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今日も情シスは恐怖に慄く  作者: 葉柚
ペーパーレスの甘い誘惑

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 ペーパーレスの甘い誘惑





「資源を無駄にしないように紙への印刷を禁じる。」


 そんなお触れが出されたのは、肌寒くなりつつある秋のことだった。

 薄でのカーディガンを羽織りながら会社に着くと、珍しいことに会議室で全体朝礼が開かれた。

 10数名の社員が会議室に朝っぱらから集められた。

 何事かと周りを見回していると、しばらくして少し髪の毛が薄くなってきた社長が会議室に入ってきた。

 社長はいつも本社におり、なかなか支店までは来ないのに珍しいことだ。

 社長に会うのは新年の挨拶くらいではないだろうか。

 そして社長は開口一番に紙への印刷禁止を宣言した。


「……それはいつからでしょうか。」


 安藤さんが社長に問いかけた。

 この支所の全員がそう思っていることだろう。

 

「もちろん。今日からできるとこはやっていってほしい。得意先との調整もあるだろうから全部を今日からとは言わない。だが、出来るところから早急に紙での印刷を廃止するように。特に社内間のやりとりはFAXや紙に印刷したものを郵送することは早急に取りやめてメール等でやり取りするようにするように。」


「……かしこまりました。」


 社長から宣言されてしまえばこちらは折れるしかない。

 それも絶対に今日からというわけではなく、準備ができたところからというのだから、この状況で否と言えるはずもない。

 支店長は苦々しく顔を顰めていたが、それでも何も言わなかった。

 

 

 

 ☆☆☆☆☆

 

 

 

「混乱しそうだね。」


「はい。」


 ただでさえ地方の支店なのだ。

 従業員には高齢の人が多くパソコンを苦手としている人も多い。

 そんな人たちにパソコンを操作しろというのだから混乱することは必死だ。

 

「今、パソコンを割り当てていない人にもパソコンを割り当てるのでしょうか?」


「そうだね。FAXでやり取りをしている人もいるからね。全員が全員パソコンを持っているわけではないし……。社長予算くれるのかな。まあ、後で社長に聞いてみるよ。社長も出来るところからと言っていたしね。パソコンの調達にも時間がかかるし。」


「わかりました。」


「まずはできるところから紙を廃止していこうか。」


「はい。」


 プルルルル。プルルルル。

 

「はい。情報システム部です。」


 安藤さんと話していると電話が鳴った。

 私は安藤さんとの会話を中止し、電話をとった。

 

「ああ。麻生さんか。安藤はいるか?」


「はい。おります。代わりますので少々お待ちください。」


 電話の相手は支店長だった。

 これはきっとさっきの社長の発言に対して安藤さんに相談したいのだろう。

 

「安藤さん。支店長からお電話です。」


「ああ。ありがとう。お待たせいたしました。安藤です。」


 安藤さんは私から受話器を受け取ると電話に出た。

 

「……はい。はい……。ええ、そうですね。……はい。ええとですね、そうしましたら一台のパソコンを共有で使用するということでしょうか。……ええ、はい。……はい。……メールアドレスも共有で?……はい。はい。……はい、わかりました。早急にパソコンの手配とメールアドレスの作成をいたします。……はい。……そうですね……、急げば明日にはご用意できるかと思います。……はい。……はい。わかりました。」


 しばらく安藤さんは電話で話し込んだあとに受話器を置いた。

 そして大きなため息を一つついた。

 

「さっそく仕事だよ。これからペーパーレス対応で忙しくなるよ。」


「ええっ!?でも社長はできるところからって……。」


 安藤さんは眼鏡を曇らせながらため息をついた。

 

「社長はそう言ったけどね。支店長としてはいち早くペーパーレス化して社長にアピールしたいらしい。」


「はあ。」


「支店長からは丸投げされたよ。紙で印刷しないということはパソコンを使えということだろう?パソコンに詳しいのは情報システム部なんだから、早急にペーパーレス化を進めてくれ、とね。」


「えええっ!!それって押し付け……。」


「はあ。そうだね。でも、上から言われてしまったことには仕方がない。僕たちでやるしかないんだよ。」


「うう……。はい。」


 上からの命令は絶対。

 社畜の悲しい定めである。


「僕はペーパーレス化できそうな業務を洗い出すから、麻生さんはパソコンを割り当てていない人のためにパソコンを1台キッティングしてくれないか?パソコンを持ってないのは2人だけだったはずだから。」


「では、2台キッティングすればよろしいですか?」


「いや、とりあえず1台で様子を見ようということになった。普段パソコンを使っていないからね。ペーパーレスになったとしても1日ずっとパソコンにかじりつきにはならないはずだ。」


「わかりました。メールアドレスは二つ用意しますか?」


「そうだね。ひとまずはメールアドレスも共用してもらおう。アカウントの切替方法をレクチャーしてもすぐに習得してくれるとは限らないしね。」


「わかりました。すぐに用意いたします。」


「うん。よろしく頼んだよ。」





☆☆☆☆☆




「足立さん、篠原さん。支店長からの指示でパソコンをご用意いたしました。メールアドレスはお二人で共有となります。」


 翌日、パソコンのキッティングを完了させた私は事務所の一席にパソコンを設置した。

 机は今まで紙を使用しての事務処理用に用意されていたので、そこを流用する形となっている。

 

「……麻生ちゃん。オレ、パソコンのことわかんないんだよね。」


「私も……。今までパソコンを触ったことなくて……。」


「そうなんですね……。」


 足立さんも篠原さんも定年をすぎており嘱託として勤務している。

 今まで仕事でパソコンを使ったことはない。

 でも、二人とも業務に関してはベテランで二人の知識があるからこそ支店がやってこれたという実績がある。

 

「社長さんにああ言われてしまってはね。仕方がないけれど……。」


「あれはオレたちに対する当てつけかと思ったよ。パソコンも使えないような奴はさっさとやめろって言われてんじゃないかと思ったな。」


「足立さん……。そんなことはないと思いますよ。」


「でもねぇ、麻生ちゃん。私たちにはそう言われたように感じたのよ。今まで会社に貢献してきたのに……って。」


「まあさあ、定年過ぎてもやとってくれてることはありがたいけどなぁ。いつ辞めさせようか手をこまねいているようにも見えるんだよなぁ。」


「そんなことは……。」


「あるんだよ。麻生ちゃんはまだ若いから素直でいいねぇ。」


「そうだね。年をとるといろいろと勘ぐってしまってね。麻生ちゃんにはいつまでも素直なままでいてほしいものだよ。」


「は、はい……。」


 足立さんと篠原さんにどう切り返していいかわからず曖昧に笑った。

 

 

 

 


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