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8話 謎の化け物

 逃げてくる人々の合間を縫って急いで橋へと向かう。

 彼らの戸惑う様子は尋常ではない。まるで何かの化け物に遭遇したかのようだ。

 橋の下、段ボールハウスがある場所へとたどり着き――


「なっ!?」


 源さんが化け物に襲われていた。

 その化け物は巨大なタコのような軟体生物だ。濃紫色の巨体がウネウネと動いていて気持ちが悪い。全身が柔らかそうな見た目をしているにも関わらず、その化け物の触手は源さんの腹を貫いていた。


「源さん!」


 触手によって源さんの身体が持ち上がっていた。俺の声に気がついたのか、源さんがこちらを見る。


「に、逃げるんだ……ごふっ」


 口から血を吐きながら、逃げるように言う。

 触手が抜き取られる。源さんの身体は地面に打ち捨てられた。


「くそッ!」


 勇者として培った身体能力を活かして、化け物に近づき蹴り飛ばした。

 巨大な軟体動物は対岸まで吹き飛んで橋の柱にめり込む。柱には大きくヒビが入った。

 

 やりすぎたかもしれない。

 橋が崩れたりしない……よな?

 今すぐ崩れる様子はなかったので、とりあえず放っておこう。

 俺にはもっと優先すべきことがある。


「何があったんだ?」


 倒れた源さんの上半身を起こして、腕で支えながら尋ねた。


「分か、らない。急に、あの化け物、が、現れて……」


 息絶え絶えだ。

 あっちの世界には回復魔法も存在する。自然治癒力を強化して傷を治す魔法だ。

 でも源さんの傷は既に致命傷だった。ここまで傷を負ってしまえば、レティシアのような使い手ならばともかく、俺の回復魔法では治すことができない。


 くそ!

 勇者としての能力はこういうときに限って役にはたたない。


「仕事はどうだった?」

「上手くいったさ。活躍が評価されて給料も多めに貰った」

「良かった」

「一緒に飲もうと思って酒を買ってきたんだ」


 袋に入った日本酒の瓶を源さんに見せる。

 きっと源さんと楽しく酒を交わすことができたはずなのに、どうしてこんなことになってしまったのか。


「それは嬉しいなぁ。僕なんかのためにお酒を買ってきてくれるなんて。一口貰えるかい?」


 重傷を負った者には酒をあげるべきではない。でも、既に源さんはそういう段階ではなかった。

 もう手遅れだ。彼に残された時間はあと僅かだ。せめて源さんの希望を叶えてあげよう。

 俺は頷きながら酒瓶のフタをあけて、源さんの口にあてて瓶をゆっくりと傾ける。


「美味しいなぁ」


 源さんは穏やかに微笑みながら、その息を引き取った。


「源さん……」


 こっちの世界に戻ってきたばかりの俺に、何も持たない不審者だった俺に、手を差し伸べてくれた。

 無理矢理こっちに戻されて不貞腐れていた俺は、源さんのお陰で、こっちでも前向きに生きていこうと思えるようになれた。


 最期に飲んだ酒は、彼への手向けとして十分なものだったのだろうか。余り高い酒を買っても遠慮されてしまうと思って安い酒にしたのだが、もっと高い酒を買っておくべきだったと思う。


