表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/6

金髪のヒロイン

 前世で一番見た風景は、白い天井と白い壁。二番目が病室の窓から眺めた四角く切り取られた病院の庭だ。


 十歳で突然、原因がわからないまま立てなくなった。家が裕福だった事と非常に珍しい病気だという事で、すぐに大学病院の個室が与えられ、その日からずっとその部屋だけが彼女の世界だった。

 最初のうちは見舞いに来てくれた友達もいなくなり、家族もずっと病室にはいられない。ひとりぼっちになった彼女の時間を埋めてくれたのがゲームだった。


 個室だからと決められた時間内だけはタブレットを与えられ、スタンド型の器具に取り付けて寝たままでゲームをした。

 難しいゲームは疲れてしまうけど、話の分岐点を選ぶゲームや脱出ゲームで遊ぶうちに、偶然乙女ゲームを見つけた。

 現実での恋愛など出来るはずもない彼女には、画面の中でだけでも学園生活を送り、男の子と親しくなるのはとっても新鮮だった。


 お妃候補に選ばれるところから始まるゲームは、学問も礼儀作法もダンスも頑張ればちゃんと数値で結果が出て、みんなが素敵な令嬢だと褒めてくれるようになる。

 ただ攻略対象の王太子は、孤独だとか自信がないとかすぐに愚痴をこぼす、見た目がいいだけで魅力のない少年だった。

 そんなの彼女にしてみたら王太子なのだから当たり前の話だ。彼には仲のいい友達も弟もいる。自分に比べて数倍恵まれた生活なのに何を言っているんだろうとしか思えなかった。


 それでも最後までプレイしたのは、もうひとりのヒロインで遊びたかったからだ。強い魔法を放ち新しい魔道具を開発するヒロインは、動けない彼女には眩しくて羨ましくて、自分がそのヒロインを操れるのが楽しくて夢中になった。


 こちらの攻略対象は、誰も暗いことを言ったり(こじ)らせたりしていない。

 グレンは王弟殿下の子供という立場のせいで、宮廷内で王子達より目立たないように気を使っていた。利用しようと近付いてくるやつや嫌がらせをするやつがいても全く気にせず、いつもヒロインを力付けてくれる。愛する人達を守るために槍を手に敵の中に勇猛果敢に突っ込んでいく姿は、物語の勇者のようだった。

 セドリックは父親や弟と喧嘩別れしても、自分が仕えるのはサイラスだけだと決意し、彼を王にするために魔法を駆使して戦った。冷淡そうな第一印象なのに、実は世話好きで優しくてそのギャップが素敵だった。

 クリフは子供の頃に魔獣に襲われて片目を失い、生涯にひとりしか愛せない一族に生まれながら、ヒロインの重荷にならないように陰から支えてくれた。そのくせ熱烈な愛情表現で彼女をうっとりさせてもくれた。


 そしてメインの攻略対象は、目的のために手段を選ばない魔王だった。

 側室の子供と馬鹿にされようと、兄弟達と違う扱いを受けようと、彼はいつでも強く気高く、王になるために魔剣を手に戦っていた。彼は王妃になるべき女はおまえしかいないと、ヒロインにだけは優しい眼差しを向けるのだ。

 彼女は、その眼差しに恋をした。


 恋愛要素より戦闘メインという不思議な乙女ゲームだけど、強い男達に信頼され肩を並べて戦うヒロインになれる時間は、特別な時間だった。

 体調が悪くなり、ゲームを出来る時間が短くなっても、彼女はサイラスに会うために画面を開いた。たとえ二次元でも、作り物でも、彼が彼女の最初で最後の恋人だったのだ。



 雪が降った翌日の朝、彼女は静かに息を引き取った。まだ十五歳。短すぎる生涯だった。






 セイラは五歳のある日夢を見た。病弱で悲しい女の子の夢だ。

 彼女がタブレットという板でやっていたゲームは、自分の住んでいるこの世界が舞台なんだという事と、それが前世の記憶なんだという事を理解するのに数日かかった。

 夢を見た理由はわかっている。前日、この地方に何十年かぶりに雪が降ったのだ。


 大好きだった世界に来られたのだと知った時の感動と興奮と、金髪ヒロインで生まれてしまったと知った時の失望は、言葉では言い尽くせない。

 それでもセイラは元気で美しく、家族に愛されたくさんの友達がいた。どれも前世で欲しかったものばかりだ。

 だからやれることはやろうと思った。今度の人生では自分の足で歩けるのだから。


 まずは持っているスキルを伸ばすことから始めた。

 人を操るマリオネットというスキルは、乙女ゲームのヒロインとしてどうかと思うし、ゲーム内にそんなスキルはなかったはずだ。でも銀髪のヒロインのような強力な魔法がない以上、あるものでどうにかするしかない。幸いなことにヒロインらしい回復スキルもあったので、友達と出かけるふりをして弱い魔獣を相手にレベル上げをした。


