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自己紹介小説。

別に交通事故に遭って死んだわけではない。ただ単に家を出て、学校に向かおうとしていただけだ。





ただそれなのに俺は、光に包まれ異世界に飛ばされた。





飛ばされた場所は中学校や高校と言った感じの学校とでも呼べそうな施設だった。





その考えは、後に正しかったと分かる。そう俺が飛ばされた場所は学校だったのだ。





その施設の敷地外には、つまり外には出ることが出来なかった。門を跨ごうとすると、見えないバリアのような物に阻まれ、出ることが出来なかったのだ。なので敷地内を不安ながらうろついてみることにした。すると、歩いて50メートルぐらい来たところで、視界に何やら人影が映った。俺は、視界にぼんやりと映るその人物にこの場所について聞く為に近づいて行った。


しかし近づくにつれ、その人物の容姿が明確になってくるにつれ俺はぞわっと鳥肌が立つのを感じた。





「あいつ。人間じゃ……ない?」





 人間と思っていた人物は二足歩行してしゃんと立っている、ぴんと背筋を伸ばしているゴリラだったのだ。





 しかしそのゴリラには普通のゴリラと違う点が他にもあった。メガネをかけていたのだ。いかにも教師然とした様子で、自分の右手でゴリラの太い右手の指で黒縁メガネをくいっとあげる所作は地球の教師その物のようにも見えた。





 ああ、そうかあのゴリラは着ぐるみで人間が中に入っているんだ。ようやく分かったよ。





 腑に落ちた俺は、安心して着ぐるみを来た中に人間が入っている二足歩行ゴリラへと近づいて行った。





 しかし……。近づくにつれ獣臭が鼻をつんざいた。すごい! 凝っていると俺は前向きにポジティブに考えていたけど、近づけば近づくほどそのゴリラの迫力に俺の心の芯の部分が気押されるのを感じていた。





 何だこの感じ、この感覚、ぞっとするような感覚は。第六感が警報を発している。そんな感じを覚えた。





 するとその二足歩行ゴリラが俺の方を向いて、俺のことをさっと値踏みした。そして、堅く険しい皺がたくさん刻まれたその顔をくしゃっと崩して、にこりと笑った。





「おお、ようこそこの学校へまいった。ささ、どうぞどうぞ遠慮なさらずに」





 二足歩行ゴリラは流暢な日本語で俺にそう言った。と、やっぱりここは学校だったようだ。俺の予想的中ー!





 しかし、特殊メイクはすごいすごいと聞いていたけれど、ここまで進化していたとは。日々どんな業界も切磋琢磨して、日々進歩しているんだなあと、しみじみと俺は思った。





「で、どうしてそんなゴリラの恰好をしているのですか? 今日はこの学校の何かのイベントですか?」





 それにしても特殊メイクはすごいですね、と安心感からか色々と二足歩行ゴリラに怒涛の質問をした俺だが、その質問を聞いたゴリラは質問を聞いた後、「ぷっ、ははは。ゴリゴリゴリゴリラ」と吹きだすように独特の語尾を付け笑った。





「ど、どうしたのですか? 何がおかしいのですか?」





 俺は聞くとゴリラは目をイケメンゴリラのようにきりっとさせて、ゆっくりと言葉を発し始めた。


「あなたはまだ今のこの現状が分かっていないようですね、ゴリラ。あなたはどうしてここにいるのか分かっていますか?」





「え、ええ。確かに自分でもよく分かってはいませんが一体どういうことなのでしょうか。俺はいきなり朝光に包まれたと思ったらこの学校に来ていたのですよ。……はっ? もしかして俺は何かしらの陰謀に巻き込まれて最新の科学技術の実験台にさせられてテレパシー実験の被験者に勝手にさせられてここへと飛ばされたということなのでしょうか。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ! 帰して、帰してよ俺の家に!」





「お、落ち着いて下さいゴリラ。大丈夫です。何の心配もいりません。いやここに来たからには心配してももう無駄だと言った方が適切かもしれません。あなたの心を折るような発言で申し訳ないですが、いずれ真実は知るはずですし、誰かしらに話を聞くことになるでしょうから、遅かれ早かれ。なのであなたにはこの場所について話をしたいと思います。絶望しないで聞いて下さいね。あなたは光に包まれたとおっしゃいました。その光は我が学園校長の自動魔法によって発動し、あなたはここへと送られてきました」





「ま、魔法? 送られた? や、やっぱり何かの陰謀だ! そうだそうに違いない。ぶつぶつ……」





「お気を確かに。しかし魔法によって自動的に送られてきたあなた様ですが、これは偶然ではありません。必然です。というか実はあなたが望んでいたことなのです」





「俺が望んでいたこと?」





「はい、あなたは異世界に憧れていた、渇望していた、羨望の眼差しを送っていたということは記憶にありませんか?」





「異世界に渇望?」





 そう言われて俺は自分自身のことをかんがみた。





 うん。心当たりはあるよ? だってラノベ好きだし、こんな犯罪者がいつどこに潜んでいるかも分からない、こんな世界を抜け出して異世界で、剣と魔法の世界で恰好よくヒーローのように、自分が主人公の舞台で、モテモテで時にスリリングで冒険にあふれて、毎日充実した暮らしを送ってみたいと考えたことはあるよ? でも、それはあくまでお話の中での、空想の中での話で現実ではあり得ないというのは分かり切っていたことだ。だけど、もしかして今の話を聞いた分にはここはどうやら、いややっぱり異世界ということになるのではないだろうか? そうだよね。うんそうだ。うんそうや。運送屋。





「ここは、異世界なのですか? そして運送屋によって俺はここへと運ばれてきたということでしょうか?」





「運送屋?」





「い、いや何でもないです。で、ここは異世界ということで間違いないでしょうか?」





「うーんとそうですね」





 二足歩行ゴリラは、はいといいえの中間のような微妙なニュアンスの言い方でそう言った。





「違うのですか? ここは異世界ではないのですか?」





「いや、あなたにとって異世界なのは間違いないのですが、完全なる異世界ではなく、ここはある種の中間点のような場所なのです」





「中間点?」





「いや、中継点と言った方がいいかもしれませんね。様々な異世界へと繋がっている学校なのです」





「どういうことなのか分かりません。もっと具体的に話を聞かせて下さい。というか俺は家に帰れるのでしょうか?」





「それは私には分かりません。私はそこまで異世界に詳しいわけではないのですから。私はここで雇われている用務員のような存在なのです。用務ゴリラなのです。ああ、とは言っても私の生まれはあなたから見れば異世界で生まれました。私はゴリラ星で生まれたのです。まあでももうそのゴリラ星は今は消滅してしまっていますが。消滅する寸前にミニブラックホールとでも呼べそうな小さな穴を発見し、そこを潜ったら





