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第3話 女子と二人だ!僕の部屋!


暗い――どこまでも暗い。






遠く、どこまでも黒い――






痛みは、無い。






……死んだのか?






トラックに轢かれた。






いや、あれを轢かれたと言うのか?





……まあ、どうでもいいか。






トラックに轢かれたんなら、転生とかしないのかな……






天使が来たんだから





次は女神とか……






くだらないことを考えられるほど、余裕があった。





なんだか、暇だと感じる。





とても静かだった。






「お騒がせしております~




 まるやま~けいと~




 まるやま~けいとで、ございますー。




 ご町内の皆さまー」







……え、選挙カー?





「ぜひ〜 清き〜 一票を〜




 まるやま~けいとで、ございます。」








いや……マジでやかましいってか……





まぶたの裏が明るくなった。





目が開いた。





UFOみたいな形の蛍光灯――





くすんだ白い天井――





夕暮れのオレンジが差し込む、色づいた白い壁紙。




見慣れた机、パソコン




本棚に並ぶ美少女フィギュアたち――





…小さい頃から大切にしてた


 ギリシャ神話の戦士みたいなソフビ人形。





スゴミは、むくりと起き上がった。






見慣れた、ワンルームマンションの一室。





――あれ、自分の部屋じゃん……






夢だったのか?





どこからどこまでが?





そんな考察も、選挙カーの『まるやまけいと』の連打にかき消された。






「はあああ」






気の抜けた現実に、どっと疲れ




肩をぐったりと落とす。







その時だった。




ピーンポーン。






部屋中に電子音が鳴り響く。




自宅のチャイムの音。







あれ?なんか通販頼んでたっけ?






スゴミは、ゆっくりと玄関へ向かった。






夏の夕暮れの蒸し暑さ。





なのに、玄関のドアノブはひんやりと冷たさを主張した。






ゆっくり扉を開けようとした瞬間、






外から扉が引かれる。




スゴミは思わず手を離した。









「あら、平気そうね」




無愛想なトーンの挨拶。




白い足が、玄関を占有するかのように揃っていた。




そこに立っていたのは――




黒髪で、無愛想で、目つきの悪いあの女。






アルハだ。




彼女は、出口を塞ぐように、立っていた。





夢でも見ているのかと、冷や汗がぶわっと噴き出す。




「何故ここに……!」




「ちょっと、お話があるのよ。」




淡々と、そう言いながら、靴を脱ぎ始めている。




目の前の女子が部屋に上がり込もうとしている。






衣擦れの音、甘い香りに、脈拍は早まるのを感じる。






「…で、お話って、なんすか!!」





アルハは靴を脱ぐと、さも当たり前の様に、部屋に入った。





「ちょ、ちょっと……!?」





声にならない声を漏らしながら、スゴミは慌てて後を追う。





「なに勝手に入ってるんすか!!」





振り向きもせず、呆れた口調でアルハは返した。





「幼なじみの部屋だもの、勝手に入るでしょ。」








「……は?」





知らない。






小二でイジメにあった。




それから9年間も学校にも行ってない。




幼なじみなんているはずがなかった。






ふと下駄箱の上に目をやる。




そこには――飾った覚えのない写真があった。






中学の学ランを着て、笑顔でピースしている自分と、




無愛想な顔でピースだけ作り、そっぽを向いているアルハ。







スゴミは、硬直した。




そんな写真、撮った記憶はない。




というか――





中学、行ってないはずなのに。






慌てて部屋へ駆け込む。





「アルハさん、君はいったい何……」





言い切る前に、最悪の情報が視界に飛び込んできた。





部屋の奥、床に散らばったガラス片。




ピッチャーマシンの豪速球でぶち抜いたみたいな




派手な割れ方をした窓。






「おいこれ!」





またもや言い切る前に、さらに最悪な情報が更新される。








悠然と空に浮かんでいた






――あの逆三角のピラミッド。







天使さんが降りてきたと言う、黒い空中要塞。






遠くの空を、占領していた。








夢では、ない。






ではこれは……?







続いている。






ここは僕の部屋なのに……





まだ、続いている。




質問したいことは山ほどある。





だが、整理が追いつく前に質問が飛んでくる。




先に話し出したのは――アルハだった。







「で…さ、 君さ……なんで逃げたの?」








「なんで逃げたの…って」





天使さんの声が、耳に残っている。





――スゴミ君!! 不思議だね! 女の子置いて逃げるなんて!!








「…いや、逃げるでしょ…」




肯定、正当化、そうしなければ自分は…




「いきなり空から来たとかいう天使に襲われてさ!


 また突然あんたが現れて、いきなり殺し合い始めてさ!


 浮いてたの、自分だけじゃないっすか!




 なんで二人して、僕の玉なんか見たいんすか!!」






アルハの目がきつく睨む。




「本当に持って無いの?」





「あっても見せませんよ!!」





「じゃあ次は逃げないって約束出来る?」





質問形式だけど、質問ではなかった。





その目が、『 YES 』以外受け付けない




氷の刃の様だった。





スゴミは震え声で叫んだ。





「なんなんすかマジで……逃げますよ!


