49話 越山ドーム修復戦・前
埼玉県越山市。
元々俺は島根県に住んでいたから縁も所縁もない場所だ。名前すら聞いたことがない。
俺が異世界に召喚された後、越山には国内でも随一のショッピングセンターができたらしい。関東圏ではもちろんのこと、全国的にその名前が知られるように発展した場所……だったそうだ。
「でかいな」
俺たちは『魔女』の魔法を使い、越山に隣接する市にある地下鉄の駅に降りた。
地上に出れば、離れた場所にあるドームが目に入る。
ドームという単語を聞いて、東京ドーム程度のものを勝手に想像していた。
だが実際には全く規模が違っている。
それは桁違いに大きく、小さな市町村であればすっぽりと覆ってしまいそうなほどだった。
「これだけの規模を隠蔽しているのか」
越山市はその存在を抹消された。
ドームを中心として、その周囲は立ち入り禁止になっており、廃墟が広がっているらしい。
近隣の市に住んでいる人々は、毎日ドームを目にしているにもかかわらず、その異常を認識していない。
「気にくわない?」
グリーングラスが少し離れた場所から聞いてきた。
彼女が距離を取っているのは事情がある。
『魔女』からこっちに移動するとき、女性専用車両に乗ることが憂鬱だった俺に対して、彼女は認識阻害の魔法を使ってくれた。そのことに感激した俺が思わず彼女を抱きしめてしまったからだ。
何でも卒なくこなす大人の女性だと思っていたが、どうやら男にあまり免疫がないらしく、それから距離をとられるようになってしまった。
全面的に俺が悪い。
「隠せば歪みが生まれる。いずれ破綻するときが来るぞ」
「ヴェノムのことが、魔法少女のことが公になってしまったら、私たちはどうなると思う?」
ヴェノムは魔法少女にしか倒せない。
そのことが明らかになれば、きっと魔法少女にとっては地獄だ。
もしかしたら兵器として扱われるかもしれない。
そうでなくとも、ヴェノムによって被害が出れば多くの人々に誹謗中傷されるはずだ。
「魔法少女は人間よ。その尊厳を奪われるような未来なんてごめんだわ」
「そうだな……」
勇者とはすなわち、魔王を殺すための兵器だった。
レティシアや親しくしてくれた者たちはともかく、それ以外の者にとっては俺はただの兵器だった。
そこに人間としての尊厳はなかった。
くるみちゃんたちが同じような目にあうのは許せない。
「今はホーリーガールのお陰で魔法少女たちの環境が大幅に改善されたの。戦いたくなければ戦わないことも選べるし、戦えばそれに見合った報酬が与えらえる。最低限の尊厳は保てていると思う」
彼女がホーリーガールを語るときの目には覚えがある。
あっちの世界ではよく見かけたもの。それは――崇拝だ。
話で聞く限り、ホーリーガールが現れる前の魔法少女たちの状態は酷いものだったという。
それを救った彼女が、初期の頃から戦っていた者たちに崇拝されるのは当然のことなのかもしれない。
「嘘をつけば、その嘘を隠すために更なる嘘が必要になる。分かっているのよ。でもヴェノムの脅威がなくならない限り、私たちが陽の目を見ることはない。いえ、見せてはいけないの」
グリーングラスはドームを睨みながら拳を握りしめて、屈辱に耐えるように身体を震わせていた。
「なぁグリーングラス」
彼女は『初代組』の一人であるという。
ヴェノムが現れ始めた頃から戦っているのだ。きっと誰よりも悔しい思いをしてきたのだと思う。
「ヴェノムのことも、魔法少女のことも、明らかにすべきだ。みんなを守るために頑張ってきたことまで隠されて、なかったことにされるなんて悲しいことだ」
想いは受け継がれなければならない。
なかったことにするのは彼女たちに対する冒とくだ。
「それでも……無理なの」
「今のままでは難しいことは分かる。だから、俺がヴェノムを倒す」
一つ、心に決めた。
俺はドームに向かって宣言する。
「特異級ヴェノムとやらがどれほどのものか分からない。だから今日は無理をせず修復に専念しよう。だが時がきたら、俺が必ず倒す。ヴェノムの脅威をなくしてみせる」
特異級ヴェノムの打倒。
きっと魔法少女たちの、『魔女』という組織の悲願だ。
彼女たちだけではそれを成し遂げられず、ドームという囲いを作って時間稼ぎをしている。
「あなたは……」
だが何の因果か、ここには俺がいる。
どれほど強大な敵であろうと倒してみせる。
そうすればくるみちゃんたちが戦いに明け暮れる必要もなくなる。
