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銀髪のヒロイン

 アリシアが記憶を取り戻したのは、五歳の時だった。

 魔力の強い侯爵家の家系の中でも、ここまでの逸材は初めてだと驚かれ英才教育を受けていたある日、訓練の最中に魔法を避け損ねたのだ。

 衝撃で気を失い、夢と現実の境が曖昧な中で記憶が戻り、前世の性格とアリシアの性格が混ざり合った。


 前世の彼女はひとりで過ごすことが多い女性だった。

 飲食関係のサービス業に従事していたため友人と休みが合わず、時間帯も昼から二十二時まででは仕事終わりに飲みにも行けない。それに接客で疲れていると、休みの日くらいはひとりで気兼ねなく過ごしたくなるものだ。

 家でひとりで遊べるもの。半ば必然的に彼女はゲームに夢中になった。据え置きから携帯まで、さまざまなゲームで遊んだ。


 ゲームが得意だった彼女には、魔法の訓練も錬金術師の勉強も半ば遊び感覚だ。楽しみこそすれまったく苦痛ではない。放っておくと食事も睡眠も忘れて勉学に励んだ。


 彼女が必死に勉強や訓練に勤しむ理由はもうひとつある。クリフの存在だ。

 ゲームのストーリーを知っているアリシアからしたら、一番気をつけなくてはいけない相手だ。今後起こる面倒ごとはほとんどクリフのせいなのだから。

 ゲームの中のクリフは幼少の頃に魔物に襲われて、右目が見えなくなっていた。そのイベントが起きるのが七歳だ。起こるとわかっているのなら、出来れば防いであげたい。魔道の訓練に励んだのはそのためでもある。


 その日の事は思い出話として、ゲームに詳しく出ていた。クリフの父バージェフ侯爵の、領地の祭りの日に、ひとりで森に入ったクリフが地竜に襲われるのだ。

 地竜は竜の中では一番小柄で弱く、トカゲに羽が生えたような魔物だ。だが、それでも竜だ。象よりも大きいし攻撃力も強い。それに勝てなくてはクリフを助けられない。


 しかしそこには地竜より大きな問題がある。属性テンコ盛りのクリフの設定だ。

 片目を失った侯爵嫡男。建国当初からの歴史のある侯爵家は、表向きは代々国王近くに仕える側近で、実は国王だけが使える忍びの一族だ。これだけでも厨二病全開なのだが、ここから乙女ゲームらしい設定が更に盛られている。

 彼らは一生にひとりの相手しか愛せない一族で、本気で誰かを愛すると青い目が夜行性の肉食獣のようなトパーズに変わるのだ。侯爵家として、これは大問題だ。愛した相手に断られたら、跡継ぎ問題が出てくる。最悪、愛がなくても子供は作れるが、ドロドロの愛憎劇が始まりかねない。

 ゲームなら絶対に自分だけを愛してくれる相手というのは理想かもしれないが、現実世界では、ストーカーになりそうな愛の重い男に追い掛け回されるというのは、喜ばしいことばかりではないだろう。


 それでアリシアは、クリフを助けに行くときに男の子の服を着た。髪は後ろで結わき伊達眼鏡までかけた。その時はまだ、せっかく銀髪ヒロインに生まれたのだから、一番人気のサイラスと恋愛がしたかったからだ。


 バージェフ侯爵の領地はお隣だ。

 七歳の祭りの日、アリシアは男の子の姿で屋敷を抜け出し、転移魔法と身体強化を使った走りで目的の森に駆け付けた。その時にはもう、()()()ランクSの魔道士並みに強くなっていたので、雷魔法一撃で地竜を倒し、何が起こったかわからずに青い瞳を大きく見開いて呆然としているクリフに声もかけず、さっさと帰宅した。


 その後、クリフがどうしたのかは知らない。

 ただ特大の雷が地竜を貫いた衝撃と爆音はすさまじく、空気が振動したほどだったので、すぐに大勢の人が集まり騒ぎになっただろうとは予想出来る。

 バージェフ侯爵が息子の命の恩人を捜しているとの噂を聞いたのは、それからすぐだった。


 アリシアとしては出来るだけ早く、遠くからでもいいからサイラスに会っておきたかった。楽しくてついついレベルを上げすぎたせいで、錬金術師としても魔道士としても目立ちすぎて、国として放置出来ない状態になっていたからだ。