 何度でも逃げます!だって僕、関係ないですよね!!」





「……そう」





「やっとわかってくれましたか…」





無表情だったアルハの顔に




ほんのわずかに、悲しみの色が滲んだ。






その表情の意味は分からず、スゴミは一瞬息を呑む。





アルハは流れるように、スカートのポケットから


静かに彫刻ナイフを取り出した。








そして、冷たく告げる。








「――じゃあね、スゴミ君。」




アルハが一歩踏み出した瞬間


スゴミは、首に激痛が走るのを感じた。




目の前に鮮やかな赤いラインが走る。




視界が揺れた。







「えっ……」




首を切られた。




皮膚が裂け、熱い血が吹き出す




――そんな感覚が、胸を圧迫する。








…が、実際には何も起きていなかった。




アルハのナイフは、鞘に納まったままだった。




スゴミは混乱して叫ぶ。






「なんすか!?」




目の前の現実に、思考が追いつかない。






だが、アルハは無言のままナイフの鞘を外し、それを床に落とした。





状況を整理する暇もなく、スゴミは本能的に後退しようとする。





背後は壁。





逃げ道は、アルハの立つ玄関方向のみ。






足を一歩





後ろへ――






またしても、首に激痛!




「うっぐぅうう」




声にもならない程のうめき、





頭の中に映像が鮮明に焼き付く。





一歩下がり、横一文字の切り払いを避けた。





その直後





息もつかせぬ二撃目。





喉元に、真正面から突き立つ刃。






――自分の喉に、ナイフが貫通する未来。





……しかし、それもまた実感のみ。





現実では、アルハのナイフはまだ構えに入ったところ。





左腰あたり、ちょうど横一文字を繰り出す予備動作。







―――来る!




この後、確実に殺意に満ちた攻撃が!




――これは、何だ?




予見? 未来視?




いや、そんなことはどうでもいい!






スゴミは一瞬で判断を切り替える。




正解の行動は……




スゴミは、一歩、踏み出した。






アルハがナイフを振り上げようとしたその瞬間





スゴミは手首をガシッと掴んだ。





反射的に、力の限り。





まるで抱きつくような体勢になったが、そんなことどうでもよかった。





手ごたえ、ナイフはまだ動いていない。





幻視のような痛覚も、今は感じない。





おそらく、これなら即座に殺されることはない。





今、わかるのはそれだけだった。






スゴミが必死に抗議する。







「な、なんて事するんすか!!」







アルハが冷静に返す。




「まだ、何もしてないけど」





「今、めっちゃ切ったり、刺したりしようとしてたでしょ!!」





「それは別にどっちでも…死んでくれればいいので。」





「いい加減にしてくださいよ! 僕が何したって言うんですか!」





「あなたは何もしなかった。だからあなたを始末する。」





「理屈がめちゃくちゃなんすよ!


