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85話 大人の購買所・後

「あ、その……」


 気まずい相手だ。

 彼女の姉であるサンダーファントムは、くるみを守ろうとして死んだ。

 くるみに責がある訳ではない。

 だが何を言えばいいのか分からなかった。


「スノーラビット殿は何も悪くないでござるよ」


 彼女は特に気にする様子もなく『絶対に妊娠できる薬』を元の場所へと戻した。


「この薬は、妊娠ができる身体になるまでは触れられないでござる」

「妊娠ができる身体って……」


 だからさっきの女の子はこの薬を手にすることができなかったらしい。

 だが、その条件であれば、さっきの女の子も早くて数年の内に薬を買えてしまう。

 下手をすれば小学生の間に買えてしまう可能性もある。

 『絶対に妊娠できる薬』の効果は、その薬を飲んで24時間以内に、妊娠したいと望んだ状態で性行為をしたとき、確実に妊娠するというものである。

 恐ろしいことに、男側が避妊をしていようが問答無用で妊娠する。

 油断して手を出した瞬間に人生の墓場に突入するという訳だ。

 小学生の女の子と出来ちゃった結婚をさせられそうになっている名前も顔も知らぬお兄さんに、くるみは同情した。


「でも、その条件でいいのかなぁ? 早くないですか……?」

「ノーコメントでござる」


 くるみの疑問はもっともだ。

 この薬を使えば10代前半でも容易く妊娠できてしまう。

 妊娠が可能というだけで、まだ未熟なこどもである年齢だ。

 社会的なリスクもあるし身体面のリスクも大きい。


 魔法少女から生まれたこどもがどう育つか。何らかの魔法的な力を持つのかどうか。『魔女』として研究すべきことだ。

 であれば、その母数が増えれば増えるほどいい。

 だからコガレは魔法少女がこどもを作ることを推奨しており、多少の倫理観は無視していた。

 社会的なリスクも身体的なリスクも、彼女の魔法と財力や権力があれば全てほぼゼロにできる。適齢期に出産する一般の女性よりも、10代前半で出産する魔法少女の方があらゆるリスクを低く抑えられるのだ。


 大儀名分もあるし、リスクもない。

 そしてコガレが主張している。

 となれば、構成員の多くがコガレ信者である『魔女』という組織が否定する理由はどこにもなかった。


(コガレちゃんって……ちょっとヤバい人なのかな?)


 古井コガレ(あるいはレティシア)はウラシマとは別の意味で恐ろしい人間だ。くるみは彼女に対して、少し警戒心を抱いた。


「拙者の目的はこっちでござる」


 選んだのは別の――ある意味正反対の薬。

 『絶対に妊娠しない薬』だ。

 薬を飲んでから24時間以内に性行為をした場合、絶対に妊娠しないらしい。


「わぁ」


 くるみは赤面した。

 その薬を買うということは、こどもを作るためではなく、性行為自体を目的とした性行為をすると宣言しているに等しい。

 確実性が違うだけで、意味合いとしては一般の避妊具や避妊薬を購入することに近く、別に普通のことなのだが、未経験のくるみにとってはとても破廉恥なことに思えた。


「年上の男を誘惑して言うことを聞いてもらうでござるよ」

「も、もしかして――ウラシマさん!?」


 強力なライバル出現だ。

 くるみは焦る。

 彼女の姉・サンダーファントムは、元国民的アイドルだ。

 妹である彼女も姉に劣らぬ美少女である。

 なぜか忍者キャラを貫こうとしているため普段は三枚目感があるが、黙っていればかなりの逸材だ。


「安心するでござる。拙者の相手はウラシマ殿ではないでござる」


 本当だろうか。くるみは怪しむ。

 ウラシマは魔法少女たちにとっての救世主だ。

 彼を狙う者は多い。

 一緒に越山ドームに潜った彼女であれば、尚更ウラシマを好いていてもおかしくはない。


「ウラシマ殿に使う薬を探しに来たのでござるか?」

「えっ――!?」


 図星である。


「拙者に任せるでござる」


 勝手知ったる我が家と言わんばかりに、サンダーファントムが自信満々に先導する。

 彼女が立ち止まったのは媚薬が並べられているコーナーだ。


(当たってるー!?)


 くるみは、ウラシマを発情させるための媚薬を買いに来た。

 その目的を完全に見抜かれているようだ。


「ウラシマ殿に使うのであれば、これがいいでござるよ」


 くるみはサンダーファントムから渡された薬を手に取った。

 その媚薬は無味無臭であり、男性が飲めば発情する。しかも魔力が高い者ほど発情するらしい。

 今のくるみのためにあるような、完全にウラシマを狙い撃ちにしたような商品である。


(これを使って絶対に添い遂げてみせる!)


 ウラシマはヴェノムの脅威がなくなるまで、くるみに手を出す気がない。

 普通にしていたら絶対に手を出してこないだろう。

 だがそれではダメなのだ。

 ヴェノムが消えればくるみも消える。

 その未来が近いうちに、しかもほぼ確実に訪れるとくるみは思い込んでいる。

 その前に、せめて一度でいいから抱かれたいと思った。

 だからくるみは媚薬という禁じ手を使うことを決意したのだ。


「最近になってよく売れているらしいでござるよ」


 その目的ははっきりしている。

 ウラシマだ。

 くるみと同じように、ウラシマを狙う魔法少女たちが購入したのだ。


「他の魔法少女から差し出された飲食物は口にしないように注意しないと……!」


 くるみや瑞樹のいないところで、ウラシマが魔法少女と会う機会はほとんどない。

 だからそう簡単にウラシマが襲われる心配はないはずだが、注意するに越したことはないだろう。


(ヤられる前にヤる!)


 泥棒猫たちの気配を感じ、くるみはより一層の覚悟を決めて、媚薬を手にとった。


「こっちも買っておくでござるか?」


 サンダーファントムが差し出してきたのは『絶対に妊娠できる薬』だ。


「えっと……大丈夫です」


 その覚悟はなかった。

 そもそも妊娠しているときにくるみが消滅すれば、折角宿したこどもがどうなるのか分からない。


「じゃあこっちでござるか?」


 今度は『絶対に妊娠しない薬』を差し出される。


「……大丈夫です」


 妊娠する意志がないのであれば飲んでおいた方がいい。

 普通の避妊グッズと違って確実に避妊ができるのだ。

 飲まない理由なんてどこにもない。

 でも明確な理由がある訳ではなかったが、飲みたくないと思ってしまった。可能性をゼロにはしたくなかった。


「ふ~ん、そうでござるかぁ」


 サンダーファントムがニマニマと笑っている。

 くるみは完全に弄ばれていた。

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