 しかし王族に下手に近づきすぎると、他の攻略対象者のルートにはいる危険がある。バージェフ侯爵家も国王のそばにいるので、宮廷には近づきたくなかった。

 その間にもいろんな機関から勧誘が来る。侯爵家の力で押さえていられるのも時間の問題だ。王命にされては逆らえない。


 それでアリシアは考えた。

 あれは下手に逆らったらまずいと思わせるくらいに強くなればいいんだ。ゲームのヒロインと同じように災害級と呼ばれるほどに強くなろう、と。


 ヒロインという名の最終破壊兵器の誕生だ。


 ただ本人はその力を使う気はなかった。抑止力になればいいのだ。あいつがいるからあの国に攻めるのはやめようと他国に思わせられたら、それだけで存在に意義がある。

 そうして乙女ゲームの世界に生まれたヒロインとは思えないような、日々勉学と魔法と錬金術だけの毎日を送り、十歳になった。

 夢中で忘れていた。会ってはいけない奴を。


 新しい魔道具が完成したので、王宮近くにある魔道具研究機関に出向いた帰り道、馬車を待たせている場所まで歩いていた時、突然、背後から腕を掴まれた。アリシアの近くには秘書も護衛もいた。でも誰も彼が近づいたことに気付かなかった。アリシアでさえ、腕を掴まれるまで彼の存在に気付かなかったのだ。さすが忍びの一族だ。


「俺をあの時助けてくれたのはおまえだろう?」


 三年ぶりに会ったクリフは、二歳年上の十二歳。すっかり背が伸びて筋肉もつき、別人のように大きくなっていた。漆黒の髪はサラサラで長い前髪が邪魔そうで、そこから覗く青空のようなブルーの瞳が美しかった。


「何の話?」

「地竜を一撃で倒せる銀色の髪の子供は、この国におまえしかいない」

「あー、そうかもね。それで?」

「礼が言いたい」

「わざわざそれで私を捜していたの?」

「命の恩人だ」

「怪我はしたかもしれないけど、きっとあなたでも倒せていたわよ」


 ゲームとは違い、両目が見えるクリフの成長した姿を見られて嬉しくて、つい笑顔で話をしてしまった。まさかそこで、彼が恋に落ちる瞬間を見ることになるとは思わなかった。

 彼の綺麗な青い瞳が瞬きひとつで金色に変わり、獲物を見つけた肉食獣のように瞳孔が広がるのを目の前で見てしまい、アリシアは思った。「やらかした」と。


 恐怖は別にない。相手がクリフでも勝てる自信はあった。

 だが家族を巻き込み、侯爵家同士の(いさか)いに発展しかねないのはまずい。

 そこからは速さの勝負だ。

 息子が恋に落ち、生涯たった一人の相手を見つけてしまったことにバージェフ侯爵が気付き、婚約させて自分の家に引き取るとアリシアの親に申し出た時には、すでに魔道具研究開発機関と魔道士団に相談を持ち掛け、もし自分の意志に反した決定がされれば、どんな手段を使っても国を出ていくと父親を通して国王に伝えていた。


 アリシアが他の男を選んだ場合、跡継ぎの問題は出るが、クリフに命の危険があるわけではない。ましてや相手はまだ十歳の少女で侯爵令嬢だ。勝手に惚れたくせに、婚約だけならまだしも軟禁して自分達の家で独占しようとするのは、戦力を欲していた魔道士団や魔道具研究開発機関としては看過出来ない。国として重要なふたつの機関から国王とバージェフ侯爵家に正式に苦情が寄せられた。


 この話を聞いて、面白がったのがサイラスだ。国王に呼び出されてアリシアが宮廷に出向いた時に、その場に顔を出したのだ。

 側室の子といっても王妃が亡くなった今、国王は毎週のように別館に足を向けているので、サイラスと顔を合わせる機会が増え、その優れた資質に気付き可愛がっていた。それがまた王太子や第三王子を焦らせる原因にもなっていたのだが、それを気にするサイラスではない。


 だが、やっと会えたサイラスを見ても、アリシアはときめかなかった。

 ゲームの通りのイケメンだ。声もいい。頭も切れるし真っ黒さを隠さないところも嫌いではない。


「ふたりを私の側近にください。もちろん他の仕事と兼任でかまいません。同じ日に別館に来れば話も出来る。まずは互いを知るところから始めないと。それに私がいれば下手なことは出来ないから、アリシア嬢も安心でしょう」


