【短編小説】ロキソ七転ガッデム八倒マザーファッキン頭痛プロフェン
それはまるで警報のようだった。
どこか遠く、だが頭蓋の内側で蛇蝎が柔らかい脳をゆっくりと食い破るような、鈍い痛みが渦巻いている。
頭痛だ。
俺は幾度かの寝返りを打ってベッドに起き上がった。
真夜中が広がっている。
広い部屋に越したからと、見栄を張って置いたセミダブルのベッドがやけに広い。
跳ね除けられた掛け布団がベッドの隅でうずくまっている。
部屋の中は真夜中だ。
窓の外は春の雨が降っている。
唸るような風が吹く。
台風では無いはずだ。しかし爆弾低気圧とか言うのが来ていたとニュースで見た気がする。
頭が痛む。
窓を叩く雨粒の音も、ぐるぐると吹きすさぶ風の音も不愉快だ。
頭が痛い。
俺自身は体調不良と気圧に関連性を見出さないが、この頭痛はどうしたものか。
寝る前から薄らとした頭痛は感じていた。
だからロキソプロフェンを飲んだ。
しかし依然として痛みがあるどころか、ますます強くなってすらいる。
舌打ちをしてベッドを降りる。
フローリングの床に散らばる髪だとかの感触が不愉快だ。
冷たさも硬さも、全てが頭痛に変換されていくようだった。
蛍光灯がついたままのキッチンで追加のロキソプロフェンを口に放り込み、ぬるく不味い水道水で飲み下す。
白い錠剤がベタつく水で食道を下っていく。
胸にシミが広がるような感覚。だが違う、俺は脳味噌にそれが広がって欲しいのだ。
クソったれが、と呟いてコップを流しに置く。
煙草を探してから、禁煙した事を思い出して後悔した。
頭痛なんてのは錯覚だ。
実在が無い。デリダやハイデッカーが何と言うかは知らないが、頭痛なんてものに実在も存在も無い。
そんなものは錯覚に過ぎないのだ。
単なる神経伝達の一環なのだ。
脳に痛覚なんざありゃしない。痛い気がする、痛いと思う、だからそこに痛みがあるのだ。
頭蓋の中が痛い?
嘘だ。そんなものは存在しない。
痛みは生存の為に発生すると言うが嘘だ。気のせいだ。
痛みなんて存在しない。
頭痛なんてものはあり得ない。
いくらそう考えたところで痛みは引かない。
俺は蛍光灯の瞬きを数えて108を越えた時に、三粒目のロキソプロフェンを飲み込んだ。
HeyHeyHey。
PainPainPain。
苦痛は弱さだ。苦痛の存在を認めるのは存在の弱さ故だ。
耐え難い存在の希薄さを認めた奴から狂っていく。
俺はまだ狂っちゃいない。
キッチンの蛍光灯を消してベッドに潜り込む。
窓に叩きつけられる雨粒はまるで礫のような音だった。
風が強い。
ボロいマンションの古く重い窓がガタガタと揺れる。
頭が痛い。頭が痛い。頭が痛い。
枕を噛み掛け布団を握りしめる。
頭蓋の中で痛さがゆっくりと這い回る。
死ぬのか?
冗談じゃない。
どうやって死ぬにしてもこんな馬鹿馬鹿しい死に方はごめんだ。
せめて頭にダイナマイトでも巻いて東尋坊の先にでも立って終わりたい。
それに、俺にはまだ最後の恋人もいない。
そうだ、約束をするんだ。
もしも俺が事故や病気で要介護になったりしたらさっさと殺してくれ。
もしも君が事故や病気で要介護になったりしたら、俺は一緒に風呂場で練炭を焚く。
最後に聴きたい曲は、相談しよう。
窓の外で風に煽られた何かの倒れる音が響く。
頭蓋の中で痛みが跳ね回る。
ピンボールみたいだ。
頭蓋の中で痛みが跳ね回る。
乱反射するミラーボールみたいだ。
頭が痛い。
耐え切れず薄明かりのベッドに起き上がった。
ロキソプロフェンが効かない。
頭痛がそこにいる。
頭痛がここにある。
俺は気圧の影響なんてものは信じない。
俺は弱さも認めない。
だが、存在の耐え難い希薄さ!それだけは!
布団を跳ね飛ばし、俺は絶叫しながら部屋を飛び出した。
マンションの内階段まで吹き込む風が渦巻いて踊り狂う。その風だって頭痛をどこかに飛ばしてくれやしない。
俺に残された可能性はひとつだ。
マンションの入り口に置かれた自動販売機に飛びついて缶コーヒーを買った。
そうだ。
痛みは弱さだ。存在の耐え難い希薄さを認めたら俺は終わりだ。
俺は狂ってなんかいない。
夜とよく似た色の冷たい液体を飲み込む。
頭痛の中で跳ね回る痛みがその夜色の冷たい液体に引き摺られて咽喉を下っていく。
そうだ。
俺は単なるカフェイン中毒の男だ。
それ以上でもそれ以下でも無い。
存在は最初から希薄だ。誰にも見えていない孤独な異常独身中年男性だ。
それでもカフェインだけは俺を見ている。
カフェインだけは俺を救う。
しかし。
実在の無い苦痛と言う神経伝達と一緒に、眠気と言う実在も流されてしまった。
天を仰ぐ。
まるで星みたいに月が瞬く。
空を流れる雲は圧倒的な速さだった。
夜と言う時間が流れていく。
間もなく白むであろうそれを眺めながら、俺はやはり禁煙なんてするべきじゃなかった、そんなものは吸い続ける意志の薄弱な人間のする事だと思った。
苦痛と現実を噛み締めた奥歯が砕けそうだった。




