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07 女神テルース


「いらっしゃい、人の子よ」


 目の前にはアトリアが霞むほどの美人がいた。

 柔らかにウェーブがかかった金髪と、優しそうな茶色の瞳。真っ白なドレスに身を包んだ少女は、厳かにルチアにそう告げた。

 この人物を、ルチアは知っている。


「女神テルース、よね」


 ルチアは本来ならば今ごろ転職をしているはずだった。

 朝の身支度を終え、お店を軽く冷やかしながら神殿にむかったのだ。

 けれど、神殿に入った途端意識が遠くなり、こうなっている。


 回りは現実味のない真っ白な空間で、彼女以外の異物は何も見当たらない。


「正解です、人の子よ。

 第二の生は楽しめていますか?」


「えぇ、お陰さまで。…あのう」


 聞きたいことは山ほどある。

 この世界のこと、あっちの世界のこと。本当に何から聞こうか迷ってしまうほどに。

 だが、そんなルチアの疑問は吹き飛ばされた。


「って、威厳とかムリムリムリー! 『人の子よ』とか笑っちゃうよー!

 とりあえず座って座って! 今お茶とか出すからさぁ」


 女神テルースの威厳が、音を立てて崩れ去った瞬間であった。

 ルチアがそのことにショックを受けている間に、二人のいた空間が可愛らしい女の子の部屋に変わっていく。


「じゃーん、マイルーム仕様の神様のお部屋でーす。どうどう? 可愛くない?」


「可愛いけど…マイルームってあれか。私が引退する直前あたりに実装された…」


「そうそう、冒険とは何も関係がない、お遊びシステムだね」


 ピンクを基調したガーリィな部屋。そのソファに座るよう促される。

 ソファは見た目通りふかふかで大層座り心地がよかった。


「お茶も準備できたし、お話しましょうか。

 んー何から話そうかなぁ。あ、質問してもらった方が話しやすいかな?」


 ニコニコと笑いかけてくるテルースは、無邪気そのものだ。

 なんだかどっと疲れてしまうが、聞けることは聞いておいたほうが良い。


「えーと…まず、あっちの世界の私って死んだ?」


「あーうん、そうなの」


 ルチアも、実は生きている、なんていう望みを持って質問したわけではない。

 ただの事実確認だ。なので、あっさり肯定されても不思議と落ち着いた気持ちで聞くことが出来た。


「まぁ、そりゃそうだよねぇ。あれは生きるの無理だわ…。

 なら、この世界は?」


 死んだのはわかった。仕方がない。

 けれど、今自分はどうしてこうやって生きて、動いているのだろう。


「えーっと話せば長くなるんだけど…。

 この世界は、あなたもご存じの『TTOというゲームが現実化した世界』って考えてもらって差し支えないわ。

 もともとはプログラムでしかなかったんだけど、それなりの人数の人がこのゲームを楽しんでくれて、色んな想像やら妄想やらもしてくれて、命を持ったって感じ」


「元はプログラムだけど、人の想像力がこの世界を作ったって感じ?」


 作られた世界であることは間違いないが、今は独立した、というようなものらしい。


「そうそう。そして私は女神として作られたから、この世界の女神なわけ。

 ただし、全能なわけじゃ決してないけど」


 そもそも神が全能であるならば、侵略者に襲われもしないはずだ。それでは物語が成り立たない。


「でも、私のこと助けてくれたのはあなたよね。ありがとう」


「どういたしまして。第二の人生楽しんでくれているなら嬉しいわ。

 と言っても、この先を考えると巻き込んでごめんって感じではあるんだけど」


 感謝を述べると、テルースは複雑そうな表情を見せる。


「どういうこと?」


「TTOはサービス終了した、閉じた世界なの。

 この世界は緩やかに停滞して死んでいく運命にある。大本の供給が終わっちゃったから仕方ないことなんだけどね」


「えっサービス終了したの!? いつのまに!?」


 どんなゲームにも終わりはある。

 ネトゲだってビジネスなのだから、赤字が続くようならサービスの終了もあるだろう。それはわかっているが、かなり入れ込んだゲームなだけにちょと寂しい気持ちになる。


「あなたが社畜している間に、かな?

 皮肉なことに、サービスが終了してプログラムが閉じられたから、私やこの世界が自我を持つようになったんだけどね」


「そうなんだ。それでどうしてまた私をこの世界に連れてきてくれたわけ?」


 女神はバツが悪そうな顔をして答える。


「正直ね、たまたま目に入ったから、とかその程度の理由なのよ。

 これから私とこの世界は緩やかに死んでいく。人間の都合で作られて、人間の都合で捨てられて…もちろんこの世界でそんな事情をわかっているのって、女神の私くらいだけどね。

 やるせなくて、でも出来ることなんかなくって…で、ぼんやりとそっちの世界を見てたら、たまたまこのゲームを遊んでくれていた貴女が見えたってわけ。しかも、ちょうど死ぬところを見ちゃったの」


「そう…」


 クソ上司に無茶ぶりされた挙句、実現不可能な案件と共に死ねと言われたようなものか。


「正直に言うわね。

 助けたいとかそんな慈愛に満ちた感情じゃなくって、どうせ死んじゃうならこっちで観光でもしたら? くらいの気持ちだったの。

 っていうか、本当に出来るだなんて思わなかったから。

 世界の終わりに付き合わせることになってしまって本当にごめんなさい」


 そう言って女神は頭を下げる。

 ルチアはと言えば、ゲームのサービス終了にいまだにショックを受けていた。


「うーん、サービス終了は惜しいわねぇ」


「えっ!? そっち!?」


「いやだって…私が命を救われたのは事実だし。

 ちなみにこの世界が終わるのっていつ頃?」


「正確な時期はわからないわ。ただ、人々の祈りが途絶えたら、かしら。

 侵略者に滅ぼされて終わるのか、大地もろとも崩れ去るのか…全然イメージつかないけど」


「あれ? 祈りの力があれば終わらないの?」


 いずれなくなってしまう世界であれば、早いとこレベルをあげて観光したいと考えていたルチア。だが、女神の言葉が気になった。


「このゲームの大本って『見たことのない景色を見に行こう』と『祈りがみんなの力になる』だったじゃない?」


「そういえばキャッチフレーズそんなんだったわね」


 戦闘システムは目新しいところがない分、グラフィックに力をいれたゲームだった。その分容量をかなり食うのが問題でもあったが。

 そして、このゲームの独自システムとして売り出していたのが『祈り』システムだ。

 祈ることで攻撃力の底上げや、武器防具の生産率アップ、アイテムドロップアップなど様々な恩恵がある。また、ゲーム内でも前線の戦士に祈りを届けるというクエストも何度もあった。


「え、じゃあもともとの住民たちが祈ってくれたら存続できるんじゃない?」


「…無理じゃないかな。

 特に私の力が及んでいる設定のところほど、戦争の意識が薄れてしまって、信仰自体がなくなりかけているし…」


 守っている人間ほど、神を信じなくなってしまったというのは皮肉な話だ。


「なんかこう…この世界の人にお告げをするとか」


「上層部だけは頑張ってくれる可能性はあるけど…。

 というか、もう既に頑張ってくれてるのよね。彼らは…」


 テルースは悲し気に目を伏せた。




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