私はこの学校へと辿り着いていたのです。どうやら、この学園の校長がゴリラ星に、というか私に目をつけていたらしく、星が消滅する前に、私に助け船を出してくれたということが後に分かりましたけれど」





「あなたに目をつけていた?」





「ええ、恥ずかしながら私も異世界というのに猛烈に憧れていたのです。まあ、昔の話ですがね。ゴリラゴリラ」





 二足歩行ゴリラは快活に笑って言った。





「そうなのですか」





 この目の前のゴリラの過去もすごい気になったけれど、俺は先にもっと詳しくこの学校について質問することにした。





「で、この学校が中継点ということについて詳しく教えてください」





「ええ、ここは異世界に憧れている人達が集められる学校なのです。しかしその目的のほとんどは分かっていません。なぜならば私は校長にあったこともないからです」





「逢ったことがない?」





「ええ、校長はシャイな方でね。いつも画面を通じてしか、会話が出来ないのですよ。しかも校長はいつも黒子のような布をあたまからすっぽりと被っているから素顔を見たことは一切ありません。透視も不可能な布です」





「そうなのですか。校長先生……謎ですね」





「ええ、謎です(笑)」





「それにしても異世界に行くための中継点か。面白くなってきたな」





 色々とゴリラ用務員に話を聞いて、少しだけ安心したと同時に何か俺はやる気と言うか冒険心がみなぎってきた。





 ああ、でも家に帰ることが出来ないのかもしれないと、いう考えが浮かび、俺の気持ちは暗澹としてきた。 





「†安心するがよい†」





 その時、俺の耳に不思議な声が聞こえた。響くような声でもあったし、低い声でもあった。しかし一番驚いたのは俺のいる空間4~5メートルから聞こえて来たということだ。まるで仲間と傍でだべっているようなそんな感じの声の響きだった。





「こ、校長!?」





 すると、二足歩行用務員ゴリラさんが驚いた様子でそう叫ぶように言った。





 校長先生? この声の主が?





 俺は驚いたが、その校長先生とゴリラさんが言っている声の主の次の言葉が発せられるのを耳を澄ませて待った。


「†元の世界には戻ることが出来る†」





 校長は断言して言った。





「どうしてそんなことが分かるのですか?」





 俺は不安を心に抱きながら聞いた。





「†それはな私が校長だからだ。しかしだからと言ってそう簡単に帰れるというわけにはいかない。なぜならばここは学校。学校は卒業するものだからだ」





「中退はないのですか? この学校には」





「†ない†」





 有無を言わせぬ物言いで断言する校長に俺は少し恐ろしさを感じた。どこか独裁者の雰囲気を感じたからだ。





 まあいい、どちらにせよ。この学校を卒業すればいいだけの話のようだから。それに、俺は異世界というのに憧れを持っていたから、不安よりも期待の方が大きくもあった。





「校長。そろそろいいでしょうか。この生徒が来たことでどうやら全校生徒が集まったようです」





「†ほう、ゴリラゴリオ教員、それはそれは。ではその生徒を体育館に連れて行きなさい。しばらくしたら、私が皆に挨拶をするから。もちろん画面を通じてだけどね†」





「分かりましたゴリラ」





 校長にゴリラゴリオと呼ばれた目の前の二足歩行用務員ゴリラは頷くと、俺の手をそっとした雰囲気でとったけど、握った力は半端じゃなくて、万力で絞められたように、外すことが出来なかった。二足歩行用務員とはいえ、ゴリラの一種には変わりないので、もしかしたら握力は500キロぐらい出そうと思えばだせるのかもしれない。とゴリラの様子をさりげなく窺いながらそう思った。ってこのゴリラ用務員じゃなかったのかよ。教員もやっているのかよ。どんなことを教えているのだろうか。すると二足歩行用務員兼教員ゴリラが俺の考えを察知したのか、にこりとゴリラスマイルを浮かべたあと言った。





「私は主にバナナの剥き方や、バナナを使った料理について教えている」





 まさかの家庭科の先生。





 俺は少し、ほっとしたと同時にこの二足歩行ゴリラについて親近感を抱いた。





 そして、学校の建物内に入り、用意されていた上履きに履き替えると、俺はゴリラに先導され、体育館へと到着した。





「ここが体育館だゴリラ」





 どこか、自信ありげな口調でゴリラは言った。





 しかし、それも分からないではなかった。なぜならばその体育館は先が見えないぐらいの広さがあったからだ。高さも普通の体育館よりも数倍以上は高いと思われた。





「さあ、入るゴリラ」





 ゴリラは俺の手をようやく離し、今度は俺の背中の方に周り、俺の背中を押すように体育館の中へと押し込んだ。


「わお、ワンダホーアンドアメージング」





 俺は体育館の中の光景に息を飲んだ。そして唾を気管に詰まらせてむせた。





「ごほごほっ、ぼほっ、おえっ」





「どうしたでゴリラ?」





「い、いえ。ただ単に唾が機関に詰まっただけでゴリラ」





 俺はゴリラに合わせて語尾にゴリラとつけた。するとゴリラの顔が真っ赤になった。とは言っても顔は黒いので真っ赤には見えなかったのだけど、真っ赤になった雰囲気を感じることが出来た。





「私を侮辱侮蔑しているでゴリラか? この語尾は私のコンプレックスゴリラ。それを知っていてわざと、あえて、故意にゴリラと語尾に付けたゴリラか?」





「い、いえ違います」





 なんということでしょう。この語尾のゴリラというのはこのゴリラにとってコンプレックスだったとは。俺はただ、このゴリラとお近づきになりかっただけ、あるいは親近感をもって、距離を縮める為にやったことなのに、それがかえって裏目に出てしまったとは。俺は今そう考えていたことをそのまんまゴリラに伝えた。すると、ゴリラの顔から怒りが消え、穏やかな優しい顔になった。まるで、保育園の先生のような園児を見るような慈悲深い顔へと変わった。





「そうだったゴリラか。そうとは知らずに申し訳なかったゴリラ。僕のゴリラとしての至らない部分、性格、エゴが出てしまったゴリラ。どうか許して欲しいゴリラ」





「いいんですよ。注意深くもっとやるべきでした。俺も」





「謝るのはこっちの方ゴリラ。でも、僕はゴリラとして生まれて、本当に中々直すことが出来ない難しい癖なんだゴリラ。たぶん君の世界で言う所の~弁とかそんな感じの田舎の言葉みたいな感じで、生まれた時から語尾にゴリラと使っていたからその癖がなかなか抜けないんだゴリラ」





