45話 レッドソード
会場が騒然としていた。
観客席にいる魔法少女たちが驚き騒めいている。慌てて知り合いの魔法少女たちに連絡を取っている者もいた。
ウラシマが瑞樹たちと戦っていたとき、興味本位で魔法おっさんを見にきた少女が多かったからか、大半は観客席の真ん中や後ろの方に座っていた。
だがたった一人の魔法少女の登場により、彼女たちはみな我先にと最善列を陣取る。
その分かりやすい反応に呆れてしまう。
とはいえ仕方のないことだと瑞樹は思った。
魔法少女レッドソード。
苛烈にして華麗。彼女の戦う姿は気高き狼のように強く美しい。それでいて仲間想いであり、若い魔法少女たちへの面倒見がいい。
未熟な魔法少女たちが上級ヴェノムと遭遇したときには誰よりも率先して応援に出動するし、『魔女』で出会った際には気さくに声をかけて気にかけてくれる。
ホーリーガールやザ・ファーストも最強の一角として彼女と同じく名前があがるが、ホーリーガールは雲の上の人で、ザ・ファーストには近寄りがたい雰囲気がある。
強さとかっこよさと親しみやすさを備えたレッドソードは、若い魔法少女にとって憧れの女性だ。宝塚の男役のスターでも応援するような気持ちで彼女のことを見ている者も多い。
(全くもって愚かな人たちね)
瑞樹はレッドソードの登場によって湧きたつ魔法少女たちの行動を心の中で蔑んだ。
だが客観的に見れば瑞樹も彼女たちと大差はない。
氷剣を主体にして戦う戦闘方法は、レッドソードに影響されてのものだ。彼女が熱烈なレッドソードファンであることは誰の目から見ても明らかだった。
「いきなりなんだ? というか誰だお前は」
魔法少女たちに人気のあるレッドソードではあるが、ウラシマがそのことを知る由もない。
瑞樹たちにすればレッドソードが突然現れて勝負を挑んでくることに、驚きこそすれ嫌がる理由はない。むしろ大歓迎だ。
だがウラシマにとっては関係がない。突然現れて我が物顔で戦いを挑んでくる不躾な女に見えたはずだ。
(ウラシマが怒っている……)
珍しいと思った。
普段、瑞樹は自分がウラシマによく無茶を言っているという自覚は一応ある。どうしても彼に対して素直になれないでいた。
彼女がどれだけ酷いことを言っても、大人としての余裕があるのか、苦笑するだけで怒ったりはしない。
だが今、ウラシマはレッドソードに対して明確に怒りを示していた。
「私は源空寺 朱美。魔法少女としてはレッドソードって呼ばれてる。私と戦っちゃくれねぇか?」
「俺はあの子たちの相手をしている。お前の相手をする理由はない」
ブーブー。
観客の魔法少女たちがウラシマにブーイングをする。
魔法おっさんとレッドソードの対決を見たい。ウラシマがレッドソードの提案を冷たく断ったことが気に入らない。そういった理由から批判されている。
「随分と慕われているらしいな」
「みんな可愛い子たちだ。あんたが優先しようとしている4人も、私とあんたの戦いを望んでいるようだぜ?」
ウラシマがこっちを向いた。
傍には瑞樹以外に3人いるが、彼の目線は自分に向けられているような気がしてドキッとする。
「仕方ないか」
やれやれとため息をつきながら、ウラシマがレッドソードの提案を受け入れる。
「お? いいのか?」
「可愛い女の子にワクワクした目で期待されたら、それに応えるのが男ってもんだろ?」
「私は男じゃないが同意するぜ」
どうやら2人は戦うことになったらしい。
「可愛い女の子だってさ、よかったね瑞樹ちゃん」
隣にいたくるみが小さい声で言う。
「私は可愛くありませんから、くるみたちのことを言ったのでは?」
「ウラシマさんたちの戦いに興味はあるけど、瑞樹ちゃんほどレッドソードのファンじゃないから」
「同じくなのです」
「僕もそうだよ」
「だからワクワクした目で期待してた可愛い女の子って瑞樹ちゃんのことだよ」
自分の顔の体温が急激に上がっていくのが分かった。
