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深海のセイレーン

作者: 古数母守

「歌が聞こえます。誰かが海の中で歌っています。これは噂の魔女に違いありません。セイレーンが出現しました」

「どこからだ?」

「方位1-4-0からです。あっ、発射音です。魚雷が向かって来ます」

「回避」

「だめです。避け切れません」


 我が海軍の誇る新鋭潜水艦伊七七八が消息を絶った。この海域で行方を絶った潜水艦はこれで十隻になる。この海域を通った艦は必ずと言っていいほど「歌」を聞いている。ドイツ語の歌らしい。乗員たちはセイレーンが現れたと言って恐れている。美しい歌声で船乗りを惑わせて遭難させるという神話上の生き物。オデュッセウスの一行も彼女らの棲む海域を通る時に大変な目に遭ったと言われている。だが、現代に魔女や化け物が存在するというなら是非ともお目にかかりたいものだ。おそらく敵の最新兵器と考えて間違いないだろう。


 これ以上、被害を拡大させないための対策として、対セイレーン用兵器を搭載した潜水艦伊八七八が建造された。神話では、セイレーンの歌声を圧倒する美しい音楽を奏でたのがオルフェウスの竪琴とされている。伊八七八にはこれに因んだ最新兵器『オルフェウスの竪琴』が搭載されている。

「いよいよだな」

「ようやく仇を取る時が来ました」

私たちは、半ば任務のために、半ば仇討ちのために、セイレーンの棲む海域へと向かった。失敗は許されない。沈められた艦には海軍兵学校の同期も乗っていた。戦死を知らせに同期の住んでいた家を訪れたことを思い出す。まだ小さな子供たちは父親が死んだことを理解できないようだった。彼らにはまだ、死という概念は理解できないのだ。遠くに行って、まだ戻っていないくらいにしか考えていないのだ。そんな小さな子供たちの姿を思い浮かべると涙が込み上げて来るのだった。

「セイレーンは現れるでしょうか?」

「奴は必ず来る」

私たちは静かに海中を進んでいた。鉄でできた棺桶のような狭い潜水艦の中で息を潜めながら、魔物との対決に備えていた。

「歌が聞こえて来ます。美しい声で女が歌っています」

その歌は付近一帯に響き渡っていた。歌に聴き入り、その場で固まってしまう乗員が続出した。戦闘意欲を削がれてしまっている。このままではまずい。

「オルフェウスの竪琴を発動せよ!」

オルフェウスの竪琴が発動した。美しい琴の調べが海中に響き渡り、セイレーンの歌声を圧倒した。乗員が我を取り戻した。よし、これでいける。そう思った瞬間、大音量の歌声が私たちに襲い掛かって来た。

「セイレーンの音量が増しています。ものすごい出力です」

敵はこちらを圧倒するつもりでいた。なめるなよ。

「こちらも出力を上げて応戦せよ!」

オルフェウスの竪琴を最大出力で稼働するよう指示を出した。これでダメなら、やられてしまうかもしれない。いや、ダメだと思ったら負けてしまう。最後まで諦めてはいけない。しばらくの間、交戦状態が続いた。双方が出力を上げた結果、鼓膜が破れる程の音が海域に広がっていた。美しい女の歌声も竪琴の調べも、音量が過ぎればただの雑音になった。私たちのやっていることは限度を超えていた。すると突然、艦に衝撃が走った。何かがぶつかったようだった。敵艦か? あるいは僚艦が近くにいたのだろうか? そう思った瞬間、次の衝撃が来た。艦内では乗員が吹き飛ばされていた。いったい、何が起こっているのか? このままやられてしまうのか?

「艦長、セイレーンの声が小さくなっていきます。このまま海域を離脱するようです」

どういうことだ? このまま攻め続ければやつらの勝ちだというのに。

「こちらも離脱する。オルフェウスの竪琴は出力を停止せよ」

そして私たちは激戦のあった海域を離脱した。


 セイレーンとオルフェウスの去った海域では、求愛行動を妨害されたことに憤り、潜水艦に体当たりを敢行したオスのザトウクジラが愛するメスを喜ばせるための新しい音階を試していた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かったです。 潜水艦のソナー音がクジラに被害を与えているとかいう記事を見たことあるのですが、このクジラは根性がありますね。
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