57 アリス農園で案山子退治
「前は走り抜けちゃいましたけど、ここのエリアも面白い景色ですよね」
「そう、か?」
二人の目の前に広がるのはのどかな平地。踏みしめると確かな地面の感触がある、開拓された場所だ。
以前はアスファルトに覆われた地面ばかりを踏みしめていたルチアにとって、こういう自然豊かな景色は見ていて飽きないものだ。しかし、中央都市周辺の警備も担当していたアルナスルにとって、これは日常の風景の一部である。
中央都市エイリスから3エリア離れたここは、一番強いモンスターが非アクティブであるという比較的開拓に向いた場所だ。北側が開拓されつつある平地で、南側は熊や狼、キツネなどの野生動物がすむ森がある。ちなみに、一番強い非アクティブモンスターは森の中にいるいつまでも冬眠をしている「ねぼすけベアー」という熊だ。
各都市間を移動するために通り抜ける際には、獣の多い南の森側を通り過ぎるだけでいいため、こちら側は来ていなかった。
その、開拓された場所の一角にアリス農園はある。
「あら? どちらさま?」
道すがら向かってくるアクティブモンスターを捌いていると、一段高いところから声をかけられた。
道のそばにある一段高い場所は、畑だったようだ。
声をかけてきたのは20代半ばくらいの女性だ。赤茶の髪を三つ編みで一つ縛りにし、麦わら帽子をかぶっている。日に焼けており、そばかすがチャーミングな女性。彼女が、商業都市市長の娘、アリスだ。
「あ、こんにちはー。旅の冒険者のルチアといいます。
今は商業都市から中央へ戻る途中なんですよ。
こっちは私の護衛をしてくれているアルナスルです」
水を向けられて、アルナスルは会釈を返す。
「あら、そうなの。
私はこの農園の責任者のアリスと言います。今は何もないところですけど、いつかここを農業都市にして見せるわ!」
「ここに中継地点があると助かりますね。農産物が増えることはどの都市にとっても嬉しいことですし」
「そう言ってくれるのは嬉しいわぁ…。
ところで、あなた方冒険者なのよね?」
「はい、そうですよ」
「大変恐縮なんだけど…ちょっとだけモンスター退治手伝ってくれないかしら。
もちろんタダで、とは言わないわ!」
(よし、イベント発生!)
ルチアは心の中でグッとガッツポーズをする。
ここを農業都市にしたいと頑張っているアリスは、多少腕に覚えはあるものの基本的にはあまり戦うことはない。しかし、ここにはモンスターが存在する。もちろんノンアクティブもいるが、彼らは畑だろうとなんだろうとお構いなくトコトコ歩き回るのだ。
そこで、アリスは通りかかった冒険者に声をかけて討伐依頼を出しているのである。
「モンスター退治は構わないが…ギルドを通さなくてもいいのか?」
「えーそんな固いこと言わないでおくれよ」
「ギルドを通さない依頼は、ギルドの保証を双方が受けられないだけで懲罰の対象にはならなかったはずですよ。以前リリィさんから聞きましたから」
「そうか…。では依頼内容を聞こう」
「暴走しちゃった案山子の退治をお願いしたいんだ。あいつら畑をまもるどころか踏み荒らしちゃうからさ。
あ、あなたたちも畑を踏まないように気を付けて!