うら若き女子高生の平和な日常を取り戻せるはずだ。
「どうか、どうかお願いします!」
グリーングラスは感極まった様子で泣きながら頭を下げた。
◆
俺とグリーングラスとウォーちゃんはビルの屋上で戦場を眺めていた。
遠くに見えるドームの亀裂からはヴェノムが溢れてくる。無数のヴェノムたちはまるで蟻の群れのようだ。
その蟻たちはほんのわずかな魔法少女たちによってせき止められている。
100にも満たない数だ。ヴェノムの数と比べれば月とスッポンだ。
だが彼女たちの奮闘で戦線はなんとか維持されている。
「あの2人は?」
特に目立つ2人が亀裂を挟んで左右に分かれている。
彼女たちを中心にして他の魔法少女たちも戦っているようだ。
「アイスシールドとサンダーファントムよ」
その名前が示す通り、左側で巨大な氷の盾を作り出して戦っているのがアイスシールドで、右側で高速で移動しながら電撃をまき散らして戦っているのがサンダーファントムだろう。
「いわゆる『初代組』ってやつね。小細工しかできない私より余程頼りになるから、あの2人に任せていればしばらくは戦線を維持できるわ。その間にあなたたちは亀裂を修復してちょうだい」
「任せておけ。ウォーちゃんも準備はいいか?」
ウォーちゃんも真剣な表情で頷く。
「ヴェノムどもに邪魔されるのは煩わしい。一気に突っ切るぞ」
俺はウォーちゃんを抱える。お姫様だっこだ。
ウォーちゃんは軽かった。
引きこもり気質でまともに運動していないのか、不健康なやせ型だ。
「え? は? お姫様だっこ……無理」
「これが一番早く、しかも安全につける方法だ。恥ずかしいかもしれないが我慢してくれ」
「もしかして私は乙女ゲーのヒロインだった? 無理無理死ぬぅ!」
案の定、彼女は動揺している。
よく分からない言葉をぶつくさと呟いているウォーちゃんはひとまず放っておく。
「じゃぁ行ってくるよ」
『どうかお気をつけて』
グリーングラスは口を動かすことなく返事をした。
喉から音を出していないにもかかわらず、その声が脳内に響く。
これは彼女が使うテレパシー魔法によるものだ。
精神をリンクさせることで相手とテレパシーでやりとりできるそうだ。
グリーングラスは直接戦闘に使う魔法よりも、こういったサポート魔法を得意としているらしい。
彼女がテレパシーのラインを維持している間は、こちらからも返事ができる。
『必ず成し遂げてみせる』
『あなたが突撃することをあの2人に伝えるわ。合図を出すまで待っていて』
そうしてテレパシーのラインが切断された。
グリーングラスはテレパシーの魔法を使って全体を指揮する役目を担うようだ。
テレパシー魔法は全員と通信することはできない。
一対一でしか使用できず、複数人と同時に通信できないため、使い方が重要になってくる。
だから俺やアイスシールド、サンダーファントムといった突出した役割を持つ者たちを選んでテレパシーで通信するらしい。
「そろそろ落ち着いたか?」
お姫様だっこをしてからしばらく経って、ウォーちゃんは暴れなくなった。
ようやく慣れてくれたのかと思って尋ねる。
「もしかしてイケオジとワンチャンある……いや無理死ぬぅ」
慣れたと思ったのは勘違いだったかもしれない。
あるいはこれが彼女の平常運転か?
まぁドームまで連れていけば役目はしっかりと果たすだろう。
騒がしい少女ではあるが、自分のやるべきことは弁えている。彼女に対する呆れはあれど不安はない。
「おぉ」
俺たちと亀裂を結ぶライン上のヴェノムの数が減っていく。
左右に分かれている魔法少女たちが、真ん中のヴェノムを引き寄せるようにして戦っているからだ。
その行動は命がけだ。
ヴェノムを引き寄せれば寄せるほど、その身は危険にさらされる。
俺やウォーちゃんが必ず亀裂を修復してくれると信じて、己の命をベットしているのだ。
「ここまでおぜん立てしてもらっちゃ失敗はできないな」
ウォーちゃんが口元を引き締めながら頷いた。
その顔には覚悟が宿っている。
「無理だけど、無理なのはもっと無理ぃ」
彼女は身体を固定させるために、俺の首に腕を回してしっかりと抱き着いた。
そして、グリーングラスが準備完了の合図を出す。
「なぁウォーちゃんよ、目的地に行くときの最短ルートってのはどういうルートだと思う?」
「真っすぐ?」
「ああ、そうだ。真っすぐ一直線だ。だから――気張れよウォーちゃん」




