06 凱旋
「こんにちはー。依頼完了の報告にきましたー」
都市の外にでて数時間。体力魔力の自動回復待ちを兼ねた休憩も挟みながら、ひたすらに戦った。お蔭さまでレベル3となり、それなりのドロップアイテムも手に入れられた。何よりも「思ったよりは戦えそうだ」という自信がついたのは嬉しい。
とはいっても、ヤバイと思ったら即退却のチキン戦法を変えるつもりは毛頭ない。
「あ、あれ? 先程ギルド登録をしたばかりの方では…?
え、うそぉ…もうこんなに時間経ってるんです? そんな…書類がちっとも減ってない…どうして…」
(あー…リリィさん限界迎えてるな…)
その境遇に同情はするけれど、こちらの依頼達成の処理をしてもらうまでは正気でいてもらわないと。
「こっちが討伐時に落すドロップアイテム。
こっちが依頼品に書かれていたドロップアイテム。
あと運よくレアドロップもあったわ」
「え? ほんとですか!?」
思ったよりも食いつきの良いリリィさん。
詳しく話を聞いてみると、この書類の山の3割くらいはこの都市に常駐してくれる冒険者不足による、依頼未達成への不満なんかが原因らしい。残り7割は聞くのが恐ろしくて聞けなかった。
「えーすっごいですね。
ベビースプラウトは最弱と名高いとはいえこんなに集めてくださるなんて…。
今から処理をするのでもうしばらく……えーと…お急ぎですか?」
「ううん、そうでもないわ」
「えっと、じゃあ心苦しいんですけど、明日の昼くらいにもう一度来てもらえますか?
思っていた以上の量なので、確認に時間がかかりそうなんです」
考えてみれば当然の話だ。
カウンタークリティカルが出れば一体につき10秒くらい。出なければ1分くらいは集中して戦わなきゃならないけれど、そういう事態はあまり起きなかった。つまり、戦っていた時間に比例してドロップアイテムもかなりの量になっているのである。
気軽にまとめてほいっと渡してしまったけれど。
「あ、勿論、依頼は現時点で達成にしておきます!
なので、依頼期限を過ぎてしまってペナルティ、とかの事態にはなりませんので安心してください!」
「わかったわ。それじゃ明日のお昼過ぎにくるわね」
あの目の下のクマを見たら、断る選択肢などない。
そもそも、そんなに急ぐ旅ではないし。できた時間はのんびり観光にでも使わせてもらおう。
しかし、冒険者不足による依頼の未達成は深刻なようだ。
確かにレベルが上がれば、弱いモンスター相手に戦っても入ってくる経験値は微々たるものであることは否めない。それでも、ドロップ品は売れるしそれを欲している人もいるるのだ。
(ここにいる間は、出来る限り納品しておこう)
依頼達成による経験値も入ることだし、今日の感じではそこまで手間にもならないだろう。経験値はあって困るものではないどころか、今のルチアには必須のものだ。
そんなことを考えながらギルドをあとにしようとしたとき、大変なことを思い出した。慌てて仕事に没頭しはじめているリリィに声をかける。
「…あ、ちょっと待って!?」
「はいい!?」
「忙しいところごめんなさい。
でも、私現時点であんまりお金持ってなくて今夜の宿とか食事とかもやばいの!!」
「なるほど…でしたら、こちらのレアドロップ納品だけ処理してしまいましょう!」
言うが早いか、リリィはギルドの奥からお金を持ってくる。
「はい、こちらがレアドロップ納品依頼分の報酬です。
1000sありますので今晩の宿代には十分かと思います。
もしまだ宿を決めていないのであれば、メインストリートの土の広場よりの場所に星屑亭という宿がありますよ。ちょっとお高いですが、防犯の面も含めて女性にはオススメしているギルド推薦の宿です」
ついでにこの世界のお金の概念なんかも軽く教えてもらう。
取引できる通貨はsという名称で、冒険者以外の一般人が一ヶ月普通に暮らすには10000sもあれば十分らしい。
つまり、今現在のルチアでも贅沢をしなければ三日は暮らせるということだ。
「色々教えてくれてありがとうね」
「いえいえ。こちらこそ助かりました。
お蔭さまで私も5日後くらいにはおうちに帰れそうです~いえーい。20日ぶりの我が家~」
(それはもう、家を引き払ってしまった方が家賃が浮くのでは…)
と、流石に突っ込むことはできず。
曖昧な笑みを浮かべたまま、教えられた宿へと向かった。
辺りはもう日が落ち始めていて、空のグラデーションが見事だった。オレンジに染まった空から、ジワジワとこの世界特有の紫の夜が侵食してきているような、そんな感じの空。
ぼんやりを星空を見上げながら歩いていくと、教えられた宿が見えてきた。
「こんにちは、ギルドのリリィさんに聞いて泊りに来たんですけど」
「おや、いらっしゃい。一人かい?