「そうだったのですか。でもいずれその癖も練習すれば抜けると思いますよ」





「優しいゴリラね。そうゴリラね。もっと練習して語尾ゴリラを消すことが出来るように努力するゴリラ」





 そう言って、ゴリラは優しく笑った。





 そして、再び視線を体育館の中に戻した。





 そこにはやはり、先ほどと同じくアメージングな、ファンタスティックな光景が映し出されていて、またしても俺は唾を気管に詰まらせて、ゴホゴホとむせたが、ゴリラが俺の背中を優しく、まろやかに? 滑らかに? さすってくれて、俺何とか苦しみから抜け出し楽になった。


そして改めて、体育館の中を見渡した俺は中をよーく観察した。





 まず目に飛び込んできたのは100メートルはあるであろうと思われる巨人だ。そして巨人は頭がつるんつるんの頭をしていた。しかしよくよくその巨人を見つめているとどこかでみたことがあるかのような気がした。記憶の糸を辿ってうーんうーんと考えていると、あっと思い出した。そうだ。どこかの怪しげな宇宙人の本についていたグレイタイプの宇宙人とそっくりだった。





「巨人グレイか……」





 果たして彼は? 彼女はどの星からやってきたのだろうか。彼の星にUFOはあるのだろうか。彼が乗れるUFOはあるのだろうか。などと考えていたら、横からゴリラが話しかけてきて、思考が邪魔をされて少しだけいらっとした。





「彼は巨人星から来たんだよ。彼の星では人間をさらうのが横行していたんだけど、彼は断固として拒否していて、牢屋に入っていたんだよ。で、彼はああ、どこか異世界に行きたいと考えていたから、校長がそれをキャッチして、僕と同じようにこの学校へと連れて来たんだよゴリラ」





「そうなのですか。優しい巨人グレイなのですね」





 俺は相槌を打った。





 次に目に飛び込んできたのは妖精と見まごうほどの美しい、いやふつくしい生き物だった。それは飛んでいて、顔は欧米系の顔をしていて、飛んでいる周りには鱗粉みたいな光がキラキラと輝いていた。





「彼女のあのキラキラは刹那の黄金で出来ているんだ。そのままだと空気に溶けてしまうけど、人間が触ると、黄金へと変化するんだ。だから彼女は常に宇宙ハンターから狙われていて、ああ怖いな経験を色々としてきたんだ」





「ああ怖いな体験って?」





「彼女は悪宇宙人間に捕まって、3万年も監禁されていたんだよ。そしてここへと連れられてきた」





「でも、明るい表情に見えますけど」





「カラ元気さ。まあ、皆同じクラスだから、機会があったら彼女の話を聞いてみるがいいよ。でも、君はあまりに残酷な彼女の話に耐えられなくなるかもしれないけどね」





「うわあ」





 俺は話を聞いていないのに、ゴリラの言っていることだけど、想像するだけで、胸糞悪い気分になった。





 次は亜人がいた。





 口の横から角のようなものが生えている亜人種だった。





「あの亜人は角に食べ物を差してそれを引っ込ませて口の中に直接入れるんだ。だから箸はいらないんだよ」とゴリラが言った。





「すごいですね。便利ですね」





「まあ色々と角を手入れするのは大変みたいだけどね」





「種族によってやっぱり悩みは様々なんですね」





「うん。そうだゴリラ。あっと、校長先生のスピーチがそろそろ始まるよ。じゃあ、列に並んでね」





 ゴリラに言われ、俺は列の一番後ろに並ぼうとした。しかし列は果てしなく続いていて、超行列渋滞を起こしていて、どうすればいいのか途方に暮れた。





「あのう。列の最後尾が見えないんですけど……一体この列はどこまでつづいているのでしょうか」





「ああ、どうなんだろうね。今年の新入生はかなり多いと、校長先生から聞いたから俺にも分からないゴリラ。じゃあ、とりあえずあのさっきみた巨人の後ろにでも並んでみたらいい。ちょっと失礼しますって断りを入れてさ。大丈夫。皆ケチな奴ではないと思うしさ、校長が選んだ人種だし、それに巨人の後ろだと何かに守られているみたいで安心だろう。そうだ。俺が入れてやれと言っていたと、巨人に言えば、巨人の後ろの人に言えば、すんなりと列に入れてくれると思うよ。思われるよ。ゴリラ」





「そうですか。では、行ってまいりますね」





 俺はゴリラ用務員に敬礼風にお辞儀をするとさっきの巨人グレイの後ろへと向かった。





 巨人グレイとその後ろにいた牛人間に断りを入れ、俺は列へと割り込んだ。というか巨人は俺のことに全く気付いている様子はなかったから、実質断りを入れたのは後ろの牛人間だった。





 すると後ろの牛人間がくしゃみをした。





 その拍子に頭が前かがみになったらしく、牛人間の角が俺の背中に軽く刺さった。軽くといっても痛いというには十分な刺さり具合で、俺はその拍子に前にいる巨人グレイのアキレス腱辺りにぶつかってしまった。その拍子なのか、どこかのツボに当たったのかは分からなけど、その直後前にいた狂人グレイがおならをしてた。そのおならはたぶん巨人にとって、軽いおならだったのかもしれないけれど、それは俺にとって、暴風で、俺はその風で後ろへと倒れ込み、体育館の俺がいる周辺は一時騒然となった。けど、何事もなかったかのように、時は過ぎた。誰も保健の先生が近寄ってくるでもなく、特に何も起きなかった。でも巨人グレイのおならはまるで臭くなかった。ふだん食べている物が野菜ばかりなのだろうか。それとも実はあれはおならではなく、別の風なのだろうか。例えば体内で作り出した酸素を外へと出しているとか。それならば環境に良い巨人だなとかいろいろ考えた。でもそれらのことはあくまで推測にすぎないので、もし機会があれば巨人グレイについて調べてみようと思ったし、良いグレイであれば友達になろうと思った。でも、もしこの巨人グレイと、友達になろうとして、人差し指と人差し指をくっつけようものならば、巨人グレイの人差し指の圧力で、圧死してしまうのではないかなんて妄想も浮かんできて、やっぱり少し怖くなった。





そしてしばらく列に並んでいると、体育館にスピーカーからと思われる声が流れた。でも、どこにスピーカーがあるのかは分からなかった。





「えー、本日ここに集まった、集められた皆さんは混乱している人も多いと思います。しかしここに集められた皆さんは実は深層心理でここに来ることを望んでいたこともまた事実です。というかスピーチ面倒臭いからこれで終わりでいいかな。まあここでの生活は過ごせばわかるよ。それにここは時が流れるのが遅いのでいつでもここにいていいし、まあ本当に家に帰りたいと、自分のいた星に帰りたい人がいたのならば、今ここでもいいし、教室についてからでもいいから気軽に言ってちょ」