「穏やかに眠ってくれ」


 源さんの開いたままの目を閉ざす。

 立ち上がって振り返ると、化け物の姿が目に入った。

 柱にめり込んでいた化け物が動き始めている。どうやら先ほどの蹴りでは倒せなかったようだ。


 ちょうどいい。源さんを殺されたことに対する怒りをはらせる相手だ。そう簡単にくたばってもらっても困る。

 川を跳び越えて、化け物に上からかかと落としを決めた。身体が大きくへこみ、化け物は動きを止める。


「やったか?」


 化け物はまたすぐに動き始めた。俺のことを恐れたのか、全ての触手が同時に襲いかかってくる。

 触手たちを避けながら一本の触手を掴んで手刀で切り落とす。

 しかし――切り落としたはずの触手はすぐに再生する。


「再生能力か? いや……違うな」


 あっちの世界で様々な魔物と戦った。再生能力のある魔物もいたが、こいつはそういうタイプではないだろう。再生したとき特有の、エネルギーの消費が感じられない。


「物理攻撃ではダメージを与えられないタイプか」


 似たような魔物と戦ったことがある。

 どれだけ強い威力の攻撃であろうと、単なる物理攻撃では一切ダメージを受けない魔物だ。物理法則を無視したような存在ではあったが、対処方法は簡単だ。

 物理攻撃ではない攻撃、つまりは魔力を用いた攻撃をすればいい。

 こっちの世界で魔力を使うことには抵抗があったが、こんな化け物もいる以上は仕方がないだろう。

 手に魔力を宿し、先ほどと同じ要領で触手を切り落とした。


「――!」


 化け物が悲鳴をあげる。その声には痛みと焦りが宿っていて、俺の攻撃が有効打となっていることを示していた。

 切り落とした触手は透明になって消えていく。そして根元側の触手も再生する様子はない。


「どうやら効いてるみたいだな」


 完全に俺を脅威とみなしたらしい。

 化け物は俺から距離をとった。離れた位置からこちらに敵意を向けてくる。


「【サンダースピア】」


 右手に雷槍を作り出した。

 【サンダースピア】は雷属性の魔力を槍の形に凝縮したものだ。槍からは魔力が溢れ出て発光していた。傍から見えれば稲妻があたりに飛び散っているかのようにも見えるだろう。


「これは源さんの怒りだ」


 雷槍を投擲した。

 その槍は一直線に化け物へと向かう。

 化け物は槍を危険とみなしたらしい。触手を集めて壁にすることで防ごうとしている。


「その程度の守りは意味がない」


 かつて俺は勇者として与えられた力に驕っていた。異世界に来て3年経った頃、その驕りが原因で手痛い敗北を喫する。その後死の淵から蘇り、死に物狂いで鍛えなおした。そしてついには魔王を討ち果たした。

 魔王を倒した元勇者の俺の攻撃が、そんじょそこらの化け物程度に防げるものか。

 槍は触手を貫通し、化け物の本体に突き刺さった。


「せめてもの慈悲だ。一気に仕留めてやる」


 源さんを殺した相手だ。恨みはある。

 ただ、それでも生き物を無意味にいたぶる趣味はない。相手が謎の化け物であったとしても変わらない。


「【スパーク】」


 槍の形をした雷属性の魔力の塊。凝縮して押しとどめていた魔力を一気に解放する。

 化け物の全身が感電によって小刻みに震えた。これはただの雷ではない。この俺の魔力を帯びた雷だ。あっちの世界でも耐えられる魔物は多くない。

 化け物も耐えることはできず、その身を黒焦げにしたて倒れたかと思えば、やがて透明になって消えていった。


「消えた……」


 異世界の魔物は倒したら死体が残る。人類は魔物の死体で使える部位を、主に食料として再利用してしぶとく生きてきた。食料不足だったのだ。毒じゃない限りは魔物の肉を可能な限り食べていた。

 魔物=肉という考えがあったから、倒した化け物が消えてしまうと少し物足りなく感じる。


 この化け物はどちらかと言えば妖精に近い存在なのだと思う。肉体はあくまでおまけで、その本体は魔力の塊だ。だから物理攻撃は意味をなさず、魔力による攻撃しか効かなかったし、その命が消えれば肉体も消える。


「さて、と」


 源さんを改めて丁寧に弔った。

 そして収納魔法を使用し、アイテムボックスから仮面を取り出す。この仮面は異世界で顔を隠すときに一時期使っていたものだ。

 無地の灰色で何の模様もなく、視界を遮らないように目の部分に切れ目をいれただけのシンプルな仮面だが、個人的には結構気に入っている。

 仮面を被りながら気合を入れた。


「化け物狩りの始まりだ」

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