素泊まりなら200s、朝夕のご飯をつけるなら300sだ」
宿の中には人のよさそうなおばさまが一人。帳簿の整理で忙しそうだったのに、目を合わせて説明してくれる。
「あ、お夕飯もつくんですか?」
「隣接してる酒場の定食なら無料提供してるよ。
更に食べたいとかお酒飲みたいなら、そっからは別料金になるよ」
「なるほど。じゃあご飯付でお願いします」
「あいよ」
そんな会話を経て、今夜泊る一室へ案内された。そこでも簡単な説明を受けて、お夕飯を食べに隣接されているという酒場へ向かう。
ちょうど食事時にぶつかってしまったようで、店内は人でごった返している。
「相席でも良ければすぐ入れるよ!いつ空くかはわからない」
お運びの合間を縫って店員にそう声をかけられた。二つ返事で相席で、と伝える。
知らない人と相席は緊張するが、それよりもお腹の虫が我慢してくれそうもなかった。今日は前世では考えられないくらいたっぷり運動したから仕方がない。
案内されたテーブルには自分と同じように一人でご飯を楽しんでいた女性がいた。
「相席ありがとうございます」
「なに、気にすることはないよ」
軽く声をかければ気さくに返事をされた。
面倒見のいい姉御肌、いった感じだろうか。
「もしかして星屑亭の泊まり客かい?
じゃあ、肉が苦手とかじゃなきゃ断然A定食をおすすめするよ」
「そうなんですか? じゃあそうしてみます」
アドバイスに従って、A定食を頼む。注文してすぐに出てきたA定食は驚きのボリュームだった。
前の世界で言うと、しょうが焼きのような風味のステーキのようなものに、たっぷりのポタージュスープ。付け合わせのサラダもなかなかのボリュームだ。ちょっぴり固そうなパンはスープに浸すと美味しいのだと教えてもらった。
「わぁ…」
「普通の女の子にゃ多いかもしんないけど、あんたも体力勝負の冒険者だろう?
このくらいならすぐ消化しちまうさね」
「ど、どうでしょう? でも、すごい美味しそうですね。いただきますー」
圧倒的ボリュームにちょっと気圧されつつも一口食べてみる。
「あ、美味しい!」
「だろう? これに酒があれば言うことないよ。別料金だけどね」
今食べているものは何の肉・何の野菜か、ということさえ考えなければ本当にご飯は美味しい。きちんと稼げさえすれば、ごはんに困ることもなさそうだ。
この世界の文化がある程度発達しているようで感謝しきりである。
美味しい料理に舌鼓をうちながら、ぼんやりと今後のことを考える。
(全然なにも決まってないんだよね…。この世界にきた謎をとくーって言っても手がかりはないし、正直社畜に戻りたいとは思ってない。
でもこの世界でなんとなく生きるために稼ぐっていうのも最終的に前と同じ人生を歩むような気がするし…)
「なんだか難しい顔してるねぇ」
色々と思考を巡らせていると、隣から声がかかる。
こんな美味いものを前にして、と彼女は笑った。
「あー…何してお金稼ごうかな、とか。そもそも何をしようかなと言いますか。
漠然とした不安ですかね?」
「アンタ…真面目なんだねぇ」
お姉さんは呆れたように笑った。
「確かに高い視野で物事を見ればそりゃ途方にもくれるさ。ここらは平和だけど、今も前線で戦ってる戦士がいる。
そうじゃなくても、侵略者の勢いが強い地域もあるしね。
ただ、それを私らが悩んだってどうしようもないよ」
「それはそうなんですけども…」
一度前線の戦いを見てしまったからか、どうしても考えてしまう。
「まずは目の前のことをやる。遠くを見るのはそっからだよ。
…なんて、説教臭くなっちまったかね」
「目の前のこと…まずは転職して」
「えっ、あんたノービスだったのかい? この町は一次転職だけだろう?」
「はい、そうですけど。
