52 ダンジョンでの実験
「ソロでそれぞれの方が早いかと思ったがこれは無理だな」
アルナスルが銃弾をぶっぱなしながら呟く。二人は現在装備を整えるための、地獄の周回の真っ最中だ。
壁からとろりと蜂蜜のような粘液が垂れる、全体的に黄色いダンジョン。壁にもたれかかろうものなら、全身粘液まみれの大惨事になることは間違いないだろう。幸い、床までは侵食されていないようだ。
今まで中央都市で周回してきたどのダンジョンとも違った作り。壁をよく見ると無数の穴が空いており、集合体恐怖症の人間が見れば発狂間違いなしな光景である。
「そうみたいですね。ここのモンスター、意外と攻撃力高いみたい…。
バリア無しだとやばそうです。
その分体力は少ないのかな?」
「そうだな。属性を間違えなければ1発で倒せる」
敵の蜂型モンスターはそれぞれ分かりやすく属性がある。普通の蜂は風属性なので炎系の攻撃を、赤い蜂は炎属性なので水系の攻撃を、といった具合だ。ガンナーは銃弾によって攻撃を変えることができるのだ。その分、属性を変えたいときは銃弾を変えなければならないというタイムロスが発生するのだが。
「銃弾を変える程度のタイムロスは耐えられるか?」
「んー…延々抱えられるのは二体かな?
まぁ最大で三体のグループなので、先に一体倒してもらえれば耐えます」
このダンジョンに現れる敵の集団は最大三体。不意打ちを食らわない限り、最初の一撃はルチアが担当し、その後はずっとバリアと回復で耐える。ルチアに攻撃が向いているうちにアルナスルが敵を殲滅するというのがいつもの戦闘の流れだ。
ここの蜂は攻撃力が高く、バリアのタイミングをしくじると致命傷をくらいそうだ。ただ、先程の戦闘の感じだと二体まで減っていれば安定して盾役をこなせそうである。
そう告げるが、アルナスルの表情は晴れない。確かにルチアが死んでしまえばアルナスルも共倒れだ。少しでも危険があるのであれば回避したいと思うのは当然である。
「安全策をとるなら無属性で二発で仕留めるほうがいいかもしれんな」
「どっちが早いかちょっと実験してみましょうか。
どうせ気が遠くなるくらいにはここ回らなきゃいけないんで。
ちょうど、あそこの通路往復しているのいるみたいですからちょっと釣ってきますね」
「了解した。まずは弾入れ換えでやってみるぞ」
アルナスルの返事を聞いてから、ルチアは各種バフを自分とアルナスルにかけ、モンスターの方へと走り出した。
モンスターの集団は三体だった。
(赤・黄・黄の三体。先頭飛んでるのは赤だから、あいつがリーダーね)
集団のリーダーに向けて水属性の攻撃魔法を放つ。敵の存在に気付いたモンスターが一斉に攻撃を放った人間、ルチアに向かってくる。
(…そういえば、普通に弱点属性魔法かけたけど、この辺りも改善の余地はあるわよね。回復系魔法使いの得意魔法は氷だもの。得意魔法をぶつけるか、弱点属性をぶつけるか、どっちの方がダメージ多いのかしら)
脳みそはそんなことを考えつつ、体はアルナスルの攻撃射程範囲内へと向かう。リリィとアルナスルとの三人パーティで培った経験は伊達ではない。何度も失敗しながら覚えた彼の射程範囲内ギリギリで足をとめ、バリアを張る。
そのタイミングでアルナスルの放った銃声が響いた。これだけ音が響いても、他のモンスターが「なんだなんだ?」と集まってこないのは、今さらながらに不思議な現象だ、と苦笑する。さすが、ゲームの世界。そんなことを考えているうちに、銃弾を食らった蜂がドサリと地面に落ちる。キラキラとしたエフェクトになり、なんでもポーチの中にドロップアイテムが吸い込まれていくのが見えた。お目当てのローヤルゼリーではないが、何かはドロップしてくれるらしい。戦闘真っ最中の今は確認している暇はないが。
バリアを張り終わったらすぐに自分に回復魔法をかける。これは、バリアが剥がされたときの保険という意味もあるが、挑発行動という面が大きい。モンスターは攻撃を与えてきた人間よりも、回復している人間を狙う傾向があるからだ。
その間にアルナスルがもう一撃。これで敵は集団のリーダーの赤い蜂だけになる。ここでアルナスルの銃弾交換作業が入る。少し迷ったが、安全策のためバリアを張り直す。黄色蜂から一撃、赤蜂からは二撃はくらっているのだ。そろそろバリアが持たない。
(攻撃職じゃない人間が攻撃に加勢しても効果は微々たるものなのよね…。安全最優先にしないと)
バリアの詠唱をしている最中、赤蜂が再度攻撃をしかけてくる。パリン、と音がして目の前のバリアがガラスが割れるように崩れ去った。
だが、その間に詠唱が終わり、再びバリアが張られる。モンスターは苛立ったのか、それともそうプログラムされているからか。レイピアのようなサイズの針を再度突き刺そうと、一度その身を引く。一応必殺攻撃のモーションだ。これをまともに食らうとダメージが相当やばい。
しかし、反動をつけたところで銃声が響いた。アルナスルの攻撃が間に合ったらしい。先程の必殺技を食らっても、ダメージはほとんどバリアが吸収してくれただろう。しかし、その後の通常攻撃は食らっていた。
「やはり銃弾を変えるのは時間がかかるな…」
「今はセーフでしたけど、銃弾変えに手間取ったり属性見間違ったりしたら少し面倒かも?
あと、今回はモンスターは二種類でしたけど、三種類混合集団でもいたら厄介だなぁ。一発ごとに弾入れ換えになっちゃう」
「となると、やはり無属性連打の方が安全性は上か」
「ガンナーの強みは連射速度ですしね。そっちの方がよいかも…?
とりあえず無属性の方も実験してみましょうか。
…あと、マップもメモしといた方がいいですかね」
背後からの不意打ちなどがあれば現状のベストな戦闘パターンは崩れてしまう。
「それもそうだな。メモは俺がやろう。お前は周囲の警戒を頼む」
「了解でーす。たぶんここの先のT字路で集団が2個巡回してる、はず…」
ゲームの知識を総動員するが、ここの周回は然程行っていなかったため記憶の正確性に自信がない。ゲームであれば他のプレイヤーがいたため、わざわざここで鬼畜な周回をしなくとも装備が手に入ったのだ。ここは初心者か、このレベル帯でお金を使いたくないプレイヤーがよく通った場所なのである。
この世界の女神であるテルースにも認められるヘビーユーザーのルチアは、ここはあまり利用しなかったのだ。
「珍しく言い切らないんだな」
「正確じゃない情報のせいで死んじゃうのは避けたいので…。参考程度でお願いします。
あ、でもここのダンジョンのランダムパターンは5つだったことは覚えてますよ!」
「上出来だ」
アルナスルがポンとルチアの頭に手を置いて笑う。その後すぐにメモを取り出し、今までの状況をメモし始めた。
ルチアは周囲の様子を注意深く探…りたいのだが…
(頭ポンって…こどもじゃないんですけどー!?
恥ずかしくて顔に熱が…最初の「女神なんて信じない!」みたいな警戒心バリバリな彼はどこに!?)
どうにか真面目そうな表情を作るものの、こども扱いされた恥ずかしさから顔の熱がなかなか引かないルチアだった。
幸い、熱が引くまでモンスターは現れず、アルナスルにも見られることはなかった。
この日、ルチアとアルナスルはランダムパターンを全て網羅し、魔女を呆れさせた。
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