09 実験タイム
「以上で転職の儀を終わります、お疲れさまでした」
「ありがとうございました」
女神テルースと別れたあと、ルチアは無事に転職をさせてもらった。
最初の予定通り、ルチアは現在魔法使いとなっている。レベルがあがれば更に細分化され、回復魔法を使う系統と攻撃魔法を得意とする系統に別れることになる。
まだまだ先の話ではあるが、この世界で生きていく上では大いなる一歩であることは間違いない。
転職自体は、簡単な商業の説明を受けて神に祈るだけだったので、そう時間はかからなかった。ちょっと困ったのは、神に祈ると言っても彼女かぁと思ってしまったことくらいだ。罰当たりな発想で転職不可になったらどうしよう、まで頭を巡ったが特に何事もなく転職できた。
あとで、女神からお小言くらいは食らいそうだが。
「思ったよりも早く終わっちゃったな…先に買い物済ませておこうかしら…?
そういえば、装備もちょっと…合わないかも」
転職の影響だろうか。
今着ている軽鎧や短剣が妙に窮屈に思えて仕方がない。武器をふるうことに対しては問題ないのだろうが、魔法使いに転職した今では腕力がかなり落ちているため攻撃力も相応になっている気がする。
「ベビースプラウトなら、クリティカルだして余裕だろうけど…杖だとそうもいかないだろうし」
魔法使いの物理攻撃力はかなりしょぼい。殴って倒せないこともないが、魔法で倒した方が段違いに早い。そして早く倒せるということは、それだけ被ダメージもすくなくて済むということだ。
「…いっそ魔法で釣ってカウンタークリティカル?」
現在ルチアが覚えているのはファイヤーボールという火の玉を飛ばす魔法のみ。そして、それ一発でモンスターを倒せれば問題ないが、倒せない場合はクールタイムが終わるのを待つしかない。…ただし、それはゲームであればの話だ。
この世界ではクールタイムという概念はあるのか。
レベルをあげれば連射は可能なのか。
「ふむ…色々考えられそうね」
今のルチアであっても、昨日乱獲したベビースプラウトであればあまり苦戦することなく戦闘ができるだろう。ならば、今現在の攻撃手段の中で最大の効率を出せる狩り方を試す余地がある。
幸い、リリィとの約束の時間は昼過ぎだ。色々試してみるのに十分な時間がある。
「採集依頼なら、クエスト後から受けてもいいもんね」
討伐依頼も受けた方が効率がいいのかもしれないが、約束の時間前に顔を出すのは気が引けた。せめて今日はもう少し目の下のクマが薄くなっているといいのだが、あの仕事量だと絶望的だろう。
「午前中は色々実験してみて、午後から本格的な狩りにしよう。どのレベルまでなら倒せるか、とかも試してみないとね」
そうと決まれば即行動だ。まず、雑貨屋に向かう。
買えるものはゲーム内でお馴染みだったものから、見たことのないものまで様々だ。もちろん生活雑貨も取り揃えられている。
「着替えとかノートなんかの細々したものと、回復アイテム買って残り300sか」
昼過ぎになればギルドで昨日の分の報酬が貰えるとは言え、かなり財布の中が寂しくなってしまった。本当であれば武器の持ち替え実験もしたかったので、魔法使い用の短剣も欲しかったのだが仕方がない。
「そういえばレベル10から生産もできたはずよね」
このゲームで言う生産とは、簡単に言うと冒険に必要、あるいはあると便利なものを自給自足できるシステムだ。
武器を作れる鍛冶や、防具を作れる裁縫、各種ポーションを作れる錬金、特殊装備を作れる彫金の4つがある。
サービス開始当初は、職業と同じように最初に選んだ生産スキルから変更することができなかった。その上、生産をするには他のプレイヤーに協力してもらわなければ必須素材が手に入らないというめんどくさい仕様だ。ユーザーからもかなり不評で、プレイヤーの減少にともない、全スキルを平行して取得できるようになったはずだ。
この世界ではどうなのだろう?