 校長はどこか荘厳な雰囲気を感じさせる奥行きのある深みのある重低音の声音で言った。





 すると、「ハイハイハイ!」と誰かが声を上げた。どこから聞こえたのだろうか。声の出た方に俺は視線を走らせる。俺の視線が声の主をとらえた。それはどこか東洋の山奥にでも住んでそうな色が黒いでも肉体は引き締まっていてたくましそうな体脂肪2%ぐらいなんではないかと思わせるようなアスリート体系の男だった。ぱっとみ日本人にもいそうといえなくもない、地球人に似た頭にバンダナを巻いた、腕にミサンガをつけた身長160cmぐらいの男だった。普段ならばそんなに人について俺は関心がないのだけれど、やはり異性から来たと思われる男だったので、すごい凝視をしてしまったし、好きな人の時に瞳孔が開くように、たぶん興味津々だったので瞳孔が大きく開いていたのではないだろうか。





「お主がやってきたのは……雲母星だな」





「はい! 雲母星からやってきたパンペンというであります。一つ質問があります」





「なんだね。言いたまえ」





「俺は、こんな所に来ることを望んでなんかいないんだ。とっとと帰しやがれべらぼうめ」





 見た目の好印象ガイからは想像できない口の悪さで、俺はひやひやした。なぜならば校長はまだどんな人物か分からないしね。





「そうか分かった。えい!」





 分かったえい、と言った刹那、その東洋系人物が光に包まれ一瞬で消えてしまった。





 ガヤガヤガヤと場内が騒がしくなった。





 そして体育館に突如として巨大な映像が空中に映しだされて、皆の視線がそこに一点集中した。もちろん俺も。そこには自分の星に帰れたと思われるさっきの東洋人の男が映っていた。しかし東洋系の男の顔には戸惑いと動揺が感じられた。





「何で誰もいないんだよ」と男は呟いた日本語で。まああれだろ。適当に自分の国の言語に聞こえるように変換されるんだろうと勝手に解釈してそこは別段気にしなかった。





「あの星はもうじき壊滅するんだよ。だから助けてあげたのに」





 校長の言葉自体は憐れみの言葉だが、言葉のイントネーションは憐れんでいるようには感じられなかった。私に反抗しやがってというそんな雰囲気のどこか嫌味の言葉の雰囲気を感じさせた。





「や、やっぱり学校に戻してください!」と東洋人系男が呟いたけど、校長は「もう無理だもんね」と呟いた。その声が東洋系男に届いたのかどうかは分かりかねない。





 そしてその星が消滅する直前映像がぷっと途切れた。





「ああ……あああ」





 声にならない声が無意識の内に漏れた。





 しかしその直後誰かが体育館に入って来た。





「すいません。また来ちゃいました」





 と声を出して入って来たのは先ほどの東洋系男。でもさっきとどこかというかわりかし、色々と違っていた。だって体が透明だし。ま、まさか……。





「幽霊になっちゃったよ」





 東洋系男は半透明腕を、半透明な頭に沿えて、そうおちゃめに呟いた。このおちゃめさん。


幽霊となって自分の惑星から体育館へと帰ってきた雲母星のパンペンだったが、特に騒がしくなるでもなく、ごく自然な雰囲気の中、自分の元いた席へと戻って行った。誰か疑問に思う奴いろよ。とか思った。





 しかし、この出来事で分かったことがある。





 一つ目は幽霊になっても騒がしくなることなく、当然のように迎え入れるここの先生を始め、生徒たちはやはり僕がいた地球とは全然性格が違う人種、生態だということだ。





 そして二つ目はどこか得体の知れない校長だと思っていたけれど、それは的中したということだ。校長の顔や姿は全く持って検討がつかないけれど、自分で拾い、入学させた生徒を気に入らなければ即自分の星へ帰す(それもコンマ何秒で)という決断力が早いとかそう言ったレベルではなくちょっと頭のネジが抜けている系の校長かなという印象を僕は受けた。





 まあ、でもそれは考えようによっては校長に逆に嫌われればすぐに自分の星へ帰れるのだから良いようにもとることが出来るということに他ならない。しかし、今回のパンペンは星へ帰郷だったけど、それが毎回同じだとは限らないわけで、校長の気分で毎回ころころと内容が変わる可能性だってあるわけだし、それが仮に永遠に続く拷問だったりした日には僕のたまがひゅんとするなんてもんじゃないし。あっ、たまって頭のことね、金○だと思った人、あんた最低だよ。





 だから、僕にはまだまだ校長を刺激して、自分のいた地球へと帰るという選択肢は今の所ないわけで。というか、例え校長に対しての恐れがなかったとしても、僕はもうちょっとこの場所にいたいと思うようになってきていた。それは純粋に好奇心のせいかもしれない。巨人や亜人、魚人や幽霊、妖怪、UMA、喋る虫、暗黒穴生物。そんなのが体育館の中に無数に集められて、整列している。こんな状況生きていたって起こり得る話ではない。例え夢の中の話だってこうカオスにはならないであろう。というわけで、僕、今実はめっちゃわくわくしているんです!





 体育館に集められた生徒たちは、先ほどのパンペンの例があるので、皆どこか真剣に校長のスピーチに耳を、あるいはお尻を傾けていた。(たぶんお尻に耳がある人種なのだろう)





 あとどれぐらいスピーチは続くのだろうと、思っていたら、校長が「以上!」と話を切り上げた。





 校長曰く、あまり長い話は皆好かんだろうとのことで、僕はああ何て話の分かる校長なんだと少しばかり安心した。ちなみにこのスピーチで倒れた人は僕が見渡した限り、誰もいなかった。校長の英断に僕は少しばかり拍手を送りたくなった。


校長の英断にうわーい! と少年のように喜びつつ、僕はこれからどんな学校生活を、異世界生活を送るのだろうかと、わくわくとして、顔が不自然な表情筋を作っていたかのように思われた。





「君、変な顔をしているよ」





 想像通り、変な顔だったようで、巨人の前にいた、頭がうんこの形をしているうんこ星からやってきたという、ウン子という女性からその顔を指摘されて僕はへこんだ、と思うかもしれないけれどへこまなかった。だって、ウン子の顔はソフトクリームのようなうんこの形をしていて、頭には蠅がたかっていたからだ。君には言われたくないよ! と思ったから、僕の変な顔を指摘されても何とも思わなかったのだ。