報酬は…とりあえずお昼食べておいきよ。あと今後ここを通ることがあったら宿提供とかしてもいいしさ」
「…それは、メリットになるのか?」
「まぁまぁ。人助けだと思って」
もともと街の護衛をしていたアルナスルなので、人助けすることに異論はない。ただ、報酬と言われたものが労働の対価とみあっていなさそうなため引き受けるのを渋ったようだ。
確かに、安易に依頼を引き受けては他の冒険者が困ってしまう。
「ほんと、人助けだと思って頼むよ。ここ最近ずーっと冒険者なんか通らなかったからさ。農作業とモンスター退治の二足のわらじでアタシも旦那もへとへとなんだ」
美味しいもの作っておくからさ、という言葉とともに二人は畑へと送り出された。
「…何故こんなことを」
「うーん、まぁ理由は色々あるんですが。
一つはアリスさんが商業都市市長の娘さんだから、ですかね」
気球船関連の長編クエストのための布石です、とは言えないのでこういう言い方になってしまう。
「開拓をしているもの好きがいると聞いたが…なるほどな。市長の娘ということで援助があったのか」
「あ、それはないですね。
彼女旦那さんと駆け落ち同然にここに来たらしいんで。
開拓が進んでいるのは、もともとここに村があったので、それを利用して…だそうですよ」
ここのモンスターは今の二人には弱い。火力職ではないルチアの魔法でもきちんと詠唱すれば一発で落とせる。
なので、特に連携は取らずに目についたモンスターを片っ端から攻撃している。退治を依頼された案山子のモンスター「カカカカシ」をメインに目についたもの全て退治中だ。
どうせなら何かしらのレアドロップも狙いたい、という気持ちもある。
「…詳しいんだな。
しかし、ということは彼女は二人でこの畑をやりくりしているのか」
「農業都市という理想に賛同してくれる人がたまに来てくれているとかなんとかは聞いたことがありますけど…」
これは前世のゲーム情報なのでどこまでが反映されているかはわからない。
「しかし…モンスターを倒せば野菜をドロップするやつもいるだろう?
なぜわざわざ農業を…」
「んー…なんでなんでしょう?
畑で作る方が美味しいのかな? だとしたらお昼がかなり期待できそうですけど。
あ、見える範囲は大体オッケーですね」
「ならばこのあたりで切り上げようか」
畑の周囲からモンスターの気配が消えた。
これはかなり珍しい光景だ。
モンスターのいない、ただののどかな田園風景。
「うーん、やっぱカメラ欲しいなぁ」
「あちらの市長が手掛かりを見つけてくれているといいな」
「そういう情報を持っていたとしても、たぶん取引して益がある人間だって思ってもらえないと教えてもらえないと思うなぁ…。
何せあちらの市長さんは市長でもありますけど性根は商人さんですから」
「なるほど、だからアリスを手伝ったというのもあるのか」
「はい、まぁ…。うーん、すっごい打算人間みたいな気がする」
「まぁいいんじゃないか?」
そんな会話をしながらアリスのいる方へ歩いていく。
途中から、得も言われぬいい匂いが漂ってきた。
「お、おかえりー。今呼びに行こうと思ってたところだよ。
ちょうど出来たところだ、食べてっとくれ」
農作業をしている人たちのお昼もあるらしく、屋外の木で出来たテーブルの上にたくさんの料理が並んでいる。
香ばしく焼かれたトウモロコシに、ラタトゥイユのような野菜の煮込み料理。そのほかにも数々の野菜メインの料理が並んでいた。
「野菜ばっかりで申し訳ないがね」
「いえいえ、十分ありがたいですよ」
「すごい量だな」
「あはは、農作業はしっかり食べないとやってけないんだよ。冒険者だってそうなんじゃないかい?」
そんな話をしつつ、討伐したモンスターの種類と数を報告する。討伐証明部位を見せ、数を確認してもらう。
「えっ…この短時間でこんなに?
ごめん、そこまでしてもらえると思っていなくってさ…どうしよう」
「宿代わりにしてもいい、という話はしてるんだよね、アリス」
オロオロするアリスに、旦那さんと思われる男性が優しく尋ねる。ちょっぴり勝気っぽいアリスさんとおっとりしてそうな旦那さんは、なかなか良いコンビに見えた。
「別に俺たちは構わんぞ。ただ、他の冒険者にも同じレベルを求めるのはやめてもらいたい」
「何か困ったことがあったら頼らせてもらいますし」
実際、この後イベント絡みで頼みごとをする機会があるはずだ。打算的だが、まぁいいだろう。
「そんな機会あるかねぇ…」
「まぁ今日はたくさん食べていってください。それから、私どもできることがあればいつでもおっしゃってくださいね。
じゃあ食べましょうか」
旦那さんの言葉で、みんなが一斉に手を合わせてから食事を始めた。
見た目と匂いでほぼ確信していたが、食事はとても美味しかった。それはアルナスルも同じように感じたようで、アリス農園を離れるときにポツリと。
「損得関係なく、ここのモンスター駆除は協力してもいいかもしれん…」
と言っていたのが印象的だった。
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