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21話 続・焼肉デートの裏で

 瑞樹はカフェに居座って、くるみたちが出てくるところを見届けようと思っていた。しかし人気カフェのため、長居することにためらいがあり、近くにあるファーストフード店に移動する。

 窓際のカウンター席からは焼肉屋が見えるので、スムージーを片手に焼肉屋を見張ることにした。


「あっ、出てきた」


 くるみと男が焼肉屋から出てくる。

 2人の様子を見て、瑞樹は「ウガァー」と頭をかきむしった。


「……大丈夫?」

「大丈夫じゃない」


 フラフラした足取りのくるみが、男に寄り添って出てきた。

 身体を預けながら腕を組んでいて、彼女の大きな胸が男の腕にむぎゅぅと押しつけられている。


「あんな、あんな破廉恥なこと……」


 瑞樹の胸は平均レベルのサイズはあるけれど、平均を遥かに上回るくるみの胸を羨ましく思っている。勇気がなくて頼めないが、一度でいいから彼女の胸を思いっきり揉みしだいてみたかった。

 あんな風に胸を押しつけて貰えたら、どれほど気持ちいいだろうか。


「あそこにいるのは私であるべき!」

「うわぁ……」


 くるみは具合が悪そうだった。男はくるみを気遣っているように見える。


「酔い潰された? いや、あるいは薬を盛られたのかも」


 男はすべからく狼だ。

 確かにくるみと一緒にいる男は優しそうに見える。だがどれだけ穏やかな羊に見えても、心の中では牙をむいているものだ。


「介抱するフリしてベッドに連れ込むに違いない」

「妄想たくましいなぁ」

「早くチ〇コを斬らなければ!」


 愛梨の制止を振り切り、ファーストフード店を後にした。




    ◆




「完全に危ない人だし……」


 くるみと男を尾行していると、後ろから追いついてきた愛梨が呆れたように呟く。


「静かに! くるみたちに見つかってしまう」


 男がくるみを連れ込む現場を抑えなければならない。

 さすがの瑞樹も無実の男に斬りかかることには抵抗があった。


「言い逃れのできない状況でチ〇コを斬り落とす必要がある」

「見境なく男の人のアレを斬り落とさないだけの分別はあるんだ……良かった」

「当たり前じゃない。私が無差別チ〇コ斬り落とし犯だとでも?」

「あはは。それはともかくとして、くるみはお酒でも薬でもなくて、単純に食べ過ぎて気持ち悪くなってるだけだと思うけど」

「違う。あの男はきっと何度も女の子を卑劣な手法で傷つけてきた常習犯だから」

「くるみがそんな男に引っかかると思う?」

「……いえ」


 くるみは騙されやすい。簡単に人のことを信じてしまう。愛梨の悪戯にもいつも簡単に引っかかっている。

 だが不思議と悪意には敏感だった。仮に男がジュースに薬を仕込んだとしたら気が付くだろう。そもそも、そんな男と2人で一緒に飲食店には入らないだろう。


「少し頭に血がのぼっていたかもしれない」


 男がくるみに無理やり何かをする可能性はない。

 だがしかし、無理やりでなければどうだろうか。

 くるみは男を信頼しているらしい。考えたくもないが、もしかしたら男に好意を抱いているのかもしれない。両想いで互いに合意の上であれば、彼女の悪意センサーは当然働かない。

 最悪だ。瑞樹は嘆く。


「身体だけでなく心までも奪われてしまう!」


 愛梨が瑞樹の腕を引っ張った。


「どうしたの?」

「声大きすぎ。見つかってもいいの?」


 慌てて口を抑えつつ、壁に隠れて2人の様子を覗く。

 瑞樹の声が聞こえたのか立ち止ってこちらに振り返っている。

 不審げな様子ではあるが、尾行はバレずにすんだらしい。


「――ん?」


 近くで悲鳴が聞こえた。

 背後に振り返るが、建物に阻まれて悲鳴の原因は分からない。

 嫌な予感がする。

 少し前には毎日の様にヴェノムが現れていたが、最近はその出現頻度はめっきり減っていた。だからこの騒ぎはヴェノムとは関係がないかもしれない。でも関係している可能性もゼロではなかった。