「えー、では。クラスの担任の指示に従って教室に移動してください!」





 と校長の声が頭の中に響き渡ったので、僕はクラスの担任は誰なのだろうか。僕まだそれすらも聞いてないよという感想を抱き、クラスの担任の先生を探した。すると僕は飛ばされた。





 まるで工場とかで、重さ、形によって製品が自動的に規格に振り分けられように、僕は体育館から、何者かの力によって、具体的には念力的な見えざるパワーによって、文字通り吹き飛ばされた。





 で、ただ吹き飛ばされただけでなかった。体育館の壁にはいくつもの穴が無数にまるで障子を全て手で破った穴の様に開いていて、その中の一つに向かって僕は飛ばされたのだ。前にいた巨人は穴に近づくにつれ、体の大きさが縮小されて、穴に入れる大きさになって僕の上の穴の中に吹き飛ばされて行った。僕はその穴の下の穴に入ると思われた。軌道的に。そして僕が入った穴は僕が予想した穴の一個下の穴だった。まあ、どうでもいい情報だが。その穴を潜ると僕の目の前に眩しい光が飛び込んできた。





 そこはまるでサッカー場とでもいうような管理された芝の上だった。





 太陽の光が芝に降り注ぎ、まるで僕はこれから高校サッカー選手権の選手にでもなったかのような気分で、エアリフティングをしたりして、僕の隣にいたうんこ星のウン子からじと目で、冷たい軽蔑の眼差しで、見られて今回もまあ特には何も思わなかった。だって頭がうんこのウン子だもん。っていうか僕と同じクラスかよ。





 そして、次から次に空中からまるで瞬間移動してきたかのように、ぱっ、ぱっと、人が空中一メートルぐらいの高さから落ちて来た。うまい具合に同じところに落ちるわけではなくて、クラスメイトの生徒ミルフィーユが出来ることもなく、違う場所に落ちて来たので、おお、と僕ちんは思いました。





 僕はこれからの自分のクラスメイトを見回した。





 僕と同じ地球出身の人はいないように思われた。





 空中から落ちてくるクラスメイトがいなくなると、僕はこれで全部かと思い、人数を数えた。100人ちょうどいて、僕はああ、案外クラスメイト少ないかもしれないなとか思った。





 すると僕達の目の前に空からプーンといかにも臭いそうなふらふらとした動きで、僕達の目の前に降りてきたのは、どうやら背広の恰好から、僕達のクラスの先生と思われる人だった。





「私は先生だ」





 そんな自己紹介と共にやってきた空中浮遊先生はどうやら浮遊があまり得意ではなく、苦手なようで、そして、あまり長く浮遊することが出来ないようで、「あっ」という声と共に、空から地面に落ち、激突した。そして死亡した。空中浮遊時間は僕が見た限りでは30秒ぐらいだった。





 初めてのクラスメイトとのご対面だからって無理しやがって。と僕は思った。





 それから、約十分後空から新たな背広を着た人が降ってきて、空中でぴたりと止まった。





「えー、このクラスの担任だった先生は不慮の事故で亡くなったので、代わりに私が急きょこのクラスの担任になることになりました。よろしこぴょん」





 と言って、おちゃめな感じでクラスメイトに話しかけて来たけど、生徒たちの反応は無反応だった。でも、僕は少し反応した。なぜならば、地球の人に容姿がどこか似ていたからだ。容姿が似ていて僕はようし、と駄洒落的に思った。





 今度の代わりの先生は一分経っても、綺麗な空中浮遊をしていて、その後、2、3分して地面へとゆっくりと降りてきた。





 どこか中性的な顔をしていて、中世の雰囲気もどこかに感じられて、ヴォーカル的な立ち位置にいてもなんら違和感のないような感じだった。でも、クラスメイトからすればそれは全然分からないだろうなと思った。





「私は地球出身だ」と先生が挨拶の時に突然言ったので、地球出身の僕にクラスメイトの視線が集まり、僕は一瞬、注目されて、えへへと笑った。





「あんた変な顔しているわよ」





 僕に言ったのはまたしてもウン子で、僕は「いやお前に言われたくないよ」と反射的に言ってしまい、「えっ、私?」と若干戸惑いを感じたようで、自分のことをよく観察した後、「そうかしら。あなたの方が変よ」と僕に返してきた。まあ、そりゃあ星が違えば価値観が違って当然だなと、僕はお思いになられました。


「では、まずは私の自己紹介から始めようと思う。私は地球出身でここへ来た。そしてこの世界へと転生したんだ。プロフィールを見ると私と同じ地球出身の者がいるとの事で、嬉しく思う。ここでは今は先生をやっているけど、地球にいた時も先生をやっていた。とは言え、同じ先生でも授業を教えるこの先生ではなくて、医者だ。医者も地球では先生と呼ばれたりするんだ。何の医者かって別に知りたくはないだろうけれど、今後同じクラスの元で一緒にやっていく仲間だから言っておこうと思う。肛門科だ」





「先生! 肛門科って何でやんすか?」





 僕の斜め前にいる、液体がそのまま球体になったような容姿で、その中央付近に一つ目があり、その下に口がある生物が言った。





「おっ、君は確かピムン君だね。そうだね、君にはどうやらない器官だから分からないだろうけれど、後で教えるよ。というか自分で調べてくれ。で、まあそれは置いといて、生まれは日本っていう国だったんだ。そこで、体を粉にして働いて、精神的にも肉体的にも破壊されて死んだ。過労死っていう奴だ。仕事帰りに飲むカップ酒で日々の疲れを癒してはいたんだけど、それでも疲れはほとんど取れなくてね。家に帰っては女房に怒鳴られ、ゴミ扱いされ、休日も邪魔扱いされ居場所がない私は、図書館に行ったり、ゲーセンで一人ユーフォーキャッチャーをやったり、ネットカフェで横になったりね」





「先生可哀そう」





 僕は言った。





「これで先生の自己紹介は終わりだ」





「そんなはずは、ありやせん。生物の、ましてやこのクラスの担任の知的生命体がそれだけの自己紹介ってのは全く持ってありえやせん。あっていいはずがありやせん。さあ先生全て洗いざらい、尊かった一日一日を洗いざらい吐き出して下せえ」





 ピムンって何だ? 粘着質な奴なのか?





