第2話 見守る者達
『うらぁっ!!』
『相変わらず動きが鈍いわね! こっちよ!』
ソフィアが操縦する模擬戦用ヴァルキリーが、イグニスが繰り出した斬撃を軽い身のこなしで躱していく様子が中継されている。
二人が所属しているクラスの生徒達が食堂に集まり、備え付けられている大型モニターの前で戦いの行く末を見守っていた。
「なぁ、カイル。お前はどっちが勝つと思う?」
「俺はソフィア一択かな。操縦センスだけならイグニスの方が上だと思うけど、パイロットとオーブのシンクロ率が低すぎる。ヘリオスは?」
ヘリオスと呼ばれた細身の男子生徒は大型モニターを見ながら「お前と同じ見解だよ」と苦笑いした。
「イグニスには天性の才能があると思ってる。現にオーブを使わないシュミレーター訓練だったら、ソフィアよりも良い成績だしな。今のイグニスに最新型のヴァルキリーを与えたとしても、あれだけオーブとの相性が悪いんじゃ、壊れかけのロボットみたいな動きになるだろ」
人型軍用兵器であるヴァルキリーを動かす為には、パイロットがオーブとシンクロしなくてはならない。
オーブとのシンクロ率が高ければ高い程、自分の手足のようにヴァルキリーを動かす事ができるといわれているが、現時点でイグニスのシンクロ率は19%に対して、ソフィアのシンクロ率は88%。
最後までやってみないと勝敗が分からないというが、これでは上手く立ち回ったとしても結果は目に見えていた。
「お、今日も元気にやってるねぇ。またイグニス君とソフィア君の組み合わせかい?」
この学校の教職員であるマリウス・焔・イクシードは持参したであろう弁当の袋を持って、カイルとヘリオスがいるテーブルに着席した。
マリウスは男性にしては中性的な顔立ちをしており、それもかなり美形の部類に入る。
ぱっちり二重の淡い緑色の目に形の良いキリッとした太眉。パサついて毛先がはねた金髪をハーフアップにして纏めているので、生徒の見本にならない! と一部の男性職員に陰口を叩かれているようだが、本人は特段気にしていない様子だった。
「あ、はい。いつものようにイグニスがソフィアに勝負をふっかけたみたいです」
「この二人、本当に仲良しだよねぇ。いつも何を賭けて試合をしてるんだい?」
何も知らないマリウスが率直に質問を投げかけると、カイルとヘリオスはとても言いづらそうな表情に変わった。
「めちゃくちゃ簡単に説明すると、イグニスはお金に困ってて」
「ソフィアはイグニスに料理を作ってほしいみたいです」
それぞれの賭けの内容を聞いたマリウスは数秒間、無言になった後で「……え、料理?」と聞き返していた。
「はい……。なんかソフィアの奴、イグニスがこの前の実習で作った非常用の携帯食が気に入ったみたいで」
「イグニスもイグニスで勝負に負けても料理を作るだけならって、何度もソフィアに勝負をふっかけるようになったんです」
話を聞いたマリウスは「へ、へぇ……そうなんだ……」と苦笑いになる。どうやら、教職員の立場としては、かなり複雑な心境になってしまったようだった。
『ちょっ、焼夷弾を使うなんて聞いてないぞ!? 俺をヴァルキリーごと丸焼きにするつもりか!?』
『心配しなくても火薬を調整した焼夷弾を使ってるわよ! それより、いつまで隠れんぼをしてるつもりなのかしら!?』
アラート音がコックピット内に鳴り響く。
熱が急激に上がっていくのを感じたイグニスは、考え抜いた末に近接用装備である長剣を装備し、威嚇射撃が止んだ頃に飛び出していった。
『これでもくらえ!!』
イグニスが手にしていた長剣を頭上から振り下ろした。しかし、やはりシンクロ率が低いせいなのか、かなり動きが鈍く見える。
その隙を待っていたのか、ソフィアはニヤリと笑みを浮かべ、迎撃体制に入った。
『隙だらけよ!!』
ソフィアは空になった銃をイグニスに投げ付け、腰に携帯していた長剣を手にした。その勢いのまま剣先をイグニスが乗るヴァルキリーの首元へ深く突き刺し、蹴りを入れて華麗に飛び上がる。
『う、うおぉぉ……あだぁ!?』
イグニスが乗っていた模擬戦用の機体は派手に倒れ込んでしまった。
その際に操縦桿を手放してしまったのか、オーブからのエネルギー供給が止まり、ヴァルキリーは完全に沈黙してしまう。
モニターにはソフィアの名前の下に『WIN』と大きく表示され、食堂にいたAクラスの生徒達は予想通りだというように顔を見合わせていた。
「……やっぱり、イグニス君に普通のオーブは合わないか」
大型モニター越しに模擬戦の一部始終を見ていたマリウスは、誰にも聞こえない声で独り言を漏らしていた。