 王太子を差し置いて、バージェフ侯爵嫡男と災害級ヒロインを側近にしてしまったサイラスを、国王にするのは面白そうだとは思うが、恋愛対象だとはなぜか思えなかった。


「俺は、おまえの重荷になっているのか? 俺の想いは迷惑か?」


 他の人間相手にはほぼ無表情のクリフが、眉尻を下げた情けない表情で所在なさげに立っている様子は、黒い大型犬が耳と尻尾をさげてしょんぼりとしている姿に見えた。

 

「どっちもないわよ。今のまま、自由に動けるならいいの」

「俺は……その……そういう対象になれるだろうか」


 二歳年上で頭ひとつ分身長が高くて、なんでも出来て女性にもモテている男が、自分しか愛せないとはなんて気の毒な呪いなのだろう。


「愛せるかはわからないけど、あなたはもう大切な友人だわ」

「じゃあ、傍にいてもいいか?」

「いいけど、私に好きな人が出来ても殺さないでよ」

「……」

「殺気、だだ洩れなんだけど」


 無口だと思っていたのに意外に会話が弾み、暗いと思っていたのに明るい声で笑うやつだった。ゲームと現実は、やはり全く違う。

 いつのまにかすっかりほだされて、彼が傍にいるのが当たり前になっていた。

 クリフの目の色が変わって四年。劇的な事件は起こらず恋敵も現れず、ただ何気ない日々を積み重ねていくうちに、徐々に互いの事を知り距離が縮まる日々は、アリシアにとっては大切で楽しい日常だったが、クリフにとっては気が気ではない毎日だったのだろう。


「サイラスを愛しているなら俺は邪魔になる。国外に行こうと思う」


 唐突に言われた時には、実はもう両思いだとクリフもわかっているだろうと思っていたアリシアは、彼を追い詰めていたことにようやく気付いた。


「それは困るわ。私の傍にあなたがいるのはもう当然のことになっているんですもの」

「友人関係はもう無理だ」

「いえ、そろそろ婚約しようかと」

「……は?」

「クリフ、私と婚約してください」

「え?」


 目を大きく見開き、穴の開きそうなほどにアリシアの顔を見つめ、


「え?」


 さも信じられないと言いたげに、もう一度呟いた。


「あ、急に婚約は駄目かしら。恋人から? それとももう遅すぎ……」

「遅くない! ……なんでおまえが申し込むんだよ。俺に言わせろよ」

「わかった。よし、言ってみて?」

「……くっそ」


 余裕の顔でアリシアに言われて赤くなりながら、クリフは彼女を胸に抱き込んだ。拒まれないと自信をもって抱き寄せられたのは、これが初めてだ。

 アリシアの方も平気な顔をしてはいたが、実は心臓がバクバクしていた。乙女ゲームのヒロインのはずなのに、ときめきを感じられない欠陥でもあるのかと心配していたのは無駄だったらしい。

 隣にいたのに、いつの間にか身長差がついていて、アリシアの顔はクリフの胸のあたりだった。


「アリシア、俺だけのものになってくれ」

「うわ、ちょっと、それは反則」

「うるさい、答えは?」

「なるに決まっているじゃない」


 アリシアが十四歳の時にふたりは正式に婚約した。

 最初の自称ヒロインが現れたのは、その日から二か月後だった。






 思い返しても、元の乙女ゲームのストーリーと全く違う人生だった。ゲームでは学園入学から話が始まり、学園内で攻略対象に出会うので、そこからまず違う。攻略対象全員がサイラスの側近だなんて設定もなかった。


「まあそれを言ったら金髪ヒロインの方が上よね」


 もうふたりのお妃候補との面会は済んでいる。

 エレインは以前から知り合いなので、今後の流れの再確認だけしてグレンの話題で盛り上がって帰ってきた。

 もうひとりはロレッタという伯爵令嬢で、王太子妃に選ばれなかった場合は、筆頭補佐官のセドリックに嫁ぐことになると聞いて安心していた。王太子にも第三王子にも辛い目に合わされてきて、最終的に選ばれなくて家に帰されたら立場がなくなってしまう。しかしセドリックならサイラスの信頼も厚く、宰相の長男で見た目も申し分ない。むしろサイラス相手より気楽でいいかもしれない。