「そ、そうだな。洗いざらい話すか。それに時間はいくらでもある。皆は知らないかもしれないけれどこの、異世界には時間管理魔法ってのがあってだな。先生はこの世界でそれを習い、覚えた。だから、先生がその気になれば、一日を一年ぐらいに伸ばす事だって出来るんだ。だから、皆の前の人生について洗いざらい、語ってもらうってのもいいかもしれないな。一日中。つまり魔法で引き伸ばした一年間だ。どうだ? 賛成の人はいるか?」





 僕以外の全ての生徒が挙手をした。冗談じゃないよ。一年間自己紹介だけで終わるなんて。まあ実際は一日なんだろうけれど。





「よし、多数決で決まりだな。そうだ。これから先仲良く協力してクラスを営んで行かなくてはならないんだからな。良い決定だったと先生は思うぞ」





 先生の言葉に様々な異世界から来た異世界人達が拍手喝采した。


こうして自己紹介をする事が決まった。決まってしまった。体感的に一年間も。でもそうは言ってもずっと監禁って事ではなく、途中途中でカラオケや食事タイム、お菓子タイム、プール、映画鑑賞などが挟まれる。更に要望にも応えるとの事だったので思ったより苦痛は少ないかも知れない。そして場の雰囲気も思ったより、現時点では重くなく何だか部活の合宿、あるいはキャンプに皆で来ているような感じに思えた。だが、体感的に一年と言うのはやはりそうとうな長丁場の気がしないでもない。いくらクラスメイトと仲良くなる事が目的とは言っても他に重要な事は山ほどありそうな気がする。でも異世界に来て不安なのは事実だし、異世界での生きる目的やどう暮らすのかなどがまだ理解できていない今、逆らうのも、逆らって追い出されて路頭に迷うのもどうかとか思ったりしたので今の所はしぶしぶ納得する事にした。





「では、最初の自己紹介をしてもらいたいと思います。出席番号一番、メンケモンケバンバン君」





「はい!」





 ミンケモンケバンバンと呼ばれた出席番号一番の男か女かいや人間かすら、むしろ生物かどうかすら分からない四角い角材のような物が返事をした。





「おいらの名前はミンケモンケバンバンと言うっち。角材と呼んでくれ。親しみを込めて」





 そこはどうやら自覚しているらしい。





「おいらは石材星からやってきた。転生ではなくて転移組っち。理由としては留学目的っち」





 そうなのか。異世界留学ってのがあるのか。面白いな。





「で留学目的は自分の材質を強化する目的っち。つまりは強く成る目的があるっち。自身の体の強度を石レベルから金属レベルまで強化する目的で強化留学っち」





 へえ、そんなのがあるのか。っていうかどこから喋っているんだよ。口もねえし。目も見当たらないからどこでどう視認しているのかどういう体の構造をしているのか分からないから、興味深く面白くもあるんだけど、本当にあの角材が喋っているのかという懐疑の念もまだ捨て去ることは出来なかった。


「それでメンケモンケバンバンはどうして強くなりたいと思ったんだ?」





「先生、まずおいらの名前はミンケモンケバンバンっち」





「そうか。それは失礼した。出席番号一番から間違えるとは先生まだまだだな」





「それで、どうして強くなりたいって思ったかって言うのは、男として生まれた以上そう願うのは摂理ってもんじゃないっちか」





「ミンケモンケバンバンは男……っと」





「せ、先生。おいらの性別今知ったっちか?」





「いやあ、この生徒情報まだ詳しくなくてな。細かい情報が載っている生徒もいるけど、名前ぐらいしか載っていない生徒もいるんだよ」





「ちなみにおいらの情報は他にどんな情報が載っているっち?」





「ええと、特技はピラミッドタワー、崩れた塀の材料が来るまで自身が塀の一部となる補修アルバイトをしているって事だな」





「そんな事まで分かるっちか」





「ああそうだぞ。ピンケコンケヤンヤン」





「先生、さっきよりも名前の間違いが酷くなったっち」





「それはすまん。先生一生懸命これから名前を覚えるから」





 そんなやりとりを聞いていた僕だった。それにしてもまずミンケモンケバンバン略してミンケがまず男だっていうのに驚いた。どこで性別を区別するのだろうか。もしかしてよくよく探せばあるのかな? って無粋な考えはやめておこう。それと特技はピラミッドタワーってただ石材を積み重ねるだけだよな。同じ種族同士。いやでももしかしたらやはりそれにも正確性や美しさ、あるいは積み重ねられる速度などがあるのかな。それは実際見てみないと良いピラミッドタワーと悪いピラミッドタワーの違いが分かんないな。後、崩れた塀の補修アルバイトって、それ何もしないくても良いから楽とか一瞬思ったけど、そうではないよな。雨風に晒されながら動かないで塀の一部として待っているって事だろ。地球で言う警備員のような物かな。でも塀の一部に組み込まれて身動きが取れないんだったらそれはかなり大変なんだろうなあ。時給あるいは日給いくらになるんだろう。とかそんな事を僕は考えた。


「自己紹介は始まったばかりだ。まだまだ時間はある。もっとお前について教えてくれるな。ミンケモンケバンバン」





「もちろんっち」





「ちょっと、待ってよ。先生」





「うん? どうした? 出席番号二番」





「出席番号一番の自己紹介を長くする。つまり皆均等に最初から分割するんじゃ飽きちゃいます」





「ではどうすればいいんだ?」





「はい。ですので、一人一人の自己紹介を今ぐらいで切って短くします。そして時間が余ったらまた出席番号一番に戻りまた順番に自己紹介をやっていくのはどうでしょうか」





「なるほど、一人一人は短めに、そして余った時間を自己紹介二周目としてやっていくのか。うん。良い考えかもしれない。一人一人の長い自己紹介で飽きる事もないし、二周目になった場合、すでに一周目の自己紹介内容を忘れているかもしれないし、覚えている所もあるかもしれない、それを踏まえた上で思い出し楽しむ事と新たなる発見二つの感じを味わえるつまり一度で二度おいしいって事だな。よしそれに決めてみよう。皆はどうだ? 良いと思った人は挙手をしてくれ」





 僕も含めてクラスの見渡す限りの人、皆が挙手をしていたのでそれで決まった。とはいえ後ろの人は見えないぐらい距離が離れているので、実際の所後ろの人の挙手がどのような状況だったのかは分からず、多数決として成立していたかどうかは分からないが。





「よし、ではミンケモンケバンバン。お前の自己紹介はここまでだ。ご苦労であった」





「ええっ、せっかくこれから自己紹介盛り上がる所だったのに残念だったっち。でも二周目で回って来た時の為に、何をどう、どのように5W1Hで伝わるように必死で考え待っているから、皆楽しみに待っているっち」





