11・聖女、挫折する
「鏡の聖女ね」
「聞き覚えはありませんか?」
「ごめんね。全く聞いたことないな」
至って初耳だ。
その異名も知らないし、エルスティルなんて名前も知らない。
神官のような格好をしているこの見た目も、やはり初見である。
けれど、こう訊いてくるのだから、自他共に認める有名な人物なんだろうね。もしくは自意識過剰なだけの二流か。
後でボニーにそれとなく話を振ってみよう。
「──で、そんな人気者の聖女ちゃんが、なんで僕のところに?」
この子の素性を知っておくのは大事だ。
簡単に僕の住まいにまで来ることができる少女が、どこの何者かわからない──それは無用心が過ぎるからね。
鏡を通じてどこでも行けるのなら、いざとなれば、この屋敷の中にある鏡を全て片付けてしまえば侵入は防げる。
対策はそれほど難しくない。
それよりも、知らないといけない大事なことがある。
どうして、僕に会いに来たのか。
その理由を。
「確かめに来ました」
「確かめに? いったい何を?」
「あなたを救うために。私の『鏡』の属性と、その魔術をもって」
「んん~~??」
断片的すぎてよくわからないぞ。
「つまり、聖女ちゃんは僕を助けるために来たってこと? それなら必要ないよ。僕は別段困ってることはないからね」
「そうとは思えません」
きっぱり言われた。
「そこまで一方的に断言されると逆に気持ちいいね」
「困ってはいないとおっしゃいましたが、しかし王子、この現状はあなたの望まぬものなのではありませんか?」
「いや別に。むしろ願ったりかなったりだけど」
「いいんですよ。そのような強がりは」
「話聞いてる?」
どうにもこちらの話が通じているようで通じてない。
この子、自分の中にある結論ありきで喋るタイプなのかな。
だとしたらこれはめんどくさいぞ。
「あなたの話は私も聞き及んでいます。王子という身の上でありながら、汚れた存在として、誰からも拒否され続けた。辛い目にあわれましたね」
そんなことないんだけどなー。
でも、今のやり取りからして、否定しても無駄なようだから黙っていよう。
無駄な会話って嫌いだからね。
「私は、この国でもっとも辛い境遇にいるあなたのことを知り、聖女として、救わずにはいられなくなりました」
はあ。そうですか。
「しかし、神殿の方々は私があなたと関わるのを良しとしないでしょう。理由をつけて会わせようとしないのは火を見るより明らかです。だから、こうして密かに来ました」
嘘をついているようには思えない。
本気らしい。
表情こそ仮面じみたままだけど、僕を見るその目付きには、哀れみや悲しみが感じられる。
善意の暴走ってこういうことを言うのかな。
「救いたいのはわかったけど、具体的にどう救ってくれるの?」
「今から説明します。そんなに難しいことではありません。落ち着いて聞いてください」
「はいはい」
どんなことをやるのか謎だけど、ボニーが食器を片付けにきたらややこしいことになるから、早めに終えてほしい。そう思う僕だった。
「──真実の鏡よ、ここに」
動かず、そこに立ったままでいて下さいと言われ、僕はその言葉に従った。
何が始まるのか、ちょっとワクワクし始めていると、
縦に伸びた、楕円形の鏡らしきものが、僕の前に現れた。
魔術で作り出された鏡。
つまり、ただの鏡なんかではなく、何らかの特殊な力がある鏡だ。
「王族に宿る悪しき霊よ。汚れた力よ。隠れ潜むその姿、今ここにさらけ出しなさい──」
鏡の聖女が、高らかに命じる。
その言葉に応じたのか、僕の全身を余すとこなく映している楕円形の鏡が、きらりと輝いた。
……………………。
そのまま。
一分くらいは経過しただろうか。
「「…………」」
僕と聖女エルスティルは、何も言わず、見つめあった。
「──王子の身に巣くう、邪悪なる存在よ。我が鏡の前では、そのごまかしも無駄と知りなさい」
僕の姿が映ってる魔術鏡が、また、きらめいた。
……………………。
今度は二分以上は待ったはずだ。
しかし、特に、鏡の中にいる僕に変化はない。
「いい加減にしなさい。汚れた霊よ、早く姿を見せるのです──」
鏡が光った。三回目である。
それから、たっぷり三分以上待ったが反応なし。三度目の正直ならず。
「──往生際が悪いですね。いくら拒もうと、私と、私の鏡は決して許しませんよ。さあ──出てきなさい」
「しつこいですね。どこまで私をわずらわせるのですか。早く姿を見せるのです」
「もう六度目ですよ。わかっているのですか? 不快な正体を現しなさい」
「出なさい。いい加減にしなさい」
合計七回やった。
やはり何も起きなかった。聖女ちゃんの声に反応して鏡が光っただけ。
「どうして……こんなことが…………」
ずっと無表情だった聖女ちゃんは、取り乱しこそしなかったけど、愕然としていた。
それでも軽くショックを受けた程度にしか見えないんだけど、でも声は震えているので、きっとこれが彼女の精一杯の驚愕顔なんだろう。
「……まあ、だから言ったでしょ? 僕は困ったりしてないし、変なものに取り憑かれたりもしてない。逆に最近は体調がいいくらいだよ」
「…………」
楕円形の鏡が、ふっと消えた。
魔術が解かれたのだろう。
なら、僕の言ってること、わかってもらえたのかな。
聖女エルスティルは、うつむいたまま、頼りない足取りで、机の上の鏡に向かう。
「あ、あの、ちょっと」
声をかけたが、返事も反応もなく。
鏡の聖女は、再び鏡の中へと戻り、どこかへ去っていった。
それから十分くらいした頃。
勉強部屋の扉が、ノックされる。
「入っていいよ」
僕の許可が出ると、ボニーが入ってきた。
昼食の後片付けをするために。
「……どうかなさいましたか?」
鏡をじっと見ていた僕のことが、ボニーには不思議に思えたようだ。
何かあったのかと訊いてきた。
「いいや、別に。なんでもないよ」
鏡面を、指で触れる。
押す。
しかし、わかっていたけど僕の指は、めり込むことも、潜り込むこともなかった。
「あの……?」
「固いな」
「ええ、そうでしょうね。鏡ですから」
「そうだね。その通りだ。僕やキミにはね」
「?」
ボニーは、少しだけ首をかしげ、僕の意図がわからないとでもいいたげに、片眉をくいっと上げた。