 そして七歳の時、彼女は行動に出た。

 自分はこうして元気でいられるのだから、クリフだって目を失わないでいてほしい。攻撃魔法はないけれど、マリオネットの使い方はわかっている。地竜を操ればいいんだ。それが駄目でもすぐに回復すれば、クリフは傷つかないで済むかもしれない。


 バージェフ領での祭りの日、両親と一緒に観光に来ていたセイラは、先にホテルに帰ると嘘をついて森に向かった。

 木々の陰から覗き見た地竜は大きく強そうで、まだ小さな子供でしかないクリフはとても弱そうだった。


「助けなきゃ……」


 でも何も出来ないうちに全てが終わっていた。

 突然、強力な雷魔法が炸裂し、一撃で地竜が倒されたのだ。


「まさか」


 そこにあの子がいた。

 なぜか男の子の服を着て眼鏡をかけているけれど、輝く銀色の髪は隠せない。クリフに声もかけず、すぐに立ち去ろうと彼女が踵を返した時に見た、子供とは思えない意志の強そうな表情は、ゲームの強いヒロインそのままで、涙が出るほどに嬉しかった。彼女はこの世界で、ちゃんと存在して生きているんだと。


 綺麗に弧を描いた眉と男の子と間違えそうなほど強い光を湛えた鋭い眼差し。でも唇は女の子らしくふっくらとしていて、口紅をつけていなくても綺麗なピンク色だった。

 そして瞳。同じ青い瞳でもガラス玉のように明るい王族の瞳とは違う、光の加減によっては黒に見える深い青だ。

 あれはきっと海の色だ。前世でもこの世界でも、行ったことのない海の色はきっとあんな青をしているに違いない。


 でもなぜ、あの子はここに来たのだろう。ゲームの中では、彼女は学園に入学してからクリフに出会うはずだ。

 もしかしたら彼女も転生者かもしれない。彼女もゲームをしていたのかも。

 そう思ったら、彼女と会って話がしたくなった。でも一方で、彼女はあんなにも強くなっているのに、何も出来ていない今の自分では会いたくなかった。


 そして運命はゲーム通りに動き、セイラの両親は彼女が九歳の時に馬車の事故で亡くなった。

 ゲームの中では、あっさりと触れられる過去の話だ。具体的に、いつどこで事故が起こるかはわからなかった。

 でも銀髪ヒロインのあの子なら、両親を助けて運命を変えたかもしれない。

 それに比べて自分が情けなくて、祖父に引き取られ侯爵家の令嬢になっても、なかなか環境の変化に馴染めなかった。


 たとえ貴族でも侯爵と男爵では雲泥の差がある。

 以前親しかった友達は、ほとんどの子がいつの間にか疎遠になっていた。

 入院した時と同じだ。子供にとって大事なのは一緒に遊べる友達だ。遊べなくなったら、すぐに忘れられてしまう。


 与えられた部屋は以前よりずっと広く、ドレスも宝石もずっと豪華な物を身に着けられるようになった。祖父はセイラを可愛がってくれて、屋敷の中では穏やかな日々を送れていたが、高位貴族の社交界ではなかなか受け入れてはもらえなかった。

 特に子供は辛らつだ。見慣れない子供は嫌がらせの対象になった。

 今回は友達を失っただけではなく、嫌がらせもされるのかと神を恨みたくなった。


「あなた男爵家の生まれなんでしょ? 親が死んだから、侯爵家のお世話になっているってお母様が言ってましたわ」

「母親は家を捨てて男爵家に行ったんですって」

「居候なんだろ」


 でも負けない。

 ここは大好きだったゲームの世界で、少なくとも今回の人生では健康な体があるのだから。


「そのピアス。侯爵家の令嬢にしては安っぽいな」


 セイラは男の子が笑いながら触れようとした手を、扇でピシッと叩き落とした。

 これは結婚した時に父親が母親に贈ったピアスだ。両親の形見だ。確かに石は小さいかもしれないが、セイラにとっては何より価値のあるピアスだった。


「汚い手で触らないでくださいな。私、皆さんがどこの誰だかわかりませんの。ぜひお名前を教えてくださいませ。なにか誤解があるようですし、おじいさまを通して正式にお話させていただきたいですわ」