「そうか。では待っているぞ。ミンケモンケバンバン」





「先生が、おいらの名前を覚えてくれた事がおいらは嬉しいっち」





「では、続いての自己紹介をやってもらおうと思う。出席番号二番、ミョロリンケロッコヘンジャメン」





「はい!」


「私の名前はミョロリンケロッコヘンジャメンです。好きな食べ物はコロッケです」





「だろうな。名前の中にケロッコ、つまりコロッケが入っているからな」





「先生。それは偏見という奴です」





「そうか、それはすまない。では自己紹介を続けてくれ」





「はい。私は空気星で生まれました。空気が澄んだとても良い星です。そしてそのおかげで私はご飯を食べないで空気だけで生きて行ける生命体です」





「「「ええー!!」」」





 クラスの皆が驚きの声を上げた。





「ふふっ、驚かれますよね。空気と空気中に含まれるウイルスや細菌を体内に取り入れて、そこから栄養に変えて体を作っているのです」





「それは凄いな。信じられないな」





「そうでしょうね。私も自分自身について信じられない思いなのですから。本当に私はどうして生きているのかしら、どのようにしてこの体を保っているのかしらって生命の神秘に感心するばかりですわ」





「全くだ。それでミョロリンケロッコヘンジャメンは男なのか? 女なのか?」





「私は女です。よろしくね。で、私は空気星ではあだ名がコロッケって言われていたので、皆も私の事そう呼んでね」





「あだ名でコロッケって呼ばれているからコロッケ好きなのか」





「それもあります」





「だが、他の星にもコロッケがあるとは不思議だな。というか空気で生きていられるのにどうしてコロッケを食べる必要が必要性がある」





「それは別腹です」





「ちょっと意味が分からないな」





 空気を主食として、コロッケや他に何を食べているのかは分からないけど、それらを副食とする生命体か。興味深いな。





 そんな風に僕は思った。


「それで、ミョロリンケロッコヘンジャメンはどうしてこの異世界に来たんだ? ええと、自分の意志で来たのではありません。副食のコロッケを食べ過ぎて、死んでしまったのです」





「それは詰まらせたのか? それとも消化不良か?」





「後者です。消化器官を超える量のコロッケを食べ過ぎてショック症状を起こしたみたいです。まあ、それは死んでしまった今となっては確認する方法がないから、推測ですけれども。いや、もしかして毒を盛られた可能性も? あるいは食中毒? 分からない。分からないの。ねえ考えれば考えるほど思考が迷路に迷ってしまうの。迷い込んでしまうの。先生。私はどうしたらいいのでしょうか」





「ええと……まあこの世界に来たんですから、もう前の世界の事は忘れてこの世界で一生懸命生きて行きましょう。ミョロリンケロッコヘンジャメンさん」





「は、はい。そうですね」





 こうして、短いながらミョロリンケロッコヘンジャメンの自己紹介は終わった。





「では、次の自己紹介をやってもらうとしましょう。出席番号三番、そ」





 そ、と呼ばれた生徒が立ち上がった。





「せ、先生! 私の名前は「そ」ではありません。「そ」です」





 なんだかまたややこしそうな事になりそうだな、と僕は思った。


「そ、君。どういう事かな? 言っている意味が先生分かりません」





「ですから、私の名前は「そ」であって先生のいう「そ」ではないという事です」





「うん? 違いが分からないんですが先生は」





「えっと、発音が違います。先生の言う「そ」では意味的に猫の肉球という意味になります。私の「そ」の意味は清流という意味が込められているのです」





「確かに、肉球と清流では全く違うね。だけど先生にはその発音の違いが分かりません。英語でも舌をくっつけて発音するとかあるけど、それと同じ感じで違いが分からないから、これから勉強しようかと先生は思います。教えてくれますか?「そ」君」





「分かりました。ちなみに今の先生の「そ」は涎の中の細菌という意味の「そ」です」





「そうですか。難しい発音ですね。それにしても「そ」にもピンポイントの意味が沢山あるのですね」





「ええそうです。異世界人は私達の星の言語、特に「そ」は中々習得するのに苦労するとの話を聞いたことがあります」





「所で「そ」君はどこの星出身なのかな」





「私の出身は「み」星出身です」





「そこは「そ」星出身でいいと思うけど先生は」





「それは名前を付けた人の話では、「そ」に縛られる事なく、自由な星という意味合いを込めてあえて星の名前を「み」にしたそうです」





「なるほど。では「そ」の発音について教えてくれるかな」





「はい。まずは「そ」って先生おっしゃって下さい」





「そ」





「なるほど、まず今の先生が言った「そ」は相手にプロポーズを言う時に使う、愛している、そして結婚してくれを意味する「そ」です。まずは片耳をぴくぴくさせながら「そ」って言ってみてください」





 先生は耳をぴくぴくさせながら「そ」と言った。





「なるほど。大分近づきました。ですがまだまだです。今の「そ」は水たまりの意味の「そ」です」





「おお、水系か。かなり近づいたな」





「ええ、ですがまだまだです。次に白目をむいて下さい。白目をむくことで口に余分な力が伝わらなくなり、発音が言いやすくなります」





「分かった。言ってみるよ。「そ」」





「おお、良くなってきました。今の先生の「そ」は水という意味です」





「何だか分からないが嬉しい気分だ。そして楽しい」





「言語を習得するというのはそうかもしれないですね。では続いてのコツは皮膚を、特に薄い皮膚の部分を引っ張りながら、そうですね。脇の下のもし先生にわき毛が生えているのであればわき毛を引っ張りながら「そ」と言って見て下さい」





「そ」





 先生は耳をぴくぴくさせながら、そして白目をむきながら、更に脇の下を、わき毛を引っ張りながら「そ」と言った。おい、この絵面大丈夫か?





「凄い。初日でここまで上達できる人私は初めて拝見しました。ちなみに今先生がおっしゃった「そ」は濾過水という意味の「そ」です。清流の意味の「そ」まで後一歩ですね」





「そ、そうか」





 先生は嬉し恥ずかしそうに下を向いて首を少し振りながら頭をぽりぽりと掻いた。





「まだ、先生は体全体に力が入っているように見受けられますので、両足を開いて腰を落として、手をぶらぶらさせながら、更に舌を少し出しながら、そして最後に鼻の穴を両方広げながら「そ」と言ってみてください」





「分かった」





 もはや生徒に言われるがままの操り人形先生にしか見えない。





 先生は自身の右耳をぴくぴくさせながら、白目をむいて、左わき毛を右手で引っ張りつつ、両足を開き腰を落として、舌を若干出し、鼻の穴を広げながら「そ」と言った。もしこの映像が放送でもされていたとするならば、それはもはや放送事故としか言えないだろう。