「くるみたちはどこに行ったの?」


 いつの間にかくるみたちの姿が消えている。

 隣にいる愛梨に尋ねるが、彼女も悲鳴に気をとられて見ていなかったらしい。


「探してくる! 愛梨は家に帰って!」


 瑞樹は全速力で走りだす。


「そっちはくるみと逆方向だし……って聞いてないか」


 聞いている。

 くるみがいるであろう方向に向かっていないことは分かっていた。

 それでも――瑞樹は魔法少女だ。


 くるみが男と一緒にいることに動揺する一方で、冷静な理性はくるみが今すぐどうこうなることはないと訴えている。緊急事態でなければ彼女たちを追跡してやりたかったところだが、今は残念ながら緊急事態かもしれない。




    ◆




 十字の交差点がある。

 2車線の道路が縦と横に走っていて、いつも車がよく通る道路だ。

 そのど真ん中で交通がストップしていた。どうやら車の衝突事故があったらしい。

 事態に気づいていない車が後ろからどんどん追加されていき、アッという間に大渋滞ができあがっている。


(交通事故……?)


 だとすれば不幸な事故だ。でも、瑞樹にとっては望ましい事故だ。

 車が衝突して、犠牲者も多少でているかもしれないが――それだけですんでいるのだ。

 周囲にいる人たちが騒ぎだす。皆が中心に向かって「大丈夫か?」と声をかけていた。

 どうやら潰れた車から人が出てきたらしい。

 怪我をしていなければいいがと心配な気持ち半分、野次馬根性半分でその人影に意識を向け――


「ヴェノムッ!」


 車の瓦礫から出てくるにつれて、その姿が大衆の目にさらされる。背は成人男性ぐらいであったが、明らかに人間とは違う部分がある。

 それは緑色の鱗を纏っていた。顔も爬虫類特有の形をしている。トカゲ人間、リザードマンと言ったところか。

 誰の目から見ても化け物だった。周りにいる人たちが悲鳴をあげる。


 リザードマンは先が二つに分かれた舌を伸ばしながら近くにいる女性に目を向けた。獲物を定めたらしい。


「――変身!」


 変身ヒーローのようなポーズをとって魔法少女アイスソードの姿になった。

 格好いいからやっているだけで、そのポーズに特に意味はない。


 くるみは魔法少女にならなくてもある程度ヴェノムを感知できる。だが瑞樹は感知を苦手としている。魔法少女になることでようやくある程度感知できるようになる。


(この反応は……中級ヴェノムか!)


 最悪だ。瑞樹は唇を噛んだ。


 ――中級ヴェノムを一人で狩れるようになってようやく一人前よ。


 優秀な魔法少女である母・流子の言葉を思い出す。

 未だ瑞樹は一人前の領域には立っていない。くるみと2人でようやく一人前になれるレベルだ。彼女一人であのリザードマンを相手にするには荷が重い。


(それでもやらなければ)


 まほねっとに中級ヴェノムが出現したことを報告しつつ、リザードマンを睨みつける。

 たとえ相手が強敵であろうとも、ここで瑞樹が退けば何の罪もない女性が殺されてしまう。


(くるみが来るまで時間を稼ぐ必要がある)


 くるみは泥酔させられた訳でも睡眠薬をもられた訳でもなく、単純に食べ過ぎて調子が悪いらしい。中級ヴェノムが出たと知れば、体調不良であっても彼女はこっちにかけつけるだろう。

 それまでの時間稼ぎをしてみせると覚悟を決めて、瑞樹は戦闘態勢をとった。

 そして――


「えっ?」


 空から光る槍が飛来してヴェノムの身体に突き刺さった。

 一体何が起こったのか。

 瑞樹が状況を把握するよりも先に、リザードマンは呆気なく消失していく。


「……魔法おっさん」


 槍が飛んできた方角を見れば、遠く離れたマンションの屋上に人の姿があった。

 どれだけの力で投擲すれば、あの距離からあれだけのスピードで槍を突き刺すことができるのだろうか。瑞樹には想像もつかない。


 圧倒的な身体能力。中級ヴェノムを容易く葬り去る魔力。卓越した戦闘技術。どれをとっても瑞樹よりも遥かに優れている。

 魔法おっさんは性別が男であるにもかかわらず、魔法少女として完成されていた。


「待って!」


 瑞樹の視線に気がついたのか、魔法おっさんは一瞬にして視界から消え去った。

 男を追いかけるよりも先に周囲の人たちが瑞樹の周りに集まる。


「あなたは命の恩人です」


 リザードマンに襲われかけていた女性が瑞樹に向かって深々と頭を下げた。


(お礼を言うべき相手は私じゃない)


 だが既に魔法おっさんの姿はない。

 彼らに自分がやったのではないと説明しても無駄だろう。

 瑞樹は屈辱的な称賛を受けるのだった。

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