「生産が死んでたら、だいぶしんどくなるのよね。
最強装備なんて生産頼みだったもの」
最強を目指すつもりはないが、死なないためにはそれなりの装備が必要なのも事実。レアドロップや、特殊クエストの交換装備で凌ぐこともできるが、そちらもまた難しい要素が絡む。
「その辺りも聞いておけば良かったなぁ…。
まぁいっか。レベル10になったら自然とわかることだしね」
改めて気合いを入れ直し、都市の外へ向かった。
●●●●●
「ベビースプラウト、一撃かぁ…」
魔法使い用の装備ではない状態で一撃。まぐれや乱数のイタズラかと思い、10回ほど試してみたが、結果は変わらなかった。
ちなみにベビースプラウトを燃やし尽くしても何故かドロップ品だけはきれいな状態で手元に来る。不思議な世界である。
「レベル差もあるのかな。ベビースプラウトは1で私は今3だもんね」
しかし、これでは検証のしようがない。
ベビースプラウトでの検証は諦めて、レベル2のモンスターを探す。
「オニオンベビー…また赤ちゃん殺しするの…? そんな不名誉な称号つけられるとかないわよね?」
レベル2のモンスターは、あまり手間取ることなく見つけられた。そもそも都市の近くにはこちらを見掛けただけで襲ってくるアクティブモンスターは少ない、と案内にも書いてあった。ただ、そこにはレベルの概念は書いていなかったため、実際に目で見て確認する必要があったのだ。
「んじゃ、実験開始ね」
ゲームで魔法を使ったときをイメージして、炎の玉を作り出し、放つ。
魔法を扱えるという感覚は、かなり不思議なものだ。炎の玉の熱さを感じるのに、自分に害が及ぶ気がしない。正直自分が食らったら痛いじゃすまないだろうな、と思うのに扱えるのだから不思議なものだ。
また別の魔法を覚えたら、違った感覚がするのだろう。
「ファイアボール!」
魔法を放つとき、自然と口から魔法の名称が出るらしい。
かなり恥ずかしいので慣れるまでパーティは組みたくないと感じてしまう。この世界では普通であっても、ルチアにはそうではない。
そもそもパーティが組めるかどうか、現状ではかなり怪しいが。
完成した火の玉が狙い通り、オニオンベビーへ飛んでいく。
火の玉がぶつかったオニオンベビーの、玉ねぎそっくりな頭のてっぺんから皮がハラハラと落ちる。大ダメージは負ったようだが、まだ倒れてはいない。半死半生の身ながら、自分を攻撃してきた人間、すなわちルチアに向かって駆け出してきた。
「レベル2は流石に一撃じゃないか。魔法攻撃力の上がる杖なら違うかもしれないけど…」
こちらに向かってくる手負いの玉ねぎを見つめながら考える。おそらく、カウンタークリティカルが出れば同じように一撃だろう。では、普通の打撃であればどうだろうか?
玉ねぎに攻撃されたとしても、今は体力も満タンだ。格下のモンスターにクリティカルを食らったとしても一撃で死ぬことはない。…はずだ。
そう考えて、あえてカウンタークリティカルをせずに迎撃する。タイミングを外すのに、逆に手間取りそうになる。が、なんとか攻撃も受けず、普通の打撃を当てることができた。
結果は、オニオンベビーの皮が全て剥き取られ、消えた。
「ファイアボールと打撃の組み合わせで倒せる、と」
であれば、ファイアボールとクリティカルカウンターの組み合わせでも当然倒せる。
では、魔法の連発はと言えば…。
「無理そう…な、気がする」
ただの予感でしかないが、連発はできない、しちゃいけないような感覚がしていた。
そして、オニオンベビーを倒し終わってから、やっと普通に魔法を出せるような感覚がした。
「…無理矢理やったらどうなるんだろう?
考えられるのは暴発とか?
暴発して死んだらシャレにならないから、レベルが上がったり防御力があがってからかな。それくらいの段階で一番弱いファイアボールの連発を試す、と」
忘れない内に、今日購入したメモ帳に走り書きをする。
危険地帯ではないからこそできる技だ。
「じゃあ次はレベル3を探すか、それともオニオンベビー相手にアイテムや自然回復の回復量を調べるか…。
命に関わるから回復の方かな」
こうして、約束の昼過ぎまでに玉ねぎを乱獲して、リリィに嬉しい悲鳴をあげさせるのであった。
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