「先生、素晴らしいです。それが私の出身星「み」星での清流を意味する「そ」です」





 そ、君は盛大に拍手した。





 僕はただの「そ」を発音するのにそれだけの事をしなければならないなら、発音を覚えなくてもいいやと、率直に思った。


「では、出席番号四番、マスガスバスハツ・んすっす~」





「はい」





 んすっす~と呼ばれた男はけだるそうに答えた。





 正確には男かどうかは分からないのだが、地球人に当てはめるとどう見ても男にしか見えない声とガタイをしているパッと見地球人の生物だった。





「んすっす~君は男ですか?」





「俺は男とか女とかそんな次元の生命体ではない。そういう概念には囚われない男だ」





「では、男という事で」





「あっ」





 自分で男って言っちゃってるからしょうがないよね。





「では自己紹介お願いします」





「自己紹介か。俺は自分の事がよく分からない。あまりに人間のスケールが大きすぎるからだ。つまり底が知れない。自分でもだ。だから自己紹介をしたとして俺のどこまでを語れるかという問題点がまず立ちはだかる事を言っておかねばならない。表面的で良いのならば、上澄みだけで良いのであれば言う事は可能だが、いや上澄みだけでも救いきれない程の存在なのだ。俺は」





「上澄みの一部だけでもいいから、教えてくれないかな」





「しょうがない。まず俺はおおらかな性格をしている」





「例えばどんな所かな」





「道端に落ちていた空き缶を踏んづけても怒らない。まあ、俺が以前捨てた空き缶なのだがな」





「それは自業自得だよね」





「何だと? まあいい。他にもまだまだある。暑い日に風が俺の頬を撫でて、触っても怒らない。むしろ笑ってやる広い心の持ち主だ」





「それは暑い日に、風があると暑さが和らぐから大抵の人は気持ちいいから怒らないよ」





「そんな馬鹿な。そんなはずがない。世の中皆、そんなに俺みたいに心が広い奴ばかりなはずがない」





「それを心が広いと言うのかどうかは別として、あまり、んすっす~君は、他の人の事を見ていないのかもしれないね」





「人の事を見る必要がどこにある? 俺の人生だ」





「そうなんだけど、ある意味それは正しくもあるとは思うんだけど、実際何でも一人でやっているのならば、誰も文句は言わないんだろうけど、誰かと関わっている以上、自分が誰かに迷惑をかけているかもしれない可能性について考えることも重要かもしれないよね」





「善処しておく。まあだからと言って、譲るつもりは毛頭ないがな」





「いや、自分を貫き通す事は良いことだと思うよ。それが正しい可能性もあるし、先生がどうこう言える立場ではないし、でも他人に害を与えるのはだめだよ。害を与えないのであれば、自分の考えを他人に言われたからって変える必要はどこにもないと思うしね」





「ふん。当然だ。だから俺は自分の道を突き進む後悔しないようにな」





「んすっす~君は何か夢があるのかい?」





「夢か、このまま平和に健康に生き続ける事が夢かな」





 案外良い人なのかもしれないなと僕は思った。


「では出席番号五番、ミジンコミドリムシアリ君」





「はい」





「うんっ? どこにいるのかな? 先生は見えないぞ」





「ちゃんと机の上にいます。しかし先生からすれば私はとても小さいサイズなので、見えないのもしょうがないとも思います。しかし私から先生を見ても先生の全貌が見渡せないのでそれはお互い様だとも思いますが、このままだと私このクラスで一緒にやっていける自信がないのも事実です」





「大丈夫です。先生が精いっぱいサポートをしますから」





「ですが、先生が近寄ってきただけで風圧で私は飛ばされてしまう可能性もあります」





「じゃあ、どうしますか?」





「私を透明な箱に入れて空気穴を開けてそこで飼って下さい」





「それでいいのですか?」





「それが良いです。そうしないと風で飛ばされるあるいは、踏みつぶされて私の人生はジエンドです。せっかくこのクラスにやってきたのに、クラスメイトあるいは先生に踏みつぶされて終わる人生なんてまっぴらです」





「それもそうですね。善処したいと思います」





「ありがとうございます」





「では自己紹介を開始して下さい」





「ええ、私は実はさっき生まれたのです。この世界というより全ての始まりがこの学校で生まれたのです」





「では、前世の記憶というか前世がないという事ですか?」





「ええ、輪廻自体したことがありません」





「そうですか。それはおめでとうございます」





「よろこんでいいことなのでしょうか」





「もちろんです。生命の神秘というのを感じていますか? ミジンコミドリムシアリ君は」





「まだ実感はありませんが、それでも素晴らしい事なんじゃないかとそう思っています」





「なるほど。ですがいきなり言葉を喋れて凄いですね。あなたは天才ですか?」





「そんな事ないと思います。ただこの学校内に特別な何かエネルギーが満ちているようなのです。そのおかげで私は喋ることが出来るようになったみたいなのです」





「そうですか。先生この学校にそんなエネルギーが満ちているとは思いませんでした。では自己紹介を続けて下さい」





「先ほども言ったようにこの世界にというか命を貰って生まれて来たこと自体が初めてなので、特に自己紹介は私の場合は名前以外ありません」





「では、誰が名前を付けてくれたんですか?」





「えっと、自分で付けました」





「なるほど。そうですか。初めて自分で考え行動を起こしたのですね。素晴らしいです。でも先生も名前を付けて見たかったです」





「先生ならばどんな名前を私に付けてくれますか?」





「ダニとかノミとかでしょうか」





「ええ、そうでしょうね。気持ちは分かります。私が名前を付けた時と発想は同じですから。しかし断ります。私の付けた名前の方がとても良いと自分で今自負しました」





「そうですか。残念ですが分かりました。ではもう自己紹介は良いですか?」





「そうですね。先生名前を付けるセンスを磨いた方が良いのではないでしょうか?」





「そうですね。善処します」





「善処しますって言葉、その場凌ぎでない事を祈るばかりです」





 こうしてミジンコミドリムシアリ君の自己紹介は終わった。


「では出席番号〇〇番、円周率君!」





「はい! しかし先生僕はあだ名は円周率ですが、本名は円周率ではありません」





「ほう、つまりどういう事ですかね」





「ええと、先生が僕の名前を皆の前で本名じゃなくて、あだ名で呼ぶのは僕はあまり好ましく思っていませせん」





「では、もしかして……私はあなたの名前をフルネームで呼ばなくてはいけないという事なのですか?」





「ええ、お願いできますか?」





「わ、分かりました。では名前を呼ばせて頂きますね。円周率君の本名は……3、141592653589793238462643383279……」





 そうして私は円周率君の本名を千年の間、今現在も呼び続けている。





 のちに、円周率君の名前はπで良いとの了承を貰ったのだがそれは今から更に千年後の話である。



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