1・王宮の沼
あまり長くない新連載です。
八万字くらいで一区切りつける予定。既に書き終えてます。
王宮の沼。
かの王国の中枢に、そう呼ばれる場所がある。
本当に沼があるわけではない。
そんなものがあればとっくに埋められるか、泥抜きするなりしてキレイな池にされているはずだ。
王族の住まう領域にそんな不気味なものがあってはならない。それは子供でもわかる理屈。
つまり、これは──比喩。
悪名高い『汚水王子』のいる離れがある一角。
そのエリアに対する蔑称である。
アルトロン王国。
歴史も古く、領土も広く、産業も発展しており、自然の恵みも豊か。
そのため、国内は人も物も活気よく行き交い、それによって経済も回り、潤っている。
この大陸に不安と驚異をもたらしている二代要素、そのうちのひとつ──ゼルガル帝国ですらうかつに手は出せず、五分の友好的な付き合いをしている強国である。
そんな国に、ある汚点が生まれた。
ラハブ・ウル・アルトロン。
不快なる王族。
喜ばしくない者。
濁り者。
様々な呼ばれかたを陰で(中には大っぴらに言う者もいるが、それを咎められることなどほとんど無い)言われている、王国の第六王子。
そんな呼び名の中でも代表的なものが、
──汚水王子である。
この物語は、そんな、誰からも忌避されて生きてきた少年の、
王位継承の権利すら認められるかどうか危うい王子の、
「あー、世の中だるいことしかないなぁ……やだやだ」
やる気や熱意と無縁な、
この歳でもう怠け者の気質に目覚めた八歳の男の子の、日常と非日常である。
朝。
目を覚ます。
いちいち起こしに来る者はいない。
来なくていいと命じてある。
毎朝毎朝わずらわしいし、自分のタイミングで好きなときに起きたい。
勝手に「朝ですよ起きないと駄目ですよ」とばかりに揺すぶられても、僕としても困るのだ。
目覚めは眠気が飛んでから。
だから誰も起こしにこないでと、言いつけてある。
それでも、普通なら。
そんなわがままはいけませんよと。
起こしにくるお節介焼きの一人や二人はいるのが当然だろう。
けど、そんな使用人はこの離れにはいないんだよね。
いるのは、仕事でなければ関わりたくないという態度を見え隠れさせながら、嫌々、僕の世話をしている者だけ。
カーテンを開き、窓の外を眺める。
空を見る。
まぶしい。
もう朝日はとっくに昇ったあとのようだけど……毎度のことだが、そんなことはどうでもいい。
太陽なんかにいちいち気を取られていては、十分な睡眠を取れるはずがないからね。
日が昇ったときではなく。
僕が起きたときが朝なのだ。
それより、食事にしよう。
ごはんごはん。
食堂。
いるのは、僕と、
無表情で僕のそばに立っているメイド。
名前はボニーと言う。
黒髪をおさげにした、たしか、二十歳の女性。
僕の世話係だ。監視役ともいう。
この離れにある部屋のひとつを住居にしている。
僕は、この女性が楽しげに笑ったところを見たことがない。
この女性の笑いについては、愛想笑いと皮肉な笑いしか知らない。
カチャカチャと、わずかな音をたて。
温め直されたスープとパン、それとサラダを胃袋に収める。
王族にしては質素な食事かもしれないが、別に、食べ物の質や味などに興味はない。食べれるものなら何でもいい。
「ごちそうさま」
もはや昼食に近い時間帯の食事も終わったので、自室へ戻ることにする。
「あの、王子」
「ん?」
ボニーに呼び止められた。
なんだろ。
「珍しいね。君が僕に声をかけるなんて。どうかしたの?」
「──実は、午後からお客様が参られます」
「昼? え、今日の? ここに?」
「はい。詳しくは存じませんが、数時間前に突然決まったことのようで、すぐに伝えようかと思ったのですが……」
「ああ、寝てたからね僕。だから言わなかったと」
「申し訳ございません」
頭を下げるボニー。
けれど、その言葉に、悪いことをしたという響きは感じられない。
起こすなと言われているから、わざわざ起こして伝えることもしなかったと、悪いのはそちらだとでも思ってるんじゃないかな。
いや、いい性格をしてるメイドだね、実に。
「別に謝らなくていいよ」
うわべだけの謝罪とか時間の無駄だし。
「それより、髪や衣服を調えないとね。したところで、たかが知れてるけど……ああ面倒臭いなぁ」
それでも身だしなみくらいは、きちんとしておかないと。
怠け者でもそのくらいは。
「あ、ところでボニー」
「何でしょうか?」
「どこの誰が、そんな唐突に僕の顔を見たくなったのかな?」
「それは……」
「ん?」
「正直、私も耳を疑ったのですが……」
ふーん。
つまり、かなりの大物なんだね。
そして、気まぐれなところもかなりのもののようだ。
「来訪される、その方は…………ゼルガル帝国第三皇女、ファルティニア様です」
「……わお」
つい、僕も自分の耳を疑ってしまった。
そうきたか。
よりによって、かの荒々しい帝国のお姫さまとは。
これは大物だ。驚きだ。
いったい、この汚水王子に何の興味がわいたんだろう。
……まあ、それは会えばわかるか。
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