51 地獄の周回再び
市長に紹介された「人魚の声」という宿は、どちらかと言えば入り組んだ場所にあった。それゆえに一見さんはあまり来ず、知る人ぞ知るという名店なようだ。セキュリティもしっかりしており、宿のご飯もとてもおいしい。昨夜の夕食も新鮮な魚が豊富に提供されていた。
(お刺身とか久々に食べたなぁ…美味しかった。何の魚かはわかんないけど)
アルナスルに「生の魚を食べるのか!?」と驚かれたが。
日本ベースの文化のはずだが、アルナスルが育った中央都市にはお刺身文化はないらしかった。
そんなアルナスルにとっては珍しい、ルチアにとっては懐かしい食事も提供してくれる宿で一泊。勿論別室だ。ぐっすり一晩眠った翌日。宿の食堂で朝食をとりながら、アルナスルが予定を聞いてくる。
「で、これから予定はあるのか?」
「えーと、今日は魔女の森に行きたいんです」
魔女の森とは、商業都市ドルマスの南に位置する鬱蒼とした森だ。そこには侵略者が現れる前から魔女が住んでいて、不用意に近づくと食べられてしまうと子供たちは教えられているそうだ。
「そこでレベル上げか?」
「レベル上げも勿論なんだけど、装備を整えようかと」
「魔女の森でドロップ狙いか」
「んー。ちょっと違うかな。
私の記憶通りなら、魔女さんがアイテムと装備を交換してくれるんです」
ゲームでは30レベル近くになると解放されるセット装備というものがあった。魔女が指定するアイテムを持っていくとそれなりに強い装備と交換してもらえるのだ。そのまんま魔女セットという。
アルナスルは現在35レベルだが、彼が装備しても十分強い。何せセット装備は名前通り、同じシリーズを一緒に装備することによって特殊効果を発揮するからだ。
ちなみに、レベル40になると墓守シリーズが、レベル50になると人魚シリーズが交換できるようになるはずだ。
「魔女に? そもそも本当にいるのか?」
「だから、それを確かめに。
いなければ魔女の森のモンスター狩りつくしかなぁ」
「わかった」
「本当ならアルナスルさん転職しちゃってもいいんですけどね…」
「転職は確か専用ダンジョンに行かなければならないのだろう?
似たレベルの人間が集まってやった方が効率が良いと聞いたことがある」
「そうなんですよね。というのも、その転職のダンジョンがなんか遠いみたいで…」
ダンジョンに潜ることは別に構わないのだが、そのダンジョンのある場所がちょっと遠いのだ。魔女の森の更に奥、ノズミズ砂丘という一面砂のエリアがある。そのエリアの中央に転職専用のダンジョンがあるのだが、まずそこにたどり着くまでがめんどくさい。
というのも砂丘にはサソリだの砂漠虫だののちょっぴり強いアクティブモンスターがいるのだ。これらは侵略者とは関係なく、転職の試練のために昔から生息しているモンスター。これらのモンスターに後れを取るようであれば転職の資格なし、ということらしい。
「そうらしいな。
最近は転職する人間が減ってあの辺りの生態系も崩れているのだとか…」
「サソリとかが大繁殖してる様ってあんまり考えたくない…」
「まぁそんな現地の事情もあるからな。ルチアのレベルアップまで転職は待つつもりだった」
「ありがとう、すごく助かる。
…もしかして冒険者が増えないのってそういう背景もあるのかなぁ」
サソリはなかなかに厄介なモンスターだ。1対1であればどの職業であってもそこまで苦戦はしないが、それが多数となってくると話が違う。だからこそ冒険者達はパーティを組んで転職に挑むのだ。
しかし、現在ではそんなパーティの力を物ともしない数になっているようだ。それでは新しい冒険者など育たない。
「それも一因だろうな」
「…経験値効率いいなら間引くのもよさそう」
「本気か?」
実際ゲームでやっていた人間はいなかったわけではない。一定範囲を焼き尽くせるような火力と、その火力の攻撃範囲内に敵を連れてくる役割の人間がいればいい。
「うーん、私とアルのパーティは単体火力が強いタイプなのであまり適してはいないんですけど…。
後続のためにちょっと間引いておくのはありかな?と。
まぁまずは装備を整えてからですね。それで一週間くらいたっちゃいそうなんで」
「……かなり不安になってきたぞ、その魔女の装備とやら」
「かなり強いっちゃ強いですよ。ただ、そのための周回が途方もない数なだけで」
「途方もない?」
「途方もない」
若干ひきつったアルナスルの顔を見つつ、ルチアは朝食を完食した。
●●●●●
「こんにちはー。魔女さんいらっしゃいますか?」
鬱蒼と茂る森の中。気候は温暖で過ごしやすそうだが、それはモンスターにとっても同じことらしい。何度もハチ型のモンスターやクマ型のモンスターと戦闘を繰り広げてからたどり着いた先に、小さな小屋があった。
一応ノックをしてから小屋の中に声をかける。
「あらあら、お客さんなんてどれくらいぶりかしら。お入りなさいな」
中から品の良い老婦人の声がする。
魔女の存在自体、半信半疑だったアルナスルは余計に警戒したようだったが気にしない。
言われたとおりにドアを開けて中に入らせてもらう。
「お邪魔しますー。この森の魔女さんですよね?」
「えぇ、そう呼ぶ人もいるわね。
あらあら、可愛らしい2人パーティなのね。…もしかして、私が持っている装備のことかしら?」
「はい! 頑張りますのでよろしくお願いします」
「わかりましたよ。
ではまず説明をさせてください。
魔女の装備が欲しい方は、この小屋の奥にあるダンジョンから「ブンブンバチのローヤルゼリー」をとってきてください。そのローヤルゼリーと魔女特製の装備を交換します。
頭、体、腕につける防具と、それからマントはそれぞれローヤルゼリー20個と。武器だけは50個のローヤルゼリーと交換になります」
「小屋の奥にダンジョンがあるのか…」
「正確には小屋で入り口を隠している、という感じですかねぇ。誰かが迷い込んでしまってはかわいそうですから。
あなたがたはそれなりに実力がありそうですから、好きに出入りしてくださって構いませんよ」
「ありがとうございますー。じゃ、行きましょう」
許可も得られたので、さっそくダンジョンに向かう。
行きがてら、ルチアが知っている情報を補足する。
「このダンジョンはランダムマップ…えーと入るたびに中の形状が変わります。
どこにボスがいるかも出口があるかも入るまではわからないんです」
「なかなか厄介だな」
「でも、モンスターは多くて3体まで、1体でうろついてることも少なくないです。
それから肝心の「ブンブンバチのローヤルゼリー」ですが…ボスの女王蜂のドロップになります」
「ようするに、ここのダンジョンは蜂の巣なのか」
「そんな感じです。で、ボスを倒すと1~2個ドロップ。ボスの宝箱からレアドロップになります」
記憶にある情報を提供すると、アルナスルが唖然とした表情になった。ルチアの言いたいことを察したらしい。
「確か、防具交換で20個、武器交換で50個と言っていたな?」
「はい」
「1人130個、2人で260個。
そして、一回の周回で運が悪いと1つしか手に入らない、と?」
「頑張ってお祈りして、頑張って周回しましょうね」
にっこりと笑ったルチアが悪魔に見えた、と後にアルナスルは語った。
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