ?」
「キミ、どこから入って、地下室に潜んでいたの?」
「どこからって…………ん? 待って、なんであんた、あたしが地下室にいたこと知ってるの? 言ったかな?」
まずい。
つい口が滑っちゃった。
「……いやいや、言ってなくても、そのくらいは想像がつくよ。あそこか屋根裏しかまともに隠れられるところはないからね。そうなると地下室のほうがあり得るかなと……」
「それもそうか」
早口でまくしたてる。
当のペルトゥレは、そんなこと別にどうでもよかったのか、食い下がることもなく簡単に納得してくれた。
「地下室にいたって推測は当たりさ。いたというか……その地下室から、この屋敷に入り込んだんでね」
「え?」
できるわけないでしょ、そんなこと。
あの地下室は、食料や調味料、ワインなどを保管しておくための場所で、人の通り道なんかじゃない。
「その顔」
「顔?」
「何言ってんだコイツはって顔してる」
顔に出ていたらしい。
普段なら「どういうことかわからないな」くらいの顔をしてたと思うけど、彼女の馴れ馴れしい態度につられて本音の顔をしていたようだ。
仮にも王族たるもの、感情や思考を露骨に表に出すべきではないのに。不覚。
「まあ、実際に行ってみればわかるよ。どうせまだ眠くないだろ? だったら行こうよ、ほら」
「ちょ、ちょっと」
ペルトゥレに腕を引かれ、ベッドから引き離される。
「わかったよ。行くから、せめて何か羽織らせて……そう急かさないで。わかったからさ」
そんなわけで。
真夜中の地下室へ、寝間着の上から適当に着込んだ格好で、謎解きに向かうことになったのであった。
──で、地下室に来た。
石造りの階段を降りたそこは、廊下よりも温度が低い。
床に木箱がいくつも置かれ、
ある棚にはワインの瓶が並び、
別の棚には、乾燥させた果実に干し肉、チーズなどの入っている保存用の箱が何個も乗せてある。
明かりは、僕が寝室から持ってきたランプのみ。
いささか頼りない光だが、ないよりははるかにマシである。
ちなみにペルトゥレは暗闇でも問題なく見えるらしい。やはり猫かな?
ランプのおかげで、真っ暗から、薄暗い程度になっているこの空間。
外への扉などは、やはりどこにもない。
あるわけない。
「そこだよ、そこ」
僕の隣にいるペルトゥレが、あるところを指差した。
何の変哲もない、ただの石壁を。
「そこって言われても、僕には壁にしか見えないんだけど」
「そんなことないさ」
ペルトゥレがその壁のほうへ歩いていく。どこをどう見ても扉には見えない壁に。
「ほらここ」
指でつつく。
僕も近づいて、ランプをかざし、顔を寄せてじっくり見たり触ったりしてみるが、やはりおかしなところは何も……
…………ん?
「なんだろ、これだけ違うような……」
壁の、ほんの一部。
違和感がある。
何度も触ってみる。
…………うん。
やはり、気のせいではない。
手触りが違う。
他はざらざらしてるのに、ここだけすべすべしている石があるのだ。
一センチくらいの大きさの、他と材質の違う石がはめ込まれている……?
「触って、魔力を集中してみなよ」
ペルトゥレが言う。
その言葉に従い、石に触れている指先に、魔力を宿らせてみる。
「──あ」
すべすべ石が、ポッと、淡い黄色に光った。
…………スゥウウウッ…………
かすかな、固いものが擦れる音。
その音とともに、壁の一部が動き、引き戸のように真横にずれていく。
やがて、音がしなくなり、
「じゃ~ん♪」
大人が二人、横並びになったままでも通れるくらいの幅の隠し通路が──現れたのだった。
「こんな通路があったなんてね」
歩きながら、壁や天井を見る。
地下室のそれと同じ造り、同じ材質のようだ。
温度は、地下室よりも冷えている。大した差ではないけど。
二年ほど住んでいたのに、こんな地下道があるなんて全く知らなかった。
なら、ボニーはどうだろう。
彼女はここを知っているのか。
事前に伯爵から聞かされていて……いや、それはないか。
伯爵だろうと、ここのことまで知っているとは思えない。
それよりも、ボニーが上物だけでなく地下室まで事前に色々調べて、そのときに見つけていたという可能性のほうがありそうではある。
ボニーも知ってるかも……くらいに思っておいたほうがいいかもね。
「そう不思議なことでもないさ。秘密の逃げ道くらい、どこの王宮や城にもひとつはあるもんだよ」
「それが、これ?」
「十中八九そうだろうさ。こんな手の込んだ隠し通路、個人が作るわきゃない」
「となると……僕の住んでる屋敷は、本来、それをカムフラージュするために建てられたのかな」
「いかにも何か隠されてそうな建物より、そのほうが怪しまれないだろうしね」
それはわかる。
理屈は合っている。
しかし──だとすると、新たな疑問が出てくる。
使われてない離れという皮を被った、秘密の逃げ道。
そんな、王族が避難するための、いわば最終手段が眠る場所に、嫌われ者の汚水王子である僕を追いやった。
おかしな話だね。
僕を逃がさず飼っておくだけなら、他に、いくらでも場所も建物もあるだろうに、なぜよりによってここを?
(つまりそれは……)
導き出される、ある結論。
(この通路のことを知っている人物は、もう誰もいないってことだね)
非常時のために造られはしたが、使われることのないまま時は流れ。
存在も、いつ誰が造ったのかも、どこに通じているのかも、何もかも忘却の彼方に消えていった避難通路。
そんな地下道に、僕はいる。
魔女と二人きりで、歩き始めている。
(……ひょっとして、僕、まんまと連れ去られてるのかな?)
足取りも軽く、隣を歩く魔女ペルトゥレ。
横目で見る。
「ん? なんだい、気になることでも……ああ、この先のことか?」
気づかれた。
目ざといというか、視線に敏感というか。
さすがに何を考えていたかまでは気づかれなかったが。
「……そうだね」
疑いの目を向けたとも言えないので、適当に合わせておく。
「それは着いてのお楽しみさ、アハハ」
ペルトゥレが笑う。
何がそんなに面白いのか知らないけど、ホントよく笑う女の子だ。
「楽しいかどうかはともかく、ここまで来たんだ。最後まで行くよ」
「そうこなくっちゃ♪」
長い直線を、僕とペルトゥレは並んで歩く。
出口に着いたら誘拐犯御一行がお待ちかね──とか、それは止めてほしいなぁ……と思いながら。
後先考えずほいほい着いてきた僕が、ただの馬鹿みたいだからね。いや馬鹿なことしてるんだけど。
ま、ワクワクするのは確かだしね。
信じるよ、魔女さん。
この通路に足を踏み入れて、二十分くらい歩いただろうか。
行き止まりにぶつかった。
終点だ。
さっき僕がしたように、ペルトゥレが、真横の壁に埋め込まれてあるすべすべ石を触る。
また同じ音を立てて、正面の行き止まりの壁が、横に動いていく。
さあ、いったいどこに出るのやら。




