流されて
俺は死に物狂いで働き、とにかくありとあらゆる節約をし、金を貯めた。
そして長年の夢だった豪華客船の世界一周旅行に出かけた。
もちろん、一番安いコースで。それでも数百万円も支払ったが。
豪華客船なのは確かだが、俺の客室は本当にここが客室かと思うような狭さと汚さ。
他の客の大半はセレブで、キラキラした連中ばかり。
そんな中で、ヨレヨレの開襟シャツにジーンズの俺は異質だった。
部屋は汚かったが、食事はセレブ達と同じだ。
但し、大変な疎外感だ。
俺が手をつけた食器は、あからさまに避けられ、酷いのになるとウエイターに交換を要求する奴すらいた。
腹が立ったが、そんなことで争っても仕方がないと思い、何も言わずに食う事に専念した。
夜も更け、俺は部屋に戻り、狭くて寝心地の悪い簡易ベッドに横になった。
うつらうつらとし始めた時だった。
轟音がした。
俺は仰天して飛び起きた。
小さな丸窓から外を見た。
暗くて何も見えなかったが、船のどこかが爆発したようだ。
何があったのだろう?
俺は着替えずに寝ていたので、すぐさま廊下に飛び出した。
遠くで女性の悲鳴のような声が聞こえる。
男達の怒鳴り声もだ。
やがて廊下の向こうから黒煙が迫って来た。
やばい!
俺は荷物を取りに戻り、煙と逆の方向に走った。
しかし、そちらもすでに煙と炎で塞がれており、身動きがとれない。
俺は少し戻り、狭い階段を駆け上がり、甲板に上がった。
すでにそこは避難して来た連中で溢れていた。
連中の話を聞いていると、どうやら乗員は先に救命ボートで逃げたらしい。
何てことだ! このままではこの船と運命を共にするしかない!
俺はデッキの端に駆け寄り、救命ボートを探した。
何艘かは他の連中が動かし、海上に浮かんでいた。
置いてきぼりを食わされてたまるか! 傍らの救命胴衣を着込んだ。
俺は決死のダイブをし、近くにいたボートにしがみついた。
あろうことか、そのボートに乗っていた男共が、俺を突き落とそうとして来る。
俺は抵抗し、何とかボートに乗り込んだ。
しかしそれで終わらなかった。
なおもその「先客」達は俺に攻撃を仕掛けて来た。
俺はそいつらとしばらく揉み合っていたが、突然襲って来た大波にボートが転覆し、俺達は全員海に投げ出された。
どれほどの時が経ったのだろう?
俺は目を覚ました。
周囲を見渡した限りでは、俺は島に流れ着いたようだ。
しかし、その島は全景が見られる程度の小島で、潮位が上がれば沈んでしまいそうな所だった。
俺の他に誰も流れ着いた者はいない。
あいつらは全員助からなかったのか?
俺は争った相手とはいえ、悲しみがこみ上げ、思わず黙祷した。
「そうか。全員救出にはならなかったか」
船長は肩を落として呟いた。船員の一人が、
「順番を待ち切れずに海に飛び込んだ、三等室の方のみ行方不明のままです」
「そうか」
「時間的に考えて、絶望的かと」
船員の言葉にそこにいたクルー全員が押し黙った。
漂流してから一週間。
未だに助けは来ない。
俺はもう魚は飽きた。
野菜サラダが食いたい・・・。
ああ。できれば夢であって欲しい・・・。