 借りていた王宮の部屋を出て、ロレッタと挨拶をして別れようとしていた時に、偶然セドリックが通りかかり、紹介するという一幕があった。


 「顔を出して来いと魔王が仰せでね。冷たい雰囲気の美人かと思っていたら、意外に気さくで笑顔の可愛い女性だったね」


 さすがサイラス、そつがない。

 ロレッタの方もセドリックを気に入っていたようなので、さりげなくセドリックに彼女の魅力をアピールしておいた。お見合いのコンサルタントになったような気分だった。


 そして最後のお妃候補が、セジウィック侯爵令嬢のセイラだ。

 緩やかな波を描く艶やかな金色の髪と、深い緑色の瞳。子猫のような大きな目を長い睫がより魅力的にしている。

 初めて間近で対面して、もし設定が同じだという情報がなくても、ひと目で彼女がヒロインだとわかっただろうという確信があった。そのくらい彼女は人を惹き付ける魅力に溢れていた。

 以前、学園で見かけた時にはここまでの魅力を感じなかったので、力を押さえていたのか、あるいは今、何かの力を使っているのか。

 Sランク魔道士のアリシアに魅了は効かないし、この部屋には魔法を使えなくする結界が張られている。力は使えないはずだ。


「初めましてでよろしいですよね?」

「はい、お見かけしたことはありますが、こうしてお話しさせていただくのは初めてです」


 演技でないのなら、彼女はアリシアに会う事をとても喜んでいるように見える。


「私はアリシア・マクラウド。今はサイラス殿下の側近のひとりですが、王太子妃になる方が決定しましたら、その方の側近兼護衛をさせていただきます。他の仕事も抱えていますので専任ではありませんが、サイラス様に選ばれても、セドリック様の婚約者になられても、今後会う機会が増えるでしょう。よろしくお願いしますね」

「まあ、あなたが側近に?」


 口元を手で覆い、驚きに見開かれた瞳は恋をした乙女のように輝いている。もしかして彼女は、サイラスではなく自分に会いたかったのではないかと思ってしまうような表情だ。

 彼女も転生者なのは間違いない。同じ境遇の相手と親しくなりたい気持ちはアリシアにも痛いほどわかる。恋人にも話せない秘密を、ようやく分かち合える相手に出会えたのだ。

 でもまだ、お互いに相手を信用出来ない立場だ。彼女の様子が演技ならよし。そうでないなら、同じ転生者相手に気が緩んでいるのかもしれない。


「……以上がこれから婚約までの流れになります。なにかわからないことはありますか?」

「あの……婚約以外の話でもよろしいでしょうか」

「私でお答えできる話であればどうぞ」

「アリシア様は、なぜお妃候補にならなかったのでしょう。その資格は十分におありなのに」


 なぜ銀髪ヒロインなのにサイラスを選ばなかったのか。それとも秘かに恋仲なのか。確かに彼女にとっては必要な質問だろう。


「私は魔道と錬金術の才能があったので、お妃教育を受けさせるより、そちらの才能を伸ばす方が国に有用だと思われたのです」

「それでもフェリックス様が王太子の時に、サイラス様の婚約者になっていれば、今頃は王太子妃になっておられたでしょう?」

「私、もうクリフ・バージェフ様と婚約していますのよ?」

「ええ……存じております」

「まあ、ならばなぜその質問をなさったの? 私はクリフ様をお慕いしていますのよ」

「……そうなんですね。失礼しました。それであの時助けに。片目をうしな……」

「セイラ様」


 思わず声が強くなる。自分でも表情が強張るのがわかった。


「将来、側近の一人になる可能性のある者として、御忠告させてください」

「はい」


セイラの表情から笑顔が消え、テーブルに触れていた指先に力が入り、背筋が伸びた。


「神殿で陛下立ち合いの元、誓約書が交わされ、殿下からティアラが贈られて初めてあなたは王太子婚約者になります。たとえ使者の方から選ばれたと告げられても、その時はまだ正式な婚約者ではありません。セドリック様に嫁ぐ場合も同じです。誓約書を交わさないうちは何が起こるかわかりません。誰にも、嫁ぐ相手にも気を緩めないでくださいませ」

「……御忠告ありがとうございます。胆に銘じますわ」


 微かに目を伏せて答えた後、アリシアに向けられた瞳には先程まではなかった強い光があった。

 

 アリシアは彼女をサイラスと同じタイプだと思っていた。

 自分の目的のために人を操り、時には破滅させ、その罪も抱えたうえで悠然と微笑み王座を目指す。

 でも彼女は違うようだ。

 震える手を握り締め、自分の犯した罪に震えながら、それでも運命を切り開いていこうとしている女性。


「少し評価が甘いかな」


 それでもアリシアはセイラを気に入っていた。

 


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