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嫌われ者の第六王子は水魔術に没頭しながら安楽生活がしたいだけなのに  作者: まんぼうしおから


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14・来訪者の正体

 寝室の扉が開かれた。


 廊下の、ひやりとした空気が、この部屋の中へ入ってこようとしてるはずだ。

 もう春の季節が終わろうとしているけど、まだ夜ともなれば冷える。ましてや廊下だ。人がいる部屋と比べて気温が低いのは当たり前のこと。

 まだ僕のところまで冷えた空気は届いていない。

 でも、このままだと時間の問題だね。


 小柄な影は、いつでもやることを終えて逃げ出せるように、扉を開け放ったまま──



……パタン



 かすかに音を立て、扉を閉めた。



(……え、なんで?)


 思わぬことが起きた。

 侵入者は、寝室に踏み込むと、なぜか扉を閉めちゃったのだ。


 意味がわからない。

 なんのつもりなのか。


 逃げやすくしておくために退路を開いておくのは、当然の下準備のはずなのに。

 僕だって自分があちらの立場ならそうする。しないわけがない。しておかねばならないことだ。

 でも閉めた。なんでなの~?


 物を盗むにしても、

 人をさらうにしても、

 そして、人を殺すにしても。

 その後の事を考えたら、余計な手間を減らしておくのは、必ずやっておかないといけないんじゃないのかと思うんだけど……違うの?


 開けっ放しの扉を、誰かに見られでもしたら困るから?

 でも、こんな夜中に僕の寝室に誰かがやってくるなんて考えられないよね。

 夜中でなくても、だけど。


 使用人がたくさんいて昼夜問わず行き来が多いんならともかく、この建物にいる使用人はボニー以外に三人ほどしかいない。

 ほど、というのは、正確な数がよくわからないからだ。

 ほぼボニーとしか会ってないんで僕。

 他の使用人たちも(汚水王子)なんかとあまり顔合わせしたくないだろうし、僕もいちいちそんな連中に会いたい理由はない。まれに見る顔が三種類くらいだから、三人くらいいるんじゃないかなと思うだけで、実際はもう少し多いのかもしれない。


 それに、ここに忍び込んだ誰かさんが、僕の悪名について知らないわけがない。

 ただでさえ人が少なく。

 そのうえ寝静まっていて。

 部屋の主は嫌われ者。

 なら、開けたままにしてようと、誰かに見つかるとも思えないはずだ。


 ……やはり、閉めた理由がわからない。


 どこから来たのかも謎なら、目的も素性も謎に包まれた侵入者の、謎の行為。

 僕は寝たふりをしながら、次にこの人物が何をするのか様子見している。

 寝たふりしてるから見てないけど。


 侵入者が、動いた。

 扉の前から歩き始めた。


 足音を立てず。

 僕のほうに、そろりそろりと近づいてきている。

 慎重に、僕を起こさぬように。


 しかし、どれだけ気を使おうと、揺れは止めることはできない。


 すでに部屋の床には水溜まりを作ってある。

 水溜まりは、何者かが床を歩くときのわずかな揺れを、生命の振動を感じ取る。


 そこにあるだけでいい。

 触れられたり、踏まれなければ感じ取れない──なんてこともない。

 どれほど上手な忍び足を披露しようと、僕のこの『聞き水』の探知を逃れることなんか無理なのだと、そう自負している。



 ──侵入者の足が、止まる。


 ついに、僕の眠っている(眠ってない)ベッドのそばにまで到達した。

 僕の枕元まで来てしまった。


 真夜中の、一風変わった面会。


(さあ、どうする?)


 この「どうする?」とは、単に侵入者に対しての挑発めいた思いだけじゃない。

 僕自身も、ここからどうしたらいいのかなという、いわば自問だったりする。


 小柄な何者かが、身をかがめた。

 近づいてきたのは、ナイフでも、縄でも、手でもない。


 顔だ。


 背中を丸め、間近で見下ろすように、今にもキスしてきそうなほどに、僕の顔に接近してきている。

 噛みついてくる……なんてのは、やめてほしいな。


「起きて」


 幼い声。

 どこか大人びた、少女の声。


「狸寝入りなんてしても無駄だって。起きてるのはもうわかってるんだから」


 少女は言う。


 でも、本当だろうか。

 カマをかけてきているような気もする。


 だけど、そうだとしても、こんな状況じゃどうせ起きることになる。

 起きなかったら強引に起こされそうだ。


ペロリ


「わっ」


 いきなり。

 柔らかくて濡れたものの感触が、鼻にきた。


 これは……きっと舌だ。

 舌で、鼻先を舐められたんだ。

 犬みたいなことをやるんだな、この子。


「アハハッ」


 丸めた背を伸ばし、少女が笑う。

 僕が思いがけないことをやられて、うっかり声を出したことがおかしかったらしい。


 仕方ない。

 もう寝たふりは無理だ。

 これでもまだしらばっくれてたら、次こそ本当にこの犬娘に鼻を噛まれかねない。


「……変なお客さんだなぁ」


 上体を、ゆっくりと起こす。


「つけていいかな、明かり」


「聞く必要ある?」


「それはそうだけど、一応ね」


 明かりをつけてもいい。

 それってつまり、見られても構わないってことだ。

 顔を隠しているのなら、まあ、わかる。

 そうじゃないのなら、顔を知られても問題ない──僕を殺してしまうからという話になる。


 でも、そんな殺伐とした様子かと言われたら、違うとしか思えない。

 殺し屋がこれから殺す相手の鼻なんか舐めたりしないよね。そんなことするくらいなら喉をかっ切るはずだもの。


「つけるよ」


 ベッドのそばの机。

 そこに置いてあるランプの火をつける。


 机を中心に、寝室がぼんやりと明るくなった。

 そうなれば当然、僕らの姿も、お互いに見ることができるようになる。



 侵入者は、顔を隠していなかった。

 手持ちの武器も、何もなく。

 質素な衣服の上から黒いコートを着こんだ。


 くせっ毛の黒髪を雑に伸ばした、三白眼の、まあまあ可愛い子が、そこにいた。

 犬っていうより、猫っぽかった。

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