高い所 1
さて周囲を警戒しながら大通りに面したビルの屋上までやってきた。幸いにしてモンスターに会うことはなかったが街は既に混乱の最中にある。
何故此処に来たのか、それは勿論レベルを上げるためだ。つまりモンスターを倒しに、いや誤魔化さず言おう、殺しに来たのだ。
ゴブリンという定番のモンスターがいる。大抵の作品において成人男性が一対一で殴り勝てる雑魚とされるモンスターだ。
大体の場合ファンタジー世界の成人は15歳という事を考えれば16歳の僕は十分勝てるということになるわけだが、そう上手くはいかないだろう。
ファンタジーの住人達は結構逞しい。一般ファンタジー男性達は農作業やなんかで侮れない筋肉を持ち主なのだ。
加えて僕は喧嘩やなんかをした事が無い。生まれてこの方他人をぶっ叩いたのは中学の剣道の授業だけだ。そしてこれは直接敵意をぶつけられた経験もそれだけということだ。まして殺意など向けられた事があるわけない。
殺意ギンギンで襲いかかられたら萎縮し雑魚の代名詞のようなゴブリンにさえ容易く負けてしまうだろう。これはつまりどのモンスターと戦っても勝てないと同義だ。
ならばどうするか。戦わずに殺せばいい。人間には誰にでも考えるための頭が付いているのだから、考え知恵を絞り獲物を一方的に屠ればいい。
日本という国は大変治安が良く平和な国だ。一般高校生がファンタジーな世界でも戦えるような武器になるような物を入手するのは難しい……と考えるのは早計だ。
誰しもが簡単に利用できる武器になるモノが身近にある。中世ヨーロッパ風のファンタジーな世界では利用し辛く、現代では多少地域差も有るが容易く利用出来るモノ。
それは高さ、つまりは位置エネルギーだ。高層建築物の立ち並ぶ現代はファンタジー世界にはあんまり無い圧倒的な高さアドバンテージがある。
そのアドバンテージを生かすべく僕は此処にやって来たわけだ。
これからやる事はシンプルだ。ここから物を落としてモンスターを殺す。位置エネルギーの暴力だ。これが人類の叡智ッ!
このビルはその目的に適している。大通りに面してるからモンスター通りが多くて高さも丁度いい。フェンスも無い。地上の物がそこまで小さく感じず狙いやすい上に物を落とせば十分な威力が出るだろう。
落とす用の弾として、家から包丁を3本とアイロン、此処に来るまでにいくつかコンクリートブロックと鉢植えを拝借してきた。
この位置エネルギーで殴る作戦にはいくつもメリットが有る。
まずは威力。恐らくレベル1では逆立ちしたって出せないような威力が出るはず。
そして精神面への負担の少なさ。多分直接自分の手or手に持った凶器で命を奪うより精神にかかる負担は少ないと思う。僕がやるのは物を持った手を離すだけなのだ。
そして安全性。狙う相手だけ選べば相手の攻撃の届かない所から一方的に暗殺的に殺せる。
しかしデメリットも当然あって、命中精度に不安がある。二階から目薬さすよりは当たりそうだけど狙えば当てられるようなものではないと思う。
当て方としての案は2つ。群を狙っていっぱいおったらどれかに当たるやろ作戦と一度に沢山の弾を落とす下手な鉄砲数撃ちゃ当たる作戦だ。
前者は作戦の前提として群をつくるモンスターを狙うためどうしても個としては弱いモンスターが作戦の対象となり位置エネルギーによる高い威力を無駄にしている気がする。後者は言うまでもなく作戦を実行できる回数に不安がある。
どうせなら大物を狙っていきたい。早めにモンスターを一匹でも倒したい思いは有るが、既にモンスターが出るようになってからそれなりの時間が経っていると思われるため「最初にモンスターを討伐した」などの特典を得るのは厳しいのではないだろうか。
となれば大物を狙った方がいいように思える。成功すれば「ジャイアントキリング」系の称号やら特典を獲得できる可能性もあるしレベルも沢山上がりそうだ。何より位置エネルギーの恩恵を十分に活かすことができる。
よし、大物狙いで数撃ちゃ当たる作戦でいこう。となれば獲物を選ばなければなるまい。
落下の危険を少しでも減らすためうつ伏せになって頭だけ出して下を見る。
あの緑の集団はやはりゴブリンだろうか。数が多いな。人類の最初の試練はゴブリンとの戦いかもしれない。
ゴブリンといえば雑魚の代名詞、それはつまり食物連鎖においてもかなり下の被捕食者ということでもある筈だ。つまりゴブリン達を狙って大物がやって来る可能性は高い。
ゴブリン達が集まって何をしているのかは正直あまり考えたくはないがどうやら暫く移動しそうにないようだから準備して大物到来を待った方がいいかもしれない。