くるみたちがニヤニヤとこっちを見てくる。分が悪いと感じて話題をそらす。
「あっ、もうすぐ始まりそう。強者同士の戦い、決して見逃す訳にはいかない」
◆
開始の合図と同時にレッドソードは魔法を発動し、その右手に長細い炎が握られる。それはまさしく炎の剣だった。
レッドソードと呼ばれる通り、その剣は赤く燃え盛っている。数多のヴェノムを切り裂いてきた剣だ。
「なるほど」
ウラシマがレッドソードの姿を見て頷く。
感じ入るものがあったのか、彼もまた魔法で雷の槍を作りだし、そして構えをとった。
(やる気のようね)
瑞樹たちを相手にしたときや先日のスライムを相手にしたときとは、彼から感じるプレッシャーが違っている。
傍で見ているだけの瑞樹ですら、その重圧を感じるほどだった。
ウラシマがレッドソードを強者として認めたということなのだろう。
「……羨ましい」
ウラシマと一緒に暮らしてしばらく経ったが、時折こども扱いされていると感じる。
普段生活しているときにふと気がゆるんで胸元が見えてしまったりして、ウラシマに隙をさらしてしまったとき、視線を感じることがある。
そんなときに手玉にとって弱みを握ってやろうと誘惑してみれば、呆れたようにため息をつかれて頭を撫でられてしまう。
(本気で欲情してきたなら、チ〇コを斬り落とせるのに……)
ウラシマにとってはまだまだこどもで、未熟な女なのだと思った。
もしも自分がレッドソードのように強くなれたなら、対等な女として見てもらえるのだろうか。
真剣に向かい合う2人を見て悔しくなって両手を握りしめる。
その固く握りしめられた手に、くるみの手が覆うように添えられた。
「強くなろうね」
「……はい」
今は彼らの戦いを最大限に糧としよう。
レッドソードとウラシマに意識を集中した。
2人は互いに構えをとって見つめ合ったまま動かない。
ウラシマの構えには一切の隙が感じられなかった。静かに立っているだけなのに、仮に瑞樹が攻め込んだところで、その攻撃全てをいなされてしまう未来しか見えない。
レッドソードも似た感覚を味わっているのか、攻め手に欠いているようだった。
「このままじっとしても埒があかねぇ。先手必勝だぜ!」
先に動いたのはまたしてもレッドソードだ。
(速い!)
レッドソードの戦う動画は何度も見ている。
その度に思うのが彼女の速さだ。特に初速が異様に速い。立ち上がりのスピードが速いため、対峙する側にとってはまるで突然目の前に現れたように見える。
最速で振るわれた袈裟斬り。
右上から左下に斬り下げる一閃に対して、ウラシマは僅かに後ろに下がって避ける。無駄な動きが一切ない。
避けられることは織り込み済みだったのか、レッドソードがもう一歩踏み込んで逆袈裟で斬り上げようとした。
だがそこでウラシマは雷槍を剣に打ち付ける。剣を振るうとき、一番無防備なのは動き出す瞬間だ。その瞬間を狙い、斬り上げ動作の開始時に槍で剣を叩く。
その結果、レッドソードは体勢を崩し――
「ッ!?」
姿勢を崩したのはウラシマだった。
剣が叩かれる瞬間にレッドソードが炎剣を消したのだ。ウラシマの空振りによる隙をつき、炎剣を再生成して突きを放つ。
武器を自由自在に生成・消去する戦い方だ。アイスソードやギガントハンマーはその戦い方を参考にしている。
アイスソードはまだ氷剣の生成スピードが遅いため、レッドソードのように上手く扱うことができない。
ギガントハンマーは武器を生成するのではなく、何度も召喚することで、その戦法を擬似的に再現していた。
ウラシマは槍を手放し身体の前にある足を軸にして回転し、相手との距離を詰めながら炎の突きを避ける。
回転の勢いを利用して左腕でボディブローを繰り出した。
避ける余裕がなく、レッドソードは右ひじでウラシマのパンチをガードする。
そのパンチの衝撃でレッドソードがよろめいている間に、ウラシマが更に動いた。
「がッ――!」