 そんなんで人殺して、なにがしたいんすか!!」




「今から死ぬクズに説明するのも、だるいのよね。


 私にとって必要だから、とだけ言っておくわ。」






一瞬、アルハの目の奥が――光って見えた。





さっきまで体温と柔らかさを感じていたアルハの手首が





突如、冷たい重機のような硬さへと変貌する。





そして、無機質な動きで




ゆっくりと、確実に動き出した。






その変化に驚愕。




「えっ…!?」




全神経が、反射的にアルハの腕へと集中する。






ナイフを持ったその腕は





万力のように。





ジャッキのように。





ギリ…ギリ…と





一定の速度で、無慈悲に登ってくる。





まるでショベルカーと腕相撲をしているような理不尽さ。




「ちょっと、なんすか!コレェ!!」




「 説明不要 」




その目に、その腕に、明確に殺意が宿っている。




握ったままではどうにもならない。





しかし、あのいかれた天使さんとの戦闘を見ていた。




離せば、即座に斬られるのは確定。





腕を握り続けるしかない。




それ自体が延命措置だった。





アルハの腕は、首の高さまで上ると





止まった……






そして、次は機械のように水平に首に向かってくる。





着実に自分の命を、突き刺しに来ている。







「やめましょうよこんなのー!!」




「断ります。」






ナイフが首元へと近づくにつれ、スゴミはさらに力を込める。





だが、腕は痺れ、握力が弱まっていく。





スゴミは腕を掴んだまま、






一歩、二歩と後ずさった。





それは、命の後退。






狭いワンルーム、壁まであと1.5メートル。





その距離が、自分の命の残り時間。






「やだ…もう、帰りたい」




自分の部屋の中、もはや投げ捨てた言葉だった。


その願いも、アルハは抑揚も無く断ち切る。




「 今さら何処によ」






その時――





ふくらはぎに柔らかい感触。






ベッドだ






ベッドに足を取られ、アルハの腕をしっかりつかんだまま





ベッドに引っ張り込むようにして倒れ込んだ。





それが自分の寿命を縮めた。





自室のベッドの上、スゴミの上にアルハが覆いかぶさる形。





アルハのナイフを持つ右手はスゴミが両手で掴んでいる。






ナイフを持たない左腕は、スゴミの胸の外




右わきへと突き立てられ布団を抑える。




アルハの足はベッドのヘリ、スゴミの足と足の間にある。






ナイフは変わらず一定速度で向かってくる。






それを掴む両腕だけが、自分の命綱。






スゴミは、目に涙を浮かべた。




命の距離、残り――20cm。






「は、話しましょうよ… なにがあったのか…


 こんな何も知らないで死ぬの、嫌っすよ…」






魂の懇願。





時間的にも、これが最後の命乞い。





伝われと、届いてくれと





――ただ、願った。





「ダメよ、クズには言っても無駄なので。」


 


即答、無慈悲な言葉。






同時にアルハは、体勢をさらに低く




抱き着くように密着してきた。




アルハの甘い香りの黒髪が、鼻先をくすぐる…




…が、そんな事を喜んでる場合じゃない。






左腕はスゴミの脇奥深くまで差し込まれ





肘で胸を押さえつける。





膝の位置も微調整される。




白い太ももが、股をみっちり封じ込めてくる。






もう逃げ場はない。





後はナイフを運ぶだけ。


 






――そして。






首元に、冷たい感触が触れる。






頭を反らす、首が動いて1cmほど寿命が延びる。





彫刻ナイフの鈍い刃先が、首の皮膚をゆっくりと押し込んでくる。







その冷たさは、すぐに 熱さ へと変わった。






鈍い刃が、皮膚を突き破る。




プツッ




そして――






血の雫が、風船のように静かに、湧き出した。






「あああああああ!!」





絶叫が、部屋の中にこだまする。





生命が削られる音すら、聞こえてくるようだった。





痛い。





死にたくない。


 




力を込め続けた代償。




生命の危機に晒された緊張感の結果。




スゴミの顔は真っ赤に膨れ上がり、血管が浮き出ていた。





涙が、流れ落ちず、目の上に溜まる、視界はぼやける。





生物が死に瀕したとき、体に起きる反応。




長い進化の歴史の中で、生き残った者だけが磨き上げてきた生存本能。






今、それが暴走する。






まず起こるのは――アドレナリンの異常分泌。





筋力の上限を一時的に解放する





いわゆる「火事場の馬鹿力」




――鉄腕アルハの前では、焼け石に水だった。


 





アドレナリンは同時に、脳の異常な活性化を促す。




生き残るために、生き延びるために。




脳がすべての情報を高速処理し始める。




時間がスローモーションになり


過去がフラッシュバックし


生へのヒントを模索する。『走馬灯』




スゴミが見たのは…




アニメとゲームに浸かった日々




自室、自室、自室......




そして…




天使さん...綺麗だったな...




それだけだ、意味はない。






感覚が鋭敏になる。『超感覚』





上を見れば天井。





夕暮れの光がうっすらと差し込む、薄くオレンジに染まった景色。





昼間の暑さを残した部屋の中。





遠く、外ではセミが鳴いている。





ミーンミンミン……





自分の上に覆い被さっているのは――




さっき出会った女子高生、アルハ。






無愛想で、残酷で…




鋭い目をした女。





けれど、顔立ちは整っていて、艶やかな黒髪に白い肌。





もみ合いの中で乱れた呼吸





鼻先をくすぐるのは、ふわりと香るシャンプーの匂い。




 




ナイフは皮膚を破り、筋肉を押し込んでくる。







…激痛。





視線を下にずらせば…




スカートの奥から伸びる、しなやかな脚。




太ももが、股下に密着して押し込んでくる。






柔らかい。





あまりにも、柔らかい太もも。










――なにを考えているんだ自分は。




死の間際だというのに。


 


だが、それは一つの生理現象だった。




生にしがみつく、遺伝子の悲鳴。


命は最後まで命を求める。




死に際ですら、命を残そうとするように。


自死しても、尚、命を繋ごうとする本能。







―――脳が、壊れた。





ぐいぐいと押し付けられる太もも。






ここはベッド。





状況があまりにもそれっぽい。




考えるな…




「あっ」




痛い。






苦しい。





怖い。





無理。






……でも






アルハは…





透き通る瞳





密着した体





いい匂い。





太もも






太もも...





ぐにぐに…





押し上げられる





持ち上がる




男の生存本能




...全身を駆け巡る


    ――男のパワー!!!


《OH YES!! STRONG!! BANANA!!!》






唐突に脳内を貫いた、謎の絶叫。




筋肉ムキムキのバナナの王様が妄想を支配。




光り輝くポーズをキメている。




「誰だお前ー!!」




あまりにも『イタイ』


その発想に至った事自体が、スゴミにとって最大の屈辱であった。






「こんなのが、最後に見る光景でたまるかよ―――!!」






必死にツッコミを入れながら、スゴミは――




ありったけの力を込めた。





…つづく。

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