あ、一応転職のためのベビースプラウト狩は終わってます。ギルドに報告してたら遅い時間になっちゃって…」
「…ノービスのソロで転職ねぇ。あんたいい腕してるじゃないか。
宅配任務の途中じゃなきゃパーティを組みたいところだ」
「普通はソロで転職ってしないんですか?」
「そうだねぇ。ま、そもそも冒険者になろうとするヤツが少ないってのはあるが…」
雑談から、ゲームでは考えたこともなかった生活事情が聞けた。
そこから察すると
・思っていたよりも、この世界のモンスターは弱いこと
・冒険者という職業の人間は魔法都市に集まっていること
・ソロの冒険者は多くはないが、珍しいと言うほどでもない
・レベルの高い冒険者は最前線で戦っている
そんな話が聞けた。
「なんというか…そんな世間知らずでよくあんたここまでやってこれたね」
「あはは…まぁでもお蔭さまでなんとなく目標ができました。ありがとうございます」
レベルの高い冒険者は、いつのまにか侵略者との戦いに参加しているのだと言う。確かに、ゲームでもストーリークエストを進めていくとそんな流れになっていたはずだ。アップデートが続いていれば、前線で戦うなんてこともあったのかもしれない。引退したので知らないけど。
もしそうだとすれば、レベルを上げていればいつかアトリアたちの元に戻ることもあるんだろう。
当面の目標はそれにすればいい。
「そうかい。あたしの話が役に立ったなら嬉しいねぇ」
そんな会話をして、名も知らぬ冒険者と別れた。
宿の自分の部屋に入って、窓の外を見る。
「ほんとーにキレイよね、この世界」
空を見ても、PMなんちゃらだの花粉だのの脅威はない。
ただ、キラキラと眩しい星明りが辺りを照らしていた。
勿論、魔法で動いているらしい街灯もあるが、それよりも星明りの方が強い気がする。
「このキレイな世界を観光しつつ、レベルを上げてまたアトリアに会う…が、一応当面の目標かな?」
ルチアは、この世界で何かをしたいわけではない。
ゲームであれば、最強を目指したりするのかもしれない。けれど、そもそも向こうの世界にいたときのルチアも、最強を目指すゲームスタイルではなかった。アバターを楽しんだり、こちらの世界で出来た友達と交流することがメインだった。
せっかく拾った命を落とすことだけは避けたい。だから、最大限安全マージンをとって、死なない程度にガンガンレベルを上げる。
アトリアにもあのお姉さんにも言われた通り、今はただ自分にできることをやろう。
「とりあえず、寝る前に祈るのは日課にしておこうかな」
祈りの力は人数が多いほどいい。そして手間かからない。やらないという選択肢はなかった。
「あーもうやることリストとか作りたいのにノートがない!
明日お金もらったら雑貨とか買いにいかないと…。
あと普通にレベル上げに必要な回復アイテムとかも欲しいわよね」
明日することは、朝一に転職。その後ギルドに行ってお金を受け取って、ついでに安全そうな依頼を受ける。それから、日用品の買い出しだ。
メモしなければ忘れる、というほどではない。
「どうしよう…こんなに暇でいいのかな。
いや、この世界の普通ってわかんないけど…こんなに自分のために時間を使うとかいいのかな…」
ブラック企業に長年勤めていた経験が、自分の為に時間を最大限に使えるという状態を上手く処理させてくれない。どうにもスケジュールがスカスカしている気がして困ってしまう。
「…明日はもう少し沢山依頼受けよう。
レベルもあがるし、何より転職できたらもっと色々できるはず」
そう決めて、祈りを捧げる。
この世界に存在しているであろう、大地の女神と、遠い戦の地で戦っているアトリアのために。
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