レッドソードのうめき声が漏れる。そして、観客席の魔法少女たちの悲鳴もあがる。
ウラシマが右手でレッドソードの首を掴んで持ち上げていた。
彼は異世界で勇者だったという。だがその振舞いは勇者というより悪役のものではないかと思う。
「ギブアップなら頷け」
レッドソードの顔が苦痛でゆがむ。
瑞樹の左手を握っていたくるみの手に力が入る。
優しい彼女のことだ。
レッドソードの苦しみを想像して心を痛めているのだろう。
憧れた魔法少女が悲惨な姿を晒している。
瑞樹は自分の首元を右手で軽くおさえながら眺めた。
(どんな感覚なのか)
当たり前のことかもしれないが、瑞樹は誰にも首を絞められた経験がない。
だからレッドソードがどれほどの苦しみにあるのか想像もできなかった。
(今度ウラシマに頼んでみようか……いや、あり得えない)
変な考えが頭によぎるが、すぐ脳内で否定する。
何をバカなことを考えているのだろうか。自嘲して否定しながらも、後ろ髪をひかれる思いが心のどこかにあった。
「……バ、バカ言え」
レッドソードはなんとか声を絞り出して降参を否定した。
そして彼女の身体が爆発する。
突然の爆発にウラシマが首から手を離して後退した。
レッドソードがいた場所周辺が煙で覆われており、その様子は伺えない。
爆発はレッドソードによるものであることは間違いないが、果たして彼女は無事なのか。
少し離れた場所でウラシマが煙を見つめている。彼の右手は爆炎で焼かれたためか、ダランと下げられていた。
「ウラシマ……」
瑞樹が彼と出会ってから、初めてまともに負ったダメージだ。
レッドソードに負けて吠え面をかいてほしいと思っていたが、現にこうして怪我をする姿を見ると不安になってしまう。
「大丈夫だよ瑞樹ちゃん」
「くるみ……」
「ウラシマさんは勇者だから」
力強いくるみの言葉。瑞樹は頷いてウラシマを見つめる。
煙の中から赤い光が飛び出た。レッドソードだ。全身を負傷しながらも動きに衰えはなく、ウラシマに急襲する。
レッドソードは獰猛に歯を見せて笑っていた。その姿は野生の獣のようだ。
彼女の動きに少し遅れながらもほぼ同時に五つの炎の弾が煙からウラシマ目掛けて迫る。
レッドソードの炎剣を左右に避けても後ろに避けても炎弾に当たってしまう。ウラシマに逃げ場はない。そんな彼が選択した道は――前だ。
「なっ!?」
ウラシマはレッドソードが剣を振るうよりも先に前進した。そしてそのまま体格差を活かしてタックルをかます。
2人はそのままもつれあうようにして地面に倒れ込んだ。
レッドソードは仰向けに倒れ、ウラシマはその上で地面に手をつき四つん這いになっていた。
魔法少女たちの悲鳴があがる。ウラシマがレッドソードに性的な意味で襲いかかっているような体勢だったからだ。
「俺の勝ちだな」
「あぁ、私の負けだ。完膚なきまでの完全敗北だ」
魔法少女たちの悲鳴など意にも介さずに2人は会話する。
「傷は大丈夫か?」
「こんな傷、何日か寝てれば治るさ。でも今は意識を保っているので精一杯」
あの自爆は捨て身の行動だったようだ。
意識が朦朧としているように見えるが、レッドソードはニヤリと笑う。
「なぁ魔法おっさん――いや、ウラシマ。私の好みのタイプを知ってるか?」
「なんだ急に」
「それはな――私より強い男だぜ!」
そして本日最大の魔法少女たちの悲鳴があがった。
ついでに瑞樹も悲鳴をあげた。
レッドソードが上半身を起こしてウラシマにキスしたからだ。
口と口の、しかも愛し合う男女がするような本気のキスだ。
くるみが恥ずかしそうに顔を手で覆いながら、それでいて興味津々に手の隙間から2人の様子を眺めている。
「にしし」
レッドソードは八重歯を見せ、してやったりと笑いながら意識を失って倒れた。
ウラシマとレッドソードの戦い。間違いなくウラシマの勝ちではあるが、結果として全てを持っていったのはレッドソードだった。




