15・石の魔女、ペルトゥレ
まず、皇女が来た。
次に、聖女。
で、今度のこの女の子は──なんだろう。
こんな夜中に、人の家に勝手にお邪魔して、ノックもせずに寝室にまで入り込む。
悪女かな?
しかし、よく考えると、勝手にお邪魔したのは、あの聖女ちゃんもそうだった。
最近出会った初対面の少女のうち、三人中二人が不法侵入。
ひどい。
事前に連絡してまともに玄関から入ってきたのが帝国の荒々しいお姫さまだけとは。世も末だね。
「あたしが誰かとか、訊かないんだ」
「訊こうかとも思ったけど、なんか自分から言いそうだなと」
「アハハ、そうだね。それは正解」
よく笑う子だ。
黒いコートの少女はクルリと回れ右すると、そばにあった椅子を手で引き寄せ、背もたれを抱える形で腰を下ろした。
「いい度胸してるじゃん王子さま。怖くないんだ」
「そんなことないさ。怖いよ。今にもおしっこ漏らしそう」
「微笑みながら言っても説得力ないよ」
どうやら、知らないうちに、笑みを浮かべていたらしい。
言われて気づいた。
「あたしはペルトゥレ。魔女さ。『石の魔女』と呼ばれてる。大陸の西、アードングから、はるばるやって来た。噂の汚水王子に会いたくてね」
いきなり洪水のようにワッときた。
少女は、勿体ぶりながら情報を小出しにしてくるかと思ったら、一気に吐き出してきたのだ。
この子、何をやるにしても急だなー。
名前はペルトゥレで、石の魔女。
そんな呼ばれ方をされてるんだから、きっと石の属性持ちなんだろう。そんな属性もあるんだね。
皇女、聖女ときて、次は魔女かー。
噂を聞いて会いに来た。
他国にも僕の悪評は知れ渡っているみたいだ。
この調子だと世界的に嫌われてても不思議ではないね。不遇ってこういうことを言うんじゃないかな。
出身は、大陸の西方にあるアードング王国。
大陸のだいたい真ん中にゼルガル帝国があり、そのお隣──西にあるのが我が国アルトロン。
アードングは、アルトロンよりもさらに西にあり、漁業や海洋貿易で有名な国だと本に書いてあった。
アルトロンとの関係も良好で、人や物の往来も多く、交流も盛んだとか。
「よく一人でここまで旅ができたね。道中とかどうしてたの?」
二国間には、整備されている立派な街道がいくつかある。
街道沿いの宿場町も一定の間隔である。
だけど、それで旅の危険が何もかも無くなるわけじゃない。
ひと気のない区域で、盗賊に襲われたり魔物に出くわしたりするのも、そんなに珍しいことではないはずだ。
「どうしてたって……そりゃ、たまに人や魔物に襲われたりもしたけど、その都度返り討ちにしてやったよ。全部壊して放置しておいたから、街道から離れた場所探せば、いくらでも残骸が見つかるだろうな」
「わお」
しれっと言い放った。
この子も、かなりの実力者らしい。
そうでなきゃ、女の子の一人旅なんかできないか。
しかも、口ぶりから察するに容赦もない。
自分に害を与える存在を殺すことに、何のためらいも持たない性格だ。敵に回すと恐ろしいタイプだね。
ちなみに年は八歳だそうだ。僕やあの皇女さまと同い年だね。
「それで、ペルトゥレさんは──」
「呼び捨てでいいよ、王子さま。タメなんだし」
と言うと、にんまりと魔女が笑った。
なら遠慮なく。
「ペルトゥレはさ、何で僕に会いたかったの? 僕のことは知ってるはずだよね? 呪われたりするかもとか、考えなかった?」
「魔女が呪いなんぞ怖がってどうするよ。だいたい、本当に呪われてるのかも疑わしいからな。世間のカスどもがピーチクパーチクほざいてるけど、裏取りもない話をよく真実みたいに語れるもんだね。呆れるよ」
「こうして実際に会って、その疑わしさはどうなったのかな」
「どうもこうもないさ。やはりガセだったなと、確信したよ」
わかったらしい。
「呪われてる様子が全くない。ただ……」
「ただ?」
「異様だ。あんたからは、異様な属性の雰囲気が漂ってきてる」
「異様な雰囲気……」
床の探知用水溜まりなら、他のと同様、悪臭がしないように造ったはずだけど……。
まさか、僕自身?
両手や寝間着をクンクン嗅いでみるけど……そんな変な匂いはしない。
でも、自分や自分の衣服、住まいの匂いっていうのは、他人はわかっても本人はさっぱりわからないとも言う。鼻が慣れるのだ。
なら、僕も慣れてしまってるだけで、実はかなり臭いのかもしれない。
いや、だとしたら皇女さまや聖女ちゃんが平然としていたのが説明つかないか……。
二人とも普段から鼻がつまってるとか?
「異臭じゃない。異様だよ、異様。い、よ、う」
「異様な臭さってこと?」
「そうじゃないっつうの。なんで臭さにこだわるんだ。匂いから離れろよ」
「じゃあ臭くないと」
「最初から臭いなんて言ってないだろ。しつこいなあ……」
頭をかきながら、ペルトゥレが面倒そうにぼやく。
同じ話を繰り返されて嫌になってきたらしい。
気の長い性格じゃないようだ。
この子の機嫌を損ねてしまうまで何回聞いても、こうして否定してくるんだから、どうやら本当に臭くないみたいだね。よかった。
だけど。
耐えがたい臭さとかじゃないなら、その、僕から漂う『異様な雰囲気』というのは、なんなのか。
もしかして、聖女ちゃんが僕から祓おうとした悪いものとは、そのことなのか。
「異様だと、何かまずいのかな」
「別にそれ自体はまずくもないけどさ、そういう輩ってのは、大抵やることがまずいんだよ。とんでもないことをやらかすのさ」
ぐっと言葉に詰まる。
とんでもないやらかしに、身に覚えがあったから。
「お? その反応……どうやら、やっぱり以前にやってるみたいだな。アハハハッ」
魔女が笑う。
笑い事じゃないんだけどね、あの出来事。
「あたしも詳しいことは知らないんだけどさ、具体的に何したの? 言える範囲で教えてくれない?」
「…………まあ、いいけど」
教えた。
大笑いされた。
笑い声を聞きつけてボニーが来たらどうしようかと思ったけど、無用の心配だった。
いくら静かな夜とはいえ、ボニーの部屋まで笑い声は届かなかったらしい。念のため探ってみると彼女はがっつり寝ていた。
魔女はまだ笑っている。