 俯かず、目を伏せず、前を向く。

 この人生では前世の分も強く生きてみせる。


「な、なんだよ。急に偉そうに」

「私も是非聞きたいな。我が国において古い歴史を持つ侯爵家の令嬢に、それだけ失礼な言葉を並べられるきみたちは、いったいどこのご子息とご令嬢なんだろう」


 背後から聞こえた声に、誰の声か理解するよりも早く心臓が反応した。指が震える。頬が熱くなる。


「大丈夫?」


 隣に並んだ気配がして、懐かしささえ感じる艶やかな低い声がすぐ近くから聞こえてきた。


「はい。なんともありませんわ」


 弱さを見せては駄目だ。サイラスはきっと共に立てる強い女性が好きなはずだ。


「そのピアス、クロムスフェーンじゃないかい?」

「え?」

「採れる鉱山が少なくて、ペリドットやエメラルドよりずっと高価なんだ」


 馬鹿にしていた子供が逃げ出そうと後ろに下がったため、横にいた令嬢にぶつかった。

 側室の産んだ第二王子は子供らしさが全くなく、まだ十二なのに大人と話をするのを好み、国王のお気に入りだという噂は有名だ。


「こんな価値のわからない者達は放っておこう。ああ、セドリック。彼らの身元を確認しておいてくれ」

「全員わかっております。辺境伯の令嬢がひとりに、あとは伯爵家ですね。どうやら社交界の決まりを理解しておられないようだ。家のほうに苦情を入れておきましょう」


 はっとして振り返った先には、セイラに絡んできた者達に冷ややかなまなざしを向けるセドリックがいた。銀縁のメガネの形までゲーム通りだ。

 本物だ。もちろんサイラスも。

 エスコートしてくれる指先から腕に視線を移動させ、どうにか勇気を振り絞って視線をあげる。そこには前世から想い焦がれていた男の顔があった。

 ゲームの彼よりは、まだずっと幼い。顔の輪郭も体つきも子供から抜け切れていない。でもそれが可愛くて、新しい彼を知れたことが嬉しい。

 

 もうずっと恋していたと思ったのに、そんなのは本物の恋の前ではおままごと遊びだった。胸が苦しくて涙が溢れそうで、それでも今この時だけはこの世界の誰より自分は幸せだと思えた。


 でもサイラスには銀髪のヒロインがいる。あの海の色をした瞳のヒロインがいる。

 きっと自分では駄目だろう。邪魔をして嫌われたくはない。

 ならば、彼の望みを叶える手伝いをしよう。彼を国王にしてみせる。どんな手段を使っても。


 そしてセイラは、三人のヒロインを作り上げた。




 最初のヒロインは男爵家にいた頃の友人のひとりだ。男爵家の領地は小さく、平民と貴族の垣根が低かったのだ。

 明るいやさしい子だと思っていたのに、セイラが侯爵家に引き取られ王都に引っ越すと聞いた途端に態度が変わった。

 貧乏な田舎の生活から自分だけ逃げだそうとしている。親が死んでよかったと思っているんでしょうと、憎々しげに言われ、あんな優しかった子供の心の中に、そんな一面が隠れていたことが衝撃だった。


 彼女に手紙を出し、侯爵家の屋敷の近くに呼び出した。あの田舎から抜け出して王都で暮らす方法があると伝えたら、迷わずやってきた。

 マリオネットはある程度近付かないと使えない。相手が自分を認識しなくては駄目なのだ。


 そこからは簡単だった。暗示をかけた彼女はセイラがあらかじめ用意した花屋で働き始めた。住む部屋も用意した。

 きらびやかな都会での生活と安定した収入を得られた彼女は、セイラに感謝し、それから二度と会うことはなかった。




 二番目のヒロインは、サイラスに初めて会った時に絡んでいた辺境伯のご令嬢だ。

 あの時の事はセドリックから祖父に報告がいき、先方の家へも第二王子の名で苦情が届いたそうだ。もちろん祖父からも、正式に侯爵家から各家へ苦情が届けられた。

 彼らは厳重注意されたようだが、それぞれの家の話し合いで、どの子もまだ十歳前後の子供だからと、今回だけは不問にすることになった。要は貸し一個だ。


 辺境伯令嬢は次に会った時にはころっと態度を変えて、セイラに媚びるように近付いてきた。復讐しようとか、嫌いだったとか、そういう理由は何もない。ただ知り合いが少ないから、使える人材が他にいなかったので、彼女にマリオネットを使った。

 



 三番目のヒロインはどこの誰だか知らない。祖父に連れていかれた茶会で出会った女の子だ。

 魅了のスキルを使える。それだけで選んだ。


 彼女達が動き出すのは学園に入学してからで、そこには銀髪のヒロインもいるはず。まさかとは思うけれど、彼女が自分の存在にその時まで気付いてない場合は気付いてもらいたい。

 だから、銀髪ヒロインルートの攻略者を巻き込むことにした。

 彼なら、魅了なんかに引っかかったりしないだろう。




 そして翌年、セイラはお妃候補に選ばれた。

 実はサイラスのおかげだ。

 セイラが侯爵家令嬢と認められる近道のひとつとして、お妃候補に選ばれれば誰ももう彼女を軽んじたりは出来ないだろうと、セドリックを通して侯爵家に助言したのだ。


 サイラスが誰かと婚約したという話はまだ流れてこない。銀髪のヒロインが選んだのがサイラスでないのなら、もしかしたらセイラにもまだチャンスはあるかもしれない。


 ゲームの流れと変わらずに、時間が進んでいく。

 淡い期待を胸に、セイラは学園の門をくぐった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