12・成功したのかどうかわからない模倣
翌日の朝。
朝食を食べながら、思い起こす。
昨日の出会いと出来事について、一から。
幽霊のように、突然、鏡の中に現れて、
僕に対してズレた同情心を抱き、
一方的に助けようとしたけど見事にしくじって、
肩を落として消えた、鏡の聖女。
善人であり、変人だった。
そして、人の話をあまり聞かない人間でもあった。
──昨日、あのあと昼食の後片付けをしに来たボニーに、それとなく、聖女ちゃんについていくつか訊ねてみた。
すると。
返ってきた答えは、聖女ちゃんの話を裏付けするものだった。
鏡の聖女、エルスティル。
顔をベールで隠した、金髪金眼の少女。
年齢は、僕やファルティニア皇女より二つ上。十歳。
有する属性は、その二つ名が示す通り『鏡』。
普段は感情の起伏がほとんどない、淡々とした様子ではあるが、しかし、人助けとなると異様なほど熱心な態度を見せる、そんな人物。
魔術の実力や才能も並外れたものがあり、そこに献身的な姿勢と美しさが相まって、一年前、わずか九歳にして、神殿から女性神官の最高位である聖女に認定された。
民衆からも絶大な支持を得ているという。
などと説明している間。
ボニーは、何度か僕に訊ねてきた。
どうして世間にうとい僕が彼女のことを知っているのか、
なんで世間に興味のない僕が彼女のことを知りたがったのか、
疑問に思ったらしい。
教えるかどうか。
少し迷ったけど、やめておいた。
はぐらかした。
たぶん、納得はさせられなかったと思う。
ボニーはそんな鈍い女性じゃない。
でも、使用人の立場としては、王子であり主でもある僕に対して、あまりしつこく突っ込んで聞くわけにもいかない。
それは不敬だ。
だから、ボニーも引き下がってくれた。
これがボニーではなく皇女や聖女だったら、わからないものをわからないまま済ませたりしないで、引き下がることなく、納得いくまでとことん追及してくるんだろうね。
──ということで。
僕が遭遇した少女と、ボニーの話。
違和感のようなものはない。
やはり、彼女は聖女エルスティル本人で間違いないようだ。
そんな人物が、鏡越しに現れた。
面会の約束すら取ることなく、しかも王族である僕に。
はっきり言って強行だ。
実力と名声の両方を持っている女の子ってのは、時として、自分のやりたいように突き進む猪と化すらしい。
帝国の、あのお姫さまもそうだった。
カリッと焼けたパンに、ジャムとバターを塗っていく。
かじる。
おいしい。
素晴らしい組み合わせだ。どちらが欠けても満足のいく味にはならない。
パンを半分ほど食べ、ボニーがコップに注いでくれたミルクを飲みながら、聖女ちゃんの強引さをまた思い出す。
説明もろくにしないまま僕に対してお祓いのような真似をして、望む結果とならなかったせいで、落ち込んで去っていった。
自滅ってああいうことを言うんだね。
あの蒼炎皇女もだけど……苦手なんだよなー、ああいう類いの子。
女は黙って男のあとをついてこい……なんて偉そうなこと言うつもりはさらさらないけど、何かひらめく度にこちらの制止を振り切り猛烈ダッシュして盛大にスッ転ぶってのは、見てる分には面白くても関わってたらとても困る。
駄犬じゃあるまいし、加減と自重を覚えるべきじゃないかな。
まあ、もう会うこともないと思うから、僕の関わらないところでなら、好きに暴走してほしい。
懲りずにまた来るとかやめてね。
朝ごはんを平らげ、いつものように勉強部屋へ。
乱雑に書物が置かれた一室。
適当にそばにある椅子に座り、魔術の練習でもやろうとしたが、ふと、違うことを考えた。
僕に仕えるメイド、ボニーについてだ。
ボニーは、あれから特に何も言ってこない。
焚き付けるようなことも言わず、以前と変わらない態度のまま。
彼女の本当の雇い主である、レバインメット伯爵。
とにかく慎重なその人物の命令にちゃんと従って、僕にこれまでと同様に接してくれている。良し。
表舞台に立つ気にさせるため、褒め殺しにされるのは嫌だからね。
でも、僕を本格的に利用する方向に舵を切ったら、そうもいかなくなる。
僕のやる気を引っ張り出し、欲や野心を刺激しようとするはずだ。あの手この手で。
また魔術勝負をやることになるかもしれない。
そこそこ魔術を使いこなせる貴族の子女をぶつけて、僕の真の実力を世の中に知らしめようと企む──そんな可能性もあり得る。
ボニーは、月に一、二回ほど、伯爵と通話している。
つい数日前、皇女の件で通話を済ませたばかりだから、しばらくはやらないはずだ。伝えるべき新たな情報もないし。
でも、聖女ちゃんのことを教えてたら、昨日のうちにすぐさま伯爵に伝えていただろうね。
目の前に、右手をかざす。
念じる。
数分後。
丸い、しかし正確な円ではない、縦長──楕円形の水が、手の平から十センチほど前の空間に現れた。
大きさも、清らかさも、鏡の聖女が作り出したそれとよく似ている。
似せたのだから当然なんだけどさ。
「あの子のあれが、『真実の鏡』なら、僕のこれは、『真実の水鏡』──ってことかな。ふふっ」
楕円形の水に映る僕が、本物の僕と同時に笑う。
見よう見まねだが、見たところは合格だ。
本家と違い、作るまでに少々時間がかかったけど、まあぶっつけ本番にしては上出来なんじゃないかな。
でも、性能はどうだろう。
ちゃんと光って、ちゃんと悪いものを見抜けるのか。
真実の水鏡の前に、水球を作り出す。
濁ってるやつだ。
僕が生み出すことのできる水は、基本的にはこれである。
「えーと……僕の水に宿る、悪そうな力よ、早く正体を現すんだ!」
命じる。
──キランッ
光った。
ちゃんと光ったぞ。やったぜ。
やればできるんだなぁ。
でも。
光っただけだった。
聖女ちゃんの二の舞を演じてしまったところまで同じだった。
一体どういうことなのか。
僕の濁り水には悪いものなんか宿ってないのか、この程度の魔術では太刀打ちできない凶悪さなのか、失敗してただの姿鏡を作ってしまっただけなのか。
これは、今は結論を出せない。
今後の課題としておこう。
僕は水鏡を消すと、そういうことにした。




